放電コーティング法によりX-40合金を被覆したNi基超合金の高温疲労強度
氏名 菅間 良太
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第611号
学位授与の日付 平成24年3月26日
学位論文題目 放電コーティング法によりX-40合金を被覆したNi基超合金の高温疲労強度
論文審査委員
主査 教授 岡崎 正和
副査 教授 福澤 康
副査 准教授 宮下 幸雄
副査 准教授 南口 誠
副査 東北大学大学院工学研究科准教授 小川 和洋
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目次
第1章 序論 p.1
1.1 ガスタービン高温構造体と表面改質処理 p.1
1.2 放電コーディング法 p.4
1.3 目的 p.5
1.4 本論文の構成 p.5
参考文献 p.7
第2章 ESC皮膜の特性と高温曝露による変化 p.10
2.1 緒言 p.10
2.2 実験方法 p.10
2.2.1 供試材および試験片 p.10
2.2.2 皮膜特製の評価と高温曝露による影響の検討 p.12
2.2.2.1 高温曝露試験 p.12
2.2.2.2 SEM画像解析による皮膜内微視構造の評価 p.14
2.2.2.3 XRD法による皮膜組織の解析 p.15
2.2.2.4 ビッカース硬さ試験 p.16
2.2.2.5 弾性係数測定 p.18
2.3 実験結果および考察 p.21
2.3.1 皮膜内微視構造の変化 p.21
2.3.2 皮膜の力学的特性の変化 p.30
2.4 緒言 p.35
参考文献 p.36
第3章 ESC施工によって生じる残留応力と高温曝露による変化 p.40
3.1 緒言 p.40
3.2 試験片および実験方法 p.41
3.2.1 残留応力の計算モデル:二層はりモデル p.41
3.2.2 成膜中の基材変形量を用いた評価法 p.46
3.2.3 皮膜除去によって生じる基材変形量を用いた評価法 p.47
3.3 実験結果および考察 p.48
3.3.1 異なる施工膜厚さによる残留応力の変化 p.48
3.3.2 残留応力分布に対する高温曝露の影響 p.51
3.4 緒言 p.56
参考文献 p.57
第4章 高温環境下におけるESCを施工したNi基超合金の疲労損傷 p.59
4.1 緒言 p.59
4.2 試験片および実験方法 p.59
4.3 実験結果および考察 p.61
4.3.1 破断寿命の比較:S-N曲線 p.61
4.3.2 破断試験片の観察 p.66
4.4 緒言 p.70
参考文献 p.71
第5章 ESCを施工したNi基超合金の高温疲労き裂発生挙動 p.73
5.1 緒言 p.73
5.2 試験片および実験方法 p.73
5.2.1 応力集中部を持つ試験片の高温疲労試験 p.73
5.2.2 電位差法によるき裂発生検出 p.75
5.3 実験結果および考察 p.77
5.3.1 破断寿命の比較:S-N曲線 p.77
5.3.2 ESC施工材のき裂発生と皮膜特性の影響 p.79
5.4 緒言 p.86
参考文献 p.88
第6章 ESCを施工したNi基超合金の高温き裂進展特性 p.89
6.1 緒言 p.89
6.2 試験片および実験方法 p.90
6.3 実験結果および考察 p.92
6.4 緒言 p.100
第7章 Ni基超合金の疲労強度特性に及ぼすESC施工の影響と提言 p.101
7.1 緒言 p.101
7.2 高温環境下におけるESC施工部材の特性変化を考慮した疲労強度 p.102
7.2.1 皮膜の荷重分担能を考慮した疲労寿命の考察 p.102
7.2.2 残留応力を考慮した疲労強度 p.104
7.3 今後のESC皮膜開発に対する提言 p.110
7.4 結言 p.117
参考文献 p.118
第8章 結論 p.120
ジェットエンジンやガスタービン等の高温部材には高温強度特性や耐酸化特性に優れているNi基超合金が多く使われているが,これらの部材には力学的負荷に加え,高温の燃焼ガスなどにも曝されるため,耐摩耗,耐酸化などを目的にした表面改質処理が蒸着法や溶射法などの手法により施工されることが多い.しかし,既存の処理手法では入熱による変形や熱影響域の形成,施工による疲労強度の低下などが問題となっている.近年開発された放電コーティング法(Electro Spark Coating 法,以下,ESC法)は施工による入熱が小さいこと,さまざまな皮膜材料の選択性があること,局所部位への施工性に優れるなど,多くの優位点を持つため,上記のようなNi基超合金製高温部材への適用が期待されている.しかし,高温環境下における皮膜特性の変化や,Ni基超合金の高温疲労特性に与える影響についてはほとんど情報がなく,その適用範囲拡大の妨げになっている.
