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Trichoderma reeseiの形態・比較ゲノム解析に基づくセルラーゼ高生産化機構の解明

氏名 新田 美貴子
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第626号
学位授与の日付 平成24年6月30日
学位論文題目 Trichoderma reeseiの形態・比較ゲノム解析に基づくセルラーゼ高生産化機構の解明
論文審査委員
 主査 准教授 小笠原 渉
 副査 教授 福田 雅夫
 副査 教授 政井 英司
 副査 准教授 岡田 宏文
 副査 名誉教授 森川 康

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概要
第1章 序論 p.1
 1-1 再生可能エネルギーへの期待
 1-2 再生可能エネルギーとしての1つの選択肢:セルロース系バイオマスからのエネルギー原料の生産
 1-3 セルロース系バイオマスの糖化技術
 1-4 Trichoderma reesei 変異株の造成
 1-5 T.reesei のゲノム解析
 1-6 T.reesei のセルラーゼ・ヘミルラーゼの生産機構
 1-7 T.reesei の酵素生産量の向上に寄与する因子
 1-8 目的
第2章 T.reesei の形態解析に基づくセルラーゼ高生産化機構の解明 p.8
 2-1 緒言
 2-2 実験方法
 2-2.1 T.reesei の菌株および培養条件
 2-2.2 セルラーゼ活性測定
 2-2.3 T.reesei の生育および炭素源資化解析
 2-2.4 走査型顕微鏡による菌糸の巻猿
 2-2.5 蛍光顕微鏡による菌糸の観察
 2-2.6 透過型電子顕微鏡による菌糸の観察
 2-2.7 菌糸形態関連遺伝子群のマイクロアレイによる発現比較解析
 2-3 結果
 2-3.1 T.reesei 変異株はセルラーゼ・ヘミルラーゼ生産性の向上と共に、生育量が低下した
 2-3.2 T.reesei の菌体表面には層状の繊維状物質が生産されている
 2-3.3 T.reesei 変異株のセルラーゼ生産/非生産時の細胞レベルでの変化
 2-3.4 T.reesei の菌体外繊維状物質の形成過程
 2-3.5 物理的刺激やセルロースに対する菌体外繊維状物質の応答・形成
 2-3.6 マイクロアレイによる網羅的遺伝子発現解析
 2-4 考察
第3章 T.reesei の比較ゲノム解析に基づく新規転写因子BglRの同定・解析 p.22
 3-1 緒言
 3-2 実験方法
 3-2.1 T.reesei の菌株および培養条件
 3-2.2 比較ゲノム解析
 3-2.3 bglr復帰株および破壊株の構築
 3-2.4 形質転換体のセルラーゼ活性測定
 3-2.5 形質転換体の糖取り込み解析
 3-2.6 形質転換体のqRT-PCRによる発現解析
 3-2.7 ゲルシフトアッセイ解析
 3-3 結果
 3-3.1 PC-3-7株は、セロビオースやセロビオース関連基質で培養した際にKDG-12より高いセルラーゼ生産性を呈する
 3-3.2 T.reesei KDG-12株のゲノム解析
 3-3.3 bglrはZn(ll)2Cys6型の転写因子である
 3-3.4 bglr 破壊株およびSNP復帰株の取得
 3-3.5 変異株の生育特性
 3-3.6 PC-3-7およびbglr破壊株は、セロビオース培養時にセルラーゼ活性が増大する
 3-3.7 bglr 破壊株は、誘導培養におけるセロビオースの分解能力に乏しい
 3-3.8 セロビオースゆうどうによる遺伝子の発現挙動
 3-3.9 セルラーゼ遺伝子プロモータ部位とBglRの結合特異性の解析
 2-1 考察
第4章 総括 p.47
参考文献 p.49
本学位論文に含まれる公表論文 p.52
謝辞 p.53
参考(投稿論文)

