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高速時分割X線解析による骨格筋細いフィラメントの構造変化の検出

氏名 田村 巧
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第227号
学位授与の日付 平成16年12月8日
学位論文題目 高速時分割X線解析による骨格筋細いフィラメントの構造変化の検出
論文審査委員
 主査 教授 松野 孝一郎
 副査 教授 山田 良平
 副査 教授 山元 皓二
 副査 教授 渡邉 和忠
 副査 助教授 本多 元

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目次

第1章 序論
 1.骨格筋の構成 p.1
 2.立体障害説とアクチンの構造変化 p.5
 3.細いフィラメントの3状態 p.8
 4.X線回折法の有意性 p.11
 5.筋繊維X解析の変遷 p.11
 6.筋繊維X線回折像からの情報 p.12
 7.注目した層線成分 p.16
 7-1.アクチン第2層線 p.18
 7-2.アクチン第6層線 p.19
 8.本研究の目的と意義 p.20

第2章 実験方法
 1.大型放射光施設(SPring-8) p.22
 2.ビームラインBL45XU SAXS実験ハッチ内のセットアップ p.25
 3.ビームラインBL40XU 実験ハッチ内のセットアップ p.28
 4.試薬、溶液 p.31
 5.スキンドファイバーの調製 p.32
 6.急速解放実験 p.33
 7.ケージドカルシウム実験 p.34
 7-1.ケージドカルシウムについて p.34
 7-2.イオン強度とヒル係数について p.36
 7-3.実験方法 p.38
 8.データの解析 p.38

第3章 実験結果
 1.筋繊維のX線回折像 p.40
 2.急速解放実験 p.44
 3.ケージドカルシウム実験 p.46

第4章 考察
 1.X線照射による試料の損傷 p.49
 2.ケージドカルシウムの分解速度と筋繊維内への拡散 p.50
 3.ケージドカルシウムによる活性化 p.51
 4.細いフィラメント活性化の過程
 4-1.blocked-off状態からカルシウム活性化closed-on状態への変化 p.51
 4-2.closed-on状態からミオシンによる活性化potentiated-open状態への変化 p.52
 4-3.細いフィラメント活性化のモデル p.52
 5.トロポミオシンの役割 p.56
 6.層線強度と本モデルとの対応 p.56
 7.他の細いフィラメント活性化モデルとの違い p.59

第5章 結論 p.60

参考文献 p.61

ウサギ骨格筋線維の活性化に伴うX線回折像の変化を記録することで、筋線維内の細いフィラメントの構造が変化していく様子を解析した。高速時分割解析の結果から、骨格筋内の細いフィラメントの活性化信号が一般に考えられていたものとは異なる順序で伝播をすることがわかった。
骨格筋は太いフィラメントを形成するミオシンと、細いフィラメント内のアクチンが相互に滑り運動をすることで張力を発生する。細いフィラメントの構成成分であるトロポニンとトロポミオシンは、細胞内カルシウム濃度に従ってミオシンのアクチンへの結合を調節する。張力発生のためには細いフィラメントが構造を変えて活性化することが必要となる。そのためにはトロポニンへのカルシウム結合と、アクチンへのミオシン結合という二つの活性化因子が必要であることが分かっている。しかしそれらの活性化因子がどのように関連し合いながら細いフィラメントが活性化していくのかは十分に明らかにされていなかった。本研究の目的はこの未解決部分の解明にある。
細いフィラメント活性化に伴う構造変化を検出するため、筋線維に直接X線を照射するX線繊維回折という手法を用いた。活性化は、ミリ秒単位の速い時間経過で進行する。それを検出するためには、輝度の高いX線光源と高い時間分解能を有する検出装置が必要となる。今回使用した大型放射光施設SPring-8のビームラインBL40XUは6×1014 photons/sという極めて高い輝度のX線照射を可能とする。検出器には3.4ミリ秒の時間分解能をもつCCDカメラを用いた。これらの手段により、筋線維から得られる弱い反射の変化を高時間分解能で検出することに初めて成功した。
この他に例をみない実験系を用いて急速解放実験とケージドカルシウム実験を行った。前者では、予めカルシウム濃度を上げて張力を発生させた筋線維を2%程度急激に短縮させる。このときミオシンは細いフィラメントから一旦解離したあと、ゆっくりと結合していく。カルシウム濃度が高いままで、ミオシン結合による活性化のみが起こる実験系である。後者では、ケージドカルシウムをレーザー光で閃光分解することにより、弛緩状態にある筋線維中のカルシウム濃度を急上昇させ、アクチンとミオシンの相互作用を開始させる。カルシウム結合とミオシン結合の二種類の因子による活性化が同時に起こる実験系である。この二つの実験条件下で細いフィラメントが活性化していく様子を検出し、解析した。
筋線維にX線を照射すると、各フィラメントの分子のらせん配列に由来する層状の反射(層線)が得られる。ここで注目したのはアクチン第2層線外側成分と第6層線外側成分である。前者は細いフィラメント中のトロポミオシンの位置変化を、後者はアクチン自身の構造変化を反映する。
急速解放実験ではこれらの層線成分の強度は何れも張力と同様に緩やかな時間経過で上昇し、その過程は単一の指数関数で近似できた。一方ケージドカルシウム実験では、両層線成分の強度は何れも始めの20ミリ秒程度で急上昇し、その後は張力と共に緩やかに上昇するという二相性の変化であった。張力は力を発生するミオシン結合の数に比例することから、急速解放実験における層線強度上昇はミオシン結合による細いフィラメントの構造変化を反映すると言える。またケージドカルシウム実験における始めの急上昇はカルシウムの結合、それに続く上昇はミオシンの結合による活性化を反映すると言える。二つの実験により、カルシウムによる活性化とミオシンによる活性化を分離することができた。また二実験に共通して、ミオシン結合による強度変化は第6層線のほうが第2層線よりも速い時間経過で進行した。この結果は大変興味深い事実である。なぜなら細いフィラメントの構造から、一般にトロポニンからの活性化信号がトロポミオシンを介してアクチンに伝播すると考えられているが、この結果はアクチンの構造変化がトロポミオシンの位置変化よりも先に起こることを意味するからである。つまりトロポニンの活性化信号がトロポミオシンを介さずにアクチンに伝わることを示している。これらの結果を基に細いフィラメントの構造変化のモデルを構築した。
以上のように本研究では生体内の条件に近い骨格筋線維を用いて、細いフィラメントの活性化を高い時間分解能で解析し、トロポニンからの活性化信号がアクチンに直接伝わるという実験的な証拠を初めて捉えた。

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