芳香族ボロン酸による分子認識を利用した糖の高選択的反応および検出に関する研究
氏名 大島 賢治
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第179号
学位授与の日付 平成14年3月25日
学位論文題目 芳香族ボロン酸による分子認識を利用した糖の高選択的反応および検出に関する研究
論文審査委員
主査 助教授 下村 雅人
副査 教授 宮内 信之助
副査 教授 鈴木 秀松
副査 教授 塩見 友雄
副査 京都大学大学院 工学研究科教授 青山 安宏
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第一章 緒言
1-1 序論 p.1
1-2 糖鎖化学に関する従来の成果と本研究の目的 p.2
1-3 本論文の概要 p.4
参考文献 p.7
第二章 フェニルボロン酸とメチルグリコシドおよびモデル化合物の錯形成:11B NMRスペクトルによる解析
2-1 序論 p.10
2-2 実験 p.11
2-2-1 試薬 p.11
2-2-2 11B NMRスペクトルによる錯体の観測 p.12
2-2-3 分子力学計算による環状ポリオールの安定構造の推定 p.13
2-3 結果および考察 p.13
2-3-1 フェニルボロン酸の酸塩基平衡 p.13
2-3-2 1,2-エタンジオールおよび1,3-プロパンジオールの錯形成 p.15
2-3-3 メチルグリコシドの錯形成 p.17
2-3-4 錯形成の選択性 p.19
2-4 総括 p.22
参考文献 p.23
第三章 フェニルボロン酸とメチルフコシドの錯形成に基づく水酸基の活性化と位置選択的アルキル化反応
3-1 序論 p.25
3-2 実験 p.26
3-2-1 試薬 p.26
3-2-2 フェニルボロン酸-メチルフコシド錯体の調製と位置選択的アルキル化反応 p.26
3-2-3 未反応原料および副生成物の定量 p.27
3-2-4 アルキル化糖の同定 p.28
3-3 結果および考察 p.28
3-3-1 アルキル化反応の概観とボレート中間体の介在 p.28
3-3-2 副反応の抑制と主反応の促進 p.30
3-3-3 アルキル化の位置選択性 p.32
3-3-4 アルキル化糖の同定 p.35
3-3-5 位置選択的グリコシル化反応の試み p.39
3-4 総括 p.40
参考文献および注釈 p.41
第四章 芳香族ボロン酸錯体を経由する糖の位置選択的グリコシル化反応:保護基を用いないオリゴ糖合成
4-1 序論 p.42
4-2 芳香族ボロン酸の設計 p.45
4-3 実験 p.46
4-3-1 試薬 p.46
4-3-2 ボリン酸誘導体の合成 p.46
4-3-3 ボロン酸誘導体の合成 p.48
4-3-4 糖の位置選択的グリコシル化反応 p.49
4-3-5 未反応原料の定量 p.50
4-3-6 グリコシル化生成物の同定 p.51
4-4 結果および考察 p.51
4-4-1 ボリン酸誘導体の合成 p.51
4-4-2 メチルフコシドの位置選択的グリコシル化反応 p.52
4-4-3 反応機構 p.53
-ボロン酸錯体中間体- p.53
-芳香族ボロン酸の設計:オルト位の置換基の効果- p.58
4-4-4 グリコシル化反応の位置選択性と汎用性 p.60
-メチルフコシドの反応- p.61
-オクチルグルコシドの反応- p.62
-メチルガラクトシドの反応- p.62
-メチルマンノシドの反応- p.63
-チオグリコシドの反応- p.64
4-4-5 グリコシル化生成物の同定 p.65
4-5 総括 p.71
参考文献および注釈 p.72
第五章 水晶振動子に固定化した芳香族ボロン酸と糖の相互作用:糖の選択的検出への応用
5-1 序論 p.74
5-2 実験 p.75
5-2-1 試薬 p.75
5-2-2 3-(3-メルカプトプロパンアミド)-フェニルボロン酸の合成 p.76
5-2-3 ボロン酸誘導体の酸性度定数の決定 p.76
5-2-4 水晶振動子微小秤量装置 p.76
5-2-5 ボロン酸誘導体の固定化 p.77
5-2-6 糖捕そく能の評価 p.77
5-3 結果および考察 p.77
5-3-1 ボロン酸誘導体の酸性度定数 p.77
5-3-2 ボロン酸誘導体単分子層の錯形成能 p.78
-ボロン酸誘導体の固定化とフルクトース応答- p.78
-フルクトース応答のpH依存性- p.80
-錯形成の糖種選択性- p.82
5-4 総括 p.83
参考文献 p.84
第六章 結言 p.86
参考文献 p.88
本研究に関連した報文 p.89
本研究に関連した学会発表 p.90
謝辞 p.92
本論文はボロン酸誘導体が糖の水酸基対と立体選択的に錯体を形成する反応を糖の選択的反応と検出に応用した研究成果についてまとめたものであり,以下の全六章により構成されている.
