リチウムイオン二次電池の熱的挙動と電極反応特性に関する研究
氏名 石川 洋明
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第618号
学位授与の日付 平成24年3月26日
学位論文題目 リチウムイオン二次電池の熱的挙動と電極反応特性に関する研究
論文審査委員
主査 教授 梅田 実
副査 教授 野坂 芳雄
副査 准教授 今久保 達郎
副査 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所准教授 曽根 理嗣
副査 長岡工業高等専門学校名誉教授 中澤 章
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目次
第1章 序論 p.1
1.1 はじめに p.1
1.2 リチウムイオン二次電池 p.3
1.2.1 リチウムイオン二次電池の開発 p.3
1.2.2 リチウムイオン二次電池の構成 p.3
1.2.3 リチウムイオン二次電池の構成材料 p.5
1.2.4 リチウムイオン時に電池の安全性について p.13
1.3 走査型断熱式熱量計(ARC) p.16
1.4 電気化学インピーダンス法 p.16
1.5 参照電極付きリチウムイオン二次電池 p.17
1.6 本研究の目的と本論文の構成 p.17
参考文献 p.21
第2章 実験方法 p.24
2.1 緒言 p.24
2.2 電池の充放電 p.25
2.2.1 リチウムイオン二次電池の充放電 p.25
2.2.2 参照電極付きリチウムイオン二次電池のクロノポテンショメトリ p.26
2.3 走査型断熱式熱量計(ARC)を用いた測定 p.27
2.3.1 ARCの概要 p.27
2.3.2 ARC内部での充放電試験 p.28
2.3.3 熱暴走試験 p.30
2.4 電気化学インピーダンス法 p.32
2.4.1 測定原理 p.32
2.4.2 リチウムイオン二次電池の電気化学インピーダンス測定 p.35
2.4.3 参照電極付きリチウムイオン二次電池の電気化学インピーダンス測定 p.38
2.5 高温保管試験 p.38
2.5.1 高温条件下での保管試験 p.38
2.5.2 高温保管試験後の充放電試験 p.39
2.6 まとめ p.39
参考文献 p.40
第3章 ARCを用いたリチウムイオン二次電池の熱的挙動の解析 p.42
3.1 緒言 p.42
3.2 使用したセル p.42
3.3 ARCを用いた充放電時の熱挙動回析 p.43
3.4 ARCを用いた熱暴走試験 p.46
3.4.1 各セルの熱暴走試験結果 p.46
3.4.2 微分熱容量 p.55
3.4.3 熱暴走マッピング p.58
3.5 まとめ p.59
参考文献 p.60
第4章 リチウムイオン二次電池の劣化活性化エネルギーと充放電活性化エネルギー p.62
4.1 緒言 p.62
4.2 使用したセル p.62
4.3 劣化活性化エネルギー p.63
4.3.1 高温保管試験 p.63
4.3.2 高温保管試験後の充放電試験 p.65
4.3.3 劣化活性化エネルギーの導出 p.68
4.4 充放電活性化エネルギー p.79
4.4.1 インピーダンススペクトル p.79
4.4.2 充放電活性化エネルギーの導出 p.86
4.5 劣化活性化エネルギーと充放電活性化エネルギーの比較 p.90
4.6 まとめ p.92
参考文献 p.94
第5章 正極材料の異なるリチウムイオン二次電池の電気化学特性 p.96
5.1 緒言 p.96
5.2 使用したセル p.96
5.3 充放電活性化エネルギー p.98
5.3.1 インピーダンススペクトル p.98
5.3.2 充放電活性化エネルギーの導出 p.108
5.4 充放電活性化エネルギーの比較と正極・負極分離 p.111
5.5 まとめ p.114
参考文献 p.115
第6章 参照電極付きリチウムイオン二次電池の電気化学特性 p.116
6.1 緒言 p.116
