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コシヒカリの葯培養技術の開発とその水稲育種への利用

氏名 大源 正明
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第175号
学位授与の日付 平成13年6月20日
学位論文題目 コシヒカリの葯培養技術の開発とその水稲育種への利用
論文審査委員
 主査 教授 山元 皓二
 副査 教授 福本 一朗
 副査 助教授 高原 美規
 副査 山形大学教授 笹原 健夫
 副査 新潟大学教授 福山 利範

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第1章 緒言 p.3
コシヒカリ栽培と問題点 p.3
米の食味と消費者の購買動向にみる育種の重要性 p.7
イネ育種技術の進歩 p.9
葯培養によるイネ育種とコシヒカリ p.10
本論の目的と構成 p.12
第2章 コシヒカリのカルス褐変現象の抑制 p.15
第1節 種子カルス形成培地の検討 p.16
第2節 カルスの液体振とう培養用培地の検討 p.20
第3節 再分化培地の検討 p.23
第4節 結論 p.29
第3章 コシヒカリの効率的なカルス培養用培地の開発 p.31
第1節 コシヒカリカルスの褐変を引き起こす培地成分の特定 p.31
第2節 コシヒカリカルスの増殖を促進する培地成分の探索 p.41
第3節 コシヒカリの効率的な再分化培地の検討 p.53
第4節 結論 p.62
第4章 DKN培地の利用によるコシヒカリの葯培養の効率化 p.65
第1節 DKN培地開発以前におけるコシヒカリの葯培養の試み p.65
第2節 DKN培地を用いたコシヒカリの葯培養 p.71
第3節 結論 p.80
第5章 コシヒカリ等の良食味品種を交配親に用いたF1材料の葯培養効率の向上 p.81
第1節 既存技術によるコシヒカリを交配親に用いたF1の葯培養 p.81
第2節 DKN培地を用いた三段階葯培養法における諸条件の検討 p.86
第3節 DKN培地を用いた三段階葯培養法による良食味品種およびF1材料の葯培養効率の向上 p.98
第4節 DKN培地を用いた三段階葯培養法で作出された系統の形質について p.106
第5節 結論 p.109
第6章 総合考察 p.111
第1節 培地の改良 p.112
第2節 葯培養への応用 p.117
第3節 DKN培地を用いた三段階葯培養法で作出された系統の形質について p.121
第4節 今後の課題 p.122
摘要 p.128
謝辞 p.131
引用文献 p.132

 近年、食生活の高級化志向などにより、良食味に重点を置いたイネ新品種の開発、及びそのスピードアップ化が求められている。育種年限の短縮が期待される技術として葯培養法がイネ育種事業に導入されてきたが、品種間における培養の難易が隘路となっていた。特に、良食味品種育成のための交配親として多用されるコシヒカリは、葯培養効率が極めて低いため、この培養効率を向上することが葯培養によるイネ育種において重要な課題であった。
 そこで、本研究においては、コシヒカリのカルス培養に適する培地の開発を試み、この培地を葯培養に適用することにより、これまで困難であったコシヒカリの葯培養の効率化を図った。さらに、コシヒカリなどの良食味品種を交配親に用いたF1の葯培養への応用を検討し、葯培養による良食味品種育成の実用化への可能性を探った。
 コシヒカリの葯培養が困難である原因は、培養中に引き起こされるカルスの褐変によることが知られている。そこで、コシヒカリのカルスに褐変を引き起こす培地成分の特定を行った。その結果、R2培地の無機塩類とB5培地の有機物組成を組合せた培地に含まれる高濃度の硝酸カリウムと硫酸アンモニウムがカルスの褐変を引き起こすことが明らかになった。また、この2つの培地成分の添加量を1/5濃度にすることで、カルスを褐変させずに培養することが可能となった。次に、コシヒカリカルスの増殖を促進する培地成分を検討したところ、カザミノ酸の添加が効果的であることがわかった。カザミノ酸の主成分はカゼインが加水分解されたアミノ酸混合物であるため、コシヒカリカルスの増殖に及ぼす各種アミノ酸の影響を調べた結果、アスパラギン酸とグルタミンを5mMずつ添加した場合に、カルスの増殖率が極めて高かく、かつカルスの色調も淡黄色で良好であった。以上の結果より、硝酸カリウムと硫酸アンモニウムを1/5濃度にしたR2培地の無機塩類とB5培地の有機物組成に、アスパラギン酸とグルタミンを各5mM添加した培地が、コシヒカリのカルス培養に適する培地と判断し、DKN培地と名付けた。
 コシヒカリのカルス培養に適するDKN培地が開発されたので、この培地を基本培地に用いた三段階培養法によるコシヒカリの葯培養を行い、その培養効率を既存の培地を用いた場合と比較した。その結果、コシヒカリの葯培養効率は、従来から葯培養事業に用いてきた既存の培地(1/2R2+B5培地)では非常に低かったが、DKN培地を基本培地に用いた場合においては、極めて高い培養効率が観察された。コシヒカリはこれまで葯培養が困難な品種であったが、葯培養に用いる基本培地へのDKN培地の適用により、培養効率の飛躍的な向上が図られた。
 次に、DKN培地を基本培地に用いた三段階葯培養法を、良食味品種育成を目指した実際のイネ育種事業に応用するため、コシヒカリ以外の良食味品種並びにこれらの良食味品種を交配親に用いたF1材料の葯培養効率を調べた。5種類の良食味品種(コシヒカリ、ひとめぼれ、あきたこまち、キヌヒカリ、新潟早生)およびこれらを交配親に用いて養成した6種類のF1の計11材料について、DKN培地と1/2R2+B5培地を基本培地に用いて、三段階培養法による葯培養を行い、培養効率を比較した。供試した材料のうち新潟早生を除く10種類の材料において、DKN培地を基本培地に用いた場合に、1/2R2+B5培地に比べて同等あるいはそれ以上の葯培養効率を示し、DKN培地の有効性が認められた。
 DKN培地はコシヒカリのカルス培養に適する培地なので、コシヒカリに近縁な材料ほど培養効率が高くなるのではないかと予想された。そこで、供試材料のコシヒカリとの近縁係数を算出し、この値とDKN培地を基本培地に用いた場合のカルス形成率および再分化率の関係を調べた。その結果、葯培養に用いた材料のコシヒカリとの近縁係数とカルス形成率、および葯培養に用いた材料のコシヒカリとの近縁係数と葯当たりの緑色個体再分化率に高い相関が認められた。したがって、DKN培地を基本培地に用いた三段階葯培養法では、コシヒカリに近縁の材料ほど培養効率が高くなることが明らかになった。
 これまで、コシヒカリは葯培養も困難な品種であり、また、コシヒカリの近縁品種、並びにコシヒカリを交配親に用いた雑種も葯培養効率が低いとされてきた。本研究においてこれらの課題に取り組んだ結果、コシヒカリのカルス培養に適するDKN培地の開発により、コシヒカリに近縁の品種並びにF1の培養効率を向上することに成功した。近年のイネ新品種の育成にはコシヒカリあるいはコシヒカリに近縁の品種が用いられる場合が多く、これらの材料に用いて早期に固定系統を作出するためには、本研究で確立された葯培養法が有効な手段になりうるものと考えられた。

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