マルチスケール組織制御による希土類元素添加マグネシウム合金鋳造材の高性能化
氏名 尾崎 智道
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第625号
学位授与の日付 平成24年6月30日
学位論文題目 マルチスケール組織制御による希土類元素添加マグネシウム合金鋳造材の高性能化
論文審査委員
主査 教授 鎌土 重晴
副査 教授 東 信彦
副査 教授 福澤 康
副査 准教授 宮下 幸雄
副査 熊本大学先進マグネシウム国際研究センター・センター長兼自然科学研究科 教授 河村 能人
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目次
第1章 序論
1.1 輸送機器分野を取り巻く環境 p.1
1.2 マグネシウム合金の利点および課題 p.5
1.3 時効分析物による鋳造合金の機械的性質の向上 p.7
1.4 希土類元素とZnの複合添加による長周期積層構造の発現と機械的特性への効果 p.11
1.5 本研究の目的 p.13
1.6 論文の構成 p.14
第2章 ナノ析出物及び結晶粒径制御による鋳造合金の高強度化
2.1 緒言 p.17
2.2 実験方法 p.20
2.3 実験結果及び考察
2.3.1 Mg-xGd-0.1Zn合金のミクロ組織と容体化処理条件の影響 p.21
2.3.2 Mg-xGd-0.2Zn合金の時効効果挙動と引張特性 p.26
2.3.3 Mg-xGd-0.3Zn合金のミクロ組織 p.31
2.3.4 Mg-xGd-0.4Zn合金の時効効果挙動および引張特性 p.31
2.3.5 Mg-xGd-0.5Zn合金の引張強さに及ぼす時効効果と結晶粒径の影響 p.32
2.4 結言 p.38
第3章 ナノ析出物およびGPゾーンの複合析出による高強度化
3.1 緒言 p.40
3.2 実験方法 p.42
3.3 実験結果及び考察
3.3.1 Ag添加合金のミクロ組織 p.42
3.3.2 Ag添加合金の時効効果挙動および時効析出組織 p.42
3.3.3 Mg-3.2Gd-xAg合金鋳造材の引張特性 p.50
3.4 結言 p.50
第4章 Mg-Gd系鋳造合金のLPSO相形成に及ぼすCu、Zn添加の影響
4.1 緒言 p.53
4.2 実験方法 p.56
4.3 実験結果及び考察
4.3.1 Mg-3.2Gd-0.75(Cu, Zn)合金のミクロ組織 p.57
4.3.2 Mg-3.2Gd-0.75(Cu, Zn)合金の構成相 p.61
4.3.3 Mg-3.2Gd-x(Cu+Zn)合金のミクロ組織 p.61
4.3.4 Mg-3.2Gd-x(Cu+Zn)合金の構成相 p.66
4.3.5 LPSO相の形成に及ぼすCu、Zn添加の影響 p.66
4.4 結言 p.68
第5章 LPSO相の制御による鋳造合金の高度強化
5.1 緒言 p.71
5.2 実験方法 p.71
5.3 実験結果および考察
5.3.1 LPSO相量変化合金のミクロ組織 p.73
5.3.2 LPSO相量変化合金の構成相 p.73
5.3.3 時効硬化挙動と引張特性 p.80
5.3.4 鋳造合金の機械的性質に及ぼすLPSO相の影響 p.84
5.4 結言 p.88
第6章 β’,GPゾーンおよびLPSOの利用による硬度強化
6.1 緒言 p.89
6.2 実験方法 p.91
6.3 実験結果および考察
6.3.1 Ca添加合金のミクロ組織および構成相 p.91
6.3.2 Ca添加合金の時効硬化挙動と時効組織 p.95
6.3.3 Ca添加合金の機械的性質 p.95
6.4 結言 p.103
第7章 高強度Mg鋳造合金の実用化に向けた適用検証実験
7.1 緒言 p.104
7.2 耐食性の検証
7.2.1 実験方法 p.106
7.2.2 実験結果および考察
7.2.2.1 塩水噴霧試験結果 p.108
7.2.2.2 耐食性に及ぼす合金元素及び構成相の影響 p.108
7.2.3 小括 p.109
7.3 疲労特性の検証
7.3.1 実験方法 p.113
7.3.2 実験結果および考察
7.3.2.1 回転曲げ疲労試験結果 p.113
7.3.2.2 疲労特性に及ぼす構成相の影響 p.114
7.3.3 小括 p.120
7.4 大型鋳造品への適用検証
7.4.1 実験方法
7.4.1.1 低圧鋳造による鋳造試験 p.120
