食品加工機械をモデルとする国際安全規格に基づく安全・衛生の統合設計に関する研究
氏名 大村 宏之
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第593号
学位授与の日付 平成23年8月31日
学位論文題目 食品加工機械をモデルとする国際安全規格に基づく安全・衛生の統合設計に関する研究
論文審査委員
主査 教授 福田 隆文
副査 教授 平尾 裕司
副査 准教授 磯部 浩己
副査 准教授 木村 哲也
副査 准教授 岡本 満喜子
副査 明治大学理工学部機械工学科教授 杉本 旭
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目次
第1章 緒論 p.1
1.1 食品加工機械産業界における課題 p.1
1.2 食品加工機械の課題を考慮した研究の目的 p.4
1.3 本研究の概要 p.6
第2章 食品加工機械に関連する衛生面と安全面の課題と衛生的危害のひどさ p.9
2.1 諸言 p.9
2.2 日本における食品加工機械の衛生面の課題と被害のひどさ p.10
2.3 日本における食品加工機械の安全面の課題 p.26
2.4 日本における食品加工回産業構造に関する課題 p.29
2.5 結言 p.32
第3章 食品加工機械に求められる衛生面及び安全面に対する法的要求と課題 p.35
3.1 諸言 p.35
3.2 日本における食品加工機械の衛生面に関する主要法規と要求 p.36
3.3 日本における食品加工機械の安全面に関する主要法規と要求 p.46
3.4 食品加工機械に関する安全面及び衛生面を定めるJISと要求 p.49
3.5 安全関連法令と衛生関連法令の統合運用 p.50
3.6 日本における食品加工機械に関する法令の課題 p.58
3.7 結言 p.60
第4章 衛生リスクと安全リスクを考慮したアセスメントプロセス p.63
4.1 諸言 p.63
4.2 安全リスクと衛星リスクの主な特徴と差異 p.65
4.3 衛生リスクの対象 p.67
4.4 衛生的危害の発生プロセス p.68
4.5 安全リスクを考慮した衛生リスクの低減プロセスとその概念 p.70
4.6 衛生リスクの見積もり手法例 p.76
4.7 結言 p.87
第5章 衛生的危険源分析に用いるリスト p.89
5.1 諸言 p.89
5.2 食品加工機械の衛生的危険源同定と現状の問題点 p.90
5.3 危険源分析と衛生的危険源リスト作成のための調査概要 p.96
5.4 衛生的危険源リストの様式とリスト化 p.100
5.5 調査結果の分析 p.105
5.6 リコール情報に基づく衛生的危険源リストの妥協性確認 p.109
5.7 結言 p.110
第6章 安全・衛生リスクを考慮した保護方策及び多重リスク低減プロセスの有効性確認 p.113
6.1 諸言 p.113
6.2 食品接触部に用いるガードの安全面及び衛生面の評価 p.114
6.3 改善事例を用いた多重リスク低減プロセスの有効性確認 p.136
6.4 結言 p.147
第7章 結言 p.149
第8章 今後の展開 p.153
8.1 諸言 p.153
8.2 衛生リスクアセスメントにおける洗浄性評価に関する課題 p.153
8.3 結言 p.168
謝辞 p.171
本研究に関連した発表論文 p.173
I 査読付学術論文 p.173
II 講演論文,業界寄稿及び書籍等 p.173
III その他の査読付発表論文 p.175
参考文献 p.176
食品加工機械の安全面及び衛生面に関係する世界的な要求のうち,機械類の安全性を扱う国際規格は,輸出条件にもなっている。国際規格は長く安全面のみを対象としてきたが,衛生構造を定めた規格が2002年に加わり,機械類の安全性に衛生面が含まれることが明確となった。だが国際規格は,性質が全く異なる安全面のリスクと衛生面のリスクを包括する具体的なリスクアセスメント手法を例示しない。以上の問題に鑑み本研究は,食品加工機械をモデルに用いて他の産業にも類を見ない,性質が全く異なる安全面及び衛生面の2つのリスクを統合した体系的なリスクアセスメント理論を構築すると共に,この理論に基づく実践的な活動に不可欠である衛生面のリスク見積もり手法,評価方法,及び危険源リスト等を明らかにすると共に,それらの有効性を評価するものである。
なお,本論文は次の各章により構成する。
本論文第1章に緒論を示す。はじめに本研究の背景として食品加工機械産業界が直面する課題である「食品加工機械の衛生面の課題」,労働者を対象とする「食品加工機械の安全面の課題」,食品加工機械産業の「産業構造に関する課題」の概要を示す。そして国際規格に基づく安全設計はこれらの課題に共通するテーマであることを明らかにし,その上で,安全面と衛生面の2つのリスクを統合したリスクアセスメント理論の構築を図る必要性等,本研究の目的及び概要を述べる。
第2章では,上述する3つの課題に関連し,我が国で表面化している食品加工機械の安全・衛生設計上の事故等を整理し,危害の内容とそのひどさ,及び問題点を明らかにする。なお,これらの取り組みにより得た,「衛生面の事故により食品製造メーカが被った経済的損失」,及び「食品製造メーカにおける労働災害件数」等は,第4章に示す“危害のひどさのレベル”を定める際の基礎データとして用いる。