6.2 使用したセル p.116
6.3 電流‐電位特性 p.117
6.3.1 負極 p.117
6.3.2 正極 p.121
6.3.3 dQ/dE-E曲線におけるノイズについて p.124
6.4 電気化学インピーダンス測定 p.126
6.4.1 負極 p.126
6.4.2 正極 p.138
6.5 充放電活性化エネルギーの導出 p.148
6.5.1 負極 p.148
6.5.2 正極 p.152
6.6 まとめ p.156
参考文献 p.158
第7章 総括 p.162
公表学術論文 p.168
謝辞 p.169
リチウムイオン二次電池はエネルギー密度が高く,携帯機器の小型化・軽量化が可能であるため,現在携帯電話やノートパソコン等の携帯電子機器の電源として幅広く利用されている.さらに,電気自動車,ハイブリッド電気自動車やプラグインハイブリッド電気自動車の本格的な普及に伴い,そのエネルギー源としてリチウムイオン二次電池が本命視されており,電池の大型化・高容量化が望まれている.このため,現在これらに向けて多くの研究・開発がなされている.しかしながら,このような状況下において電池の個別の構成材料(電極活物質,電解液,セパレーター等)についての研究は多数なされているものの,リチウムイオン二次電池単セルの評価は複雑であるため研究例が非常に少ないのが現状である.
本研究の目的は,リチウムイオン二次電池単セルの評価において,熱的および電気化学的挙動に着目し,その評価方法の確立に寄与する基礎的な検討を行うことである.本研究では,リチウムイオン二次電池の高温条件下における制御不能の発熱反応の計測や非発熱領域における保管劣化,さらには電気化学的手法を用いた電極反応速度論的解析に着目し,詳細に検討する.
第1章では,本研究の対象であるリチウムイオン二次電池について述べ,その原理や構成材料,安全性について記述している.また,本研究において電池の熱的特性評価に用いた走査型断熱式熱量計(ARC, Accelerated Rate Calorimeter)や電気化学インピーダンス法の概要や先行研究について述べ,本研究の目的を示している.
第2章では,本研究の実験方法について記述しており,ARCを用いた熱特性試験や熱暴走試験について解説している.また,本研究において,リチウムイオン二次電池の主要な評価手法として用いた電気化学インピーダンス法について説明し,この測定によって得られるパラメータをまとめている.さらに,測定に用いたリチウムイオン二次電池や参照電極付きリチウムイオン二次電池の概要について述べている.
第3章では,ARCを用いてリチウムイオン二次電池の充放電時の熱挙動の解析と熱暴走試験を行っている.これにより,充放電時の発熱・吸熱特性から,負極材料に起因すると思われる熱挙動の違いについて考察している.また,電池構成材料の異なる三種類のリチウムイオン二次電池の熱暴走試験より,材料による発熱挙動の違いを観測している.さらに,電池の充電状態を変化させて熱暴走試験を行うことにより,充電状態と電池構成材料の熱安定性について考察し,電池の非発熱領域,自己発熱領域,熱暴走領域についてのマッピングを行っている.
第4章では,リチウムイオン二次電池の高温保管試験前後の充放電試験結果から,電池の劣化に起因する活性化エネルギーを導出している.また,劣化に起因する活性化エネルギーの比較対象として充放電に起因する活性化エネルギーに着目し,インピーダンススペクトルの温度依存性から充放電に起因する活性化エネルギーの導出を行っている.その結果,劣化に起因する活性化エネルギーは,充放電に起因する活性化エネルギーの約2倍の値であり,劣化反応は充放電に比べて起こりづらいことを示唆しており,熱劣化現象を初めて反応速度論に基づいて取り扱うことに成功した.熱安定性の高いリチウムイオン二次電池の開発を行う場合において劣化反応は重要な要素であるため,リチウムイオン二次電池単セルの劣化に関するパラメータを求める本評価方法は,有用な手法であると考えられる.
