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水道水中での合成ゴムの劣化に関する研究

氏名 中村 勉
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第601号
学位授与の日付 平成23年8月31日
学位論文題目 水道水中での合成ゴムの劣化に関する研究
論文審査委員
 主査 准教授 河原 成元
 副査 教授 五十野 善信
 副査 准教授 塩見 友雄
 副査 准教授 竹中 克彦
 副査 静岡大学工学部教授 野口 敏彦

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目次 頁
第一章 緒論 p.1
 1.1 本研究の概要 p.1
 1.2 高分子材料の劣化機構と本研究で用いた分析手法 p.3
 1.2.1 高分子材料の劣化因子及び劣化の種類 p.3
 1.2.2 高分子材料に劣化分析法 p.10
 1.3 高分子に対する水に影響 p.13
 1.4 酸化防止剤について p.15
 1.5 本研究に関する既往の研究 p.18
 1.5.1 水道水中での合成ゴムの劣化に関する既往の研究 p.18
 1.6 本研究の概要 p.20
 第一章の文献 p.21
第二章 高濃度残留塩素によるEPDMの劣化現象と劣化メカニズム p.22
 2.1 諸言 p.22
 2.2 実験 p.26
 2.2.1 試料 p.26
 2.2.2 劣化処理 p.28
 2.2.3 分析と測定 p.29
 2.3 結果と考察 p.31
 2.3.1 走査型電子顕微鏡(SEM)による表面状態観察 p.31
 2.3.2 カールフィッシャー法による浸せき処理前後の水分測定 p.34
 2.3.3 EPMAによる塩素浸透度の測定 p.35
 2.3.4 架橋密度の測定 p.36
 2.3.5 XPSによる劣化メカニズムの検討 p.37
 2.3.6 高濃度残留塩素水での効果劣化メカニズムの解明 p.41
 2.4 第二章の要約 p.43
 第二章の文献 p.44
第三章 低濃度残留塩素によるEPDMの劣化現象と劣化メカニズム p.45
 3.1 諸言 p.45
 3.2 実験 p.47
 3.2.1 試料 p.47
 3.2.2 分析と測定 p.49
 3.3 結果と考察 p.52
 3.3.1 走査型電子顕微鏡(SEM)による表面状態観察 p.52
 3.3.2 組成分析 p.55
 3.3.3 カールフィッシャー法による水分量測定 p.56
 3.3.4 EPMAによる塩素浸透度の測定 p.57
 3.3.5 架橋密度及び硬度の測定 p.58
 3.3.6 FT-IRによる劣化メカニズムの検討 p.60
 3.3.7 低濃度残留塩素水での軟化劣化メカニズムに解明 p.61
 3.4 第三章の要約 p.63
 第三章の文献 p.64
第四章 集束イオンビーム・走査型電子顕微鏡を用いたEPDMのパッキンの劣化の解明 p.65
 4.1 諸言 p.65
 4.2 実験 p.68
 4.2.1 試料 p.68
 4.2.2 分析と測定 p.69
 4.3 結果と考察 p.70
 4.3.1 組成分析 p.70
 4.3.2 高分解能核磁気共鳴(13C-NMR)にいる分析 p.71
 4.3.3 走査型電子顕微鏡(SEM)による表面状態観察 p.73
 4.3.4 断面部のEDSによるマッピング分析 p.90
 4.4. 第四章の要約 p.92
 第四章の文献 p.93
第五章 結論 p.94
研究業績 p.98
1.論文リストと工業所有権 p.98
2.学会発表 p.98
3.出版書籍 p.19
4.総説 p.110

