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酒米における胚乳形成と心白発現機構

氏名 山田 仁美
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第239号
学位授与の日付 平成14年3月25日
学位論文題目 酒米における胚乳形成と心白発現機構
論文審査委員
 主査 教授 山元 皓二
 副査 教授 松野 孝一郎
 副査 助教授 福本 一朗
 副査 助教授 高原 美規
 副査 山形大学農学部 助教授 阿部 利徳

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1章 緒言
1-1 イネの重要性 p.1
1-2 胚乳形質としての心白 p.1
1-3 胚乳の形成と成熟 p.2
1-3-1 受精、胚乳核の分裂、胚乳細胞の分裂 p.2
1-3-2 デンプン細胞の肥大成長 p.3
1-3-3 デンプン粒の蓄積 p.3
1-3-4 タンパク質の蓄積 p.4
1-3-5 胚乳の成熟に及ぼす温度の効果 p.4
1-4 画像解析の利用 p.5
1-5 プロテオーム解析 p.6
1-6 本研究の目的と論文の構成 p.6
2章 成熟胚乳内部の組織学的研究 p.9
2-1 緒論 p.9
2-2 実験材料と方法 p.9
2-2-1 胚乳内部の走査型顕微鏡による観察 p.9
2-2-2 1穂上における胚乳内部の観察 p.9
2-3 結果と考察 p.10
2-3-1 胚乳内部のSEMによる観察 p.10
2-3-2 1穂上の着粒位置における胚乳内部の変異 p.13
3章 画像解析による酒米心白の評価の有効性 p.18
3-1 緒論 p.18
3-2 実験材料と方法 p.18
3-2-1 調査項目と調査品種 p.18
3-2-2 標準画像の作製 p.21
3-3 結果と考察 p.23
3-3-1 従来法との比較 p.23
3-3-1-1 横断面による評価 p.23
3-3-1-2 縦断面による評価 p.26
3-3-1-3 画像解析法の有効性 p.30
3-3-2 サンプル数の検討について p.30
4章 画像解析法による酒米心白の発現変動の評価 p.38
4-1 緒論 p.38
4-2 実験材料と方法 p.38
4-2-1 栽培年度、地域の影響 p.38
4-2-2 ポット栽培を用いた栽培環境の影響 p.39
4-2-2-1 播種日(出穂期)の変更 p.39
4-2-2-2 出穂期における施肥料の差 p.39
4-2-2-3 生育期間中における施肥時期の差 p.40
4-2-2-4 成熟期の日射量の差 p.40
4-2-2-5 五百万石の年度間の差 p.40
4-2-3 気象因子の観測と分析 p.40
4-3 結果及び考察 p.41
4-3-1 栽培年度・地域間差 p.41
4-3-1-1 栽培年度・地域の影響 p.41
4-3-1-2 年度間差をもたらす気象因子 p.46
4-3-2 ポット栽培条件間差 p.49
4-3-2-1 出穂期変化の影響 p.49
4-3-2-2 出穂期における施肥量の効果 p.52
4-3-2-3 追肥時期の影響 p.54
4-3-2-4 日射量の影響 p.54
4-3-3 ポット栽培の年度間差 p.56
4-3-3-1 発現量の変動 p.56
4-3-3-2 発現量の変動と気温 p.56
5章 心白特異的タンパク質の検出 p.61
5-1 緒論 p.61
5-2 実験材料と方法 p.61
5-2-1 試料の調製 p.62
5-2-2 SDS-PAGEの手順 p.62
5-2-2-1 電気泳動の準備と泳動 p.62
5-2-2-2 染色、脱色及び乾燥 p.66
5-2-2-3 発色バンドの取り込みとタンパク質量の計測 p.66
5-2-3 2D-PAGEの手順 p.66
5-2-3-1 電気泳動の準備と泳動 p.67
5-2-3-2 発色スポットの取り込みとスポット数の計測 p.67
5-3 結果と考察 p.67
5-3-1 心白試料と無心白試料のタンパク質量とのバンドの差異 p.67
5-3-2 心白特異的タンパク質 p.71
6章 心白特異的タンパク質の単離のための方法の検討 p.74
6-1 緒論 p.74
6-2 実験材料と方法 p.74
6-2-1 抽出方法の検討 p.74
6-2-1-1 実験材料 p.74
6-2-1-2 タンパク質抽出液組成の検討 p.75
6-2-1-3 タンパク質抽出粉体量の検討 p.75
6-2-1-4 抽出前処理の検討 p.77
6-2-2 多品種におけるタンパク質の品種間差 p.77
6-3 結果と考察 p.78
6-3-1 タンパク質抽出方法の検討 p.78
