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新しいエレクトロルミネッセンス素子に関する研究

氏名 五十嵐 隆治
学位の種類 工学博士
学位記番号 博甲第8号
学位授与の日付 平成元年3月25日
学位論文の題目 新しいエレクトロルミネッセンス素子に関する研究
論文審査委員
 主査 教授 三山 創
 副査 助教授 藤井 信行
 副査 教授 一ノ瀬 幸雄
 副査 教授 八井 浄
 副査 助教授 山田 明文
 副査 教授 朽津 耕三

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第1章 序論 p.1
1.1 電気化学発光(ECL) p.2
1.1.1 ECLの背景 p.2
1.1.2 ECLの原理 p.3
1.1.3 Ru(bpy)32+の電気化学的特性 p.3
1.2 電界発光(EL) p.4
1.2.1 ELの背景 p.4
1.2.2 ELの原理 p.5
1.2.3 ゾルーゲル法の特徴 p.6
1.2.4 無機酸化物のゾルーゲル過程 p.6
1.3 本研究の目的と本論文の構成 p.7
文献
第2章 Ru(bpy)32+/ACN-H2O系のECL p.11
2.1 実験 p.11
2.2 結果と考察 p.15
2.2.1 dc ECLに於ける発光条件 p.15
1)水の効果 p.16
2)電極の面積効果 p.17
3)電極材料の効果 p.18
2.2.2 dc ECLの発光特性 p.20
1)dc ECLの写真観測 p.20
2)発光スペクトル p.21
3)タイムプロファイル p.21
4)印加電圧に対する発光強度と電流の関係 p.23
5)電極間距離の影響 p.24
2.2.3 ac ECL p.27
1)ac ECLの反応機構 p.28
2)ac ECLの駆動条件と発光強度の特性 p.29
文献
第3章 Ru(bpy)32+/PC-DMAA-H2O系のECL p.31
3.1 実験 p.31
3.2 結果 p.33
3.2.1 dc ECLに於ける発光条件 p.33
1)PC、DMAA、H2Oの相互溶解度 p.33
2)水の効果 p.34
3)PCの濃度効果 p.35
3.2.2 dc ECLの発光特性 p.38
1)発光スペクトル p.38
2)タイムプロファイル p.39
3)印加電圧と発光強度の関係 p.40
4)支持電解質効果 p.41
5)酸素の影響 p.42
3.2.3 電気化学特性 p.43
1)PC-DMAA-H2O溶媒でのRu(bpy)32+の酸化還元電位 p.44
2)3電極セルにおけるカソード電位と発光強度の関係 p.45
3)2電極セルにおけるカソード電位の測定 p.46
3.2.4 化学発光 p.49
3.3 考察 p.50
文献
第4章 Ru(bpy)32+/Nafion系のECL p.58
4.1 実験 p.59
4.2 結果 p.60
4.2.1 dc ECLに於ける発光条件 p.61
1)カソード材料 p.61
2)支持電解質の効果 p.61
4.2.2 dc ECLの発光特性 p.61
1)発光スペクトル p.62
2)タイムプロファイル p.62
3)印加電圧に対する発光特性 p.63
4.2.3 ac ECLの発光特性 p.66
1)周波数依存性 p.67
2)タイムプロファイル p.67
文献
第5章 分散型ELへのゾルーゲル法の応用 p.71
5.1 実験 p.71
5.2 結果と考察 p.74
5.2.1 印加電圧に対する発光強度特性 p.76
5.2.2 周波数特性 p.77
1)発光強度の周波数特性 p.77
2)ELスペクトルの周波数特性 p.79
5.2.3 温度特性 p.80
1)発光強度の温度特性 p.80
2)ELスペクトルの温度特性 p.81
文献
第6章 結論 p.83
後記 p.85
謝辞 p.86

