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窒化クロム薄膜への酸素およびケイ素の同時添加による微構造制御と高硬度化

氏名 白幡 淳
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第584号
学位授与の日付 平成23年3月25日
学位論文題目 窒化クロム薄膜への酸素およびケイ素の同時添加による微構造制御と高硬度化
論文審査委員
 主査 教授 末松 久幸
 副査 教授 江 偉華
 副査 教授 小松 高行
 副査 准教授 武田 雅敏
 副査 准教授 中山 忠親
 副査 物質・材料研究機構企画部連携推進室連携コーディネーター 松井 良夫
 副査 大阪大学名誉教授 新原 晧一

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目次
第1章 序論 p.1
 1‐1 はじめに p.1
 1‐2 硬質薄膜開発 p.3
 1‐3 セラミックスの製造法 p.5
 1‐4 薄膜の特性向上手法 p.7
 1‐4‐1 固溶硬化 p.9
 1‐4‐2 微構造制御による高硬度化 p.12
 1‐5 窒化物の分類と化学結合状態 p.14
 1‐5‐1 窒化クロム p.16
 1‐5‐2 酸窒化クロム p.17
 1‐5‐3 炭化物、窒化物、そして酸化物の化学結合状態 p.17
 1‐5‐4 ケイ素化合物の化学結合状態 p.20
 1‐6 材料設計指針 p.22
 1‐7 本論文の構成 p.24
 参考文献 p.25

第2章 実験装置および評価方法 p.30
 2‐1 成膜装置 p.30
 2‐2 成膜プロセス p.32
 2‐3 評価方法 p.33
 2‐3‐1 組成分析 p.33
 2‐3‐2 結晶相同定 p.33
 2‐3‐3 化学結合状態 p.34
 2‐3‐4 微構造観察 p.36
 2‐3‐5 機械的特性評価 p.38
 2‐3‐6 膜応力評価 p.40
 参考文献 p.43

第3章 酸窒化クロム薄膜の合成 p.44
 3‐1 酸窒化クロム薄膜の合成条件 p.44
 3‐2 組成分析 p.46
 3‐3 結晶相同定 p.48
 3‐4 化学結合状態 p.49
 3‐5 膜厚測定 p.51
 3‐6 硬さ測定 p.53
 3‐7 微構造観察 p.54
 3‐8 まとめ p.56
 参考文献 p.58

第4章 酸窒化クロム薄膜へのケイ素添加 p.59
 4‐1 酸窒化クロムケイ素(Cr-Si-N-O)薄膜の合成条件 p.59
 4‐2 組成分析 p.61
 4‐3 結晶相同定 p.64
 4‐4 化学結合状態 p.65
 4‐5 微構造観察 p.66
 4‐6 機械的特性評価 p.69
 4‐7 まとめ p.71
 参考文献 p.73

第5章 酸窒化クロム薄膜における応力解析 p.74
 5‐1 はじめに p.74
 5‐2 薄膜における応力測定 p.76
 5‐3 測定試料作製 p.77
 5‐4 たわみ量測定 p.78
 5‐5 化学結合状態 p.80
 5‐6 赤外吸収スペクトルと内部応力の関係 p.82
 5‐7 まとめ p.83
 参考文献 p.84

第6章 微構造変化と機械的特性 p.85
 6‐1 はじめに p.85
 6‐2 高分解能透過型電子顕微鏡による微構造観察 p.87
 6‐3 走査透過型電子顕微鏡による微構造観察 p.89
 6‐4 STEM-EDSによる組成分析 p.92
 6‐5 STEM-EELSによる元素マッピング p.97
 6‐6 微構造制御による高硬度化メカニズム解明 p.102
 6‐6‐1 ケイ素添加による微構造変化 p.102
 6‐6‐2 Cr-Si-N-O薄膜における高硬度化のメカニズム p.103
 6‐7 新規材料設計指針の提案 p.105
 6‐8 まとめ p.106
 参考文献 p.107

