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固体高分子形燃料電池カソードの劣化解析と高耐久化に関する研究

氏名 井出 正裕
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第284号
学位授与の日付 平成22年6月16日
学位論文題目
論文審査委員
 主査 教授 梅田 実
 副査 教授 野坂 芳雄
 副査 准教授 松原 浩
 副査 准教授 今久保 達郎
 副査 長岡工業高等専門学校名誉教授 中澤 章

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目次
第1章 序論 p.1
 1.1 はじめに p.1
 1.2 燃料電池の基本構成 p.3
 1.3 燃料電池の開発経緯 p.4
 1.4 固体高分子形燃料電池の現状 p.6
 1.5 本研究の目的 p.6
 参考文献 p.9
第2章 実験方法 p.11
 2.1 緒言 p.11
 2.2 PEFC単セルの構成 p.11
 2.2.1 電極触媒 p.12
 2.2.2 電解質膜 p.13
 2.2.3 膜電極接合体(MEA)の製法 p.13
 2.2.4 単セルの組立て p.14
 2.3 単セルの運転条件 p.16
 2.3.1 単セルの試験装置 p.16
 2.4 電気化学的測定 p.19
 2.4.1 電気・電圧(I-V)測定 p.19
 2.4.2 交流インピーダンス測定 p.19
 2.4.3 カソード触媒の活性比表面積(ESA)測定 p.19
 2.4.4 水素ガスリーク量(LSV)測定 p.20
 2.4.5 ガス利用率測定 p.20
 2.4.6 開回路電圧(OCV)測定 p.21
 2.4.7 O2ゲイン測定 p.21
 2.5 単セルの解体と分析手法 p.21
 2.5.1 MEAの分析項目 p.21
 2.5.2 電極触媒および電極構造の分析 p.22
 2.6 まとめ p.24
 参考文献 p.25
第3章 12000時間の耐久性試験によるセル特性の変化 p.26
 3.1 緒言 p.26
 3.2 セル特性の変化 p.26
 3.3 まとめ p.33
 参考文献 p.34
第4章 12000時間の耐久性試験によるカソード電極触媒の変化 p.36
 4.1 緒言 p.36
 4.2 セルの解体 p.36
 4.3 電極触媒の変化 p.38
 4.3.1 電極触媒の粒子径変化 p.38
 4.3.2 電極触媒の結晶子サイズ変化 p.40
 4.3.3 触媒粒子の電解質膜中への移動 p.42
 4.3.4 触媒の変化とセル特性の変化 p.44
 4.4 まとめ p.45
 参考文献 p.46
第5章 12000時間の耐久性試験による電極構造の変化 p.48
 5.1 緒言 p.48
 5.2 電極構造の変化 p.48
 5.3 電解質膜の変化 p.50
 5.3.1 電解質イオノマーの変化 p.50
 5.3.2 電解質膜厚さの変化 p.51
 5.4 電極多孔度、電極細孔分布、電極表面積の変化 p.53
 5.5 まとめ p.58
 参考文献 p.59
第6章 カソード用四層電極触媒の開発と単セル低加湿運転特性 p.61
 6.1 緒言 p.61
 6.2 四層電極触媒の作成 p.61
 6.3 カソード触媒粒子変化 p.65
 6.4 カソード活性比表面積の変化 p.66
 6.5 標準運転でのセル特性比較 p.67
 6.6 低加湿耐久性試験 p.67
 6.7 負荷変動試験 p.70
 6.8 まとめ p.72
 参考文献 p.73
第7章 カソード用四層電極触媒の開発と単セル50℃運転特性 p.74
 7.1 緒言 p.74
 7.2 温度によるセル特性変化 p.74
 7.3 セル温度50℃でのセル特性 p.76
 7.3.1 セル温度50℃での運転条件 p.76
 7.3.2 セル温度50℃での耐久性試験 p.77
 7.3.3 セル温度50℃での負荷変動試験 p.80
 7.3.4 セル温度50℃でのOCV試験 p.81
 7.4 セル温度常温付近での試験 p.82
 7.5 まとめ p.84
 参考文献 p.85
第8章 総括 p.86
 8.1 各章のまとめ p.86
 8.2 本研究のまとめ p.88
【研究成果の発表】 p.90
謝辞 p.95