6-3-1-1 タンパク質抽出液組成の検討 p.78
6-3-1-2 タンパク質抽出粉体試料量の検討 p.80
6-3-1-3 抽出前処理の検討結果 p.80
6-3-2 胚乳中心部におけるタンパク質の品種間差 p.81
6-3-2-1 SDS-PAGEによる分析 p.81
6-3-2-1-1 タンパク質含量と心白の関係 p.81
6-3-2-1-2 60kDa近傍のバンドの多型 p.85
6-3-2-2 2D-PAGEによる分析 p.88
6-3-2-2-1 心白特異的タンパク質の検出 p.88
6-3-2-2-2 多型バンドのタンパク質 p.90
7章 心白遺伝様式の推定 p.93
7-1 緒言 p.93
7-2 実験材料と方法 p.93
7-2-1 実験材料および交配と生育 p.93
7-2-2 交配実験成功の確認と遺伝様式の推定 p.94
7-2-3 F2世代における選抜効果の調査 p.94
7-3 実験結果と考察 p.95
7-3-1 新品種の心白発現と交配実験結果 p.95
7-3-1-1 交配実験とF1個体の成長 p.95
7-3-1-2 新品種の心白発現 p.95
7-3-2 F2集団 p.98
7-3-2-1 レイメイ×しらかば錦 p.98
7-3-2-2 しらかば錦×レイメイ p.102
7-3-2-3 F2個体の成長 p.103
7-3-3 F3集団 p.103
7-3-3-1 レイメイ×しらかば錦 p.103
7-3-3-2 しらかば錦×レイメイ p.107
7-3-3-3 遺伝様式の推定(選抜実験) p.107
7-3-4 問題点 p.111
8章 葯培養由来半数体倍加系統を用いた心白発現の分析 p.112
8-1 緒言 p.112
8-2 実験材料と方法 p.112
8-2-1 実験材料 p.112
8-2-2 標準画像による心白発現位置に関与する遺伝様式の推定 p.113
8-2-3 2D-PAGEによる心白部位特異的タンパク質の分布 p.113
8-3 結果と考察 p.113
8-3-1 画像解析による分布 p.113
8-3-1-1 両親の心白発現 p.113
8-3-1-2 標準画像のパターンに基づくRYRILの分類 p.118
8-3-1-3 標準画像の粒長方向中央背腹軸上の心白発現頻度分布による分類 p.119
8-3-2 心白部位特異的タンパク質の検出 p.125
8-3-2-1 交配新品種における心白部位特異的タンパク質の存在 p.125
8-3-2-2 RYRILにおける心白部位特異的タンパク質の分布 p.127
9章 成熟過程における胚乳の内部観察 p.131
9-1 緒論 p.131
9-2 実験材料と方法 p.131
9-2-1 実験材料 p.131
9-2-2 胚乳細胞の観察 p.131
9-2-3 胚乳切断面の観察 p.132
9-3 結果と考察 p.132
9-3-1 成熟過程における胚乳内部の観察 p.132
9-3-1-1 開花後16日目の胚乳の切片の観察 p.132
9-3-1-2 開花後30日目の胚乳の切片の観察 p.134
9-3-1-3 胚乳縦断面の観察 p.135
9-3-2 成熟過程における胚乳切断面の観察 p.135
9-3-3 心白形成過程に関する仮説 p.138
10章 総合考察 p.142
10-1 緒論 p.142
10-2 画像解析法による分析について p.144
10-3 タンパク質の分析について p.149
10-4 RYRIL系統の分析 p.152
10-5 心白形成機構について p.156
10-6 結論 p.159
10-7 残された問題点 p.160
10-8 心白発現頻度ピークからの酒米心白の分類に関する新提案 p.161
引用文献 p.163
参考図書 p.166
謝辞 p.167

 イネの胚乳形質である心白構造は食用米では品質低下を招く原因となるため好まれない。一方、酒米においては酒造工程に必要な形質と考えられ、高い評価を受けている。このように心白は米の用途によって正負の評価を受ける重要な形質である。胚乳内において、ガラス状の非心白部位に比べると、心白部位ではデンプン穎粒の一部が球状であり、粒間に空隙を生じており内部で光が乱反射するため視覚的に心白として観察される。粒内における心白部位の位置や形状、大きさは粒ごとに異なり、品種ごとの特徴を客観的、定量的に評価することが困難であった。このため心白形成に関する研究は少なく、心白形成過程に関する情報もほとんどない。本研究は画像解析法を応用し、組織学的、生化学的、遺伝学的手法を組み合わせて心白の形成機構を明らかにすることを目的として行われた。
