被加工物の物性および電極表面形状が放電加工速度に及ぼす影響
氏名 山下 正英
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第636号
学位授与の日付 平成24年9月30日
学位論文題目 被加工物の物性および電極表面形状が放電加工速度に及ぼす影響
論文審査委員
主査 教授 福澤 康
副査 教授 伊藤 義郎
副査 教授 田辺 郁男
副査 准教授 南口 誠
副査 工学院大学機械創造工学科教授 武沢 英樹
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目次
第1章 序論 p.1
1.1 緒言 p.1
1.2 放電加工の特徴と用途 p.2
1.3 放電加工の原理 p.5
1.4 放電加工の速度 p.7
1.5 本研究の背景と目的 p.8
1.5.1 放電加工の歴史的背景 p.8
1.5.2 放電加工の研究動向 p.9
1.5.3 加工速度に関する研究動向 p.9
1.5.4 本研究の目的と論文の構成 p.11
第2章 純金属の物性が加工速度に及ぼす影響 p.13
2.1 加工速度に影響する物性の検討 p.13
2.2 加工速度と被加工物の物性 p.19
2.2.1 実験方法 p.19
2.2.2 実験結果 p.23
2.2.2.1 加工速度 p.23
2.2.2.2 放電頻度 p.27
2.2.2.3 単発放電における放電痕形状と除去量 p.28
2.2.2.4 加工面の状態 p.34
2.2.2.5 加工液が脱イオン水の場合の加工速度 p.41
2.3 三次元の場合における熱伝導方程式の解 p.43
2.4 潜熱の考慮 p.53
2.5 第2章のまとめ p.55
第3章 種々の条件下における加工速度 p.57
3.1 加工条件が加工速度に及ぼす影響 p.57
3.1.1 実験方法 p.58
3.1.2 実験結果 p.60
3.1.2.1 設定電流値、放電持続時間、放電休止時間の影響 p.60
3.1.2.2 電極材料の影響 p.64
3.2 Cu-Ni焼結体の加工速度 p.77
3.2.1 実験方法 p.79
3.2.2 実験結果 p.81
3.2.3 加工速度の定量的評価に関する考察 p.84
3.3 ワイヤ放電加工における加工速度 p.86
3.3.1 実験方法 p.87
3.3.2 実験結果 p.87
3.4 第3章のまとめ p.94
第4章 ワイヤ工具電極の表面形状が加工速度に及ぼす影響 p.95
4.1 電極の表面粗さを粗くする方法 p.96
4.1.1 ウェットブラスト法の提案 p.97
4.1.2 ウェットブラスト装置 p.97
4.1.3 使用する砥粒と砥粒濃度の測定方法 p.99
4.2 表面粗さを粗くしたワイヤ工具電極の放電加工特性 p.103
4.2.1 実験方法 p.103
4.2.1.1 使用するワイヤ工具電極 p.103
4.2.1.2 加工方法および条件 p.105
4.2.2 実験結果 p.106
4.2.2.1 加工速度と加工面粗さ p.106
4.2.2.2 放電頻度および加工溝幅 p.108
4.2.2.3 加工後のワイヤ工具電極表面の観察 p.111
4.3 ワイヤ工具電極の放電分散性 p.112
4.3.1 分散性の評価方法 p.112
4.3.2 放電分散性と最大設定電流値の関係 p.114
4.3.2.1 実験方法 p.114
4.3.2.2 実験結果 p.115
4.4 第4章のまとめ p.117
第5章 ワイヤ工具電極の表面形状が放電分散性および最大設定電流値におよぼす影響 p.119
5.1 ワイヤ工具電極の表面形状が放電分散性に及ぼす影響 p.120
5.1.1 放電分散性に影響を及ぼす形状因子 p.120
5.1.2 実験方法 p.123
5.1.2.1 使用するワイヤ工具電極 p.123
5.1.2.2 実験条件 p.127
5.1.3 実験結果 p.129
5.2 放電分散値が最大となる輪郭曲線要素の平均長さ p.131
5.2.1 実験方法 p.132
5.2.2 実験結果 p.135
5.3 放電分散値と最大設定電流値の関係 p.136
5.3.1 実験方法 p.136
5.3.2 実験結果 p.137
5.4 分散性を評価できる実験式と結果の補正 p.138
5.4.1 分散性を評価できる実験式の考案 p.138
5.4.2 最大設定電流値の実験結果の補正 p.140
5.5 第5章のまとめ p.144
第6章 結論 p.145
謝辞 p.149
参考文献 p.151
本論文に関する発表論文 p.157
放電加工は熱加工の一種であり非接触加工であることから,機械的加工法では困難である高硬度材料から軟質材料までが加工可能であり,これら多くの材料に対して高精度な三次元複雑形状加工が行える.放電加工の加工条件は機械的加工と比較して多く,この適正条件は実験により試行錯誤で求めることから多くの時間を 要する.加工経験のない素材に対する加工速度や適性条件を事前に予測できれば,生産現場や研究において条件選定の時間短縮につながり,放電加工の利便性は 高まる.また,放電加工速度の高速化は,加工コストを低く抑えて他の加工技術との競争力も増すので,放電加工技術の発展には必須項目である.本研究では, 放電加工の作業性向上を目的として,加工速度を定性的に評価できるパラメータを被加工物の物性から求めた.さらにワイヤ工具電極の表面形状因子に注目して ワイヤ放電加工における加工速度の向上を試みた.
本論文は6章から構成され,被加工物の物性と加工速度との関係は第2章および第3章に示した.ワイヤ工具電極の表面形状と加工速度との関係は,第4章および第5章に示した.各章の概要を以下に示す.