第7章 総括 p.108

研究業績 p.110

謝辞 p.113

 近年、切削加工の分野では、加工時間短縮や環境負荷低減を目的とし、高速送り加工およびドライ加工への移行が進められている。これにより、切削工具の刃先温度や工具磨耗が増加し、高速度工具鋼や超硬合金を母材とした切削工具での加工が困難となってきた。この問題の解決のために、窒化チタンや窒化クロムに代表される遷移金属窒化物薄膜やダイヤモンドライクカーボン薄膜等の硬質薄膜を切削工具の表面に数μm程度堆積させることで、硬度や耐熱性、そして潤滑性の向上を図っている。しかしながら、要求は年々厳しくなっており、これまで以上に優れた薄膜材料の開発が望まれている。これに対して耐熱性や耐食性など優れた特性を持つ遷移金属窒化物中に固溶硬化させる元素を第3元素として、また微構造制御させる元素を第4元素として同時添加することで、硬く工具特性に優れた薄膜を作製できればと考えた。
 本論文では基となる遷移金属窒化物に窒化クロム、第3元素として酸素、そして第4元素としてケイ素を選択し、その作製と諸特性を調査した。加えて、高硬度化の要因について考察した。本論文は全7章から構成されている。
第1章では序論として代表的な切削工具用セラミックスについて述べ、これまでの研究において不十分であった点を挙げた。また、それに対する本研究でのアプローチと目的について述べた。
 第2章では本研究で用いた成膜装置および作製した薄膜の評価手法・評価装置について記述した。
 第3章では高周波スパッタリング法による酸窒化クロム薄膜の合成とその特性について述べた。これまで酸窒化クロム薄膜はパルスレーザー堆積法においてのみ、その合成が報告されている。そのため、既に産業界で使用されているスパッタリング法で同薄膜材料の合成を試みた。その結果、酸素含有量を変化させた酸窒化クロム薄膜をスパッタリング法で作製できることを見出した。さらに、酸素含有量22 at.%の試料において最高硬度31 GPaが得られた。以降の章ではこの章にて得られた成膜条件を基にケイ素添加を行った。
 第4章では固溶硬化および微構造制御による高硬度化を目指した薄膜として、ケイ素含有量の異なるCr‐Si‐N‐O薄膜を作製し、その添加量に対する化学結合状態、機械的特性、および微構造の変化について調査した。同薄膜はケイ素含有量の増加に伴い、結晶粒径が減少し、最大で40 GPaの硬度を示した。
 第5章では膜厚の異なる窒化クロム薄膜を成膜し、応力と赤外吸収スペクトルの関係を調査した。その結果、膜厚の変化に伴って応力が変化し、赤外吸収スペクトルのピーク位置も応力の影響でシフトすることを明らかにした。これにより、測定の難しい応力を簡便な方法で推定する新規応力定量方法を提案した。
 第6章では第4章にて作製したCr‐Si‐N‐O薄膜の微構造を詳細に分析し、高硬度化の要因について調査した。主に走査透過型電子顕微鏡による分析を行った。高角度環状暗視野像より、ケイ素含有量5 at.%以上の薄膜の結晶粒内にはクロムが多く含まれていることが示唆された。加えて、エネルギー分散型X線分光法による点分析より、ケイ素は結晶粒に比べて結晶粒界に多く存在していることが明らかとなった。また、電子エネルギー損失分光法を用いた元素マッピングより、クロムは結晶粒内に多く存在し、窒素は結晶粒内および粒界層に存在する。そして酸素はばらつきが大きいものの、全体に広く分布していることが分かった。一方、ケイ素含有量5 at.%未満では、明らかな粒界層は観察されなかった。以上と格子像より、ケイ素含有量5 at.%以上で、Cr‐Si‐N‐O薄膜は微結晶化したCr(N,O)が非晶質のSi‐N‐Oに取り巻かれているナノコンポジット構造を形成することを示した。薄膜の硬さは、低ケイ素含有量ではホール・ペッチ則によって高硬度化し、高ケイ素含有量において見られた軟化は、軟質の粒界層の体積分率が増加したことに起因すると結論づけた。
第7章では本研究において得られた成果をまとめ、総括とした。

 本論文は、「窒化クロム薄膜への酸素およびケイ素の同時添加による微構造制御と高硬度化」と題し、7章より構成されている。
 第1章「序論」では、代表的な切削工具用セラミックスを示し、これまでの研究において不十分であった点を挙げている。また、それに対するアプローチと目的について記述している。
 第2章「実験装置および評価方法」では、本研究で用いた成膜装置および作製した薄膜の評価手法・評価装置について記述している。
 第3章「酸窒化クロム薄膜の合成」では、高周波スパッタリング法による酸窒化クロム薄膜の合成とその特性について述べている。この章では、パルスレーザー堆積法においてのみ合成報告がある酸窒化クロム薄膜を、既に産業界で使用されているスパッタリング法でも合成可能であったことを明らかにした。加えて、これまでの研究において、意図して制御できていなかった薄膜中の酸素含有量を、反応性ガスの流量を正確に制御することと入念な真空引きを行うことで成し遂げた。酸素含有量22 at.%の試料において最高硬度31 GPaが得られている。
 第4章「酸窒化クロム薄膜へのケイ素添加」では、固溶硬化および微構造制御による高硬度化を目指した薄膜として、ケイ素含有量の異なるCr‐Si‐N‐O薄膜を作製し、その添加量に対する化学結合状態、機械的特性、および微構造変化について記述している。同薄膜はケイ素含有量の増加に伴い、結晶粒径が減少し、最大で40 GPaの硬度を示した。
 第5章「窒化クロム薄膜における応力解析」では、膜厚の異なる窒化クロム薄膜を作製し、応力と赤外吸収スペクトルの関係について記述している。また、赤外吸収スペクトルのピーク位置から応力を定量する新規応力定量方法を提案している。
 第6章「微構造変化と機械的特性」では、高硬度化の要因解析のため、第4章にて作製したCr‐Si‐N‐O薄膜の微構造を走査透過型電子顕微鏡で詳細に分析している。微構造観察より、ケイ素含有量3 at.%までは薄膜中に明確な粒界層が確認されなかった。一方、ケイ素含有量5 at.%以上の薄膜では、Cr(N,O)/Si-N-Oに近いナノコンポジット構造となることを明らかにした。薄膜の硬さは、ケイ素含有量3 at.%まではホール・ペッチ則に沿って高硬度化し、それ以上のケイ素含有量では、軟質の粒界層の体積分率が増加することによって軟化したと結論付けている。
 第7章「総括」では、得られた成果をまとめ、総括としている。
本論文で示されたこれらの知見は、ナノコンポジット構造を有するセラミックス薄膜において、微構造と組成が特に重要であることを示している。よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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