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三元化合物半導体・二硫化銅ガリュウム中の亜鉛不純物の振舞い

氏名 大家 明広
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第19号
学位授与の日付 平成4年3月25日
学位論文の題目 三元化合物半導体・二硫化銅ガリウム中の亜鉛不純物の振舞い
論文審査委員
 主査 教授 飯田 誠之
 副査 教授 作田 共平
 副査 教授 赤羽 正志
 副査 助教授 上林 利生
 副査 助教授 打木 久雄

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目次
第1章 序論
1.1 はじめに p.1
1.2 二硫化銅ガリウム(CuGaS2)発光素子材料としての長所 p.5
1.3 CuGaS2に関する研究の現状と本論文の目的 p.12
1.4 CuGaS2のバンド構造 p.14
1.5 本論文の構成および各章の概要 p.16
文献 p.19
第2章 試料および測定方法
2.1 試料の作製方法 p.22
2.2 試料の組成、格子定数、伝導型 p.27
2.3 測定方法
2.3.1 抵抗率 p.30
2.3.2 定常状態のフォトルミネッセンススペクトル p.30
2.3.3 フォトルミネッセンスの励起スペクトル p.31
2.3.3 フォトルミネッセンスの減衰時の時間分解スペクトル p.32
2.3.5 光音響スペクトル p.33
2.3.6 吸収スペクトル p.35
文献 p.38
第3章 無添加(undoped)結晶の真性欠陥と光学的特性
3.1 はじめに p.39
3.2 結果
3.2.1 フォトルミネッセンス(PL)スペクトル p.40
3.2.2 光音響(PA)スペクトル p.45
3.3 検討
3.3.1 PLスペクトル
(a)緑色発光 p.45
(b)赤外発光 p.47
3.3.2 PAスペクトルに見られる吸収バンドの起源 p.49
3.4 結論 p.51
文献 p.53
第4章 亜鉛添加による電気的・光学的特性の変化
4.1 はじめに p.54
4.2 結果と検討
4.2.1 抵抗率の変化 p.54
4.2.2 フォトルミネッセンススペクトル・光音響スペクトルの変化 p.56
4.3 結論 p.62
文献 p.64
第5章 亜鉛の濃度が比較的低い結晶の発光
5.1 はじめに p.65
5.2 結果と検討
5.2.1 定常状態のフォトルミネッセンススペクトル p.66
5.2.2 時間分解スペクトルとその解析 p.69
5.2.3 ドナー準位およびアクセプタ準位の起源 p.75
5.3 結論 p.79
文献 p.81
第6章 亜鉛を高濃度に添加した結晶の吸収と発光
6.1 はじめに p.82
6.2 結果
6.2.1 吸収スペクトル p.83
6.2.2 フォトルミネッセンス(PL)スペクトル p.86
6.3 検討
6.3.1 結晶中の亜鉛不純物の分布 p.88
6.3.2 吸収スペクトル
(a)励起子吸収の変化 p.93
(b)亜鉛添加に伴って生じた吸収 p.99
6.3.3 PLスペクトル
(a)L発光 p.103
(b)H発光 p.107
6.4 結論 p.108
文献 p.111
第7章 亜鉛添加とカドミウム添加の比較
7.1 はじめに p.113
7.2 結果と検討 p.114
7.3 結論 p.120
文献 p.122

