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IIRディジタルフィルタの状態空間表現による丸め誤差最小化に関する研究

氏名 小黒 剛成
学位の種類 工学博士
学位記番号 博甲第32号
学位授与の日付 平成3年3月25日
学位論文の題目 IIRディジタルフィルタの状態空間表現による丸め誤差最小化に関する研究
論文審査委員 主査 教授 丸林 元
 副査 教授 大竹 孝平
 副査 教授 神林 紀嘉
 副査 助教授 荻原 春生
 副査 助教授 吉川 敏則

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目次
第1章 序論 p.1
1-1 研究背景 p.1
1-2 本論文の構成 p.6
第2章 準備 p.9
2-1 IIRディジタルフィルタ p.9
2-2 伝達関数表現と状態空間表現 p.11
2-2-1 状態空間表現 p.12
2-2-2 標準形構成 p.15
2-2-3 縦続形構成 p.17
2-2-4 並列形構成 p.19
2-2-5 状態変数形構成 p.20
2-2-6 等価変換 p.22
2-3 数値の表現法と量子化 p.23
2-3-1 固定小数点表現と浮動小数点表現 p.23
2-3-2 切捨て量子化と丸め量子化 p.25
2-3-3 固定小数点表現による加算と乗算 p.27
2-3-4 フィルタの特性劣化 p.31
2-4 丸め誤差 p.32
2-4-1 丸め誤差モデル p.32
2-4-2 伝達関数表現による丸め誤差 p.34
2-4-3 状態空間表現による丸め誤差 p.38
第3章 スカラ実現による丸め誤差最小化 p.41
3-1 1次元ディジタルフィルタの丸め誤差最小化 p.41
3-1-1 伝達関数表現による丸め誤差の定義 p.42
3-1-2 伝達関数表現による丸め誤差最小化 p.48
3-1-3 状態空間表現による丸め誤差の定義 p.56
3-1-4 状態空間表現による丸め誤差最小化 p.60
3-1-5 数値例 p.64
3-2 2次元ディジタルフィルタの丸め誤差最小化 p.96
3-2-1 状態空間表現による丸め誤差の定義 p.96
3-2-2 状態空間表現による丸め誤差最小化 p.106
3-2-3 数値例 p.111
第4章 ブロック実現による丸め誤差最小化 p.135
4-1 シグナルプロセッサーとブロック処理 p.135
4-2 1次元フィルタの丸め誤差 p.143
4-2-1 1次元スカラ実現 p.143
4-2-2 1次元スカラ実現の丸め誤差の定義と最小化 p.144
4-2-3 1次元ブロック実現 p.147
4-2-4 1次元ブロック実現の丸め誤差の定義と最小化 p.149
4-3 2次元フィルタの丸め誤差 p.152
4-3-1 2次元スカラ実現 p.152
4-3-2 2次元スカラ実現の丸め誤差の定義と最小化 p.153
4-3-3 2次元ブロック実現 p.157
4-3-4 2次元ブロック実現の丸め誤差の定義と最小化 p.166
4-4 数値例 p.178
第5章 結論 p.197
謝辞 p.203
参考文献 p.204
研究発表一覧 p.220
付録 p.224