7.4.1.2 鋳造品の評価 p.120
7.4.2 実験結果および考察
7.4.2.1 試験鋳造材の表面及び内部欠陥検査結果 p.122
7.4.2.2 試験鋳造材の引張試験 p.125
7.4.3 小括 p.125
7.5 高強度Mg鋳造合金の合金設計指針 p.128
7.6 結言 p.130
第8章 総括 p.133
謝辞 p.136
研究業績一覧 p.i-p.ii
自動車や航空機等の輸送機器分野では、環境負荷低減のために燃費向上が強く求められており、軽量材料に関心が集まっている。マグネシウムは軽量材料として有望であるが、機械的性質や塑性加工性に課題がある。そこで、本研究では、それらの課題解決策として、塑性加工を必要としない鋳造材の高強度化を目指した。
マグネシウム合金の機械的性質の向上のために、ナノスケールのβ’相の析出による高い時効硬化能を期待できるMg-Gd系合金をベース合金として、組織因子としての結晶粒径、β’析出相、規則GPゾーンおよび長周期積層構造(LPSO)相を単独あるいは同時に制御する、マグネシウム合金の高性能化に向けた合金設計指針の導出と高性能マグネシウム合金の開発を目的とした。さらに、開発した合金の実用性を評価するために耐食性、疲労特性、鋳造性について評価を行い、輸送機器の構造体としてのマグネシウム鋳造合金の実用性を検証した。
第1章では、Mg合金に対する研究開発動向を調査し、希土類元素(R.E.)や第三元素添加合金の時効析出物形態や、LPSO相の形成、機械的性質に及ぼす影響を議論し、本研究の目的を述べた。
第2章では、高い時効硬化能を有するMg-Gd系合金のミクロ組織、時効硬化特性および引張特性に及ぼすGd量およびZn量の影響を、結晶粒径および時効析出物の観点から詳細に検討した。化合物分散による粒成長抑制および時効析出物の析出状態を期待して、Gd量を3.2mol%として、Zn量を0.5mol%と増加させた結果、溶体化処理後も第二相として粒界に化合物が残存し、結晶粒は微細なまま維持され、さらに、時効硬化に寄与するβ’が微細化するとともに、β1の形成が抑制され、ピーク時効硬さも高くなる。以上のような結晶粒微細化と顕著な時効硬化の相乗効果により、3.2Gd0.5Zn では400MPaを超える引張強さが得られることを明らかにした。
第3章では、Mg-Gd系合金におけるβ’相のナノ析出物による強化に加え、G.P.ゾーンを同時に析出させ、更なる特性向上を目指し、Mg-3.2mol%Gdに、原子半径と混合エンタルピーの観点からZnに代替可能な第三元素としてG.P.ゾーンの形成が期待できるAgを選択し、時効析出状態および引張特性に及ぼすAg添加の影響を調べた。その結果、0.5mol%Ag添加合金にて、溶体化処理後も粒界に化合物が残存し、as-cast材の微細粒が維持され、かつ亜時効段階から底面に平行な板状の規則G.P.ゾーンとナノサイズのβ’相が同時に析出し、高い時効硬化能を示すことを明らかにし、そのようなナノ・ミクロ組織制御により引張強さ414MPaの超高強度を達成した。
第4章では、前章までに開発した合金の延性不足の解決を目指し、Mg-Gd系合金へのZnおよびCuの同時添加によるLPSO相の導入を試みた。その結果、CuとZnを複合添加することによりLPSO相が形成し、そのLPSO相はas-cast状態および溶体化処理後ともに14H構造を有し、化学量論組成がMg12Gd(Cu,Zn)0.5であることを明らかにした。その解析結果をもとに、CuとZnの比を2:1として(Cu+Zn)総添加量を増加することによりLPSO相の体積率が増大し、総添加量1.5mol%で第二相としてLPSO相のみが形成されることを見出した。
第5章では、LPSO相が多量に形成されるMg-3.2Gd-1.0Cu-0.5Znをベース合金として、合金元素の添加量を制御して第二相体積率を変え、引張特性に及ぼす影響を調べた。LPSO相の形成によって高い延性が得られるとともに、β’による時効硬化を複合させることで良好な引張特性が得られることを見出すとともに、45%のLPSO体積率を有する合金では引張強さ370MPa、破断伸び8.5%と、強度-延性バランスの良好な高強度マグネシウム合金の開発に成功した。これらの良好な機械的性質にはLPSO相のキンク変形による均一伸びの向上と、それに伴う加工硬化、さらに時効硬化が寄与していることを明らかにした。
