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電子伝達タンパク質間の酸化還元状態依存的な親和性調節機構の解明

氏名 千田 美紀
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第267号
学位授与の日付 平成20年12月10日
学位論文題目 電子伝達タンパク質間の酸化還元状態依存的な親和性調節機構の解明
論文審査委員
 主査 教授 福田 雅夫
 副査 教授 曽田 邦嗣
 副査 准教授 城所 俊一
 副査 准教授 政井 英司
 副査 昭和大学薬学部准教授 田中 信忠

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第一部 序論
第一章 電子伝達タンパク質
 1.1 生体内における電子伝達反応と電子伝達タンパク質間の相互作用 p.3
 1.2 芳香環水酸化ジオキシゲナーゼBphAとその電子伝達系 p.7
 1.3 BphA4の反応サイクル p.8
 1.4 BphA4の立体構造 p.11
 1.5 電子伝達反応を担う補酵素 p.14
 1.6 研究の意義と目的 p.18
第二部 方法
第二章 生化学及び結晶構造解析
 2.1 BphA4の精製 p.21
 2.1.1 大腸菌による大量培養 p.21
 2.1.2 集菌と菌破砕 p.22
 2.1.3 精製 p.22
 2.2 BphA3の精製 p.24
 2.2.1 大腸菌による大量培養 p.24
 2.2.2 集菌と菌破砕 p.25
 2.2.3 精製 p.25
 2.3 プルダウンアッセイ p.27
 2.4 限定分解 p.31
 2.5 結晶化条件の探索 p.33
 2.6 標準母液、クライオプロテクタント溶液の作製 p.34
 2.7 反応中間体結晶の作製 p.35
 2.8 単結晶の顕微分光 p.36
 2.9 X線回折強度データの収集 p.36
 2.10 結晶構造の決定 p.37
 2.11 立体構造の比較(LSQKAB, SURFACE, CONTACT) p.37
 2.12 コンピューターグラフィクス p.37
第三章 嫌気条件下での実験を行うための技術開発
 3.1 嫌気条件(無酸素チャンバー)を必要とする理由 p.39
 3.2 無酸素チャンバーの仕様 p.39
 3.3 無酸素チャンバーの改良 p.40
 3.4 プラスチック製品の脱酸素 p.40
 3.5 溶液の脱酸素 p.42
 3.6 タンパク質溶液の脱酸素 p.43
 3.7 粉末で入れる試薬の脱酸素 p.43
 3.8 嫌気状態を保持したまま外にサンプルを持ち出す方法 p.43
 3.9 レジンの脱酸素 p.44
第三部 結果と考察
第四章 BphA4の酸化還元状態依存的な構造変化の解析
 4.1 BphA4の精製 p.47
 4.2 BphA4の結晶化 p.52
 4.2.1 BphA4(Wild Type(野生型):WT)の結晶化条件の最適化 p.52
 4.2.2 BphA4変異体(W320A, W320Y, W320F)の結晶化 p.52
 4.3 標準母液(Standard Buffer)及びクライオプロテクタント溶液の作製 p.55
 4.4 BphA4の反応中間体結晶の作製 p.57
 4.4.1 一電子還元型(ブルーセミキノン型)、再酸化型結晶の作製 p.57
 4.4.2 二電子還元型(ハイドロキノン型)結晶の作製 p.60
 4.4.3 ジチオナイトで還元した二電子還元型結晶の作製 p.61
 4.5 顕微分光装置を用いた結晶の酸化状態の確認 p.61
 4.6 X線回折強度データの収集 p.63
 4.7 BphA4の反応中間体の構造決定と構造精密化 p.63
 4.8 BphA4の酸化還元状態の変化に伴って生じる構造変化 p.66
 4.8.1 BphA4の全体構造 p.66
 4.8.2 FADの酸化還元状態依存に生じる構造変化 p.67
 4.8.3 FADの周辺で生じる構造変化 p.67
 4.8.4 全体構造の変化 p.68
 4.8.5 NAD(H)の結合様式 p.70
 4.9 BphA4のプロテアーゼによる限定分解 p.73
 4.10 BphA4の酸化還元状態依存的な構造変化についての考察 p.76
第五章 BphA3の酸化還元状態依存的な構造変化の解析
 5.1 BphA3の精製 p.80
 5.2 酸化型BphA3の結晶化 p.85
 5.3 還元型BphA3の結晶化 p.89
 5.4 X線回折強度データの収集 p.93
 5.5 立体構造の決定と構造精密化 p.97
 5.6 BphA3の全体構造と酸化還元状態依存に生じる構造変化 p.99
第六章 BphA3-BphA4複合体のX線結晶構造解析
 6.1 BphA3-BphA4のプルダウンアッセイ p.103
 6.2 BphA3-BphA4複合体の結晶化 p.107
 6.2.1 BphA3-BphA4複合体サンプルの調整 p.107
 6.2.2 BphA3-BphA4複合体の結晶化条件の探索 p.109
 6.2.3 BphA3-BphA4複合体の結晶化の再現性 p.111
 6.3 X線回折強度データの収集 p.114
 6.4 Medhedral twinについて p.120
 6.5 BphA3-BphA4複合体の構造決定と構造精密化 p.124
 6.6 BphA3-BphA4複合体の全体構造と酸化還元状態 p.126
 6.7 BphA3とBphA4の間の相互作用 p.130
 6.8 BphA4からBphA3への電子伝達経路 p.133
第七章 酸化還元状態依存的に生じる親和性調節機構に関する考察
 7.1 BphA3-BphA4複合体の形成に伴う構造変化 p.135
 7.2 BphA4の電子伝達反応サイクル中で生じる構造変化についての考察 p.139
参考文献 p.145
謝辞 p.154