謝辞 p.112

 本研究では,水道水の流水環境下におけるエチレンプロピレンジェンゴム(EPDM)の劣化メカニズムを解明することを目的にした。
 食品工場で洗浄用などに使用されている,高濃度残留塩素水に曝露されたEPDM製水道用パッキンは,配合されたカーボンブラック(CB)の粒子径及び表面状態の違いにより塩素の吸着し易さが異なることを見出した。粒子径26~30 nmのHAFブラックを配合した試験片は,粒子径101~200 nmのFTブラックを配合したものより塩素を吸着し易く,劣化が促進された。X線光電子分光法(XPS)の結果,劣化処理後のサンプルではCl(2p)ピークが検出され,C-Cl結合が生成していることから,ジエン成分側鎖末端のメチル基が,酸化反応を凌駕するレベルで優先的に塩素化されることが示唆された。塩素化されたメチル基は他のEPDM分子鎖と反応することで架橋するため,EPDM製水道用パッキンは脆くなることが明らかとなった。しかし,塩素化や架橋反応が生じた部分は,その後の残留塩素の浸入を妨げるバリア膜になることもわかった。以上より,EPDMの硬化劣化のメカニズムは,第一段階として,EPDMに配合されたCBに水道水中の塩素が吸着。第二段階として,塩素がEPDMのジエン成分側鎖のメチル基を攻撃し,メチル基を塩素化。第三段階として,塩素化されたメチル基が他のEPDM分子と反応することにより,架橋密度が上昇し,硬化,ストレスクラッキング,そして崩壊に至るものという知見を得た。
 一方,家庭で使用されている,残留塩素濃度の低い水道水中で,45~65 ℃という比較的マイルドな条件下で使用された市場回収品のEPDM製パッキンは,手で触ると,表面が軟らかく接触した指が黒くなる,いわゆる黒い粉が出る状態になる。電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いた線分析法によって,市場回収品の断面の塩素分布状態を調べた結果,塩素は表面から内部へ向って深さ約200 μmまで濃度が高くなり,その後,急激に低下し,深さ約400 μmで一定値に達することを見出した。水道水中45~65 ℃という比較的マイルドな条件下で使用されていた市場回収品は,水中に含まれる残留塩素が,長期間にわたり,少しずつより深くまで高濃度で拡散浸透していることが明らかとなった。これにより,市場回収品は,水分が吸着されると同時に塩素化合物もCBにより吸着され,塩素化合物の拡散浸透が,促進劣化晶よりも遥かに深くまで進行していることが判明した。その結果,次亜塩素酸による酸化反応が生じることにより>C=O結合が生成し,さらに主鎖切断と主鎖中の二重結合の増加が起こり,架橋密度の低下と低分子化が生じることが明らかとなった。すなわち,EPDMの軟化劣化のメカニズムは,配合されたCBに水道水中の次亜塩素酸が少しずつ吸着し,酸化反応による>C=O結合が生成,β-scissionの主鎖の切断によって生じる>C=C<結合及び,ラジカルの水素引き抜きによるメチル基(-CH3)の増加が観測され,それに伴う架橋密度の低下で,軟化劣化し,パッキンの部分的な崩壊に至る反応メカニズムであることが示唆された。EPDMの光・熱による劣化は,一般には硬化劣化の形態を示すが,比較的マイルドな残留塩素環境に曝露されたEPDMには,軟化劣化が進行するという新たな知見を得た。
 集束イオンビーム・走査型電子顕微鏡を用いて,比較的マイルドな環境に曝露された市場回収品およびそれと同一配合の未使用品をリファレンスとして,各種分析手法により劣化メカニズムを検討した。未使用品の13C-NMRスペクトルより,1-50 ppm付近に複数のシグナルが認められたが,90,000回の積算にもかかわらず100 ppm以上にはシグナルが観測されず,EPDMの炭素一炭素二重結合のほぼ全てが加硫の際に消費され,製品には残存しかったことが示唆された。次に,EDS機能を有するFIB-SEMを用いて表面および表面から深さ方向への金属イオンの分布を解析した結果,未使用品のSEMイメージには平滑な表面が観察され,いずれの構造も示されず,また,EDSスペクトルには加硫ゴム中に配合されたCBとパッキンの表面に吸着したと考えられる酸素のシグナルだけが示され,金属イオンのシグナルは検出されなかった。しかし,市場回収品の断面のSEMイメージには,0.1 μmから数 μmの空孔が複雑に連結しており,EDSスペクトルには,炭素とガリウム以外に鉄,マグネシウム,ケイ素,酸素のシグナルが示された。これにより,水道水に含まれる微量の金属イオンがEPDMパッキンの内部に浸透していることが明らかとなった。また,未使用品の断面のEDSスペクトルには認められない酸素が示されたことから,市場回収品の内部の酸素はEPDMと結合して存在していることが示唆され,市場回収品の断面EDSマッピングでは,鉄と酸素は表面付近に集中し,マグネシウムおよびケイ素は試料断面に均一に分布していた。これにより,市場回収品にて,鉄および酸素が表面付近に偏在していたことから,EPDMパッキンの酸化は鉄イオンの触媒効果により促進されていることが明らかとなった。
 本研究により,飲用に供されている水道水中でEPDM成形品に生じる劣化メカニズムについて,含まれる残留塩素の濃度によって劣イヒメカニズムが異なることと,水道水に含まれる金属イオンの触媒効果によって劣化が促進されることが明らかとなった。