 近年、LSI技術が急速に発展し、フィルタ専用LSIなどを用いたディジタルフィルタの実現が容易になりつつある。ディジタルフィルタでは、まず最初に所望の特性を理論的に設計する。しかし実現的には、回路規模、経済性、演算速度などの制約から、フィルタ内の数値データは量子化し、可能な限り短い語調で表現する必要がある、そこで、設計時の特性と実現時の特性の間には、入力量子化誤差、乗算量子化誤差、係数量子化誤差、オーバーフロー誤差などの量子化誤差が発生する。また、同一特性を実現する場合でも、遅延器、加算器、乗算器の配置など、フィルタ構造の異なるものが多数存在し、量子化誤差の影響もそれぞれ異なるので、フィルタ構造を決定する必要がある。したがって、フィルタ実現時には、量子化誤差の影響、フィルタ構造の決定、量子化方法、演算方法、フィルタの種類など様々な問題を考慮しなければならない。
 まず、量子化誤差の中で、乗算量子化誤差、係数量子化誤差、オーバーフロー誤差は、フィルタ構造に依存して大きく変動する。しかし、乗算量子化誤差と係数量子化誤差には明らかな相関があり、乗算量子化誤差を低減することで係数量子化誤差も低減できる。また、オーバーフロー誤差は、適切なスケーリングを施すことで回避できる。
 つぎに、量子化方法として、丸めと切捨ての2つの方法がある。しかし、両者の量子化誤差の分散は等しく、切捨て量子化は量子化誤差の直流成分を補正することで、丸め量子化と同等に取り扱える。
 さらに、演算方法には、固定小数点演算と浮動小数点演算がある。固定小数点演算の量子化誤差と浮動小数点演算の量子化誤差には明らかな相関があり、固定小数点演算で量子化誤差の小さいフィルタは浮動小数点演算で実現しても量子化誤差が低減できる。また、適切なスケーリングを施した固定小数点演算は、浮動小数点演算と同様、もしくはより小さい量子化誤差になる。さらに、固定小数点演算は浮動小数点演算よりも高速演算が可能である。
 そして、ディジタルフィルタには、IIRフィルタとFIRフィルタの2つがある。FIRフィルタは直線位相特性を完全に実現できるために多くの解析が行われているが、IIRフィルタでも、通過域で近似的な直線位相特性を実現できる。また、位相特性よりも振幅特性を重視する場合には、IIRフィルタを用いると、FIRフィルタと同等の振幅特性を、より低いフィルタ次数で実現できるので、高速処理が可能になる。
 以上のことから、本論文ではフィルタの高速処理を実現するため、固定小数点演算方式を用いた1入力1出力形のIIRディジタルフィルタを対象に、丸め量子化による乗算量子化誤差(以下、丸め誤差と略す)の最小化について検討している。また、フィルタをより高速に処理するためには、固定小数点演算方式のフィルタ専用LSIを用いたハードウェアによる高速化と、フィルタの多入力多出力化によるアルゴリズムによる高速化が知られており、これからの高速化を併用することで、更に高速演算が可能になる。そこで、本論文では、固定小数点演算方式のフィルタ専用LSIの丸め誤差の解析法を新たに導出している。そして、本解析に基づき、多入力多出力形IIRディジタルフィルタの丸め誤差の最小化について検討している。また、フィルタ構造と丸め誤差には密接な関係があるため、本論文では、フィルタ構造を一意に決定できる状態変数表現を導入することで、丸め誤差の最小化と同時に実現時のフィルタ構造も決定でき、非常に有効である。さらに、本論文では、音声処理などの1次元信号のみならず、画像処理などの2次元信号も考慮し、1次元および2次元ディジタルフィルタを取り扱っている。
 1入力1出力形フィルタの丸め誤差最小化では、以下のことを検討している。
 まず、1次元フィルタでは、一般的な縦続形構成に対し、縦続形構成の各区間を構成の簡単な標準形構成で実現し、その接続順序を最適化することで、丸め誤差を低減する方法を述べている。また、本方法の有効性を確認するために、本方法と従来の丸め誤差の最初かを代表的な2つのフィルタに適用し、比較・検討を行っている。その結果、本方法は高次フィルタに対しても、推定時の計算量が増加せず、丸め誤差の最小化ができることを確認している。
 つぎに、各区間を標準形構成以外で実現する場合にも適用するために、状態空間表現による丸め誤差最小化を述べている。ここでは、各区間を標準形構成で実現する場合および丸め誤差が最小になる区間最適構成で実現する場合について検討している。特に、各区間を区間最適構成で実現すると、標準形構成による最適値に比べ、更に丸め誤差が低減できることを示している。また、状態空間表現による丸め誤差最小化は、任意の構造を取り扱えることを明らかにし、状態空間表現の有効性を示している。
 そして、2次元フィルタでは、状態空間表現による丸め誤差の最小化を検討している。2次元状態空間表現では、Roesserモデルが広く用いられているが、Roesserモデルを含む、より一般的なFornasini-Marchesiniモデル(以下、F-Mモデルと略す)を導入し、一般的な立場で丸め誤差の最小化を論じている。まず、同一の伝達関数を表現する場合、F-Mモデルの係数行列の大きさが、Roesserモデルに比べて小さくなる場合には、F-Mモデルを用いるとRoesserモデルの約半分の丸め誤差に低減できることを述べている。つぎに、両モデルの係数行列の大きさが等しい場合には、本方法はRoesserモデルによる方法と同等な丸め誤差になることを示している。これより、本方法は一般的な解析であり、現在広く用いられているRoesserモデルにも適用可能であることを明らかにしている。
 多入力多出力フィルタの丸め誤差最小化では、以下のことを検討している。
 まず、フィルタ専用LSIでは、フィルタ内部の演算語長(以下、内部語長と略す)が、信号やフィルタ係数などの外部の演算語長(以下、外部語長と略す)に比べて長く設定できるので、この内部語長の増加による丸め誤差の最小化を検討している。その結果、内部語長を数ビットだけ長く設定することでも、丸め誤差の最小化にかなりの効果があることを示している。また、フィルタの多入力多出力化では、冗長な演算が省略されるため、この演算回数の減少による丸め誤差の最小化について検討している。この結果、多入力多出力化による丸め誤差の最小化は1次元フィルタではかなりの効果が見られるが、2次元以上のフィルタではその効果があまり期待できないことを示している。最後に、フィルタ専用LSIと多入力多出力化の併用についても検討している。この場合、内部語長をある程度長く設定すれば、多入力多出力に対応して丸め誤差が最小化でき、また演算の高速化も同時に可能であることを示している。

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