 2.5eVの直接バンドギャップ(Eg)を持つp型の三元化合物半導体・二硫化銅ガリウム(CuGaS2)は、二元化合物にない特徴を持つ新しい材料であり、n型硫化亜鉛(ZnS:Eg=3.eV)とのヘテロ接合を伴う短波長発光素子への応用が提案されている。CuGaS2中のアクセプタの候補であるII属の亜鉛(Zn)は、置換位置によってドナーになる可能性もある上に、上述のヘテロ接合の作製時にZnS側からオートドーブされる可能性が高い。そこで本論文では、CuGaS2バルク結晶の抵抗率やフォトルミネッセンス(PL)スペクトル、吸収スペクトルなどのZn添加に伴う変化について詳細に研究し、不純物・欠陥準位のイオン化エネルギーを求めた。そして、それらの準位の起源を検討し、CuGaS2結晶中のZnの振舞いを明確にした。
 第1章では、CuGaS2の特長を述べ、研究の現状を概観して、本研究の目的や意義を明らかにした。また、第2章では、ヨウ素を輸送媒体に用いた閉管式化学輸送法によるバルク結晶の成長や試料の組成、格子定数などの基本的性質について述べ、第3章以後検討する抵抗率、PLスペクトル、発光の励起スペクトル、光音響(PA)スペクトル、発光の減衰時の時間分解(TR)スペクトルおよび吸収スペクトルの測定方法を説明した。
 第3章では、Zn添加の研究の前段階として、無添加結晶の発光・吸収特性と真性欠陥との関係について研究した。成長条件の異なる試料や各構成元素雰囲気中で熱処理した試料のPLスペクトルおよびPAスペクトルを比較し、1.4~1.5eV付近に現れる発光がCu空孔に関係している可能性があること、および1.5~2.3eVの領域全体にわたる幅広い吸収バンドがGa空孔(VGa)に関係している可能性があることを明らかにした。
 第4章では、Zn添加の研究の最初の段階として、添加による抵抗率、PLスペクトルの変化について研究した。Zn添加は、原料に加えて結晶成長する方法と、Zn雰囲気中で熱処理する方法の2つの方法で行った。ZnとSの雰囲気中て熱処理した結晶の抵抗率は、S雰囲気中で熱処理した無添加結晶の抵抗率よりも2桁以上も低い10~102Ω・cmであった。このZn添加による抵抗率の低下は、Gaを置換したZnアクセプタ(ZnGa)によるものと考えられ、添加条件によっては、低抵抗化が可能であることが明らかになった。また、Zn添加によって、2.1~2.3eVに幅広いスペクトルを持つ発光が現れ、結晶中のZnが発光特性にも影響することがわかった。
 第5章では、添加量が比較的少ない結晶における孤立した不純物・欠陥準位のイオン化エネルギーと起源について研究した。定常状態のPLスペクトルおよびTRスペクトルから、添加量1019cm-3以下の結晶では、添加量に応じて1つないし3つのドナー-アクセプタペア(DAP)発光(以後、高エネルギー側から準にR、S、Tと呼ぶ)が2.3~2.4eVに現れることを見いだした。TRスペクトルを解析して、R、S、T発光は、~70meVの共通の準位と、それぞれ、~120、~155、~204meVの準位の間の遷移によると考えた。Zn添加結晶における欠陥生成を検討し、水素近似モデルのドナーとアクセプタのイオン化エネルギーも考慮して、~70meVの準位はCuを置換したZnドナー(ZnCU)、~120meVの準位はZnGa、~155meVの準位と~204meVの準位のどちらかがVGa、そしてもう一方がZnCuとVGaの複合欠陥による可能性が高いと考えた。なお、~70meVで3つの発光に共通と考えた準位については、R発光の場合の~60meVとS、T発光に共通の~90meVの2種類である可能性があり、その場合の準位の起源は、他の章の結果と総合して、第8章で検討した。
 第6章では、添加量が多い結晶(1019~1021cm-3)について、偏光を考慮した吸収スペクトルやPLスペクトルから、高濃度状態におけるZnの振舞いを研究した。吸収スペクトルでは、2.4eV付近に、添加に伴って低いエネルギー側にシフトする吸収バンドが認められた。2.43eVにおける吸収係数の添加量依存性や吸収バンドの位置から、この吸収がZnGa準位に関係している可能性が高いことを明らかにした。また、励起子吸収に関する検討から、励起子遷移の振動子強度の偏光依存性が、高濃度添加に伴って変化している可能性があることもわかった。一方、PLスペクトルには、2.1~2.3eVに、第4章で述べたのと同じ発光が見られた。この発光は、Zn添加に伴って、上述の2.4eV付近の吸収バンドに対応して低エネルギーシフトすることから、ZnGa準位に関係したものと考えられる。TRスペクトルでは、2.43eVに、減衰の速い発光が初めて見いだされた。この発光の存在は、高濃度添加で生じ易いZnCuとZnGaの複合欠陥が、励起子を束縛する等電子トラップを形成している可能性を示すと思われる。
 第7章では、観点を変えて、同じII族のカドミウム(Cd)添加した結晶の発光について研究し、Zn添加の場合と比較した。PLスペクトルのCd添加量依存性は、Zn添加の場合と同じであり、添加量が少ない結晶で、2.3~2.4eVに3つのDAP発光(以後、高エネルギー側から順にR'、S'、T'と呼ぶ)が観測された。R'発光とT'発光についてTRスペクトルを解析し、R'発光は~38meVの準位と~126meVの準位との間の遷移、T'発光は~89meVの準位と~227meVの準位との間の遷移によることがわかった。
 第8章では、本論文の総括として複数の章に関連するテーマについて総合的に議論した。Zn添加結晶で、発光に関係する浅い方の準位が2種類あると考えた場合の準位の起源については、~60meVの準位がZnCu、~90meVの準位が、Cd添加結晶との共通性から、S空孔によると考えた。
 以上のように、本研究は、CuGaS2のZnが両性不純物として働くことを初めて明確な形で示し、高濃度の状態になると吸収などの光学的特性に顕著な変化が観測されることを明らかにしたもので、素子への応用を考える上で有益な基礎的情報を得ることができた。

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