 本論文は、「水道水中での合成ゴムの劣化に関する研究」と題し、5章より構成されている。第1章「緒論」では、水道水の流水環境下において使用されているゴム、および、劣化の測定や評価技術に関する従来の研究の概要を示すとともに、本研究の目的と範囲を述べている。
 第2章「高濃度残留塩素によるEPDMの劣化現象と劣化メカニズム」では,食品工場で洗浄用などに使用されている,高濃度残留塩素水に曝されたエチレンプロピレンジエンゴム(EPDM)製水道用パッキンに関して,EPDM中に配合されたCBの粒子径及び表面状態と塩素の吸着し易さとの関係が検討されている。EPDMの硬化劣化のメカニズムは,第一段階で EPDMに配合されたCBに水道水中の塩素が吸着し、第二段階で塩素がEPDMのジエン成分側鎖のメチル基を攻撃してメチル基を塩素化し、第三段階で塩素化されたメチル基が他のEPDM分子と反応することにより架橋密度が上昇し,硬化,ストレスクラッキング,崩壊に至ることが述べられている。
 第3章「低濃度残留塩素によるEPDMの劣化現象と劣化メカニズム」では、家庭で使用されている,残留塩素濃度の低い水道水中で,45~65 ℃という比較的マイルドな条件下で使用された市場回収品のEPDM製パッキンに関して,軟化劣化が検討されている。市場回収品は,塩素が表面から内部へ向って深さ約200 μmまで濃度が高まり,その後,急激に低下し,深さ約400 μmで一定値に達することが示されている。EPDM製パッキンは,EPDMに配合されたカーボンブラックに水道水中の次亜塩素酸が少しずつ吸着し,酸化反応による>C=O結合の生成,主鎖の切断による>C=C<結合の生成,およびラジカルの水素引き抜きによるメチル基(-CH3)の増加が観測され,それに伴う架橋密度の低下で,軟化劣化し,パッキンの部分的な崩壊に至ることが述べられている。
 第4章「集束イオンビーム・走査型電子顕微鏡を用いたEPDMの劣化解析」では,比較的マイルドな環境に曝された市場回収品と同一配合の未使用品を試料とし,分子構造およびモルフォロジーを解析することによりEPDMの劣化機構が検討されている。市場回収品には,未使用品には示されなかった、表面における鉄,カリウム、マグネシウム,ケイ素,酸素のシグナルが示され、断面における0.1 μmから数 μmの空孔が示されている。また,市場回収品の内部の酸素はEPDMと結合して存在していることが示唆されている。これらの結果から,EPDMパッキンの酸化は鉄イオンの触媒効果によって促進されていることが述べられている。
 第5章「結論」では、水道水中にEPDM成形品が曝された時に生じる劣化メカニズムについて,水道水に含まれる残留塩素の濃度によって劣化メカニズムが異なることと,水道水に含まれる金属イオンの触媒効果によって劣化が促進されることが述べられている。
 よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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