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アミノ酸熱重合物の長時間緩和と非平衡下での局所パターン形成

氏名 櫻沢 繁
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第132号
学位授与の日付 平成9年3月25日
学位論文題目 アミノ酸熱重合物の長時間緩和と非平衡下での局所パターン形成
論文審査委員
 主査 教授 松野 孝一郎
 副査 教授 曽田 邦嗣
 副査 教授 山田 良平
 副査 教授 山元 皓二
 副査 助教授 本多 元

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目次
1章 序論
1.1 本研究の目的と論点 p.1
1.2 背景 p.1
1.2.1 物質進化の研究における問題とアミノ酸熱重合物 p.1
1.2.2 高分子電解質としてのアミノ酸熱重合物とカプセル形成 p.3
1.3 問題点に対する解決策と本研究の意義 p.3
2章 材料と方法 p.5
2.1 試薬 p.5
2.2 アミノ酸熱重合物 p.5
2.3 測定方法 p.6
2.3.1 粒度分布の測定 p.6
2.3.2 濁度測定 p.6
2.3.3 熱分析 p.6
2.3.4 スライドグラス上でのマイクロカプセルの形成 p.9
2.3.5 バッチ処理によるマイクロカプセルの形成及びI/O Ratio p.9
2.3.6 電子顕微鏡による観察 p.12
2.3.7 溶液中の濃度パターン生成と解析 p.12
3章 結果 p.14
3.1 アミノ酸熱重合物の温度履歴現象と長時間緩和 p.14
3.1.1 濁度の温度変化と温度履歴現象 p.16
3.1.2 粒度分布の温度変化と温度履歴現象 p.20
3.1.3 温度変化における溶解と析出のエネルギー p.20
3.1.4 冷却速度と微小球の大きさ p.24
3.2 アミノ酸熱重合物のpH変化によるマイクロカプセル形成 p.26
3.2.1 マイクロカプセルの形成過程の実際 p.26
3.2.2 I/O Ratioの時間発展とそのpH依存性 p.26
3.2.3 微小球の溶解と外径の変化 p.30
3.2.4 塩基性溶液によるアミノ酸熱重合物の性質変化とその意義 p.33
3.2.5 pH上昇による微小球の溶解とpH下降によるナノ粒子の析出 p.36
3.2.6 カプセルを構成するナノ粒子の集積 p.39
3.2.7 塩基性溶液に溶解したアミノ酸熱重合物の濃度パターン生成 p.43
3.2.8 溶解反応の速度とカプセルの厚さ p.48
4章 考察 p.56
4.1 温度履歴現象と長時間緩和 p.56
4.2 カプセル形成機構の現象論的解釈 p.57
4.2.1 微小球表面での一過的溶解とカプセル形成 p.57
4.2.2 塩基性溶液へ溶解した熱重合物とカプセル形成 p.57
4.2.3 非平衡下の動的過程と物質の局在化 p.59
4.2.4 カプセル形成機構のモデルによるまとめ p.60
5章 結論 p.63
6章 参考文献 p.65

 本研究は、物質進化で出現したとされるアミノ酸熱重合物の物理的な振る舞いに着目し、そこに物質進化を推し進めたエネルギー過程(エネルギー獲得、散逸)の原理を現象論のレベルで明らかにすることを目的とした。具体的にはアミノ酸熱重合物の微小球について、環境変化に応じた形態変化の過程を観察した。特にその緩和時間に留意し、環境変化の速度とそこで生ずる空間構造物の形態との関係を定量評価した。
 アミノ酸熱重合物の様な高分子電解質の振る舞いは、長い緩和時間と大自由度を持つため複雑である。分子生物物理学の分野では、物質を単離純化することでその複雑さを克服し分子レベルでの議論を可能にする。物質の単離純化は物質の性質を同定する上で有効な手段であるが、同時に物質間の相互作用による物理現象の多様性を制限する。また物質進化の分野で行われる模擬実験に於いて、これは「人為的に設定された初期条件」として問題となる。本研究では分子レベルの議論の可能性を犠牲とし、アミノ酸熱重合物を不完全同定の分子の複合物として取扱い、測定対象な巨視的な集積物の可視形態のレベルまで粗視化した。そして測定は濁度計、光学顕微鏡及び電子顕微鏡を用いて、変化の動的過程にある非平衡下の物質の集積量、及び空間に局在した形態に着目して行った。
 アミノ酸熱重合物はL-アスパラギン酸とL-プロリンを200℃で3時間加熱したものを用いた。アミノ酸熱重合物は水中で直径数μmの微小球を形成し、加熱、冷却によって溶解、析出する。この温度変化に伴う溶解析出を、濁度変化及び顕微鏡による粒度分布の測定によって調べた。その結果、微小球は温度変化に対して履歴を伴って溶解析出した。また析出した粒子は冷却速度に依存し大きさが異なり、0.01~0.1℃/minの温度変化速度で特に大きくなった。この冷却速度は20~40℃を約1日かけて変化させる速度に相当する。つまりアミノ酸熱重合物は地球上の日周周期に近いオーダーの長時間緩和機構を持っている。アミノ酸熱重合物の集積状態が温度変化の経路に依存するのは、長時間の緩和過程が介在しているためである。
 アミノ酸熱重合物は長時間緩和過程が介在することにより、環境変化により励起された状態を長時間維持しながら、そのエネルギーをゆっくりと散逸することが可能である。アミノ酸熱重合物と化学進化との関連に於いて、この長時間緩和過程と環境の変化は物質の進化を駆動するエネルギー獲得方法の一つとして意義を持つ。
 アミノ酸熱重合物の微小球はpH変化によっても溶解析出する。微小球が塩基性溶液に溶解する際、条件が整合するとマイクロカプセルが形成される。カプセル形成機構に関して以下の実験事実を得た。
 熱重合物の塩基性溶液に対する溶解反応は初期の速い反応と引き続く遅い反応の2段階であった。速い反応では外径が小さくなり、その後遅い反応への転換期で外径が増大した。pH上昇に伴って溶解した熱重合物は性質変化を受け、pHを再び下げると100nm程度のナノ粒子が再析出した。塩基性溶液に溶解したアミノ酸熱重合物は濃度勾配及びpH勾配によって局所空間に局在し、長時間に渡りパターンを形成しやがて消滅した。カプセルは微小球表面に直径100nm程度のナノ粒子が付着、集積することで形成された。カプセルの厚さは微小球表面での溶解速度に依存し、溶解が速いときには薄く、遅いときには厚くなる傾向を示した。以上を基に、カプセル形成機構を現象論的に以下の様に解釈した。
 内部の充填された微小球が存在し、pH上昇が起きると表面から「初期の速い溶解反応」が起きる。溶解した熱重合物は塩基性溶液で変化を受ける。溶解反応が平衡に近づきゆっくりになると、低pHの微小球表面付近で空間濃度パターンによって溶解している熱重合物の再析出が起こりナノ粒子が形成される。これが微小球の表面に付着し、成長しながら更に集積することでカプセルが形成される。その後内部に残された球はカプセルを介した溶液交換によってゆっくりと溶出する。
 ナノ粒子を巧みに制御しカプセルを形成する機構は、一般に知られているカプセル形成機構とは異なり、ここで新たに見出されたものである。
 アミノ酸熱重合物は長時間緩和を伴い、環境変化によって非平衡状態を長時間維持できる。環境変化の速度と緩和現象が同調すると局所パターン形成がなされる。本研究はアミノ酸熱重合物の長時間緩和と環境変化の同調による自己秩序化の具体現象を提供した。

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