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Bi2Sr2CaCu2Ox固有ジョセフソン特性の温度依存性の評価及び解析

氏名 岡上 久美
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第420号
学位授与の日付 平成19年3月26日
学位論文題目 Bi2Sr2CaCu2Ox固有ジョセフソン特性の温度依存性の評価及び解析
論文審査委員
 主査 教授 濱崎 勝義
 副査 教授 新原 晧一
 副査 教授 小野 浩司
 副査 助教授 石黒 孝
 副査 助教授 末松 久幸

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第1章 序論
 1.1 研究背景 p.1
 1.2 Bi-2212固有Josephson特性の基礎的研究課題 p.4
 1.3 Bi-2212固有Josephson特性の温度依存性に関する研究現状 p.6
 a)臨界電流 p.6
 b)リターン電流(最小臨界電流) p.10
 c)ジャンプ電圧 p.12
 1.4 本研究の目的と論文の構成 p.16
 第1章の参考文献 p.17

第2章 Bi-2212スタック型Josephsonデバイスの作製
 2.1 Bi-2212単結晶の合成法(改良型自己フラックス法) p.21
 2.1.1 積層充填及び混合充填による結晶合成 p.25
 2.1.2 Bi-2212単結晶の分析 p.30
 2.2 自己平坦化法 p.34
 2.2.1 自己平坦化法プロセスの開発の歴史的背景 p.34
 2.2.2 自己平坦化法プロセスと改質層のXRD,EDX,AES分析 p.40
 2.3 AuエッチングプロセスがI-V特性へ及ぼす影響 p.60
 第2章の参考文献 p.64

第3章 Bi-2212固有Josephson特性の温度依存性(実験)
 3.1 Bi-2212単結晶のc-軸特性 p.67
 3.2 Ic(T)特性 p.72
 3.3 Ir(T)特性 p.80
 3.4 Vg(T),Vj(T)特性 p.89
 第3章の参考文献 p.101

第4章 Bi-2212固有Josephson特性の温度依存性(解析)
 4.1 Josephson接合の解析式 p.104
 4.2 リターン電流, ジャンプ電圧の温度依存性の解析モデル p.107
 4.2.1 Vj(T) p.107
 4.2.2 Ir(T) -Zappeモデル- p.115
 4.3 c-軸抵抗のモデル p.122
 4.3.1 Heineモデル p.122
 4.3.2 KOモデル p.127
 4.4 接合パラメータについて p.133
 4.5 リターン電流, ジャンプ電圧の温度依存性の解析結果 p.139
 4.5.1 Vj(T)特性の解析結果 p.139
 4.5.2 Ir(T)特性の解析結果 p.151
 4.6 OTBK理論を用いたジャンプ電圧, 臨界電流の解析 p.165
 4.6.1 Vj(T)特性の解析 p.165
 4.6.2 Ic(T)特性の解析 p.173
 第4章の参考文献 p.177

総括 p.180

付録A Bi-2212固有Josephson接合に使用する基板について p.184
付録B Josephson phase diffusion効果について p.185
付録C BCSパラメータについて p.188
付録D リターン電流の物理について p.190
付録E OTBK理論について p.192
付録の参考文献 p.198