 現在世界的に化石燃料の枯渇,地球環境温暖化という大きな問題に直面している.固体高分子形燃料電池(PEFC)は発電効率が高いこと,CO2の排出がほとんどないことなどの特徴を有し,この二つの大きな問題を解決する地球環境保全に適した電池であるという認識のもと,国家プロジェクトなどを中心として実用化に向けて研究開発が精力的に進められている.PEFCは,寿命性能9万時間(約10年間)が実用のために要求されている.しかしながら発電部分である膜電極接合体(MEA)は,Ptなどの触媒粒子,カーボン担持体,それにフッ素系樹脂の高分子電解質膜より構成されているため,長時間の発電運転において材料の劣化が起こるという問題点を有している.

(1) 本研究の目的(本文第1章に対応)
PEFCについてはこれまでに長時間運転における経時変化にともなう詳細な劣化解析研究の報告例は極めて少ないことから本研究の主題をこの点に設定した.
実験セルを12000時間の長時間運転をおこない,約1000時間ごとに電気化学的測定によるセル特性劣化要因の解析をおこなうことに加えて,約3000時間ごとに運転セルを順次解体して電極触媒,高分子電解質材料,そして電極構造変化を直接的に分析をおこない,セル劣化要因と材料,電極反応界面構造の変化との関連を明らかにすることを第1の目的とした.
得られた結果にもとづきカソード電極触媒の高耐久化をはかることを第2の目的として,四層構造電極触媒を発案し,創出,作製した.その電極触媒を用いた実験セルで耐久性試験,特に過酷試験である低加湿運転,負荷変動運転,そして50 °C以下の低い温度条件下での運転特性を検証した.

(2) 実験用単セルの構成,電気化学的測定,セルの分析,観察(本文第2章に対応)
実験用単セルは反応面積25 cm2とした.標準的な単セル運転条件は,電流密度200~300 mA cm-2,セル温度80 oC,アノード加湿100% RH,カソード加湿66% RH(加湿器温度70 oC)とした.電気化学的測定は電流・電位(I-V)特性,交流インピーダンス,サイクリックボルタンメトリー(CV),リニアスイープボルタンメトリー(LSV), 開回路電圧(OCV)変化,そしてO2ゲインなどである. 単セルは運転約3000時間ごとに順次解体され,触媒粒子径変化,電解質膜厚さ変化,そして電極構造変化など,部材と部位について観察した.分析には透過型電子顕微鏡(TEM),走査型電子顕微鏡(SEM),電子プローブ型測定器(EPMA),X線回折装置(XRD),水銀ポロシメータ,化学分析をもちいた.

(3) 12000時間の試験と分析によるセル構造の変化(本文第3, 4, 5章に対応)
 12000時間の耐久性試験をおこない解析した結果次の知見がえられた.触媒果については,粒子径がアノードで約3.5 nmから約5 nmに,カソードで約4 nmから約5 nmに増大した.XRD観察よりアノードのPt-Ru合金触媒,カソードのPt-Co合金触媒の溶解が確認された.CV値の測定よりカソードの活性比表面積が約42%減少した.電解質については,膜厚みが約19%減少した.また電解質膜中への触媒の溶解がおこり,約9000時間より膜中にPtの再析出が起こった.電解質イオノマーは運転とともにその量が減少した.電極の構造変化については,多孔度と細孔分布は運転時間とともに減少した.表面積は初期6000時間まで減少し,それ以降は増加の傾向を示した.このような運転経過時間と関連づけての電極変化の数値的解析は,ガス拡散電極の構造が複雑なために従来報告が極めて少なかったが,各構成材料の変化と多孔性電極構造の変化が定量的に明らかになった.

