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微生物由来リボ核酸分解酵素 RNase Ms の構造と機能

氏名 野中 孝昌
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第55号
学位授与の日付 平成4年3月25日
学位論文題目 微生物由来リボ核酸分解酵素RNase Msの構造と機能
論文審査委員
 主査 教授 三井 幸雄
 副査 教授 矢野 圭司
 副査 教授 青山 安宏
 副査 助教授 曽田 邦嗣
 副査 助教授 中村 和郎

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目次
1 序論 p.1
1-1 環状化リボヌクレアーゼの反応機構 p.2
1-2 環状化リボヌクレアーゼの分類 p.3
1-3 T1ファミリーの問題点 p.16
2 実験経過
2-1 リボヌクレアーゼMsの複合体の結晶化 p.7
2-2 X線回折データの測定 p.11
2-3 3'GMP複合体の構造精密化 p.13
2-4 2'GMP複合体の構造精密化 p.15
2-5 分子置換法によるGfpC複合体の構造解析 p.17
2-6 GfpC複合体の構造精密化 p.18
3 結果
3-1 精密化された構造の質と精度の評価 p.20
3-2 シスペプチド p.26
3-3 二次構造 p.28
3-4 水分子 p.32
3-5 分子間相互作用 p.35
3-6 3'-GMPおよびその周辺の構造 p.38
3-7 GfpCおよびその周辺の構造 p.41
3-8 リボヌクレアーゼMsとリボヌクレアーゼT1のアミノ酸列例の比較 p.47
3-9 3'-GMP複合体とGfpC複合体の比較 p.49
3-10 リボヌクレアーゼMsとリボヌクレアーゼT1の立体構造比較 p.51
3-11 リボヌクレアーゼMsとリボヌクレアーゼStの立体構造比較 p.53
3-12 リボヌクレアーゼMsとリボヌクレアーゼAの立体構造比較 p.56
3-13 リボヌクレアーゼMsとリボヌクレアーゼSの立体構造比較 p.60
4 考察
4-1 リン酸移転反応における一般酸触媒としてのHis91 p.62
4-2 2'-OHの代わりとしてのフッ素原子 p.63
4-3 リン酸移転反応における一般塩基触媒としてのGlu57 p.64
4-4 His39のコンフォーメーション変化 p.65
4-5 環状化リボヌクレアーゼの触媒残基に関する比較生化学的検討 p.66
4-6 環状化リボヌクレアーゼの活性中心のgeomerty p.69
4-7 T1ファミリーの塩基触媒同定研究に対する提案 p.77
謝辞 p.78
参照文献 p.79
付録
A-1 WEISによる2'-GMP複合体のデータ処理 p.84
A-2 WEISによるGfpC複合体のデータ処理 p.87
B PROLSQのパラメータ辞書 p.89
C 3'-GMP複合体とGfpC複合体の原子座標 p.95
D-1 3'-GM複合体の構造精密化におけるPROLSQの最終出力抜粋 p.106
D-2 GfpC複合体の構造精密化におけるPROLSQの最終出力抜粋 p.107
D-3 2'-GMP複合体の構造精密化におけるPROLSQの中間出力抜粋 p.108
E-1 3'-GMP複合体の捻れ角 p.109
E-2 GfpC複合体の捻れ角 p.110
F-1 3'-GMP複合体の全分子内水素結合 p.111
F-2 GfpC複合体主鎖原子および水分子の水素結合 p.113
G 分子間接触 p.114
H 3'-GMP複合体とGfpC複合体のβ-ターンの同定 p.115
I 分子置換法におけるreference modelの構築に関する考察 p.116

