電圧飽和領域におけるACサーボモータの高性能インバータ制御法に関する研究
氏名 高橋 健治
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第615号
学位授与の日付 平成24年3月26日
学位論文題目 電圧飽和領域におけるACサーボモータの高性能インバータ制御法に関する研究
論文審査委員
主査 教授 大石 潔
副査 教授 近藤 正示
副査 准教授 宮崎 敏昌
副査 准教授 伊東 淳一
副査 石川工業高等専門学校准教授 上町 俊幸
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目次
第1章 序論 p.1
1.1 研究背景 p.1
1.2 論文の概要 p.9
第2章 高速応答化のためのインバータ制御技術とその課題 p.11
2.1 はじめに p.11
2.2 各種インバータ制御法 p.11
2.3 電圧飽和を考慮したSPMSMの速度サーボ系 p.22
2.4 従来のインバータ制御法における課題と問題解決への指針 p.31
2.5 まとめ p.38
第3章 加速トルクと電圧飽和を考慮したインバータ混合変調方式 p.41
3.1 はじめに p.41
3.2 仮想中性点電位移動に基づくキャリア比較変調と空間電圧ベクトル変調の混合法 p.41
3.3 電圧飽和処理の混合法に基づく空間電圧ベクトル変調 p.51
3.4 実験結果 p.59
3.5 まとめ p.69
第4章 d軸電圧を優先した過変調方式 p.73
4.1 はじめに p.73
4.2 従来のIPMSMの電圧飽和を考慮した速度サーボ系 p.73
4.3 d軸圧を優先した駆動方式 p.80
4.4 d軸圧優先混合変調法 p.88
4.5 まとめ p.103
第5章 制御遅れ時間を短縮可能な新しい空間電圧ベクトル変調法 p.105
5.1 はじめに p.105
5.2 新空間電圧ベクトル変調法の原理 p.106
5.3 FPGAへの実装方法 p.116
5.4 新空間電圧ベクトル変調法の電圧飽和を考慮したIMの速度サーボ系 p.118
5.5 実験結果 p.120
5.6 まとめ
第6章 結論 p.125
6.1 本論文による成果 p.125
6.2 今後の課題 p.129
付録A 表面磁石同期モータのモデリングと速度サーボ系のゲイン設計 p.131
A.1 三相座標系における回路方程式 p.131
A.2 d-q回転座標系における回路方程式 p.133
A.3 モータの発生トルクと運動方程式 p.134
A.4 d-q座標におけるSPMSMのブロック線図 p.134
A.5 制御系のゲイン設計 p.136
一般に,産業プラントの製造ラインには,複数のACサーボモータが含まれている。高速・大量生産や製品品質の均一化,省エネルギー化など,産業界からの要求に応えるために,ACサーボシステムには振動の少ない安定した動作に加え,高速な過渡応答特性が常に求められている。外乱に対してロバストで安定かつ高速な制御特性を実現するには,サーボ系の各制御系に PI 制御器などの積分器を有する制御系を適用し,その制御ゲインを高く設定する必要がある。また,電流リミッタやインバータの出力限界などによって各制御器の出力が飽和した際に,制御器の内部状態変数が過剰に積算されるワインドアップ現象が発生すると,制御応答が振動的になる場合があるため,ワインドアップ現象を防止するアンチワインドアップ制御は高性能サーボ系にとって不可欠である。さらに,サーボシステムの電源装置である三相PWMインバータの性能を最大限に生かして高速にモータを応答させるためには,出力電圧の基本波成分を増大させる過変調技術や電圧利用率の高いインバータ変調技術が必須である。
これまでに,電圧利用率の高いインバータ変調方式とリミット偏差フィードバック法によるアンチワインドアップ制御器を用いたアンチワインドアップサーボ系が提案されている。このサーボ系はワインドアップ現象を抑圧し,安定かつ高速な制御応答を実現するが,さらなる高性能化への要求や,高いパワー密度を持つ埋込型永久磁石同期モータの普及などの理由から,従来のアンチワインドアップサーボ系では解決できない様々な問題が生じてきた。本論文では,アンチワインドアップサーボ系をさらに高性能化するために,解決すべき3つの課題について述べ,これらの課題を解決するために,モータ軸の加速トルクを考慮してインバータの基本波電圧と高調波電圧の割合を調整する混合変調法などの新しいインバータ制御技術を提案した。提案するインバータ制御技術を用いることで,モータをより安定かつより高速に応答させることが可能となることを実機実験によって立証し,その有用性を明らかにした。
まず,第1章では,本研究の背景となる技術的な歴史および目的を述べ,本研究の意義,位置づけを明らかにした。
第2章では,電圧利用率の高い各種インバータ制御方式の特徴について述べた。また,これらのインバータ制御法とリミット偏差フィードバック法に基づくアンチワインドアップ制御を併せ持つ速度サーボ系の構成方法について詳しく述べ,計算機シミュレーションによりこのサーボ系の有効性を示した。また,このサーボ系をさらに高性能化するために達成しなければならない課題と問題解決への方針について述べた。
