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水道用高分子材料(EPDM, PP)の劣化と酸化防止剤の溶出に関する研究

氏名 五野上 美緒
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第624号
学位授与の日付 平成24年6月30日
学位論文題目 水道用高分子材料(EPDM, PP)の劣化と酸化防止剤の溶出に関する研究
論文審査委員
 主査 准教授 河原 成元
 副査 教授 五十野 善信
 副査 教授 塩見 友雄
 副査 准教授 竹中 克彦
 副査 客員教授 大武 義人

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目次
第一章 緒論 p.1
 1.1 本研究の背景 p.1
 1.1.1 水道水中における残留塩素 p.3
 1.1.2 水まわりで使用される高分子材料 p.6
 1.1.3 高分子材料の劣化と安定化 p.9
 1.1.4 高分子材料に対する水の影響 p.13
 1.2 本研究の目的 p.17
 第一章の参考文献 p.19
第二章 集束イオンビーム・走査電子顕微鏡を用いた市場回収EPDMパッキンの劣化解析 p.23
 2.1 緒言 p.23
 2.2 実験 p.24
 2.2.1 試料 p.24
 2.2.2 分析及び劣化評価 p.25
 2.3 結果と考察 p.25
 2.3.1 未使用品及び使用品の組成分析および13C-NMRによる構造解析 p.28
 2.3.2 SEMによる表面観察及びEDSによる表面の元素分析 p.30
 2.3.3 FIB加工した試料断面のSEM観察とEDSによる元素分析 p.34
 2.3.4 顕微鏡FT-IR(ATR法)による試料表面の分析解析 p.35
 2.4 第二章の要約 p.36
 第二章の参考文献 p.36
第三章 水道水使用環境下を想定した促進劣化試験によるEPDMゴムの劣化と評価 p.37
 3.1 緒言 p.37
 3.2 実験 p.38
 3.2.1 試料 p.38
 3.2.2 促進劣化処理 p.40
 3.2.3 酸化防止剤の定量分析及び劣化評価 p.40
 3.3 結果と考察 p.41
 3.3.1 加硫ゴム試料中に含まれる酸化防止剤の定量 p.41
 3.3.1.1 酸化防止剤の溶解度 p.43
 3.3.1.2 酸化防止剤とEPDMとの相溶性 p.44
 3.3.1.3 酸化防止剤のEPDM中への移行性 p.45
 3.3.2 促進劣化処理による物性変化 p.45
 3.3.3 SEMによる表面観察結果 p.49
 3.3.4 顕微鏡FT-IR(ATR法)による加硫ゴム表面の劣化分析 p.50
 3.3.5 EPMAによる塩素浸透度測定 p.51
 3.3.6 表面硬度の測定 p.52
 3.4 第三章の要約 p.53
 第三章の参考文献 p.54
第四章 水道水使用環境下を想定した促進劣化試験によるPPの劣化と評価 p.55
 4.1 緒言 p.55
 4.2 実験 p.57
 4.2.1 試料 p.57
 4.2.2 促進劣化処理 p.58
 4.2.3 酸化防止剤の定量 p.59
 4.2.4 機械的強度測定及び劣化評価 p.59
 4.3 結果と考察 p.60
 4.3.1 表面ブルーム物の分析 p.60
 4.3.2 酸化防止剤の減少挙動 p.61
 4.3.3 機械的特定及び動的粘弾性の評価 p.63
 4.3.4 顕微鏡FT-IR(ATR法)による表面劣化分析 p.66
 4.3.5 DSCによる酸化開始温度 p.68
 4.4 第四章の要約 p.69
 第四章の参考文献 p.70
第五章 水道水中のEPDMゴム中の酸化防止剤の分布と劣化 p.71
 5.1 緒言 p.71
 5.2 実験 p.72
 5.2.1 試料 p.72
 5.2.2 促進劣化処理 p.72
 5.2.3 酸化防止剤の分布状態及び劣化評価 p.73
 5.3 結果と考察 p.74
 5.3.1 酸化防止剤の減少挙動 p.74
 5.3.2 深さ方向への酸化防止剤の分布状態 p.75
 5.3.3 顕微鏡FT-IR(ATR法)を用いたゴム表面及び内部の劣化状態分析 p.75
 5.3.4 SEMによる断面の劣化状態の観察 p.78
 5.3.5 EDXによる断面の元素マッピング分析 p.79
 5.3.6 酸化防止剤・添加剤の抽出と酸化防止剤減少原因 p.80
 5.4 第五章の要約 p.81
 第五章の参考文献 p.82
第六章 水道用EPDMゴムの最適酸化防止剤の選択 p.83
 6.1 緒言 p.83
 6.2 実験 p.84
 6.2.1 試料 p.84
 6.2.2 促進劣化処理 p.85
 6.2.3 EPDM中の酸化防止剤の定量分析 p.86
 6.3 結果と考察 p.87
 6.3.1 製造過程における酸化防止剤の消費量 p.87
 6.3.2 水道水使用環境下における酸化防止剤の消費量 p.92
 6.4 第六章の要約 p.94
 第六章の参考文献 p.95
第七章 結論 p.97
 研究業績 p.99
 1. 論文リスト p.99
 2. 学会発表 p.99
 (1) 口頭発表 p.99
 (2) ポスターセッション p.99
 (3) その他 p.99
 謝辞 p.101

