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ペルチェ素子とスターリングクーラを用いた新しい凍結加湿手術装置の研究

氏名 高橋 大志
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第449号
学位授与の日付 平成20年3月25日
学位論文題目 ペルチェ素子とスターリングクーラを用いた新しい凍結加湿手術装置の研究
論文審査委員
 主査 教授 福本 一郎
 副査 准教授 高原 美規
 副査 准教授 石原 康利
 副査 防衛大学校 教授 香川 澄
 副査 国立循環器センター研究所 准教授 妙中 義之

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第1章 諸言 p.1
 1.1 本邦における悪性腫瘍治療の現状 p.1
 1.1.1 活性酸素 p.1
 1.1.2 現在の治療法と今後 p.2
 1.2 低侵襲療法における凍結手術と温熱療法 p.3
 1.2.1 凍結手術(Cryosurgery) p.3
 1.2.1.1 凍結手術の原理 p.3
 1.2.1.2 凍結手術手技 p.7
 1.2.1.3 凍結手術装置の現状 p.8
 1.2.1.4 凍結手術の利点と問題点 p.10
 1.2.1.5 食品冷凍における最大氷結晶生成帯 p.11
 1.2.2 温熱療法(Hyperthermia Treatment) p.13
 1.2.2.1 温熱療法の原理 p.13
 1.2.2.2 温熱療法におけるHeat Shock Protein(HSP) p.14
 1.2.2.3 温熱療法装置の現状 p.15
 1.2.2.4 温熱療法の利点と問題点 p.17
 1.3 本研究の目的と本論文の構成 p.20
 1.3.1 本研究の目的 p.20
 1.3.2 本論文の構成 p.21
第2章 実験方法 p.22
 2.1 実験装置 ~Experimental set-up~ p.22
 2.1.1 ペルチェ素子(Peltier device) p.22
 2.1.2 スターリングクーラ(Stirling cooler) p.24
 2.1.3 凍結加湿手術装置 p.27
 2.2 対象 p.29
 2.2.1 実験動物の選定と飼育環境 p.29
 2.2.2 対象部位 p.29
 2.3 手術方法 p.30
 2.4 温度測定法と温度測定装置 p.30
 2.5 標本作製と観察法 p.32
 2.5.1 組織の脱血と固定法 p.32
 2.5.2 臓器の切り出し方法 p.33
 2.5.3 パラフィン包埋・未染色標本作製方法 p.33
 2.5.4 Hematoxylin・Eosin(HE)染色と観察方法 p.34
 2.5.5 HSP70免疫組織化学染色法 p.35
第3章 動物実験 p.37
 3.1 凍結時間による生体組織の壊死とストレス範囲測定実験 p.37
 3.1.1 実験方法 p.37
 3.1.2 実験結果 p.38
 3.1.3 実験結果のまとめ p.44
 3.1.4 考察 p.44
 3.2 凍結手術との比較による凍結加温手術の生体組織に対する影響の基礎評価実験 p.48
 3.2.1 実験方法 p.48
 3.2.2 実験結果 p.49
 3.2.3 実験結果のまとめ p.58
 3.2.4 考察 p.58
 3.3 凍結手術との比較による凍結加温手術の生体組織に対する影響の評価 p.61
 3.3.1 実験方法 p.61
 3.3.2 実験結果 p.61
 3.3.4 実験結果のまとめ p.69
 3.3.5 考察 p.70
 3.4 3手術法の比較による凍結加湿手術の生体組織に対する有用性の評価実験 p.73
 実験方法 p.73
 実験結果 p.74
 実験結果のまとめ p.85
 考察 p.85
 3.5 凍結加湿手術における最高温度の生体組織に対する影響の評価 p.88
 実験方法 p.88
 実験結果 p.88
 実験結果のまとめ p.97
 考察 p.97
 3.6 同一熱作用時間での凍結手術と凍結加湿手術の生体組織影響の比較 p.100
 実験方法 p.100
 実験結果 p.101
 実験結果のまとめ p.106
 考察 p.107
第4章 本研究の総括 p.109
 4.1 本研究の考察 p.109
 4.2 本研究のまとめ p.116
 4.3 課題と今後の展望 p.117