その後,第3章から第5章では,これを実現するための具体的な方策について述べ,各手法の有効性を実験により検証した。3章以降の各章の詳細は以下の通りである。
第3章では,過変調領域において出力電圧の基本波・高調波特性の異なる二種類のインバータ制御法を組み合わせたインバータ混合変調法を提案した。この手法は二種類のインバータ制御法をモータ駆動中に連続的かつ自動的に切り替えることが可能なアルゴリズムである。本論文では,加速トルクと電圧飽和によって不足した電圧量を考慮してモータの駆動状態を判断する方法を提案した。また,この駆動状態判定法がパラメータ変動に対してほぼロバストであることを示した。この手法を適用することで従来,両立することが難しかった急峻な速度過渡応答と小さな定常電流歪を両立することが可能となった。さらに,提案法の欠点であった計算機負荷を減らすための手法を提案した。この方式により,制御性能をほぼ同等に保ったまま,計算時間を訳2/3に短縮できることを実機実験により確認した。
第4章では,アンチワインドアップ制御を適用することが難しいPMSMのd軸電流PI制御系において,d軸電圧飽和の影響を極力小さくする過変調法を提案した。この過変調法では,出力電圧の基本波成分を増大させることで急峻な速度過渡応答が得られるだけでなく,d軸電圧飽和が極力起こらないようにd軸電圧を優先的に出力することで,ワインドアップ現象を防ぎ,モータを安定に制御する。提案法によって,安定なd軸電流およびトルク応答と急峻な速度過渡応答を両立できることを実機実験により確認した。また,d軸電圧を優先した過変調法と第3章で提案した混合変調法を組み合わせることで,定常状態における電流の高調波歪を低減できることを実験により確認した。
第5章では,電圧利用率が高いもののスイッチング信号の決定プロセスが複雑な空間電圧ベクトル変調方式に対して,スイッチング信号の決定プロセスを簡素化する方法を提案した。この手法を用いることで,従来手法に比べ制御遅れ時間を短縮でき,モータの電流制御ゲインを高く設定できるようになった。また,提案手法の制御遅れ時間をさらに短縮するために,高速並列演算が可能なFPGAに提案法を実装するための方法を提案した。提案法により,急峻な電流応答が実現できることを実験結果より確認した。
最後に第6章において本論文を総括し,提案する高性能インバータ制御法の有効性と今後の課題について述べた。
以上のように,電圧飽和領域におけるACサーボモータの高性能インバータ制御技術を確立したことは,工学的,社会的に意義のあるものである。
本論文は,「電圧飽和領域におけるACサーボモータの高性能インバータ制御法に関する研究」と題し,6章より構成されている。
第1章「序論」では,研究背景と従来のインバータ制御法とアンチワインドアップ速度サーボ系の概要を示すとともに,本論文の目的および構成を述べている。
第2章「高速応答化のためのインバータ制御技術とその課題」では,電圧利用率の高い各種インバータ制御方式の原理と特長について説明している。また,これらのインバータ制御法に基づくアンチワインドアップ速度サーボ系の構成法について述べ,計算機シミュレーションによりこのサーボ系の有効性を示している。また,このサーボ系をさらに高性能化するために解決しなければならない課題とそれを解決するための指針について述べている。その後の第三章から第五章では,そのための具体的な方策について述べている。
第3章「加速トルクと電圧飽和を考慮したインバータ混合変調方式」では,インバータ電圧飽和領域において,基本波振幅特性および高調波特性の異なる複数のインバータ制御法をモータの動作条件に応じて連続的かつ自動的に切り替える手法を提案している。従来のインバータ制御法では過渡状態での急峻な速度応答と定常状態での電流の全高調波歪み低減を両立することができないが,提案法を用いることによりこれを両立することができることを,計算機シミュレーションと実機実験で確認している。
第4章「(d 軸電圧を優先した過変調方式」では,永久磁石同期モータの d 軸電流 P I 制御系におけるワインドアップ現象を防止するための過変調法を提案している。これにより急峻な速度過渡応答と安定なトルク応答を実現できることを実機実験により確認している。また,第3章で述べた浪合変調法を応用することで,さらに定常状態の全高調波歪を低減できることを実機実験により確認している。
第5章「制御遅れ時間を短縮可能な新しい空間電圧ベクトル変調法」では,空間電圧ベクトル変調方式のスイッチング信号の決定プロセスを簡素化し,制御遅れ時間を短縮する方法を提案している。また,この提案法を高速並列演算が可能なFPGAに実装する手法を示している。制御遅れ時間を短縮することで,モータの電流制御ゲインを高く設定できるようになり,急峻な電流応答が実現できることを実験結果により示している。
第6章「結論」では,本論文で得られた研究結果をまとめ,総括している。
以上のように,本論文では産業用サーボ系のさらなる高性能化を実現するための新しいインバータ制御方式を提案している。よって,本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく,博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。