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遺伝子診断における超高感度標的分子検出法の研究と応用

氏名 井上 雅文
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第291号
学位授与の日付 平成23年3月25日
学位論文題目 遺伝子診断における超高感度標的分子検出法の研究と応用
論文審査委員
 主査 教授 渡邉 和忠
 副査 教授 古川 清
 副査 教授 三木 徹
 副査 教授 滝本 浩一
 副査 東京大学名誉教授 新井 賢一

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遺伝子診断における超高感度標的分子検出法の開発と応用
Development of ultrasensitive detection assays for molecular diagnostics

Table of Contents
Abbreviations p.1

1. Introduction p.2
 1.1 Infectious diseases p.2
 1.2 Diagnosis p.4
 1.3 Molecular diagnostics p.5
 1.4 PCR assay development p.7
 1.5 Project contribution p.9
 1.6 Appendices p.10
 Appendix A: Primer and probe design p.10
 Appendix B: Calculation of Tm by nearest neighbor p.12
 Appendix C: Primer and probe design flow chart p.14
 Appendix D: Workflow of optimizing the essay conditions p.15
 Appendix E: Determination of annealing temperature p.16
 Appendix F: Determination of optimum primer concentration p.17
 Appendix G: Determination of optimum probe concentration p.18

2. Detection of oseltamivir-resistant pH1N1 2009 virus within 48 hours (Chapter 1) p.19
 2.1 Introduction p.19
 2.2 Materials and Methods p.20
 Samples p.20
 Sequencing aligenments of influenza A (H1N1) and H5N1 p.21
 Designing of gene-amplification primers & sequencing primer p.22
 Searching the optimum length of amplicon for pyrosequencing p.22
 Creation of Amplicons for Pyrosequencing p.23
 Pyrosequencing p.23
 2.3 Results and Discussion p.24
 2.4 Figures p.29

3. A highly-sensitive detection method for avian flu H5N1 viruses (Chapter 2) p.34
 3.1 Introduction p.34
 3.2 Materials and Methods p.35
 H5N1 RNA standards p.35
 Primer design p.35
 Influenza virus sequence alignments p.36
 SPE of RNA p.36
 RRT-PCR p.37
 Calculation of PCR efficiency p.38
 3.3 Results and Discussion p.38
 Performance of the selected primer pair on a microfluidic platform p.38
 Evaluation of the selected primer pair with all clades of H1N1 and isolated strains in 2010 p.39
 3.4 Figures p.39
 Figure 1& 2 p.39
 Figure 3-1 p.41
 Figure 3-2 p.42
 Figure 3-3 p.43

4. A PCR-based molecular diagnostics of M. tuberculosis (Chapter 3) p.44
 4.1 Introduction p.44
 4.2 Materials and Methods p.46
 Sample selection p.46
 Sample processing p.47
 Extraction of TB DNA p.47
 Primer, probes and internal control p.47
 Real-time PCR p.48
 Statistical analysis p.49
 4.3 Results p.49
 4.4 Discussion p.50
 4.5 Table p.53
 4.6 Figures p.54
 Figure A p.54
 Figure 1 p.55
 Figure 2 p.56
 Figure 3 p.57

5. Discussion p.58
 5.1 Project summary p.58
 5.2 PCR as a major molecular diagnostic tool p.59
 5.3 Furture studies p.60

