大強度パルスイオンビームを用いた薄膜形成に関する研究
氏名 霜鳥 裕
学位の種類 工学博士
学位記番号 博甲第9号
学位授与の日付 平成元年3月25日
学位論文の題目 大強度パルスイオンビームを用いた薄膜形成に関する研究
論文審査委員
主査 教授 八井 浄
副査 教授 三山 創
副査 教授 伊藤 猷顯
副査 教授 飯田 誠之
副査 助教授 升方 勝己
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第1章 序論 p.1
参考文献 p.3
第2章 大強度パルスイオンビーム蒸着法(IBE)実験装置 p.5
2.1 概要 p.5
2.2.大強度パルスイオンビーム発生装置 p.7
2.2.1 マルクス発生器 p.7
2.2.2 パルス整形線路 p.7
2.2.3 磁気絶縁型イオンダイオード(MID) p.9
2.2.4 大強度パルスイオンビーム発生装置"ETIGO-I" p.11
2.3 IBE実験装置 p.12
参考文献 p.14
第3章 磁気絶縁型イオンダイオード(MID)の動作特性 p.15
3.1 はじめに p.15
3.2 実験結果 p.15
3.3 考察 p.17
参考文献 p.17
第4章 ビーム生成プラズマの動特性 p.18
4.1 はじめに p.18
4.2 実験結果 p.18
4.2.1 イメージコンバーターカメラによる計測 p.18
4.2.2 バイアスイオンコレクタによる計測 p.20
4.3 考察 p.22
4.3.1 ターゲットプラズマの温度 p.22
4.3.2 ターゲットプラズマの電離状態 p.27
4.3.3 ターゲットプラズマ以外の二次粒子線 p.27
4.3.4 スパッタリング粒子 p.29
4.3.5 高速散乱粒子 p.30
4.3.6 X線 p.32
4.3.7 熱輻射 p.32
4.3.8 IBEのプロセス p.33
参考文献 p.34
第5章 硫化亜鉛(ZnS)薄膜の形成 p.36
5.2 はじめに p.36
5.2 実験結果 p.36
5.2.1 ビーム照射回数と膜厚の関係 p.36
5.2.2 結晶性の評価 p.38
5.2.3 蒸着速度と結晶性の基板温度依存性 p.42
5.2.4 表面形態の観察 p.44
5.2.5 オージェ電子分光による薄膜表面の組成分析 p.45
5.3 考察 p.47
5.3.1 瞬間的な蒸着速度 p.47
5.3.2 六方晶ZnSの生成に関する考察 p.49
5.3.3 ZnS薄膜の組成に関する考察 p.51
参考文献 p.52
第6章 エレクトロルミネッセント(EL)素子への応用 p.54
6.1 はじめに p.54
6.2 実験結果 p.55
6.3 考察 p.61
参考文献 p.62
第7章 今後の課題 p.63
7.1 はじめに p.63
7.2 PIBの発生 p.63
7.3 ターゲットプラズマ動特性 p.65
7.4 IBEによる薄膜形成の制御性 p.65
7.5 薄膜EL素子開発へのIBEの応用 p.68
7.5.1 はじめに p.68
7.5.2 瞬間的な基板温度上昇の効果 p.69
7.5.3 高速蒸着の効果 p.71
7.6 他の材料への応用 p.72
7.5 PIBのIBE以外への応用 p.72
参考文献 p.73
第8章 結論 p.74
謝辞 p.76
本研究に関する業績リスト p.77
著者は、昭和61年4月の長岡技術科学大学大学院工学研究科博士後期課程入学以来3年間にわたって、大強度パルスイオンビームを用いた薄膜形成に関する研究に携わってきた。本論文は、この間に著者が行ってきた研究成果をまとめたものである。
近年、半導体薄膜デバイス等の薄膜製造プロセスにおいて、プラズマ技術の導入が注目されるようになってきた。これは、基板上に堆積するイオンが適度な運動エネルギー(数eV~数百eV)をもつことや、化学的に活性な状態であるために、より低温においても高品質の薄膜形成が行われるというものである。