近年、地球温暖化対策と共に、国の競争力維持・経済活動の活発化のためのエネルギー・資源の確保が世界共通の課題であり、最大の関心事項の一つとなっている。このような世界的潮流の中、我が国は去る3月11日、東日本大震災、並びに大震災に端を発する福島原発事故により未曾有の広域災害に見舞われた。こうした国家的課題に対して、エネルギーの安定供給、地球温暖化対策および国際競争力維持の観点から、再生可能エネルギーの高効率な確保と利用技術が、選択肢の一つとして脚光を浴びつつある。
グルコースが直鎖状にβ-1,4結合したセルロースは、植物の細胞壁構成成分として地球上で最も大量に存在するバイオマスである。このセルロース系バイオマスを分解することで大量に得られる糖は、再生可能エネルギーの一つである燃料用エタノールの生産に用いることができると共に、バイオリファイナリーによる燃料用バイオブタノールや食料・化成品原料としての利用価値がある。セルロース系バイオマスの酵素糖化法では、バイオマスの完全糖化が可能な多種の加水分解酵素(セルラーゼ、ヘミセルラーゼ等)を多量に生産することが求められる。現状では、多種のセルラーゼ・ヘミセルラーゼを多量に生産・分泌する糸状菌 Trichoderma reesei が、実用化に近い産業用の酵素源として期待されており、古くから菌株の改良が世界中で検討されている。
T. reesei(有性世代Hypocrea jecorina)は、第二次世界大戦中に南太平洋のブーゲンビル島で米軍により採取・単離された子嚢菌であり、我が国では第二次石油ショックの折、石油燃料代替を目的としたセルロース系バイオマス有効利用の観点から、多くのセルラーゼ高生産変異株が国家プロジェクトとして造成された。しかしながら、当時はセルラーゼ・ヘミセルラーゼの高生産化という目的が優先され。また技術レベルでも進展していなかったため、高生産化に寄与する具体の変異点、高分泌に関係した形態的な特徴、および高生産化に至る遺伝子レベルの機構解明はなされていない。
そこで、本研究では、T. reeseiにおけるセルラーゼ高生産化の機構を解明することを目的とし、第一章では、本研究を推進する意義および目的を明らかにすると共にT. reesei のセルラーゼ・ヘミセルラーゼの高生産化に関わる因子について網羅的にまとめた。
第二章では、T. reeseiのセルラーゼ生産能と形態変化との関係性を見出すことを目的として、一連の変異株のセルラーゼ・ヘミセルラーゼ活性の測定、炭素源資化解析を進めると共に、野生株(QM6a)、初期の変異株(QM9414)およびPC-3-7株について、主として走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、および蛍光顕微鏡により観察した。その結果、セルラーゼ・ヘミセルラーゼ活性が著しく向上した変異導入後期の菌株では、セロビオースやサリシン等のβ-1,4グリコシド結合を持つ糖・炭素源に対して、生育不良になる傾向を見出した。更に、セルラーゼ高生産時に菌糸が多数分岐することに加え、液胞が特異的に肥大すること、菌体外繊維状物質が多量に生産されることを見出した。
第三章では、セルラーゼ高生産変異株PC-3-7と当該親株であるKDG-12のゲノムを、次世代シーケンサーで解読し、同定された一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphisms; SNPs)の変異点を比較解析することで、セルラーゼ高生産化機構へのSNPsの寄与を明らかにすることを目的とした。比較解析の結果、変異点が確定した19のSNPsのうち、β-グルコシダーゼの発現を正に制御する転写因子BglR を新規に同定した。当該遺伝子の破壊株、およびSNPを野生株の配列に戻した変異株(復帰株)を作成し、セロビオースを唯一の炭素源として培養した結果、PC-3-7株と破壊株は、KDG-12株と復帰株に対して顕著なセルラーゼ活性の向上が確認された。また、セロビオースの加水分解および糖の取り込みについて解析した結果、破壊株は、誘導培養初期のβ-グルコシダーゼの生産が少なく、復帰株に対してセロビオースの分解が大きく遅れることが明らかとなった。更に、セロビオースに対するセルラーゼ遺伝子の発現解析を進めた結果、破壊株のセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子(cbh1, cbh2, egl1, egl2, bgl1, xyn1)の発現量が、復帰株に対して優位に高く、初期のβ-グルコシダーゼ(bgl2, cel1b, cel3b, cel3c, cel3d)の発現が抑制されていることが明らかとなった。

 本論文は、「Trichoderma reesei の形態・比較ゲノム解析に基づくセルラーゼ高生産化機構の解明」と題し、多種のセルラーゼ・ヘミセルラーゼを多量に生産・分泌する糸状菌 Trichoderma reeseiの野生株からセルラーゼ高生産変異株PC-3-7に至る一連の変異株を対象とした比較ゲノム解析に基づき、SNPを対象とした変異点の、セルラーゼ高生産化機構への寄与を明らかにすることを目的としたものであり、3章から構成されている。
第1章「序論」では、セルラーゼ高生産菌Trichoderma reeseiのセルラーゼ・ヘミセルラーゼの高生産化に関わる因子について研究の概要を示すとともに、本研究の目的と意義を述べている。
第2章「T. reesei の形態解析に基づくセルラーゼ高生産化機構の解明」では、T. reeseiのセルラーゼ生産性と具体の形態変化との関連性を見出すことを目的としている。セルロース培養時の酵素活性、種々の炭素源における生育変化、形態変化等の網羅的な解析を行った結果、T. reesei 変異株はセルラーゼ・ヘミセルラーゼ生産性の向上と共に、生育量が低下する傾向を見出した。更に、セルラーゼ高生産時に菌糸が多数分岐することに加え、液胞が特異的に肥大すること、菌体外繊維状物質が多量に生産されることを見出した。
第3章「T. reesei の比較ゲノム解析に基づく新規転写因子 BglRの同定・解析」では、セルラーゼ高生産株PC-3-7および当該親株KDG-12のゲノム配列を比較解析することで変異源(SNPs)を同定し、2変異株間でのセルラーゼ生産性向上に寄与する因子を同定し、機能を解明することを目的としている。当該親株とセルラーゼ高生産株との比較ゲノム解析により低分子のセロビオースにおいて、特にセルラーゼ活性に差異をもたらす転写活性化因子BglRの新規同定をした。更に、BglRの機能解析として、セロビオース培養における酵素活性の飛躍的な向上とBglRとの関係性、β-グルコシダーゼ遺伝子群の転写制御に係る発現解析およびHPLCによる糖の取り込み解析を進めた。これによりBglRがβ-グルコシダーゼの活性化子に関与する転写因子であり、菌糸の炭素源異化抑制メカニズムの発動に深くかっ変わっている因子であることを明らかとした。
このように、本論文では、T. reesei のセルラーゼ高生産化に至ったメカニズムの一端が、形態学的観点および新たな転写因子を同定することにより明らかとなり、セルラーゼ高生産化に寄与する新たな機構解明、さらにはセルラーゼ高生産株の造成への貢献は大きいといえる。
よって本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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