第1章「序論」では,放電加工の特徴,開発の歴史・背景,産業界における用途,研究動向について記載した.また、現状での放電加工の課題を挙げて,研究の目的と位置づけを記述した.
第2章「純金属の物性が加工速度に及ぼす影響」では,被加工物の物性により加工速度がどのように変化するかを検討するために,熱伝導方程式に基づいて関係する物性値を検討した.物性値が明らかである12種類の純金属材料に対して加工実験を実施した.その結果,加工速度と熱伝導率λと融点θの二乗の積 (λ・θ2) との間に高い相関関係が見出すことができた。この関係が認められなかった3種の材料については,加工面の成分分析から加工面に炭素との化合物が形成されることが観察された.このことから,加工し難い炭化物が加工面に生成されることで,加工速度とλ・θ2との定性的な関係から外れると推定した.この推定の妥当性について検証するために,炭化物が生成しない脱イオン水中での形彫り放電加工を実施した.脱イオン水中の放電加工では,加工することができた全ての材料において,加工速度とλ・θ2との間に高い相関関係が認められることから,推定の妥当性を明らかにすることができた.また,λ・θ2を加工速度の評価パラメータとして用いることの妥当性を一次元解と三次元解の相違や,潜熱を考慮した場合についても検討して証明した.
第3章「種々の条件下における加工速度」では,様々な加工条件下において加工実験を行い,λ・θ2の適応範囲について調べた.パルスあたりのエネルギーや電極材料を変更しても,形彫り放電加工においてはλ・θ2で加工速度を評価することが可能であることを明らかにした.また,電極材料にλ・θ2が小さい材料を用いる場合,短絡が頻発するため相関が弱くなることを示した.組成比の異なるCu-Ni焼結体を作製しその加工速度およびワイヤ放電加工の加工速度についても各物性との相関を調べた.Cu-Ni焼結体においては加工速度とλ・θ2との間に純金属と同様な関係が認められたが,ワイヤ加工については加工速度とλ・θ2との相関は弱いことを示した。
第4章「ワイヤ工具電極の表面形状が加工速度に及ぼす影響」では,電極の表面形状が加工速度に及ぼす影響について,ワイヤ工具電極の表面粗さを粗くする ウェットブラスト法を提案して調べた.実験の結果から,表面粗さが粗いワイヤ工具電極を用いると放電頻度が増加し,市販のワイヤ工具電極よりもわずかに加工速度が向上することを示した.また,市販のワイヤ工具電極と比較して,表面粗さが粗いワイヤ工具電極を用いると、設定電流値を大きくすることができ、その分加工速度も向上した。さらに,本論文において考案した放電分散性の評価方法を用いて,表面粗さが粗いワイヤ工具電極の放電分散性が優れていることを証明した.
第5章「ワイヤ工具電極の表面形状が放電分散性および最大設定電流値に及ぼす影響」では,どのような表面形状が放電分散性に優れるかを,30種類の表面粗さを粗くしたワイヤ工具電極を作製して調べた.本論文で考案した放電分散性の評価方法を用いて,表面形状因子である算術平均粗さRa,曲率平均ρa,曲線要素の平均間隔Rsmが放電分散性に及ぼす影響を実験的に明らかにした.また,30種類の表面粗さを粗くしたワイヤ工具電極の放電分散値と最大設定電流値との相関は弱いことを示した.ワイヤ工具電極表面の形状因子から放電分散値を算出できる実験式を考案し,放電分散値と最大設定電流値との関係を調べたところ、強い相関が得られることを示した.
第6章「結論」では,本研究により得られた知見を総括し,本論文の結論を示した.また,放電加工技術の発展について述べた.
本論文は、「被加工物の物性および電極表面形状が放電加工速度に及ぼす影響」と題し、6章より構成されている。
第1章では、放電加工の特徴、開発の歴史・背景、産業界における用途、研究動向について述べている。また、現状での放電加工の課題を明らかとして、研究の目的と位置づけを述べている。
第2章では、形彫り放電加工において、被加工物の物性が加工速度に及ぼす影響について、12種類の純金属の溶融過程を熱伝導方程式に基づいて解析して、関連する熱物性因子と加工速度との関係を実験的に求め、加工速度は熱伝導率λと融点θの二乗の積 (λ・θ2) と定性的な相関関係があることを明らかとしている。
第3章では、形彫り放電加工において、純金属および全率固溶のCu-Ni合金において加工条件による加工速度の変化を評価し、熱伝導率λと融点θの二乗の積 (λ・θ2)が有効な評価因子であることを明らかにしている。また、電極材料を変化させた場合およびワイヤ放電加工においては、被加工物のλ・θ2と加工速度の関係は、純金属の場合よりも相関関係は若干低くなるが、概ね同様な関係にあることを述べている。
第4章では、ワイヤ放電加工において、ワイヤ工具電極の表面性状と加工速度の関係を本論文で提案したウエットブラスト法を用いて調べている。この結果、ワイヤ工具材料の表面性状を適度に粗くすることで、放電分散効果は向上することを、本論文で考案した放電分散性の評価方法を用いて明らかとしている。また、表面を粗くした安価なワイヤ工具材料を用いて、超硬材料を従来の1.5倍の加工速度が得られることを示している。
第5章では、ワイヤ工具電極表面の形状因子から放電分散値を算出できる実験式を考案し、放電分散値と最大設定電流値との間に強い相関が得られることを示している。
第6章では、本研究で得られた知見を総括して、本論文の結論を示している。また、放電加工技術の今後の発展についても述べている。
よって、本論文は工学上及び工業上貢献することが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。