第3章では,食品加工機械の安全面及び衛生面に対する設計を行うための法的根拠となる,我が国関連法令とそれら法令が定める要求事項を調査し,それら法令に対応する国際的な合意事項が定める各種要求の対比を行う。その結果から,我が国の関連法令と国際的な合意事項との相互関係を明らかにし,最後に欧州法令をベンチマークに,我が国で規格の普及が遅れる一因と考え得る法令の課題を考察する。
第4章では,衛生面の国際規格が示す安全面と衛生面のリスクを統合したリスク低減プロセスの問題点を明らかにし,これら問題点を補い,かつ国際規格が原則と定めるプロセスに整合した全く新しい安全面と衛生面を統合したリスクアセスメント理論である“多重リスク低減プロセス”を構築し,示す。また,国際規格が例示しない衛生面のリスクを見積もるために必要な衛生リスクの各リスク要素とその分類,リスク見積もり手法,及び評価に関する具体的手法例を併せて提示する。 第5章では,食品加工機械メーカ及び食品製造メーカに対して実施した衛生的危険源調査結果を整理し,衛生リスクの危険源同定作業を支援する“危険源リスト”を示す。リスクアセスメントにおいて危険源同定は,最も重要なプロセスである。そして危険源を同定する簡便な手法として,チェックリストを用いた方法が知られる。だが国際規格では,安全面の危険源リストしか提示せず,衛生面の危険源リスト作成が重大な課題となっていた。またこの研究のもう一つの成果として,衛生面を扱う国際規格が対応しない危険源を明示し,これらについても併せて考察する。
第6章では,機械の安全及び衛生リスクに深く係わる保護ガード及び機械装置を用いて,前述の“多重リスク低減プロセス”に基づき安全性を評価し,その結果から“多重リスク低減プロセス”及び各種関連手法例の有効性確認を行う。さらにこれら作業の一環として,設計者が考慮すべき安全面と衛生面を包括するガードの安全条件についても論理式を用いて明らかにする。
第7章は,上述する各成果の結論を述べる。各章で得た成果を総括し,本論文で提案した本質的に異なる2つのリスクを包含するリスクアセスメント手法は,一方のリスクに対する保護方策が与える他方への影響も平易に評価可能であり,食品加工機械の国際的合意事項である安全性評価に機能することを示した。第8章は,今後の課題として今後明らかにすべき事項,及び現在実施している“洗浄性評価試験方法”及び“評価基準”の概要を示す。
以上,相互に影響し合う2つの異なるリスクを包括するリスクアセスメント理論を構築する当該研究の成果は,我が国の食品加工機械産業界における国際規格の利用を支援するものであり,食品関連産業における労働災害及び食品事故の低減,そしてひいては食品加工機械産業の振興に寄与するものと期待される。
本論文は、「食品加工機械をモデルとする国際安全規格に基づく安全・衛生の統合設計に関する研究」と題し、8章より構成されている。
第1章「緒論」では、食品加工機械の衛生面の課題、食品加工機械を使用した作業上の安全面の課題、食品加工機械産業の構造に関する課題の概要を示し、安全面と衛生面の2つのリスクを統合したリスクアセスメント理論の構築を目指す本研究の重要性、目的を述べた。
第2章「食品加工機械に関連する衛生面と安全面の課題と衛生的危害のひどさ」では、上述する課題に関連して我が国で表面化している食品加工機械の安全・衛生設計上の事故等を整理し、発生する危害と問題点を明らかにし、第4章の議論の基礎とした。
第3章「食品加工機械に求められる衛生面及び安全面に対する法的要求と課題」では、食品加工機械の安全面及び衛生面に対する設計を行うための法的根拠となる、我が国の関連法令とそれら法令が定める要求事項を調査し、国際的な各種要求との対比を行った。その結果から、我が国の関連法令と国際的な要求事項との関係を明らかにし、最後に欧州法令をベンチマークに、我が国法令の課題を考察した。
第4章「衛生リスクと安全リスクを考慮したアセスメントプロセス」
では、衛生面の国際規格が示す安全面と衛生面のリスクを統合したリスク低減プロセスの問題点を整理し、かつ国際規格が定めるプロセスに整合した新しい安全面と衛生面を統合したリスクアセスメント手法である『多重リスク低減プロセス』を提案した。
第5章「衛生的危険源分析に用いるリスト」では、リスクアセスメントにおける危険源同定で使用する危険源リストに着目した。既存の国際規格では、安全面の危険源リストのみで、衛生面の危険源リストが無いことが、衛生面のアセスメントの阻害要因であったので、食品加工機械メーカ及び食品製造メーカにおいて衛生的危険源調査を実施し、衛生リスクの危険源同定作業を支援する“危険源リスト”を提示した。
第6章「安全・衛生リスクを考慮した保護方策及び多重リスク低減プロセスの有効性確認」では、保護ガード及びインターロックの設計を取り上げ、『多重リスク低減プロセス』に基づく評価と設計検討手法としての有効性を確認した。
第7章「結論」では、上述する各成果を総括し、本論文で提案した本質的に異なる2つのリスクを包含するリスクアセスメント手法は、一方の危険源に対する保護方策が他方に与える影響を評価可能であり、食品加工機械の国際的な安全性評価に有効であることを示した。
第8章「今後の展望」では、今後の課題を整理して示し、食品加工機械の安全性と衛生性の向上に関する展望を与えた。 互いに影響し合う異なる種類のリスクを統合して扱うアセスメント理論を提示した本研究は、食品関連産業における労働災害及び食品事故の低減に寄与すると期待される。
よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。