表面凹凸データを対象としたフィルタ処理の体系化に関する研究
氏名 後藤 智徳
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第K594号
学位授与の日付 平成23年8月31日
学位論文題目
論文審査委員
主査 教授 柳 和久
副査 教授 明田川 正人
副査 准教授 岩橋 政宏
副査 准教授 小林 泰秀
副査 准教授 平田 研二
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目次
第1章 序論 p.1
1.1 研究の背景と目的 p.1
1.2 本論文の構成 p.3
第2章 表面正常評価におけるフィルタ処理 p.5
2.1 フィルタ処理の変遷 p.5
2.2 アナログフィルタからディジタルフィルタへ p.8
2.3 ガウシアンフィルタとその限界 p.15
2.4 新機軸を開くスプラインフィルタ p.18
2.5 異常点に鈍感なロバストフィルタの登場 p.24
2.5.1 ロバストガウシアン回帰フィルタ p.24
2.5.2 ロバストスプラインフィルタ p.27
2.6 マルチスケールフィルタとエンベロープフィルタ p.29
2.6.1 スプラインウェーブブレットフィルタ p.29
2.6.2 モロフォロジカルフィルタ p.32
第3章 ISO/TS16610シリーズにおけるロバスト処理 p.36
3.1 ロバスト処理実現の指針 p.36
3.2 最尤推定法と最小二乗法 p.37
3.3 L1ノルム最適化 p.38
3.4 M推定 p.40
3.5 ベイズ推定 p.41
第4章 ロバストフィルタの実現 p.44
4.1 L1ノルム最適化によるフィルタのロバスト化 p.44
4.1.1 L1ノルム最適化手法 p.44
4.1.2 ISO/TS16610-32ロバストスプラインフィルタへの適用 p.47
4.1.3 L1ノルム最適化によるロバストガウシアン回帰フィルタの実現 p.49
4.2 M推定によるフィルタのロバスト化 p.51
4.2.1 TuckyのBiweight法 p.51
4.2.2 M推定によるロバストスプラインフィルタの実現 p.53
4.2.3 M推定によるロバストスプラインフィルタの実現おける閾値決定法の改善 p.55
4.3 結論 p.59
第5章 面領域フィルタの実現 p.61
5.1 面領域フィルタ実現への課題 p.61
5.2 面領域ガウシアンフィルタ p.62
5.3 面領域ガウシアン回帰フィルタ p.63
5.4 面領域スプラインフィルタ p.64
5.4.1 面領域スプラインフィルタの伝達特性 p.64
5.4.2 当方的振幅特性を持つ面領域フィルタの設計手法 p.69
5.5 結論 p.77
第6章 総括 p.79
参考文献 p.82
研究実績 p.84
謝辞 p.85
付録A 非線形最適化法 p.86
付録B 反復計算における収束判定基準 p.88
付録C Romberg積分 p.89
付録D 対称疎行列の修正Cholesky分解 p.91
付録E 位置と運動量の不確定特性原理 p.93
付録F Lifting Scheme p.94
工業製品の機能や品質には、表面性状の幾何特性が密接に関係しており、これらを正確に評価するために計測機器を使った測定が行われる。得られる測定値は、様々な不確かな要因によってばらついたり、偏ったり、時には、評価に不要な要素まで取り込んでいたりする。フィルタは、このような測定データから、ノイズの除去、所望の信号成分の抽出、あるいは、複数の異なる尺度への分解といった処理を行い、より正確な製品評価を可能にする。ISO(International Organization for Standardization)は、ものづくりのグローバル化とディジタル化を目指して、1996年にISO/TC213を設置し、寸法、形状、姿勢、位置、表面性状などの幾何特性ごとに公差の図面指示方法や検査での計測方法などを規定するGPS(Geometrical Product Specification)規格の制定と定期見直しを行うことになった。GPS規格の標準化作業のひとつとして、面や輪郭の計測データからの情報抽出手法、いわゆるフィルタ処理技術の開発に取り組んでいる。一連のフィルタ処理技術は、国際規格の前段階である技術仕様書ISO/TS16610シリーズとして整備が進められているが、測定データに含まれる異常点の影響を回避するロバストフィルタと面領域の測定データを処理する面フィルタに関しては、研究成果が乏しく整備が遅れている。また、TSとして発行されていても、必ずしもプログラミングのためのアルゴリズムが明確に記述されている訳ではなく、現実には、互換性問題を引き起こしたり、具体的な実装が困難であったりといった不備を抱えている。そこで、本研究では、ロバストフィルタおよび面フィルタの実現において障害となっている問題点を明確にし、具体的な解決手法を示すことで、前述したISO/TS16610シリーズの完成を促進する一助となることを目的としている。
第1章「序論」では、ISO/TS16610シリーズの現状とその問題点の概要を説明し、本研究の背景と目的、ならびに本論文の構成について述べている。
