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分子動力学シミュレーションによる蛋白質の水和特性の解析

氏名 新保 雄大
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第620号
学位授与の日付 平成24年3月26日
学位論文題目 分子動力学シミュレーションによる蛋白質の水和特性の解析
論文審査委員
 主査 教授 城所 俊一
 副査 教授 滝本 浩一
 副査 准教授 本多 元
 副査 名誉教授 曽田 邦嗣
 副査 理化学研究所計算生命科学研究センター生命モデリングコアコア長 泰地 真弘人

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目次
第1章 序論 p.1
 1.1 蛋白質の立体構造形成と柔軟性 p.1
 1.2 蛋白質における水和効果 p.2
 1.3 蛋白質の分子動力学シミュレーション p.3
 1.4 ニワトリ卵白リゾチーム p.5
 1.5 本研究の背景・目的 p.6
第2章 水和サイトの構造特性 p.9
 2.1 緒言 p.10
 2.3 方法 p.13
 2.3.1 分子動力学シミュレーションと解析の条件 p.13
 2.3.2 水和サイトの定義 p.14
 2.4 結果・考察 p.20
 2.4.1 水和サイトの特性量 p.20
 2.4.2 水和サイトの空間分布 p.25
 2.4.3 水和サイトの構造的特徴 p.27
 2.4.4 X線結晶構造中の結晶水と水和サイトの比較 p.36
 2.5 結論 p.40
第3章 解鎖蛋白質のモデル構造生成法と構造特性 p.41
 3.1 緒言 p.43
 3.2 方法 p.45
 3.2.1 解鎖蛋白質の構造生成 p.45
 3.2.2 主鎖・側鎖2面角頻度分布の作製 p.45
 3.2.3 Rsq,ASAの計算 p.46
 3.3 結果・考察 p.47
 3.3.1 解鎖蛋白質の構造生成プログラムの開発 p.47
 3.3.2 解鎖蛋白質の構造特性 p.50
 3.3.3 変性剤変性蛋白質の構造解析 p.55
 3.4 結論 p.59
第4章 外部水和水の数揺らぎ p.61
 4.1 緒言 p.63
 4.2 方法 p.65
 4.2.1 距離法 p.65
 4.2.2 Thornton法 p.66
 4.2.3 MDSの実行条件 p.66
 4.3 結果・考察 p.67
 4.3.1 水和水数揺らぎの大きさ p.67
 4.3.2 水和水数の露出表面積への依存性 p.70
 4.3.3 蛋白質と水和水固有の構造揺らぎの寄与の分離強化法 p.74
 4.3.4 水和水数揺らぎの自己相関関数 p.78
 4.3.5 外部水和水数の揺らぎの分子機構 p.82
 4.4 結論 p.92
第5章 内部水和サイトの構造揺らぎ p.93
 5.1 緒言 p.95
 5.2 方法 p.97
 5.2.1 分子動力学シミュレーション p.97
 5.2.2 内部水の判定 p.97
 5.3 結果・考察 p.98
 5.3.1 水和水数揺らぎの大きさ v98
 5.3.2 水和水数の露出表面積への依存性 p.103
 5.3.4 蛋白質と水和水固有の構造揺らぎの寄与の分離強化法 p.105
 5.3.5 水和水数揺らぎの自己相関関数 p.108
 5.3.6 外部水和水数の揺らぎの分子機構 p.111
 5.4 結論 p.121
総括 p.123
参考文献 p.125
謝辞 p.139

細胞内の多くの蛋白質は,分子表面を水に取り囲まれており,その構造形成や機能の発現において,水は決定的な役割を果たしている。この水和構造の動的特性を調べることは,水の役割とその分子機構を解明する上で重要である。本研究は,リゾチーム分子の水和動力学の特性を,分子動力学シミュレーション (MDS) により調べたものである。
 第1章では,蛋白質の構造・物性に果たす水和効果の役割に関する知見と,本研究で用いたMDSと蛋白質に関する情報を纏め,その背景と目的を述べている。