1 背景
トイレ、風呂等の住宅設備機器や水道水を供給する給排水設備機器等の水周り製品には、多くのゴム・プラスチックなどの高分子材料が使用されており、これらの高分子材料の高品質化、高機能化が我々の水道水を使用した健康で豊かな生活を根幹で支えている。これら高分子材料は、長期耐久性、信頼性、汎用性及び廉価であることが求められ、そのためにゴム材料としてEPDM、プラスチック材料としてPPが最も多く使われ、使用用途、環境、期待寿命に合わせ、老化防止剤が添加されている。
近年、水道水は、産業の急速な発展で水源である河川等の汚濁が進み、殺菌剤である次亜塩素酸量の多量添加から残留塩素濃度が増加し、そのため、水道水に接するEPDM、PP成形品は、より過酷な使用条件にさらされている。また、使用者の利便性、快適性の指向から温水使用による熱の影響も重なり、残留塩素との相乗効果で従来では予想しない高分子材料の劣化が促進化され、漏水等の事故が多発している。このように水道水に接するEPDM、PP成形品に対する使用環境は厳しくなる一方で、長寿命化、高信頼性の要求はより増している。
高分子材料には劣化を防止し、長期安定化させるため各種老化防止剤が添加されているが、ポリマーへの相溶性が低い場合、表面へブルームし、さらに水への溶解性が高い場合には水中へ溶出してしまい、本来老化防止剤がもつ性能が発揮されず成形品の短命化、トラブル発生につながっている。しかし、実際の水道水使用環境を想定し、ゴム、プラスチック中に配合した老化防止剤の水道水中への溶出挙動についての報告はなく、また、老化防止剤の消失により高分子材料の劣化に与える影響について論じた報告はされていない。そのため、水回りでの使用は空気中での一般的使用に比べ、漏水、黒粉現象などのさまざまなトラブルが発生しやすい状況にある。

2 目的
本論文では、研究対象に水回り設備等に最も多用されている加硫ゴムとしてEPDM成形品、プラスチックとしてPP成形品を選定した。市場にて実使用されたEPDMシールの劣化状態を把握し、その劣化状態を基に、各種老化防止剤を添加し成形加工したEPDM、PPシートに水道水を想定した残留塩素を含む温水による促進劣化を行い、劣化過程における老化防止剤の減少挙動、さらにEPDMシート中の老化防止剤の分布状態を調査する。また、各種老化防止剤を添加したEPDMシートについて、成形加工プロセスにおける各老化防止剤の損失量、促進劣化における水への溶出量を調査し、材料のライフサイクル全体を通じた最適な老化防止剤の選択指針を提案する。

3 結果と考察
市場にて実際に使用されたEPDMシールは、長期使用による水道水の吸水による膨潤と残留塩素による激しい表面劣化を生じ、また、劣化を生じさせる因子として残留塩素以外に水道水中に含まれる微量金属イオンがラジカル発生の触媒となっている可能性が示唆された。これらの結果をもとに各種老化防止剤を添加し成形加工したEPDMシート及びPPシートへ水道水を想定した塩素水の促進劣化を行った結果、EPDMシートの場合、促進劣化過程でEPDM中の老化防止剤は水中へと溶出し、EPDMは水分吸着による体積増加、引張強さの低下、黒粉の発生及び表面のひび割れなどの劣化が確認された。その劣化度合いは添加する老化防止剤の種類で異なり、高分子量の老化防止剤や老化防止剤自身の溶解度の小さいフェノール系老化防止剤を使用した場合には水中への溶出と劣化が充分に抑制されることが判明した。PPシートについても、酸化防止剤の急激な減少に伴い、劣化に伴う低下現象を示す酸化開始温度が低下し、PP表面に酸化劣化を示すカルボニル基及び-C=C-が生成、曲げ強さなどの機械的強度が低下する激しい劣化現象が認められた。
さらに、EPDMシートに配合された老化防止剤の水中への溶出挙動を把握するため、アミン系老化防止剤(IPPD)を配合したEPDMシートの劣化過程における老化防止剤の分布状態の変化を調査したところ、成型加工後のEPDMシートは加硫反応時の熱による揮発と反応時に生成するラジカルをクエンチすることで、表面より減少し、比較的内部に多い傾向を示した。さらに、促進劣化により、内部に多く残存していた老化防止剤は、内部から表面へ分子鎖のマクロブラウン運動によりマイグレーションし、EPDM表面近傍に水が吸水することで、水中への溶解が促進し、加硫ゴム全体では十分に老化防止剤が残存するにもかかわらず、表面近傍には老化防止剤濃度が極めて低くなるために、EPDM表面は劣化による荒れ及び酸化劣化が進行していた。
また、各種老化防止剤を添加したEPDMシートの成形加工プロセスにおける老化防止剤の損失量、促進劣化における水への溶出量を調査した結果、成型時の揮発、分解及び使用時の水中への溶出による損失が最も少なく、かつ、残留塩素がポリマーを攻撃する際に発生するラジカルと多く反応する老化防止剤であるキノリン系老化防止剤(TMDQ及びETMDQ)であった。