(4) カソード用四層電極触媒の発案,創出そして作製と,単セルの運転特性の検証(本文第6, 7章に対応)
 耐久性試験による劣化解析結果にもとづき,カソードの高耐久化を目的として四層構造の電極触媒を発案,創出し作製した.触媒付カーボン粉末とフッ素樹脂(FEP)を混合し,FEPの溶融温度(約270 ℃)で加熱処理をおこない,電解質イオノマーを添加して四層構造の電極触媒を作製した.この触媒を用いたセルの特性を従来の三層構造と比較して評価した.
カソードのみ低加湿42% RH(加湿器温度60 oC)運転,アノード,カソードとも低加湿42% RHの運転では,セル劣化率は三層電極触媒に対して四層電極触媒は良好であった.またCV測定によるカソードの比表面積変化率は,三層電極触媒に対して四層電極触媒は少なく長寿命が示唆された.負荷変動試験では,75から600 mA cm-2の負荷サイクルで2200時間おこなった結果十分に特性が得られた.セル温度50 oCの試験においてもセル劣化率は三層電極触媒に対して四層電極触媒は耐久性特性が良好であった. 50 oCでの負荷変動試験では更なる良好な特性が得られた.室温でのセル運転は生成水による濡れ現象で特性が大きく変動するが,この四層構造は撥水性部分を有する効果のため長時間の耐久性試験に対して安定して作動した.

(5) まとめ(本文第8章に対応)
実験用単セルで12000時間の耐久性試験をおこない,カソードに着目して運転時間とセル劣化現象とを定量的に明らかにした.この結果にもとづきカソード電極触媒の高耐久化をはかるため,四層構造電極触媒を考案,創出し作製した.この触媒を用いた単セルにより,低加湿条件,負荷変動条件,それに50 oC以下でのより厳しい運転条件のもとで従来の三層構造触媒に比較して良好な特性が実証された.これは電極触媒上のFEP皮膜により,安定した反応界面の維持,カーボン粒子の腐食抑止,そして生成水のアノード側へのBack diffusionが効果的におこなわれていることを示し,カソードの高耐久性化へのブレークスルーに繋がることを実証した.

本論文は「固体高分子形燃料電池カソードの劣化解析と高耐久化に関する研究」と題し,8章より構成されている.第1章「序論」では,研究の背景,燃料電池の種類と従来研究について述べるとともに,本研究の目的,課題および,論文構成について述べている.
第2章「実験方法」では,実験にもちいた燃料電池単セル(単電池)の構成,セル運転条件,セル解析のための電気化学的測定方法,定期的なセル解体手法と,物理分析,化学分析方法について述べている.
第3章「12000時間セル耐久性試験によるセル特性の変化」では,12000時間という長時間にわたる耐久性試験をおこない,定期的な電気化学的測定をして,セル電圧の変化,電流-電圧特性の変化,内部抵抗の変化の基本測定により,セル劣化解析を運転時間との関連において述べている.
第4章「12000時間セル耐久性試験によるカソード電極触媒の変化」では,約3000時間ごとにセルを解体し,詳細に分析するという従来になかった手法を用いて,触媒粒子径の変化,触媒の表面積の変化,触媒金属の電解質膜中への再析出について,運転時間との関連において定量的に述べている.
第5章「12000時間セル耐久性試験による電極構造の変化」では,同様に3000時間ごとのセル解体による分析で,電解質膜厚さ変化,電解質イオノマーの量的変化,電極の多孔度,細孔分布の変化,電極表面積など,運転時間との関連における数量的な変化について,従来になかったガス拡散層の部位の変化についても解析して述べている.
第6章「カソード用四層電極触媒の開発と単セル低加湿運転特性」では,第5章までの劣化解析にもとづいて,反応界面の効果を引きだしカソードの性能を向上させるために,フッ素皮膜を反応界面に付加することで四層電極触媒を発案して製作し,特に厳しい試験条件である低加湿条件でセルの性能の検証をし,性能が向上したことを述べている.
第7章「カソード用四層電極触媒の開発と単セル50℃運転特性」では,四層電極触媒で,反応生成水のフラッディング(濡れ現象)が起こりやすい50℃と,それ以下の温度での運転をおこない,カソード性能を検証して,性能が向上したことを述べている.
第8章「総括」では,各章の結論を総括している.
以上のように,本論文では,固体高分子形燃料電池のカソード劣化解析の観点より,従来になかった手法を導入して,運転時間との関連で劣化現象を解析している.そしてこの結果を応用して,新しい構造のカソード用四層電極触媒を発案し製作し,燃料電池単セルにより耐久性試験をおこない,高性能であることを実証している.このことは燃料電池の実用化を大きく前進させる研究であり,工学上および工業上貢献するところが大きく,博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める.

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