 新しい発光型の表示素子として2種類のエレクトロルミネッセンス素子を開発し、その性能を評価した。その一つは低電圧で発光する電気化学発光(ECL)を原理とするものであり、他の一つは交流分散型ELである。ECLは従来行われている溶液系から出発し、固体型素子に発展した。交流分散型ELではゾルーゲル法で作成したシリコン酸化物をバインダーに用いることにより耐熱性に優れた素子を開発した。
1) 溶液系のdc ECL
 応答性に優れ、連続的に発光し、なお且つ、素子構造が単純な面発光型のECLセルを得た。これまで、同様な現象を呈するECL素子は犠牲試薬としてペルオキソ二硫酸塩やシュウ酸塩を用いた系で実現された。従来法と異なり、発光体にRu錯体を用い、カソードをアノードより大きくした2電極セルで、非プロトン性有機溶媒に小量の水を加えることにより目的を達した。この系で、通常は消光剤として作用する酸素がECLの励起反応に関与し、その反応メカニズムは犠牲試薬を用いた系と同様であることが示された。以下に、酸素が関与するdcECLの反応メカニズムを提示する。
 始めに、カソード上でRu(bpy)32+とO2の還元が起こる。
 Ru(bpy)32++e-=Ru(bpy)3+
 O2+e-=O2-
ここで生じたO2-は次の平衡反応を呈する。
 O2-+H+◆HO2◆HO2・ pK=4.8
強酸化剤であるHO2・ラジカルによるRu(bpy)3+の還元が起こる。
 Ru(bpy)3+HO2・+H+=Ru(bpy)32+*+H2O2
 Ru(bpy)32+*は610nmの燐光を発し、基底状態に戻る。上記の反応はすべてカソード近傍で進行し、反応中間体の拡散距離が短いために、応答速度に優れている。また、全体としての反応は
 Ru(bpy)32++O2+2H++2e-=Ru(bpy)32+*+H2O2
となる。ここで生成物のH2O2はアノード上で+0.682VvsNHEの電位で酸化され、O2と2H+を再び生ずることが可能であるために、リサイクル可能な反応となる。
 しかしながら、カソード上の還元反応は種々の競争反応で進行するために、系の電流を規制する必要があった。その有効な手段としては、表示極であるカソードに対し、アノードを十分小さくする事であった。ここで、アノードをカソードより十分小さくすると、セル中を流れる電流はアノードで規制されるとともに、カソード電位は標準電極電位に支配されるようになる。従って、標準電極電位がより負な材料をカソードに用いることにより、低電圧で発光した。さらに、支持電解質を加えることにより、カソード電位は負な方向へシフトし、低電圧でも発光した。
2)固体系のECL
 発光体のRu(bpy)32+はカチオンであることから、アニオン性の高分子電解質フィルムであるナフィオン膜に安定に保持される。この現象を利用してナフィオン修飾電極を作成した。従来のナフィオン修飾電極を用いたECLでは、この修飾電極を溶液中に対極とともに浸漬してセルを作成した。この方法に対し、ナフィオン修飾電極のナフィオン膜の上に、さらに、電解質を取り込んだ水溶性ナイロン層を設け、溶媒を両層にしみ込ませることにより、半固体系のECL素子を作成した。溶液系ではdc ECLの発光を得るために、アノードをカソードより小さくして電流値を規制した。本系では高抵抗の水溶性ナイロン層で、電流値は規制されるために、アノードにカソードと同じ面積のITO電極を用いた。アノードとカソードの面積が同じ事から溶液系に比べ、駆動電圧を10Vから3.2V(Alカソード)に下げることが出来た。また、発光強度およびその安定性に於いて、溶液系より優れていた。さらに、このECL素子構造において、発光層であるナフィオン膜の厚さは1μm程度であり、水溶性ナイロン層の厚さはせいぜい1mm程度である。そして、溶液は各ポリマー層に保持されており、薄い固体型の面発光体が得られた。しかしながら、応答性に於いては、反応中間体の拡散速度が溶液系に比べて小さいことから、やや劣っていた。
3)分散型交流 EL
 ゾルーゲル法で作成したシリコン酸化物をバインダーに応用することに成功し、耐熱性に優れた分散型EL素子を得た。このEL素子は環境温度の上昇にともない、発光のピークは長波長側にシフトし、発光強度は弱くなり、160℃でほぼ発光しなくなった。しかし160℃で通電後、室温に戻すことにより、発光強度はほぼ回復した。この様に、環境温度に対し、発光強度は負の温度係数を有するが、素子の劣化はみられなかった。観測された発光強度の温度依存性は発光体自身の温度特性と考えられ、高温で素子破壊がみられる従来の有機物バインダーを用いたEL素子に比べ耐熱性に優れていた。

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