謝辞 p.119
参考文献 p.121

本研究に関する業績一覧 p.133
 (1) 学会誌学術論文
 ○原著論文
 ○参考論文
 (2) 国際会議発表論文
 (3) 特許
 (4) 受賞歴
 (5) 助成金
 (6) その他
 ○招待講演
 ○国内会議発表

 特許資料

現在、悪性腫瘍に対する治療として、外科的切除や放射線療法、化学治療などが施行されている。しかしこれらの治療法には問題点があり、外科的療法は高侵襲であり、かつ医師に高い技術が要求されることや、また切除範囲が医師の主観に依存するといった問題が挙げられる。放射線療法では、被曝の問題や放射線の照射範囲は外科的切除と同様に医師の主観によって行われているといった問題がある。さらに化学療法においては、異常であるか正常であるかを区別し標的組織のみを破壊することは困難であり、そのために副作用や効果に個人差が生じてしまうといった問題があげられる。近年では、患者に対する侵襲性が低い療法(低侵襲性療法)が注目されており、凍結手術や温熱療法が低侵襲療法のひとつとしてあげられる。
 凍結手術は、組織を冷凍(-20~-190℃程度)することによって生じる生体反応を利用した手術法式であり、凍結源として液体窒素やアルゴンなどが使用されている。生体反応として、凍結炎症、凍結固形化、凍結付着、凍結壊死があげられるが、腫瘍破壊に使用されているのは凍結壊死現象である。この凍結壊死の発生機序として、凍結による氷晶の発生・発育による細胞構造への機械的破壊や、氷晶形成による脱水に伴う電解質の異常濃縮、およびそれに起因するpH変化による蛋白質の変性などがあげられる。
 また温熱療法は、組織を加温(40~45℃で1時間程度)することによって腫瘍組織を破壊する手術法である。近年ではラジオ波やマイクロ波を使用した加温も広義で温熱療法に含まれる。一般的な腫瘍組織の血管構造は、正常組織の血管系とは異なり、薄い内皮細胞しかなく(正常血管系は内皮、中皮、外皮の3層構造である)、筋層や神経支配がないため血流は遅い。そのために温熱などの外部刺激に対する防御反応機能が乏しく、正常組織よりも高温となり選択的に破壊することが可能であるとされている。
 ただし、凍結手術や温熱療法にも問題があり、凍結手術では凍結が不十分な場合には、免疫学的促進作用によって悪性腫瘍が増悪する(より悪くなってしまう)ことや、急性凍結-緩速融解が組織破壊に対して最適な条件とされているが、臨床では急速凍結-自然融解(血流によって急速融解条件)であり、温度制御が不十分であるといった問題があげられる。また、温熱療法では、45℃で1時間の加熱条件が患者にとって非常に苦痛であり、ヒートショックプロテイン(HSP)発現による温熱耐性の獲得や細胞修復に関する問題がある。さらに凍結手術と温熱療法の両手術法に対する問題点として、組織破壊条件を満たすように均一に大きな腫瘍組織を凍結・加熱することは困難である。したがって、治療効果の向上が期待されている。
 そこで、凍結手術時の温度制御の問題を解決するために、ペルチェ素子とスターリングクーラを利用した新たな手術装置を作製した。本装置は既存の凍結手術装置とは異なり、液体窒素などの凍結源が不要であり、電力のみで凍結手術が施行可能である。また、凍結手術と温熱療法を併用する新たな手術法(凍結加温手術)の検討のため、併用療法に関する実験を行った。
 本装置を使用して凍結手術をマウス肝組織に対して施行した結果、急速凍結-緩速融解条件での凍結手術が施行可能となり、ヘマトキシリン・エオジン染色組織において核消失や核濃縮、うっ血、染色性の低下などが観測され、壊死が生じた結果を得ることができた。また、凍結手術単体、温熱療法単体、凍結加温手術の3手法をマウス肝組織に対して施行した結果、凍結加温手術群は凍結手術群と比較して有意にうっ血範囲が広範(t-test, p<0.05)であり、さらに染色効果においても、凍結加温手術群の組織が3手術法の中で最も破壊された様相が観測された。以上より、凍結加温手術の組織破壊性が最も高い可能性や、凍結手術と温熱療法の併用による相加効果の可能性が示唆された。また、凍結加温手術における温熱療法時の最高温度条件を3条件(38℃,40℃,42℃)に設定し手術を施行した結果、最高温度の相違が組織破壊性に影響する可能性が示唆され、42℃条件の組織破壊性が最も高い可能性が示唆された。
 しかし、これまでに行った凍結手術と凍結加温手術の比較実験において、凍結加温手術では、凍結手術施工後に加熱を行っているため、凍結手術と比較し手術時間が延長する問題や生体組織に影響がある凍結・加熱時間に相違がある(凍結手術:3分間凍結のみ、凍結加温手術:3分間凍結+5分加熱)ために、熱作用時間の延長によって組織破壊性が向上した可能性が考えられる。そこで、熱作用時間を3分間に統一し、凍結手術(3分間凍結)と凍結加温手術(凍結1分間+加熱2分間)の比較を行った結果、表面におけるうっ血や壊死範囲は凍結手術で広範であったが、壊死深度は同程度の結果であった。この結果は、凍結手術後の加温は深部領域に対する組織破壊性を向上させる可能性を示唆しており、この結果からも併用による相加効果の可能性が示唆された。
 しかしながら、本装置における凍結手術時の最低到達温度が、凍結手術に要求される温度(-20~-190℃程度)に対して不十分であり、装置改良が必要であること、およびHSP解析の必要性や手術後の回復過程を含めた実験を行う必要があることなどが示唆された。