本論文で用いた記号及び略語 p.199

本研究に関する発表論文 p.202

謝辞 p.206

 Bi2Sr2CaCu2Ox(Bi-2212)固有Josephson接合は多くの研究グループで作製され,そのJosephson特性の評価がなされているが,まだ解明されていない課題も多々残されている。特に,高温超伝導体の特質が生かされるべき高温領域(T≧77 K)の固有Josephson特性は、応用に際して解明しておかねばならない重要課題である。本研究では,"改良型自己フラックス法"により高い臨界温度Tc ≒ 90 Kをもつ結晶を合成し,新しく開発した"自己平坦化法"を用いて高品質なスタック型固有接合(以下スタック)を作製した。得られたBi-2212スタックの固有Josephson特性(臨界電流,リターン電流,及びジャンプ電圧)について,現象論モデルを提唱し,その温度依存性を評価・解析した。以下に各章の概要を述べる。
 第1章の序論に続き,第2章ではBi-2212単結晶合成法について述べている。従来用いられている自己フラックス法の粉砕・混合工程を省略し,熱処理を行う際に坩堝の蓋上に荷重を載せ坩堝内の圧力を変化させる"という2つに改良点を加えた"改良型自己フラックス法"で合成した結晶は,Tc,zero=90±2 Kを再現良く得ることができた。スタックの作製には,Arイオンミリング法を使用しない"自己平坦化法"を提案した。このプロセスは,Josephson接合窓以外のBi-2212単結晶片を希塩酸中で絶縁層へ改質させた層をスタック部の平坦化層として用いる方法であり,物理エッチング(Arイオンミリング)を用いないため,エッチングダメージによるリーク電流の発生はない。但し,本プロセスで用いられるAuエッチング溶液(KI+I2+H2O)がBi-2212を改質させ,スタック内の接合数の制御が困難であることなど,プロセス条件の最適化にはまだいくつかの問題点も残された。
 第3章では,Bi-2212固有Josephson特性の温度依存性の実験結果について述べている。まず,スタック用結晶としてoptimum-doping条件のものを用いるためc-軸抵抗の温度変化(Tc,zero=90±2 K, ρc(Tc,onset)/ ρc(150K)=1.0±0.3)から結晶を選別する方法を提案した。このような単結晶を用いて作製したスタックの直流Joseohson電流について,2つの重要な特性(臨界電流Icとリターン電流Ir)の温度特性について詳細に検討した。まず,Ic(T)特性は,高温領域(40-50 K)でトンネル理論を基にしたAB理論よりも上方へずれることを見出した。このような特性は,作製法に依らず観測されているが,その原因についてはわかっていなかった。本論文ではIc(T)特性と対をなすIr(T)特性についても調べた結果,高温領域(≧40 K)で温度上昇とともにIr値が上昇することがわかった。トンネル理論の予想に反するこの結果は,本研究で作製した数十個の素子全てで観測された。また,IrをIr(4.2K)で規格化したとき,Icの異なる素子でも全て同じ曲線を描くことを見出した。
 Josephsonデバイス応用には有限電圧状態の特性も重要であるため,Icから有限電圧へスイッチしたときのギャップ電圧Vg(準粒子電流特性)とジャンプ電圧VJ(ブランチ間隔:低電圧領域)の温度依存性についても調べた。Vg(T)特性はほぼBCS理論に従うことが他の研究者等より報告されているが,VJ(T)特性はBCS理論よりも下方へ大きくずれている。この特異な現象は,準粒子注入による非平衡効果または自己ヒーティング効果によるものと解釈されていたが,本研究ではVJ/VJ(4.2K)特性が素子特性の違い(自己ヒーティング効果の違い)に依らずほぼ同じ曲線を描くという観測結果から,スタック内部の等価温度の上昇によるVJの抑制とバス温度の上昇によるVJの減少は,それぞれ独立に議論ができると結論づけた。
 第4章では,3章で得られた実験結果(Ir(T),VJ(T)特性)を現象論モデル及び微視的理論を用いた解析を行っている。リターン電流の解析には低温超伝導体Josephson接合で用いられているZappeモデルを基に,その準粒子抵抗にc-軸抵抗の温度依存性を取り入れた修正モデルを用いた。c-軸抵抗の温度依存性には,Heineが提唱したモデル,ならびに本研究で提唱したモデルの2つを用いた。また,VJの解析にもこの2つのモデルを用い,自己ヒーティング効果によるVJの減少とバス温度によるVJの減少分とを区別するための新しい現象論モデルを提唱した。Heineモデルを用いた場合,Ir(T),VJ(T)特性は大体説明できた。但し,このモデルはフィッティングパラメータが5つと多いこと,T < Tcの領域でのモデル式ではないという欠点がある。そこで,T < Tcの抵抗値RJ,sg(T)特性のフィッティング式(KOモデル)を新しく提唱した。その結果,HenieモデルよりもIr(T)特性の上昇及びVJ(T)特性を良く説明できた。Heineモデル及びKOモデルで用いるパラメータの絶対値の評価は今後の課題として残されている。
 最後に,微視的理論であるOTBK理論を用いて,提唱した現象論モデルの妥当性について検討した。等価バリアポテンシャルZを変化させて準粒子電流特性をシミュレーションし,VJ(T)を評価した結果,その温度依存性をZの変化と関係づけることができた。この結果は,Bi-2212接合中のBiO/SrOバリア層が"絶縁体"から"半導体"へと変化していることを示し,本研究で提唱した現象論モデルから得られたVJ(T)特性を微視的理論からも定性的に裏付けることができた。
 以上,これまで充分な解析がなされていなかったBi-2212固有接合のJosephson特性(Ir(T),VJ(T))特性について現象論モデルを提唱し,統一的に解析することができた。また,微視的理論から提唱したモデルの妥当性を示すことができた。本研究で得られた知見は77 K動作Josephsonデバイスの設計上有用なものである。