 ウシ膵臓由来のリボヌクレアーゼAに代表される環状化リボヌクレアーゼ(RNase)に関しては、いくつかの異なるタイプについて、立体構造が明らかにされている(すべて単結晶のX線解析による)。微生物由来のRNaseは、原核生物(細菌等)由来のもの(Baファミリー)と真核生物(カビ等)由来のものとに分類することができる。後者は、さらにアミノ酸残基数が230前後のもの(T2ファミリー)と、110前後のもの(T1ファミリー)とに分類することができる。
 T1ファミリーを代表するRNaseT1はRNaseAと同様にたいへん詳しく研究されている酵素であり、多数のリガンドとの複合体の立体構造が解かれている。本研究で取り上げたのは、このRNaseT1とよく似た酵素である黒コウジ菌由来のRNaseMsである。アミノ酸配列を比較すると、RNaseMsに一ヶ所欠失があるが、105残基のうち68残基が同一のアミノ酸となっている。
 哺乳類由来のRNaseA、微生物由来のT1ファミリー、T2ファミリー、およびBaファミリーの4種類のRNase類を互いに比較すると、T1ファミリーとBaファミリーとの間に若干のアミノ酸配列上の相同性が存在する他は、全く相同性はみられない。また、立体構造についても、T1ファミリーのRNaseとBaファミリーのNaseはよく似ているが、それ以外の組み合わせではアミノ酸配列の場合と同様、全く異なっている。
 以上のRNase類は、2段階の反応で一本鎖RNAを切断する。第一段階のリン酸転移反応で、反応中間体2'、3'-環状ヌクレオチドを生成して、第二段階の加水分解反応で3'-ヌクレオチドを生成する。RNaseAでは、2'-OHからプロトンを引き抜く塩基触媒が、His12で、切り離されるヌクレオチド5'の酸素にプロトンを与える酸触媒がHis119であることが確立されている。T2ファミリーのRNaseもRNaseAの場合と同様に2つのHis残基が酸塩基触媒として作用している可能性が大である。これに反してBaファミリーのRNaseでは、His残基とGlu残基が酸塩基触媒として作用していることが確実である。
 従来、RNaseT1の第一段階の反応における触媒残基は、K. Takahashiらにより、塩基触媒がGlu、酸触媒がHisであるとされてきた。ところが、1987年にS. Nishikawaらは、His40をAlaに代えた変異体の活性はほとんどなくなるが、Glu58をAlaに代えた場合は活性が有意に残ることから、塩気触媒はHis40であるとする仮説を立てた。これに対して、最近J. SteyaertらはHis40をLysに代えた変異体等の詳細な速度論的解析から、本来の塩基触媒はGlu58であるが、それがAlaに代わるとHis40がGlu58の代わりとして塩基触媒の役割を果たすという解釈を提出した。このようにRNaseT1の塩基触媒については、His40であるのかGlu58であるのか、非常に混乱した状況にある。そこで我々は、比較生化学的見地から、この触媒残基の本体をめぐる問題を解決することを目指して、RNaseT1と類似のRNaseMsのX線結晶解析を行った。また、この際、従来の研究よりもさらに真の基質に近い、基質類似体を用いることが重要であると考えた。
 まず、RNaseMsの3種の複合体結晶を蒸気平衡核酸法により作成した。RNaseMsの結合させた物質は、反応生成物3'-GMP、阻害剤2'-GMP、および上述の基質類似体2'-deoxy-2'-fluoroguanylyl-3'、5'-cytidine(GfpC)である。3'-GMP複合体については4軸自動回折計でX線回折強度を測定し、2'-GMPとGfpC複合体については高エネルギー研放射光実験施設(つくば)の巨大分子用ワイセンベルグカメラを使用した。最初に、RNaseT1の既知の構造をもとにした分子置換法により、3'-GMP複合体の立体構造を明らかにした。さらに、この3'-GMP複合体の構造をもとにした分子置換法により、GfpC複合体の構造解析を行った。2'-GMP複合体は3'-GMP複合体と同形であった。構造の精密化は、分子動力学的手法を用いたsimulated annealingと束縛条件下の最小自乗法を併用して行った。
 RNaseMsの2'-GMP複合体とRNaseT1の2'-GMP複合の立体構造を比較した結果、活性中心を形成する残基の位置と向きが極めてよく一致していることが分かった。したがって、量酵素の反応機構は同じである可能性が高い。また、Baファミリーに属するRNaseStとRNaseMsの立体構造の比較から、RNaseStの塩基触媒であるGlu61(58)とRNaseMsのGlu57(58)(括弧内はRNaseT1の対応する残基の番号)が空間的に等価な位置にあることが分かった。このことは、RNaseMsの第一段階の反応の塩基触媒がHis39(40)よりはむしろGlu57(58)である可能性が高いことを示唆している。さらに、決定的なことに、RNaseAと基質類似体UpcAの複合体との比較から、基質類似体に対する相対的な位置関係がHis12(RNaseAの第一段階の反応における塩基触媒)とGlu57(58)とで等価であることが明らかになった。
 以上のように、1)RNaseMsと3種のリガンドとの複合体の精密な構造、2)種々のRNase間の比較生化学的検討、の2点から、T1ファミリーの第一段階のリン酸転移反応における塩基触媒は、従来の定説通り、Glu残基であるという結論を得た。

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