4 結論
水周り製品に使用される老化防止剤を添加したEPDM、PP成形品は、使用時にポリマーの寿命を決定づける老化防止剤が水中へ溶出、ポリマーの酸化劣化が起こりやすい状態となり、さらに、残留塩素を含む水の吸水と表面の酸化劣化を繰返すことで、激しい表面劣化と強度低下を生じる。さらに、各種老化防止剤を添加したEPDMシートについて、成形加工プロセスにおける各老化防止剤の損失量、促進劣化における水への溶出量の調査結果から、製造時及び使用時に老化防止剤の損失が最も少なく、かつ、劣化反応時に生ずるラジカルと効果的に反応するキノリン系老化防止剤(TMDQ及びETMDQ)が水周りで使用される成形品の長寿命化、高信頼性に寄与する最適な老化防止剤であることを明らかとした。

本論文は、「水道水用高分子材料(EPDM、PP)の劣化と酸化防止剤の溶出に関する研究」と題し、7章より構成されている。
第1章「緒論」では、水道水の流水環境下において使用されているゴム及び劣化の測定や評価技術に関する従来の研究の概要を示すとともに、本研究の目的と範囲を述べている。
第2章「集束イオンビーム・走査電子顕微鏡を用いた市場回収EPDM パッキンの劣化解析」では、市場にて実際に使用されたEPDM シールについて、超微細加工が可能な集束イオンビーム加工により表面及び断面を観察、成分分析、構造解析を行い、水道水中に含まれる残留塩素がEPDM シールに与える劣化影響をはじめ、その他の水に含まれる微量成分が劣化に与える影響を解析している。
第3章「水道水使用環境下を想定した促進劣化試験によるEPDM ゴムの劣化と評価」では、第二章で得られた知見をもとに、各種酸化防止剤を添加したEPDM 標準シートについて、市場の使用環境を想定した促進劣化処理を行い、酸化防止剤の溶解度、EPDM との相溶性及び移行性からEPDM に含まれる酸化防止剤の減少挙動を検討している。その結果、EPDM シートの物性、表面劣化に与える酸化防止剤の水中への流出の効果を明らかにしている。
第4章「水道水使用環境下を想定した促進劣化試験によるPP の劣化と評価」では、PP について、第三章と同様な市場の使用環境を想定した促進劣化処理を行い、酸化防止剤の水中への流出がPPの劣化に与える影響を解明している。
第5章「水道水中のEPDM ゴム中の酸化防止剤の分布と劣化」では、酸化防止剤の溶出と残留塩素による劣化の関係をさらに明確にするため、促進劣化したEPDM シート中の酸化防止剤の深さ方向への分散状態を調査し、酸化防止剤の溶出と残留塩素を含む水の浸透がEPDM シートの劣化に与える影響を解明している。
第6章「水道用EPDM ゴムの最適酸化防止剤の選択」では、各種の酸化防止剤を添加したEPDM シートについて、製造プロセスから実使用環境を想定した促進劣化試験において、酸化防止剤の消費量とその原因を調査し、水回りで使用されるEPDM を長寿命化するために最適な酸化防止剤の選択指針を提案している。
第7章「結論」では、水道水中で使用されるEPDM、PPに関して、成形加工で受けるせん断応力などの機械的作用や高温に曝されるなどの熱的作用に対し、劣化を効果的に防止する酸化防止剤を選択することが重要であると同時に、製品としての使用段階においては、水への溶解度が低い酸化防止剤を選択することが、長寿命化に有効であることを総括している。
以上より、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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