天然ゴムを含むブレンドのモルフォロジーと結晶化挙動に関する研究
氏名 川面 哲司
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第298号
学位授与の日付 平成16年3月25日
学位論文題目 天然ゴムを含むブレンドのモルフォロジーと結晶化挙動に関する研究
論文審査委員
主査 教授 五十野 善信
副査 教授 西口 郁三
副査 教授 塩見 友雄
副査 助教授 竹中 克彦
副査 助教授 河原 成元
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目次
第1章 総合序論
1.NRの結晶化挙動 p.1
1.1 NRの結晶化に関する初期の研究
1.2 NRの構造と結晶化における非ゴム成分の役割
1.3 結晶核生成速度の理論式と脂肪酸の核剤効果
2.NRの力学物性 p.6
2.1 NRの力学物性と結晶化の関係
2.2 NRの力学物性におよぼす脂肪酸の影響
3.NRの利用の現状と今後の課題 p.10
3.1 ゴム工業におけるNR利用の現状
3.2 NR利用のおける課題
4.本研究の目的と概要 p.11
5.参考文献 p.14
第2章 NR/SBRブレンドにおけるNRの結晶化挙動
1.緒言 p.15
2.実験 p.16
2.1 試料およびモデルNR,NR/SBRブレンドの作製
2.2 試料のキャラクタリゼーション
2.3 モルフォロジー観察と波数解析
2.4 溶融粘度測定
2.5 等温結晶化挙動の測定
3.結果と考察 p.18
3.1 NR試料のキャラクタリゼーション
3.2 NRの架橋密度と分散構造
3.3 ブレンド中のNRの結晶化挙動
3.4 微細なドメインに分割されたNRの等温結晶化挙動の計算曲線と実測データの比較
3.5 フィールドNR/SBRブレンドのモルフォロジーと結晶化挙動
4.結論 p.24
5.参考文献 p.25
6.第2章の図 p.26
第3章 NRブレンドのモルフォロジーと結晶化挙動
1.緒言 p.45
2.実験 p.46
2.1 試料およびブレンドの作製
2.2 試料のキャラクタリゼーションと結晶化挙動の測定
3.結果と考察
3.1 NR試料のキャラクタリゼーション
3.2 ブレンドのモルフォロジー
3.3 制限された空間におけるPC-TEの結晶化挙動
4.結論 p.50
5.参考文献 p.51
6.第3章の図 p.52
第4章 NR単体試料の延伸状態での低温結晶化
1.緒言 p.62
2.実験 p.62
2.1 NR架橋試料の作製
2.2 延伸状態での結晶化挙動の測定
3.結果と考察 p.63
4.結論 p.65
5.参考文献 p.65
6.第4章の図 p.66
第5章 NR/SBRブレンドの引裂エネルギーとNRの延伸結晶化挙動
1.緒言 p.72
2.実験 p.72
2.1 試料
2.2 架橋シートの作製
2.3 架橋密度の測定
2.4 アセトン抽出
2.5 モルフォロジーの観察
2.6 物性の測定
3.結果と考察 p.75
3.1 試料のキャラクタリゼーション
3.2 SBRおよびNR/SBRブレンドの引裂エネルギー
3.3 引裂エネルギーの温度時間換算
3.4 引裂エネルギーとNRドメインの延伸結晶化の関係
3.5 脂肪酸の効果
4.結論 p.79
5.参考文献 p.80
6.第5章の図 p.81
第6章 NRのモルフォロジーを制御する新しい方法
1.緒言 p.92
2.実験 p.93
2.1 試料
2.2 グラフト共重合
2.3 キャラクタリゼーション
3.結果と考察 p.94
3.1 キャラクタリゼーション
3.2 ポリスチレングラフトNRのモルフォロジー
3.3 引張強さ
4.結論 p.97
5.参考文献 p.97
6.第6章の図 p.98
第7章 総括 p.105
付録
付録1 ブレンド中のNRドメインの数密度の算出 p.107
付録2 微小NRドメイン内で結晶化が進行する場合のAvrami式 p.108
付録3 SBR中の微細分散NR粒子の等温結晶化に伴う体積収縮の計算 p.109
付録4 Differential Awelling Methodによる2成分ポリマーブレンドの各相の架橋密度測定 p.111
付録5 架橋ポリマーのxパラメータを求める方法 p.112
付録6 ブレンド試料の引裂エネルギーに関する温度時間換算変数aγの検討 p.114
発表履歴 p.116
謝辞 p.118