第一章では糖鎖工学と分子認識工学に関する背景を示し,本研究の目的と意義を述べた.そして,本章の最後に各章の構成内容について説明した.
第二章ではまず,ボロン酸と糖の錯形成を戦略的に利用するため,水中での錯形成反応について一定の規則を見いだす作業について述べた.錯形成反応の観測に11B NMRスペクトル法を採用し,糖の錯形成部位と結合定数を決定した.このとき錯形成する基質としてα/β異性体やピラノース/フラノース異性体の混合物を与えないアルキルグリコシドおよび単純なモデル化合物を採用し,単純な反応系を対象とすることで糖の錯形成部位を特定した.そして,第三章・第四章で扱う選択的反応の起こる位置を説明するための基礎的知見を示した.さらに,フラノースのモデル化合物が大きな結合定数を示すことを明らかにし,還元糖においてはフラノースの存在割合が水中での錯形成を支配していることを示唆した.そして,このことが第五章で扱う糖の選択的検出における基礎的知識として重要であることを説明した.
第三章では,糖の水酸基が錯形成によって活性化され,選択的に求電子反応を受けることをメチルフコシドの位置選択的アルキル化反応により証明した.まず,代表的な反応条件と結果を示し,予想される反応機構を示した.次に,反応条件の検討により,反応機構に関する合理的な説明を加えた.この反応の検討は主に次の三つの点を提示した.まず,フェニルボロン酸が錯形成した位置の酸素原子が活性化され求電子反応を受けること.また,その活性化には塩基の作用によって四配位のホウ素錯体を経由することが重要であること.そして,塩基の副反応を制限しなければならないという課題である.そして,このアルキル化反応の完全な位置選択性は実用的な系に発展させるに十分な価値を持っていることを示唆し,これらの知見が次章のグリコシル化反応の基礎となった.
第四章では,第三章の知見をグリコシル化反応に発展させた簡便なオリゴ糖合成の方法を示した.まず,副反応を制御するためのボロン酸の設計について述べ,次に,新たに設計したフェニルボロン酸誘導体を用いてメチルフコシドの3-O-選択的グリコシル化反応が可能であることを示した.そして,反応条件の検討と11B NMRスペクトルおよび13C NMRスペクトルの結果から反応機構を説明した.さらに,この反応を他の糖のグリコシル化反応に拡張して,グリコシル化の位置選択性がボロン酸の水酸基認識に基づいていることを説明した.そして,この反応の一般性および合成反応としての汎用性を示した.さらに実用的な反応例として,チオマンノシドおよびチオガラクトシドの3,6位へ二つのβ-グルコシド結合を導入し,オリゴ糖合成のビルデイング・ブロックとして期待される分岐三糖構造が一つの反応器で80%以上の収率で得られることを示した.
第五章では,第二章の知見とこれまで他の分光学で明らかにされてきたボロン酸と糖の相互作用を,糖センサーに応用することについて述べた.このとき,発振素子として普及している水晶振動子をセンサー素子として導入することを目的とした.まず,メルカプト基を持つボロン酸誘導体の合成について示した.そして,これを水晶振動子の金電極上に固定化し,固定化量の評価からボロン酸誘導体の単分子層が形成されていることを説明した.そして,この素子のフルクトースに対する応答から,ボロン酸の特徴が反映された素子が得られたことを示した.また,ボロン酸を固体上に固定化したことによって均一溶液中とは異なる挙動が現れることも見いだした.そして,この素子が糖の種類および濃度に依存した周波数応答を示すことから,糖センサーとして応用できることを明らかにした.
第六章では,本論文の研究で得られた成果についてまとめ,今後期待される展望について述べた.