第6章では、Gd量を低減させたMg-Gd系合金にCa、Znを同時添加し、β’析出相に加えて、LPSO相および規則G.P.ゾーンを析出させるナノスケール組織制御を用いて、高Gd含有マグネシウム合金に匹敵する機械的性質を具現化することを目指して、Mg-2.0Gd-0.5Zn-0.2Zr合金にCaを0~0.4mol%添加した合金を溶製し、ミクロ組織、引張特性およびクリープ特性に及ぼすCa添加量の影響を調べた。その結果、Ca添加に伴う規則GPゾーンの析出および14H構造のLPSO相の体積率の増大により、0.2mol%以上のCaを添加した合金では、200℃まで0.2%耐力および引張強さともほとんど低下せず、250℃におけるクリープ試験でも既存アルミニウム合金の耐熱性を大幅に上回ることを明らかにした。
第7章では、第2章から第6章で検討した高強度マグネシウム合金の実用可能性を評価するため、耐食性、疲労特性、鋳造性について試験を行い、既存アルミニウム合金との特性比較を行った。これら全ての結果を総合し、Mg-Gd-Zn系合金がいずれの特性でも良好な結果を示し、特に、単相合金であるMg-2.4Gd-0.1Znは全ての項目において既存アルミニウム合金を代替できる特性を発揮することから、非常に実用性の高い合金であると位置づけた。
第8章では、本論文で得られた結果を要約し、結論とした。
本論文は、「マルチスケール組織制御による希土類元素添加マグネシウム合金鋳造材の高性能化」と題し、8章より構成されている。
第1章「序論」では、Mg合金の高強度化に関する研究開発動向を調査し、希土類元素(R.E.)や第三元素添加合金の時効析出物形態や、長周期積層構造(LPSO)相の形成、機械的性質に及ぼす影響を議論し、本研究の目的を述べている。
第2章「時効析出物および結晶粒径制御による鋳造合金の高強度化」では、Mg-Gd-Zn-Zr系合金のGdおよびZn添加量の最適化により、粒界化合物のピン止め効果による結晶粒微細化と時効硬化に寄与するβ’相の微細化が達成され、400MPaを超える引張強さが得られることを実証している。
第3章「ナノ析出物およびGPゾーンの複合析出による高強度化の検討」では、Mg-Gd系合金に原子半径と混合エンタルピーの観点からZnに代替可能な第三元素としてAgを添加し、板状の規則GPゾーンとナノサイズのβ’相を同時に析出させることに成功し、そのようなナノ・ミクロ組織制御により引張強さ414MPaの超高強度を達成している。
第4章「Mg-Gd系鋳造合金のLPSO相形成に及ぼすCu、Zn添加の影響」では、Mg-Gd系合金へのZnおよびCuの同時添加により14H構造のLPSO相が形成され、その組成はMg12Gd(Cu,Zn)0.5であること、CuとZnの比を2:1として(Cu+Zn)総添加量の増加に伴いLPSO相の体積率が増大し、総添加量1.5mol%で第二相としてLPSO相のみが形成されることを見出している。
第5章「LPSO相の制御による鋳造合金の高強度化」では、45%のLPSO体積率を有する合金では引張強さ370MPa、破断伸び8.5%と、強度-延性バランスの良好な高強度マグネシウム合金が得られ、LPSO相のキンク変形による均一伸びの向上と、それに伴う加工硬化、さらに時効硬化がそれらの機械的性質に寄与していることを明らかにしている。
第6章「LPSOおよびGPゾーンの利用による高強度化の検討」では、Mg-2.0Gd-0.5Zn-0.2Zr合金にCaを添加することにより、β’相に加えて、規則GPゾーンおよびLPSO相が形成され、0.2mol%以上のCaを添加した合金は、高温でも0.2%耐力および引張強さともほとんど低下せず、クリープ試験でも既存アルミニウム合金の耐熱性を大幅に上回ることを明らかにしている。
第7章「高強度Mg鋳造合金の実用化に向けた適用検証試験」では、開発合金の耐食性、疲労特性、鋳造性について評価し、単相合金であるMg-2.4Gd-0.1Zn合金が非常に実用性の高い合金であることを明らかにしている。
第8章「総括」では、本論文で得られた結果を要約し、結論としている。
以上のように、本論文は従来達成し得なかった機械的性質レベルまでの改善を可能とするマルチスケール組織制御技術を確立し、さらに開発合金は実製造プロセスでも良好な機械的性質を有する健全な複雑形状部材が製造可能であることを実証している。よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。