天然ゴム(NR)の最大の特徴は他のゴムには見られない卓越した破断強度を示すことである。これまでNRの構造,結晶化および力学物性に関して多くの研究が行われ,NRの優れた力学物性はNRの速い延伸結晶化に起因することが示唆された。また,未延伸NRの結晶化速度がNRに含まれる脂肪酸の核剤効果によって促進されることが示された。そこで本研究では, NRの力学物性と延伸結晶化との関係および延伸結晶化におよぼす脂肪酸の効果を明らかにすることにより、これまで未解決であったNRの特異的に優れた力学物性の原因を究明することを目的とした。まず,NRを異種ポリマーに分散することでその結晶化が遅くなるという過去の実験事実に着目し,NRを含むブレンドのモルフォロジーと結晶化挙動との関係を核剤効果の観点から研究した。そして,この知見をもとに、NRを含むブレンドの引裂エネルギーの温度および引裂速度依存性を検討することにより,NRの速い延伸結晶化における脂肪酸の効果とNRの優れた力学物性との関係を研究した。
ポリマーの結晶化が核生成に支配されることに着目し,NRを細かい分散相に分割してからその結晶化における核剤効果を検討した。フィールドNRと同程度の低い架橋密度を持つ結晶化速度の等しい数種類のモデルNRを作製し,これらをSBRと機械的に混合することにより,それぞれサイズの異なるNRドメインを含む数種類のNR/SBRブレンドを作製した。ブレンドのTEM写真の画像解析を行うことにより,それぞれのブレンドにおけるNRドメインの数密度を見積もったところ,ブレンドにおけるNRドメインの結晶化速度はNRドメインの数密度に反比例することが示された。ブレンドの結晶化に関して速度論的解析を行うことにより,NRのドメインがおよそ0.7 m以下のときに均一核生成が優先的に起こることが示唆された。
結晶化速度に対するNR相の空間的制限の影響を究明するために,NR相が2 m程度の分散相,マトリックス相,太さ約30nmのチャネル状の連続相とそれに連結した500nm程度の大きさのドメインを形成した3種類のブレンドの結晶化を不均一核生成が起こる条件で検討した。それぞれのブレンドの結晶化速度の温度依存性を比較することにより,ブレンドに含まれるNRのドメインがおよそ2 m以上では不均一核生成が優先的に起こることが確認された。NRがマトリックスを形成している場合の結晶化速度はNR単体と同等であったが,NRがドメインを形成している場合には結晶化が遅くなることが示された。同じ不均一核生成であっても,NRがチャネル状連続相を形成しているときよりも,マトリックスを形成しているときのほうが結晶化が速くなったことから,NRの結晶化はNR相の空間的な制限に依存することが示唆された。これらの結果より,NRの結晶化速度がNR相における脂肪酸などの核剤の存在確率に支配されており,核剤による効果をブレンドによるモルフォロジー変化で制御できることが明らかとなった。
NRの力学物性に直接関与するとされる延伸結晶化と脂肪酸の核剤効果との関係を究明する目的で,延伸状態における架橋NRの結晶化挙動を検討した。150%および200%の延伸倍率において,アセトンにより混合脂肪酸を抽出除去した架橋NRの結晶化速度は,抽出操作を施さなかった試料およびステアリン酸を追加配合した試料よりも大幅に低下した。このことより,脂肪酸が延伸状態におけるNRの低温結晶化を促進していることが明らかとなった。
NRの優れた力学物性と延伸結晶化との関係および延伸結晶化における脂肪酸の核剤効果を明らかにすることを目的に,NRを分散したSBRの引裂エネルギーの温度および変形速度依存性を検討した。NR/SBRブレンド,非相溶SBR/SBRブレンドおよびシリカ粒子充填SBRの引裂エネルギーを広い温度および引裂速度範囲にわたって測定し、温度時間換算してから比較したところ,NR/SBRブレンドの引裂エネルギーは分散NR相が延伸結晶化することにより高剛性となることを反映して増加することが示された。この結果に基づき,アセトン抽出により混合脂肪酸を除去したNR/SBRブレンドの引裂エネルギーを測定した結果,NRの延伸結晶化に対応する引裂エネルギーの不連続な増加は観測されず,混合脂肪酸が延伸結晶化を促進し,NRの優れた力学物性に寄与していることが明らかとなった。
NRをドメインとしてSBRに分散しても優れた力学物性を保持するためには全てのNRドメインに脂肪酸を均等に分配することが不可欠であるという知見に基づいて,NRの優れた力学物性を保持したまま機能を付与する検討を行った。NRラテックスの分散質表面にスチレンをグラフト共重合したところ,直径約0.5 mのNR粒子が厚さ約15nmのポリスチレンのマトリックスに分散する相分離構造が示された(ナノマトリックス分散NR)。さらに,この材料がNRの優れた破断強度を反映した高い引張強さを示すことが確認された。ナノマトリックス分散NRはすべてのNRドメインにラテックス由来の脂肪酸を含有しており,NRの速い結晶化による優れた力学物性とグラフトされた成分による機能付与の両立が可能な材料であることが示された。
本研究により,NRの優れた力学物性がNRの速い延伸結晶化によるものであり,この速い延伸結晶化はNRに含まれる混合脂肪酸の効果によることが明らかとなった。この知見に基づき,全てのNR相に脂肪酸を含むことで優れた力学物性を示す2成分材料としてナノマトリックス分散NRが創製された。