 第2章では,先ず蛋白質の水和サイトの同定法と構造揺らぎを概括する。次にMDSデータを用いて蛋白質の構造揺らぎを陽に考慮する,新たに開発した水和サイト同定法を詳述する。これを水溶液中のリゾチームに適用して,233個の水和サイトを同定した。水和サイトは,クラスタ型水和サイト (CHS) と単独型水和サイト (SHS) に分類できる。同定された全水和サイトは,38個のCHSと195個のSHSに分けられた。CHSの水和構造を視覚的に把握する為に「架橋水素結合図」を新たに考案し,代表的な水和サイトを解析した。その結果,(1) CHSの構造は,多様な水和構造が出現確率で重み付け平均されたものである,(2) 構造間の遷移は,水和水と蛋白質の極性基の熱運動に駆動され,両者の間の水素結合の組換えを通して起こる事を見出した。最後に,同定された水和サイトと,高分解能X線結晶構造解析で検出された結晶水の構造を比較解析した。比較可能な106個の水和サイトの内の70%のサイトでは,結晶水とMDSからの水和水の数が一致したが,残りの30%では有意に異なった。これは,結晶中の電子密度の平均分布を観測するという,X線結晶構造解析の原理的な制約に起因することを示唆する。
 第3章では,解鎖蛋白質の構造特性を解析する為に開発した,モデル構造生成法について述べる。この方法では,結晶構造データベースに因る主鎖2面角分布を用い,効率良く原子衝突を回避することで,高速に大量の鎖構造が生成できる。また異なる局所2次構造に組み込まれている残基集団の主鎖二面角分布を組み合わせることで,多様な構造特性を持つ集団が取得できる。この方法と大局構造を反映する平均自乗半径 (Rsq) を組み合わせて,高濃度変性剤存在下での変性状態の構造特性を解析した。その結果,Rsqの残基数依存性から,既報と同様に,この環境が良溶媒であることを検証した。更に実測を再現する構造集団の主鎖2面角分布は,α-領域での存在確率が20%以上であることが分かった。これは,多次元NMR法による3JHNα 結合定数の解析結果の報告と一致する。更に,大量のランダム鎖構造集団に対して露出表面積 (ASA) を評価した結果,ASAは蛋白質の動的構造を特徴づける有用な指標であることが確かめられた。蛋白質やペプチド鎖の水和水数は,それらの表面積に近似的に比例するので,ASAの変化の解析により,蛋白質の構造揺らぎによる水和水数の変動が,近似的に定量できる可能性がある。この様に,開発した解鎖蛋白質の構造生成法は,その局所構造と大局構造を,水和構造を含んで統一的に解析可能にすることで,解鎖蛋白質の構造解析に極めて有用であることが確認された。
 第4章では,蛋白質の水和構造を特徴付ける最も基本的な量である,蛋白質の外部水和水数の揺動特性について述べる。本研究は,蛋白分子全体の水和水数の揺らぎを,計算科学的手法により初めて解析したものである。先ずMDSから得たASAと水和水数に,主成分分析と回帰分析を適用した。また,蛋白質の構造を固定した「凍結蛋白質」にMDSを適用し,通常の「自由蛋白質」と,水和水数の揺らぎを比較した。その結果,水和水数の揺らぎに対する,蛋白質と水和水の構造揺らぎの寄与は,同程度である事が分かった。また,水和水数の揺らぎの自己相関関数を解析して,相関時間の分布を調べた。その結果,水和水の構造揺らぎに因る相関成分は,事実上10 psより短い時間の成分しか持たないのに対して,蛋白質の構造揺らぎに因る相関成分は,81%が数十psより長い時間域の成分で構成される。即ち,水和水数の遅い揺らぎは,蛋白質の構造揺らぎに起因することが結論された。この事実は,機能に関係する様な遅い構造揺らぎから生成される構造に対して,水が短時間に応答してその構造を安定化することを示している。以上と,水和層での滞在時間が10 psより長い水和水が有意に存在することから,水分子の水和層への出入りはランダムではなく,水和水分子は互いに,10 ps未満の応答時間で水の出入りを補償していると考えられる。また凍結蛋白質で見られるns域の長時間滞在水が,自由蛋白質では観測されず,蛋白分子と水和水は,協同的に互いの構造揺らぎを誘起していることが示唆された。