 まず画像解析法を用いて心白の発現位置や発現量を客観的に評価する方法を確立した。この手法を用いて栽培年度や栽培地域の違いによる心白の発現変動を評価し、心白の粒内での発現位置は環境による影響を受けず品種固有であるが、発現量は環境によって大きく変動することを明らかにした。この結果は、品種間で観察される心白発現の変動を遺伝的な要因と環境的な要因とに分けて議論できる基盤ができたことを示している。
 環境因子を特定するため、気象因子の変動(温度と日射量)と施肥量の変化が心白発現量(心白程度)に及ぼす影響を調査した。この結果、温度と心白程度の間には強い正の相関があり、温度因子が心白の発現に最も深く関与していることを示した。さらに、胚乳細胞及び、デンプン粒の肥大時期である開花後10日目や15日目の温度との間に密接な関係が得られた。このことは成熟の比較的早い段階で心白の形成が決定されている可能性を強く示唆している。また、品種によって心白発現に影響する環境因子が異なることを示唆する結果も得られた。
 次に心白形成とタンパク質の関係を調査した。同一酒米品種の心白を持つ粒(心白粒)の心白部位と心白を持たない粒(無心白粒)の中心部のみを切り出し、タンパク質を抽出し、2D-PAGE(1次元目等電点電気泳動、2次元目SDS-PAGE)を用いてタンパク質を分析した。心白部分にも貯蔵タンパク質(グルテリンやプロラミンなど)が無心白粒中心部と同様に含まれていることを示した。また分子量60kDa、等電点4.5付近に心白部位特異的なタンパク質のスポットを検出した。このタンパク質のスポットは分析に用いた山田錦においては3カ年、五百万石においては2カ年を通じて心白粒心白部位にのみ検出された。このことからこのタンパク質が心白の形成に関与していると考えた。そこで、酒米7品種および食米2品種について調査することにし、複数の試料を効率良く分析するために70%に精米した精白米を粉砕した粉体からタンパク質を抽出し調査した。その結果心白特異的スポツトは心白を形成する酒米6品種において検出された。この結果は、心白部位特異的タンパク質が心白形成に関与していることをより強く示唆した。
 次に遺伝的に決定されていると考えられる心白発現位置に関する遺伝様式の推定を行なた。実際に心白発現に関する遺伝因子の分析が行われているRYRIL(Reiho × Yamadanishiki Recombinant Inbred Line)系統の一部(18系統)を用いて、画像解析法と心白部位特異的タンパク質の検出を行った。この系統はレイホウ×山田錦のF1個体の葯培養により得られた自然倍加系統である。このRYRILのF1A3・世代の玄米および70%精米粉体は兵庫県立中央農業技術センター吉田氏から提供して頂いた。この系統を用いた分析結果から、心白の発現をコントロールしている遺肝は少なくとも3つ以上あり、これらは相加的効果を示すような遺伝子群からのみなるのではなく、遺伝子間で相互作用を示す調節遺伝子から構成されているという考えを支持する結果を得た。また、心白部位特異的タンパク質の検出結果から、このタンパク質が直接心白形成を導くわけではないが、心白形成と密接に関係していることが示された。
 最後に胚乳成熟過程における心白形成時期を調査した。心白形成機能には現在2つの仮説が存在する。1つはデンプン蓄積時に原因(スクロースの転流不全)がありデンプン粒の形成不良のため胚乳成熟初期から心白が形成されていたという説(仮説1)である。もう1つの仮説は、成熟完了後にデンプン粒が分解酵素により消化されてデンプン粒間にすき間が生じ心白が形成されたとの説(仮説2)である。成熟過程における胚乳の内部観察の結果から、開花後18日目にはすでに胚乳内部に白濁部位が存在することが確認された。一般に胚乳中心部は16日目までにデンプン粒の蓄積が完了するといわれていることから、観察に用いた18日目の胚乳中心部ではデンプン粒の成長が不十分であること、つまりスクロースの転流に問題があったことを示しており、仮説1を支持している。また、成熟過程こおける内部観察において開花後14日目のサンプルでは切断面の粒内部に白濁部位は存在しなかった。仮説2に基づくと、14日目以降18日目までに消化により心白が形成されたと考えることになる。しかし、完熟米における心白部のデンプン粒の電子顕微鏡による観察結果では、種子発芽時に見られるようなアミラーゼによるデンプン顆粒表面に形成された消化跡は観察されず、仮説2は支持されなかった。現段階ではスクロース転流にともなうデンプン粒蓄積時の異常によるデンプン粒形成不良のため胚乳成熟の初期から心白が形成されていたという仮説1が正しいと考えられる。

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