6. Acknowledgements p.61

7. References p.63

 医療の現場においては、患者の疾患を正確に把握した上で治療を開始することが重要であり、正確な診断が必要不可欠である。遺伝子診断は、様々な診断法の中でも精度が高く、近年、その重要性を増している。特にウイルスなどによる疾患では、ウイルスの検出に抜群の威力を発揮する。ウイルス感染の早期発見は、コピー数が少ないため薬剤による治療効果が大きい。このため、特異性が高く感度の良い遺伝子診断法の開発は極めて重要である。悪性腫瘍などにおいても、SNP(一塩基変異多型)などが関与していれば、その疾患の原因となる遺伝子配列を調べることで早期に正確な診断が可能となり、ウイルス感染による疾患と同様に大きな治療効果が期待できる。
 従来、新たな遺伝子診断法を開発する上で常に問題になることは、その対象となる試料が常に不足していることであった。しかし、1989年、MullisによってPCR遺伝子増幅法が考案されたことによりそれは一転した。
相補的に対照遺伝子に結合するプライマーにDNAポリメラーゼを加え、加熱・冷却を40回程度繰り返せば、1分子が1012分子に増える技術は遺伝子診断法を一気に高めた。
 このPCR 遺伝子増幅法において最も重要な要素となるのはプライマーとプローブの塩基配列である。現実にPCRを用いて遺伝子診断を行う上でプライマーとプローブの塩基配列は塩基対解離温度(Tm)に基づいて正確に決定する必要がある。
 本論文では、Nearest neighbor法を用いて最も適切なTmをもつプライマーとプローブを設計することによって、1分子のウイルスをも検出できる感度を得る方法を開発したことを示した。更にこの方法を適用して、ヒトパピローマウイルス、SARSウイルス、エイズウイルス (HIV)、 結核菌、鳥・ヒト・豚インフルエンザなどの検出を行い、従来の検出法より更に感度・特異性が優れているアッセイ系を作製して、その有用性を検証した。
 SARS ウイルス検出においては、1,000検体以上の患者のサンプルを本研究で開発したアッセイ系を用いて測定し、市販のキットと感度を精細に比較検討しながら、医療活動を支援した。鳥インフルエンザ、高病原性H5N1の検出では、本アッセイ系を用いて現場で検知できる装置を作製した。鳥インフルエンザなどでは発生現場と離れていることが多く、迅速な診断とPoint of Care (POC:現場での治療) が重要となるが、遺伝子診断が行える実験室は通常大きな施設であり迅速な対応が困難である。本装置とアッセイ系を用いることにより、検出時間を大幅に短縮し、POCを可能にした。また、結核は世界中で大きな問題であるが、結核菌の検出に用いられる培養法は、結果が得られるまでに2週間かかる。短時間で検出できる遺伝子診断法が望まれているが、これまでの市販の遺伝子診断キットは、感度・特異性で問題があった。本論文では、これらの問題を解決すべく、感度・特異性を向上させる方法を開発し、実際、これらのアッセイ系は臨床現場ですでに使用されている。
 また、薬剤耐性の検出は、今後更に治療上で重要となる分野であり、正確な遺伝子診断技術が求められる。
新型インフルエンザH1N1に対しても本アッセイ系を適用し、タミフル薬剤耐性株、H275Y変異株を検出し、薬剤耐性が48時間で発生した事例を論文にまとめた。このタミフル薬剤耐性は、インフルエンザウイルスH1N1やH5N1に見られる変異で、neuraminidaze の275番目のアミノ酸、histidine (CATもしくはCAC)のシトシン塩基 が tyrosine (TATもしくはTAC) のチミン塩基に置き換わることによってタミフル (oseltamivir) に対する耐性を獲得し治療が無効となる。本論文では、微量のウイルスの遺伝子増幅をした後、感度の優れているファイロシークエンサーでこの変異を調べる方法を開発し、タミフル投与を受けた患者の中に短時間で耐性変異になったウイルスを検出できることを明らかにした。現在、1塩基変異のタミフル耐性のみならず、B型肝炎ウイルス治療の複数の薬剤耐性に関与する10箇所以上の変異を検出する技術をすでに開発し、更に高度な技術が必要となるHIV薬剤耐性問題にも適用できる可能性を示した。
 現在、地球上では人類にとって感染症は大きな問題であるが、貧困地域ー熱帯地域ー感染地域が重なっていることは、WHO 世界保険機関の大きな課題となっている。今後の医療の現場では、核酸の抽出を必要としない、いわゆるDirect PCR 技術の開発、装置が安価で、迅速で低価格の遺伝子診断が行えるPOCが求められて行くと思われる。従って、この分野での工学技術の必要性は益々高まることが予想され、工学技術の発展と併せ、本研究で開発した遺伝子診断のためのプライマー・プローブの設計技術、効率の良いアッセイ系の考案、遺伝子解析および整合 (alignment) 技術は今後極めて有用、かつ重要となって行くと考えられる。

 本論文は、「遺伝子診断における超高感度標的分子検出法の研究と応用」と題し、ポリメーラーゼ・チェーン・リアクション(PCR)遺伝子増幅法を用いた遺伝子診断によって、迅速、且つ高感度にウイルスや微生物への感染等を検知し、その種類を同定する方法を開発することを目的として行われた一連の研究をまとめたものである。本研究においては、先ずPCR遺伝子増幅法において最も重要である最適なプライマーと遺伝子診断に重要なプローブの設計方法を確立した。Nearest neighbor法を用いて可能性のあるプライマーとプローブの候補を選出し、実際の遺伝子配列と照合して類似配列の有無、結合の強さが適切であるか、また、候補のプライマーやプローブを実際にPCR遺伝子増幅法に適用することによって増幅に必要とされる濃度が適切であるかなど、を詳細に検討する操作を繰り返し、最適のプライマーやプローブを決定する手法を開発した。
次に、実際に新型インフルエンザH1N1の検出に適用し、高感度で極めて特異的に検出できることを示した。
更に、この手法は単なるインフルエンザ感染の有無や種類の同定に限らず、薬剤耐性の出現の検出にも適用できることを示している。本アッセイ系を用いることによって、H1N1に感染後48時間以内にタミフル耐性のウイルスが出現することを初めて明らかにした。また、本アッセイ系を用いて高病原性鳥インフルエンザH5N1の検出条件を検討し、現場でH5N1への感染を高感度、且つ迅速に検知できる装置を作製している。高病原性鳥インフルエンザなどでは迅速な診断とPoint of Care (POC:現場での治療) が極めて重要であるが、これまではウイルス感染と種類の同定を行うことができる場所が発生現場と離れていることが多く、迅速な診断とウイルスの同定をすることが出来なかった。本論文で開発したアッセイ系と装置を用いることで、迅速な診断とPOCが可能となり、すでに臨床現場で使用されていることからその有用性は示されている。更に、この手法を応用してウイルスだけでなく結核菌感染の検出も可能としたことを報告している。既に市販されている検出キットと比較して、本アッセイ方法が遥かに高い検出感度と正確な検出率を有することを示している。本研究において開発されたアッセイ系と装置は、ヒトパピローマウイルス、SARSウイルス、エイズウイルス (HIV)などの検出にも使用することができ、今後、その有用性は極めて高いと考えられる。よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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