 第5章では,蛋白分子内部の水和構造について述べる。蛋白質内部の親水性の空隙には,蛋白質の極性基や同じ空隙にある他の内部水と相互作用する,水分子が存在する事が多い。本研究では,内部水の動的挙動の詳細を調べた。内部水の位置と数は,蛋白質の構造変化を伴って変動している。内部水数の変動は,主に内部空隙と蛋白質表面を隔てるゲートの開閉に因ることが分かった。ゲートの開閉は,内部水と外部水の交換に必須の過程である。これは,熱揺らぎで内部空隙と分子表面の間の蛋白原子が僅かに動いて,構造が変化する事に因ることが見出された。ゲートの開閉の頻度は,内部水の交換頻度よりも高く,多数のゲート開閉の間に,偶に実質的な水の交換が起きる。また内部水の空間分布と水素結合パターンの解析から,4個の水を受容するクラスタ型内部水和サイト ‘Hg’ の水和構造は,非常に多様であるが,内部水の位置や水素結合パターンには幾つかの代表的な構造があることが分かった。これらの構造間の遷移や内部水の交換では,蛋白質の極性基と水分子の水素結合が協同的に組換えられることにより,構造変換の遷移エネルギーを下げていることが分かった。

本論文は、「分子動力学シミュレーションによる蛋白質の水和特性の解析」と題し、分子動力学シミュレーション(MDS)により蛋白質分子の水和の動的特性を調べるための新しい手法を提案するとともに、これらの手法を用いて、実際に蛋白質の水和特性を調べたものであり、5章から構成されている。
 第1章「序論」では、蛋白質分子の物性や機能への水和の効果の重要性を述べ、これに関連する研究について概観するとともに、本研究の目的について述べている。
第2章「水和サイトの構造特性」では、蛋白質分子の水和サイト同定法を提案している。この方法では、水和サイトをクラスタ型 (CHS) と単独型 (SHS) とに分類し、CHSの水和構造に対して水素結合ネットワークを把握する手法を示している。実際に、リゾチームのMDSの結果、同定した水和水がX線結晶解析により検出されたものと良い一致を示すことを確認するとともに、CHSの動的な特性を評価している。
第3章「解鎖蛋白質のモデル構造生成法と構造特性」では、解鎖状態にある蛋白質分子の構造特性を表すために、多様な構造を高速に生成する手法を考案している。また、この方法を用いて、主鎖二面角分布を取り入れた多様な構造集団を作成し、実験により得られた解鎖蛋白質の構造特性と比較する手法を提案している。これらの方法により、高濃度変性剤存在下の解鎖蛋白質の平均自乗半径が、特定の主鎖二面角分布に対応することを示唆するとともに、蛋白質分子の溶媒露出表面積がその動的構造を特徴づける有効な指標であることを示した。
第4章「外部水和水の数揺らぎ」では、蛋白質分子外側にある水和水の数(水和数)の揺らぎを評価した結果について述べている。リゾチーム分子の通常のMDSと、蛋白質を構成する全原子の座標を静止させた場合のMDSの結果を比較することで、水和数の揺らぎに、蛋白質と水和水の構造揺らぎが同程度の寄与を持つこと、および両者の寄与には時間領域で大きな違いがあることを示している。また、水分子の水和層への滞在時間に、蛋白質分子の構造揺らぎが寄与していることを明確にした。
第5章「内部水和サイトの構造揺らぎ」は、蛋白質内部の水和水の動的な構造特性を調べたものである。内部水和水の位置と水素結合ネットワークとが蛋白質分子の構造揺らぎによって多様に変化することを示すとともに、これらの変化が、代表的な構造とその間の遷移によって記述できることを示唆している。
このように、本論文では、分子動力学シミュレーションによる蛋白質分子の動的な水和特性を評価するための新しい手法が提案され、蛋白質の物性や機能に重要な寄与を持つ水和水の特性について、従来の手法では得られない詳細な動的解析が可能であることを明確に示しており、蛋白質の安定性や機能の分子設計への応用など蛋白質工学への貢献は大きいといえる。よって、本論文は、工学上および工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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