【研究の背景と目的】
 タンパク質分子間の電子伝達反応は、光合成系、呼吸鎖、各種分解代謝系など生体内の多くの反応系に存在しており、生物の生存に必須な反応である。複数の電子伝達タンパク質から形成される電子伝達タンパク質間の結合は弱く一過性であること、この結合の親和性は電子伝達複合体を構成するタンパク質の酸化還元状態に依存して調節されることなどが知られており、これらの特徴は電子伝達が効率良く行われるために重要であると考えられてきた。しかし、電子伝達反応で生じる一連の反応中間体構造を原子レベルで明らかにし、その構造変化から親和性の調節機構を示した例はない。その理由は反応中間体構造の決定に必須な嫌気条件下での結晶化等に技術的困難があるためである。そこで本研究では、嫌気条件下での結晶化等の技術的課題を解決することで、電子伝達タンパク質間の酸化還元状態に依存的した親和性調節機構を立体構造に基づき解明することを目的とした。具体的には、Acidvorax (Pseudomonas) sp. strain KKS102由来の芳香環水酸化ジオキシゲナーゼ(BphA)の電子伝達系を用いてX線結晶構造解析と生化学実験を組み合わせた研究を行った。BphAの電子伝達系は、NADH依存的フェレドキシン還元酵素(BphA4)とフェレドキシン(BphA3)から構成される。BphA4は補酵素としてFADを含むフラビンタンパク質で、3つのドメイン(FAD結合ドメイン、NADH結合ドメイン、C末端ドメイン)から成る。BphA4はFADがNADHから2個の電子を受け取ると二電子還元型になり、電子を1個ずつ、計2分子のBphA3に伝達することができる。