第2章「表面性状におけるフィルタ処理」では、表面性状評価におけるフィルタ処理技術の歴史的な変遷について説明しつつ、フィルタのディジタル化とその利点および事実上の標準となっているガウシアンフィルタの特性とその限界について述べている。また、ISO/TS16610シリーズとして整備されることになって新たに追加されたフィルタ類について、信号処理技術の数学的な解説に加え、その特徴と導入の意図についても言及し、内在する問題点を指摘している。
第3章「ISOにおけるロバスト性の定義と実卿旨針」では、ISO/TS16610-30で規定されているロバスト処理の対象とする異常値の定義について述べ、ロバスト化の三つの実現指針であるL1ノルム最適化、M推定、ベイズ推定の各手法について、統計学の視点から検討を行っている。
第4章「ロバストフィルタの実現手法」では、L1ノルム最適化およびM推定を使ったロバストフィルタの具体的な実現アルゴリズムについて述べ、これまで実現できないことが問題となっていたISO/TS16610-32のロバストスプラインフィルタがL1ノルム最適化問題と等価であることを証明し簡単に実装できることを示している。また、M推定によりロバスト化を実現しているISO/TS16610-31ロバストガウシアン回帰フィルタの抱える問題点を指摘し、その解決方法と有効性を実証している。さらに、ISO/TS16610シリーズに欠落しているL1ノルム最適化によるロバストガウシアン回帰フィルタ、M推定によるロバストスプラインフィルタの二つのフィルタを新たに提案している。
第5章「面フィルタの実現手法」では、ISO/TS16610シリーズとしての文書化が遅れている面フィルタについて、輪郭フィルタとして提案されているガウシアンおよびガウシアン回帰フィルタ、スプラインフィルタの面領域への拡張について説明し問題点を明確にしている。特に、ガウシアン、ガウシアン回帰フィルタとは異なり、輪郭曲線方式の逐次適用や単純な次元拡張では等方性の振幅特性が保証されないスプラインフィルタに関して、等方的な振幅特性を実現するのに最適な離散演算子を与えている。
第6章「総括」では、本研究を通して得られた主要な結果を総括している。
以上の通り、ロバスト処理における問題点の明確化とその解決方法の提示ならびに面フィルタ実現の障壁となっている課題の指摘および面領域スプラインフィルタを定義する離散演算子の決定方法を示し、ISO/TS16610シリーズ根幹部分の整備不良や未整備のままになっているフィルタ処理技術を確立した。
本論文は、「表面凹凸データを対象としたフィルタ処理の体系化に関する研究」と題し、6章より構成されている。
第1章「序論」では、ISO/TC213が提唱するGPS(Geometrical Product Specification)の根幹となるフィルタ処理体系の現状とその問題点を概説し、本研究の背景と目的、ならびに本論文の構成について述べている。第2章「表面性状におけるフィルタ処理」では、表面性状評価におけるフィルタ処理技術の歴史的な変遷を説明し、フィルタのディジタル化とその利点、事実上の標準となっているガウシアンフィルタの特性とその限界について述べている。また、ISO/TS 16610シリーズとして新たに追加されたフィルタ群に関しても信号処理技術上の特徴を詳述し、内在する問題点を指摘している。第3章「ISOにおけるロバスト性の定義と実現指針」では、ISO/TS 16610-30で規定されているロバスト処理の対象とする異常値の定義を明確にし、ロバスト化の三つの実現指針であるL1ノルム最適化、M推定、ベイズ推定の各手法について統計学の視点から検討を行っている。第4章「ロバストフィルタの実現手法」では、L1ノルム最適化及びM推定を使ったロバストフィルタの具体的な実現アルゴリズムを提示し、ISO/TS 16610-32のロバストスプラインフィルタをL1ノルム最適化問題として解決している。また、M推定によりロバスト化を実現したISO/TS 16610-31ロバストガウシアン回帰フィルタの抱える問題点を指摘し、その解決法を明示するとともに有効性を実証している。さらに、ISO/TS 16610シリーズに欠落しているL1ノルム最適化によるロバストガウシアン回帰フィルタならびにM推定によるロバストスプラインフィルタの二つのフィルタを新たに提案している。第5章「面フィルタの実現手法」では、ISO/TS 16610シリーズでは未着手の面領域フィルタを取り上げ、ガウシアン及びガウシアン回帰フィルタ、スプラインフィルタの面領域への拡張性と問題点を明確にしている。特に、輪郭曲線方式の逐次直交適用や単純な次元拡張では等方性の振幅伝達特性が保証されないスプラインフィルタに関して、等方的な振幅伝達特性を実現するための最適な離散演算子を与えている。第6章「総括」では、上記の各章で得られた知見を総合してまとめ、さらに本研究課題の今後の展開についても言及している。
以上のように、本論文で得られた知見は工学上貢献するところが多く、その成果は工業的有用性も高いことから、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。