このようなプラズマは一般的に低圧不活性ガス中でのグロー放電によって生成されるが、プラズマ生成領域で薄膜形成を行うことは、不活性ガス粒子の膜中への混入の問題など、望ましくない場合もある。また、十分な薄膜形成速度も得られていなかった。
そこで筆者らの研究グループは、比較的高真空(10-6~10-4Torr)において高温・高密度のプラズマを発生するために、大強度パルスイオンビームと呼ばれる高エネルギー(~MeV)、大電力密度(~数GW/cm2)、短パルス(~数十ns)という極めて特殊なイオンビームを用いて、固体ターゲットの表面層を瞬間的に加熱し、こうして生成されたプラズマを空間中に拡散して基板上に堆積する方法を提案した。本方法は、これまでにない全く新しい薄膜形成方法であり、著者らにとって"大強度パルスイオンビーム蒸着法"(Intense, Pulsed, Ion Beam Evaporation; IBE)と命名された。
本方法の特色は、次のようにまとめられる。
(1)瞬間的な蒸着速度が非常に高い。
(2)蒸着される粒子はイオン化しており、その運動エネルギーは~数eV以上と大きい。
(3)薄膜形成の初期に、基板に高速散乱粒子やスパッタリング粒子が照射される。
著者らは、イオンビームのターゲットとして硫化亜鉛(ZnS)を用いた薄膜形成実験を行い、ビーム生成プラズマや、基板上に形成されるZnS薄膜の性質を調べた。また、ターゲットプラズマの温度や電離状態、瞬間的な蒸着速度、瞬間的な基板温度上昇に関する検討を行った。さらに、発光中心としてマンガン(Mn)を添加したZnS:Mnエレクトロルミネッセント素子を作製し、その基本特性を調べた。
本論文は、以下の全8章から構成される。
第1章は、序論であり、近年の薄膜技術と本技術との関連や、本研究の必要性を明らかにし、本研究の目的と意義を明確にする。
第2章では、IBE法実験装置について述べる。ここでは、実験装置を大別して、パルス大電力の発生、大強度パルスイオンビームの発生と収束、イオンビームのターゲット照射と薄膜化の3段階に分けてこれらの装置の原理を説明する。
第3章では、磁気絶縁型イオンダイオードによるイオンビーム発生について述べる。
第4章では、ビーム生成プラズマに関する計測実験や検討を述べる。ここでは、イメージコンバータカメラやバイアスイオンコレクタによる計測結果を示す。また、ターゲットプラズマの温度や電離状態、ターゲットプラズマ以外の二次粒子線に関する評価を行う。この結果、プラズマの温度が~2.7eVの高温であることや、ほとんどのターゲット原子がイオン化していること等を示す。
第5章では、ZnS薄膜形成実験の結果を示す。ここでは、室温のガラス基板上で~+マイクロ秒という極めて短時間に~0.3μmもの膜厚が生成されることを示す。また、室温という低い基板温度にもかかわらず、ZnSの高温相である六方晶のZnS薄膜が形成されることを示す。さらに、蒸着速度や結晶性の基板温度依存性や、表面形態の観察結果についても述べる。この時、瞬間的な蒸着速度は~4cm/Sと評価された。この値は従来の真空蒸着法に比べて5桁以上も大きい。さらに、室温という基板温度において六方晶のZnSが形成された原因の一つとして、瞬間的な基板表面温度が~6400度も上昇することを示した。
第6章では、ZnS:Mn薄膜エレクトロルミネッセント素子の作製と評価について述べる。作製されたEL素子はオレンジ色に発光し、10kHz、144V(波高値)の正弦波によって動作した時、最高輝度195cd/m2が得られた。
第7章では、今後の課題について述べる。
第8章では、以上の7章を総括し、本研究の結論を述べる。