第5章では,正極材料の異なる二種類のリチウムイオン二次電池について,インピーダンススペクトルの温度依存性から充放電に起因する活性化エネルギーを導出し,比較を行うことで,正極・負極の材料特性がインピーダンススペクトルに与える影響について検討を行っている.この結果,リチウムイオン二次電池のインピーダンススペクトルに見られる大きさの異なる二つの半円弧は,高周波側が主に負極に起因するもの,低周波側が主に正極に起因するものと示唆している.
第6章では,正極・負極での反応を分離して検討するため参照電極付きリチウムイオン二次電池を用いて,定電流充放電試験や電気化学インピーダンス測定を行っている.定電流充放電試験より,正極・負極の電位変化から電流‐電位特性を評価し,正極材料であるコバルト酸リチウム(LiCoO2)の結晶構造の変化や負極材料であるグラファイトのステージ構造の変化を検出している.さらに,電気化学インピーダンス測定より,正極・負極における各種反応抵抗成分の導出を行い,これらの温度依存性から,電極電位ならびに材料の構造に対する充放電活性化エネルギーを導出し,電極反応速度論に基づいた解析を行っている.
第7章では,本研究で得られた知見を総括的にまとめている.
本論文は,「リチウムイオン二次電池の熱的挙動と電極反応特性に関する研究」と題し,7章より構成されている.第1章「序論」では,本論文の研究対象であるリチウムイオン二次電池の構成材料等について記述し,また,本研究において電池の特性評価に用いた走査型断熱式熱量計(ARC, Accelerated Rate Calorimeter)や電気化学インピーダンス法の概要について述べ,本研究の目的を明確に説明している.
第2章「実験方法」では,本研究の実験方法について記述しており,ARCを用いた熱特性試験や熱暴走試験について解説している.また,本研究において,リチウムイオン二次電池の主要な評価手法として用いた電気化学インピーダンス法について説明し,この測定によって得られるパラメータをまとめている.
第3章「ARCを用いたリチウムイオン二次電池の熱的挙動の解析」では,ARCを用いてリチウムイオン二次電池の充放電時の熱挙動の解析と熱暴走試験を行っている.これにより,充放電時の熱特性から,電極材料に起因すると思われる熱挙動の違いを検出している.また,電池の充電状態を変化させた熱暴走試験結果をマップ化することにより,電池の非発熱領域,自己発熱領域,熱暴走領域を明確にしている.
第4章「リチウムイオン二次電池の劣化活性化エネルギーと充放電活性化エネルギー」では,リチウムイオン二次電池の高温保管試験前後の充放電試験結果から,電池の非発熱領域における劣化に起因する活性化エネルギーを導出している.これにより,熱劣化現象を初めて反応速度論に基づいて取り扱うことに成功している.
第5章「正極材料の異なるリチウムイオン二次電池の電気化学特性」では,二種類の正極材料で構成されている電池の充放電活性化エネルギーを導出している.その結果,リチウムイオン二次電池のインピーダンススペクトルに見られる大きさの異なる二つの半円弧は,高周波側が主に負極に起因するもの,低周波側が主に正極に起因するものと帰属している.
第6章「参照電極付きリチウムイオン二次電池の電気化学特性」では,正極・負極でのそれぞれの反応について検討するため,リチウムイオン二次電池に参照電極を挿入し,定電流充放電試験や電気化学インピーダンス測定を行っている.その結果,定電流充放電試験より電流‐電位特性を評価し,LiCoO2の結晶構造やグラファイトのステージ構造の変化を検出している.さらに,電気化学インピーダンス測定より,正極・負極における各種反応抵抗成分の導出を行い,これらの温度依存性から,電極電位ならびに材料の構造に対する充放電活性化エネルギーを導出し,電極反応速度論に基づいた解析を行っている.
第7章「総括」では,本研究で得られた知見を総括的にまとめている.
以上のように,本論文はリチウムイオン二次電池単セルの有用な評価手法を提案しており,工学上及び工業上貢献するところが大きく,博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める.