【結果と考察】
 BphA4の速度論解析データに基づいて、二電子還元型/一電子還元型のBphA4が酸化型のBphA3と強く相互作用する反応モデルを仮定した。その親和性の違いを証明するために嫌気条件下でのプルダウンアッセイによる相互作用解析を行い、BphA4のBphA3に対する親和性が、BphA4の還元により大幅に上昇することを示した(1)。次に、BphA3とBphA4の間に存在する親和性調節機構を立体構造に基づき明らかにするために、BphA3-BphA4複合体の立体構造(1)(2)に加え、BphA4については4種類(酸化型、二電子還元型、一電子還元型、再酸化型)(1)、BphA3については2種類(酸化型、還元型)(1)(3)(4)の反応中間体の構造を決定した。これらはBphA3-BphA4の電子伝達反応サイクルに存在するほぼ全ての反応中間体に相当する。BphA3-BphA4複合体結晶及び還元型結晶の作成は独自の工夫を加えた無酸素チャンバーを利用し(3)、嫌気条件下で行った。
 BphA3-BphA4複合体のX線結晶構造解析の結果から、BphA4のBphA3結合部位は、FAD結合ドメインとC末端ドメインから構成されることが明らかになった(1)。また、BphA3-BphA4複合体、BphA4の二電子還元型、一電子還元型の構造からBphA4が還元されることによりNADH結合ドメイン/C末端ドメインがFAD結合ドメインに対して回転すること、その回転に伴って生じるFAD結合ドメインとC末端ドメインの相対位置の変化によりBphA3結合部位の構造が変わりBphA3との親和性が高くなることが示された(1)。さらに、BphA4とNAD(H)との親和性調節機構についても解明した(論文投稿準備中)。
 今回の解析により、電子伝達タンパク質の構造が反応の進行とともに変化し、それにより分子間相互作用が調節される様子を原子レベルの立体構造に基づき世界に先がけて明らかにすることができた。それにより電子伝達研究における長年の謎を解き明かすことができた。

【引用文献】
(1) Senda, M. et al. (2007) J. Mol. Biol. 373, 382-400.
(2) Senda, M. et al. (2007) Acta Crystallogr. F63, 520-523.
(3) Senda, M. et al. (2007) Acta Crystallogr. F63, 311-314.
(4) Senda, M. et al. (2006) Acta Crystallogr. F62, 590-592.

 本論文は、生体内の多くの反応系にかかわり生物の生存に必須なタンパク質分子間の電子伝達反応の効率化をめざしたものである。「電子伝達タンパク質間の酸化還元状態依存的な親和性調節機構の解明」と題して、電子伝達研究における長年の謎となっている電子伝達反応の機構解明を目的とし、PCB分解菌の芳香環水酸化ジオキシゲナーゼの電子伝達系を構成するフェレドキシン還元酵素とフェレドキシンについてX線結晶構造解析と生化学解析を行った一連の研究結果をまとめている。
 本論文では、まず、無酸素チャンバーを用いて高度な嫌気条件下での実験技術を開発した。そしてPCB分解菌Acidovorax (Pseudomonas) sp. strain KKS102の芳香環水酸化ジオキシゲナーゼ(BphA biphenyl dioxygenase)を構成する電子伝達タンパク質のフェレドキシン還元酵素(BphA4)とフェレドキシン(BphA3)との間に、酸化還元状態に依存した親和性調節が存在することを、嫌気条件下での生化学実験(プルダウンアッセイ)で確認した。また、嫌気条件下での結晶化実験により、フェレドキシン還元酵素とフェレドキシンの反応中間体である、還元型タンパク質及び電子伝達複合体の結晶を作成した。同時に好気条件下での結晶化実験において、酸化型タンパク質の結晶も作成した。次に、高分解能でのX線結晶構造解析により、7種類の反応中間体結晶の構造を決定した。そして、電子伝達反応サイクルに含まれる各反応中間体に相当する、これらの結晶の構造を詳細に比較した結果、電子伝達タンパク質の構造が反応の進行とともに変化すること、この構造変化により分子間相互作用が調節される様子を明らかにした。
 本論文では電子伝達タンパク質についてのX線結晶構造解析と生化学解析により、酸化還元状態に依存した親和性調節機構を反応中間体の立体構造に基づき、世界に先がけて明らかにした。本研究で得られた知見は、学術的な価値が高いだけでなく、環境浄化や有用物質生産の新たな知的基盤を提供するものと考えられる。よって本論文は、工学上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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