 本論文は、「ペルチェ素子とスターリングクーラを用いた新しい凍結加温手術装置の研究」と題し、4章より構成されている。第1章「緒言」では、本邦における悪性腫瘍に対する治療法を述べると共に、これまでの凍結手術や温熱療法の概要及び問題点をあげ、本研究の目的および論文の構成を述べている。第2章「実験方法」では、ペルチェ素子とスターリングクーラの概要や原理を示すと共に、それらの装置を利用した新たな凍結加温手術装置に関して述べている。また、実験動物に関する事項や、手術方法、その後の生物学的染色法などの実験後の処理に関しても示されている。第3章「動物実験」では、6つの実験が述べられている。ひとつ目の実験では、作製した凍結加温手術装置を使用して急速凍結-緩速融解条件での凍結手術が施工可能であるかどうかを目的に実験を行い、その結果として急速凍結-緩速融解条件での凍結手術が可能になった結果が得られている。また、凍結時間を6条件(0.5、1.0、2.0、3.0、4.0、5.0)に設定し、肝組織表面における壊死範囲と壊死深度を計測した結果、表面的な壊死は7.5mm程度で一定になるが、壊死深度は凍結時間が長くなるに従い拡大する結果が示されており、染色結果においては核消失や染色性の低下といった障害が観察されている。ふたつ目の実験では、本研究の最大の目的である凍結手術と温熱療法の併用療法を行い凍結手術と比較した結果、併用療法において相加効果の可能性が示唆されている。三つ目の実験は、二つ目の実験と同実験方法で対象数を増加させて実験した結果、併用療法において手術直後のうっ血は凍結手術と比較し有意に拡大しており、また染色組織においても併用療法群の方が凍結手術群より高度に破壊された結果が示されている。四つ目の実験では温熱療法と併用療法との比較を行い、その結果においても併用療法の組織破壊性が高い結果が示されている。五つ目の実験では、併用療法における温熱療法時の最高温度に注目し3条件(38℃、40℃、42℃)の比較を行った結果、2℃程度の最高温度の違いにより組織破壊性は変化する可能性が示唆され、最高温度が高いほど組織破壊性が向上する可能性が示唆されている。六つ目の実験では、熱作用時間を凍結時間と併用療法において統一し、比較実験を行った結果、凍結手術群における表面的なうっ血や壊死範囲は併用療法群より広範であるが、壊死深度は同じ結果であることが示され、また染色組織において組織破壊は同程度であり、併用療法では相加効果が存在する可能性が示されている。第4章の「本研究の総括」では、本研究の結果ならびにこれまでの研究結果に対しての考察、および今後の展望について述べている。
 本論文は工学上の新規性や独創性が高く、また医学に対しても工学的に貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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