 本論文は「Bi2Sr2CaCu2Ox固有ジョセフソン特性の温度依存性の評価及び解析」と題し,5章より構成されている。
 第1章の序論では,Bi2Sr2CaCu2Ox(Bi-2212)固有Josephson特性に関する未解決の研究課題について説明し,本研究の位置付けと目的について述べている。続く第2章では,結晶合成法とデバイス作製プロセスについて述べている。まず、自己フラックス法によるBi-2212単結晶合成条件を改善し、超伝導転移温度Tc,zero=90±2 Kをもつ良質の結晶を再現良く得たことを述べている。次に、新しい固有Josephsonデバイス作製法として、Bi-2212単結晶片を希塩酸中に浸積することで絶縁体へ改質させた層を平坦化層として用いる"自己平坦化法"を提案している。第3章では,この方法で作製された固有接合の重要な直流Joseohson特性:臨界電流Ic,リターン電流Ir,ジャンプ電圧VJの温度特性についての実験データを示し、その再現性等について検討している。特に、固有接合のIr(T)特性が高温領域(T>45 K)でトンネル理論の予想と異なる特性(温度上昇とともに増大する特性)をもつことを初めて観測し、詳細な考察を行っている。さらに、ジャンプ電圧VJの温度依存性がBCS理論からずれることはこれまでの研究で報告されているが、この特性についての追試実験を行っている。この中で、特性の異なる素子でも規格化したジャンプ電圧VJ(T)/VJ(4.2)が同じ温度依存性を示すことを明らかにし、その起因についての考察を行っている。
 第4章では,低温超伝導接合の解析に用いられていた現象論モデル(Zappeモデル)を修正し、前章で示した固有Josephson特性の温度依存性の解析を行っている。まず、このモデルに用いる接合のc-軸抵抗としてHeineの経験式を用い、Ir(T),VJ(T)特性を大体説明できることを示している。しかし、Heineの式はT<Tcの固有接合抵抗のモデルではないこと,またフィッテングパラメータが多いという欠点がある。これを修正するモデルとしてフィッテングパラメータを1つしかもたず、T<Tcの接合抵抗を説明することができる新しい解析式(KOモデル)を提唱し、このモデルを用いたIr(T),VJ(T)特性の解析結果は、実験データを非常に良く説明できることを示している。最後に,微視的理論を用いてVJ(T)を評価し,その温度依存性をバリアポテンシャルZの変化と関係付けて解釈するとともに、提唱した現象論モデルの妥当性について検証している。
 以上、この研究で得られた多くの知見、並びに解析モデルは、液体窒素温度以上で動作するBi-2212固有Josephson特性を解明する上で非常に有用なものである。
 よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認められる。

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