本論文ではESC法によってX-40合金を耐熱超合金Alloy718上に成膜した試験片を用い,高温疲労損傷挙動に関する一連の研究を行った.検討に際してはESC法で成膜した皮膜(ESC皮膜)の基礎特性とコーティング試験片中の残留応力について高温長時間曝露の影響とともに調査したのち,同試験片の高温破損挙動をき裂の発生と進展挙動の観点から検討した.
得られた知見を統合し,新規表面改質法としてのESC法の高温部材への適用の可能性を考察した.
本論文は以下の8章から構成される.
第1章では,既存の表面処理を施工した部材の問題点についてこれまでの研究から概説するとともに本研究で検討する放電コーティング法の特徴について述べ,本論文の目的と位置付けについて記述した.
第2章では,Ni基超合金基材上にESC法でX-40合金を成膜した試験片を製作し,480℃,650℃で最長 1000 時間の長期間曝露後の皮膜の組織観察,硬さ試験,弾性係数の評価を行い,成膜ままの皮膜と測定結果を比較することにより,高温環境下におけるESC皮膜の特性変化について検討を行った.その結果,ESC皮膜の組織,硬さ,弾性係数は長期間曝露の温度と時間に強く依存して変化すること,とりわけ650℃での曝露温度では皮膜の酸化によって皮膜が緻密化し,10時間の曝露によって皮膜の硬さと弾性係数が成膜ままの時に比べ2倍以上増大することを明らかにした.
第3章では,成膜ままと高温曝露したESC施工試験片に対する残留応力測定を行い,ESC施工によって生じる残留応力の測定と,高温曝露による残留応力分布の変化について検討を行った.その結果,ESC皮膜施工の状態では皮膜内で引張残留応力が生じること,この値は高温曝露によって変化し,480℃の曝露ではほぼ0に,650℃では圧縮の残留応力へと変化することを実験的に示した.
第4章では,ESC皮膜を施工したNi基超合金試験片(皮膜試験片)に対する高温の高サイクル疲労(HCF)試験を行い,皮膜を持たない基材試験片と疲労寿命,破損形態などの比較を行い,ESCの施工が高温疲労特性に与える影響を検討した.皮膜試験片と基材試験片の疲労寿命を比較すると,480℃ではほぼ同等であったのに対し,650℃では皮膜試験片で寿命が長くなり,本手法の工業的有用性が示された.この有用性には,高温曝露中での皮膜組織の緻密化と硬さの上昇の寄与が大きいことも明らかにした.
第5章では,切欠き試験片を用いたき裂発生試験を行い,ESC施工がNi基超合金のき裂発生特性に及ぼす影響についてポテンシャルドロップ法を援用して検討した.その結果,480℃と650℃の高負荷レベルではESCの施工によってき裂発生が加速されるが,650℃の低負荷レベル・長試験時間領域では皮膜試験片のき裂発生寿命が長くなることを明らかにした.この場合,疲労き裂は皮膜/基材界面の基材側から発生することも実験的に明らかにした.
第6章では,ESCを施工したNi基超合金試験片の高温き裂進展試験を行い,ESC皮膜がNi基超合金の高温き裂進展特性に与える影響について検討した.その結果,成膜ままの皮膜試験片のき裂進展速度は基材単体試験片のそれと同等だったが,大気中650℃の熱処理を施すことによりき裂進展速度を低下させることできるが可能となることを明らかにした.
第7章では,6章までに得られた知見を本研究の総括として,ECS試験片の疲労強度を,高温長期間使用による皮膜の荷重分担能の変化,試験片中の残留応力変化,施行によって生じる材料学的変化などの観点から総合的に検討し,今後のECS皮膜開発の方向について考察した.それにより,ECS施行部材の疲労強度やき裂進展抵抗を増加,あるいは低下のレベルを最低限にするためには,温度と時間に依存する皮膜の荷重分担能力を積極的に応用すると同時に,ECS施行時に生じやすい無析出帯の厚さを最小限にすることがポイントとなることを示した.これを受けて,ECS施行が最もその効果を発揮する使用条件を疲労強度の観点から提示した.
第8章では,本研究を総括し,本論文の結論を示した.
本論文は、「放電コーティング法によりX-40合金を被覆したNi基超合金の高温疲労強度」と題し、8章より構成されている。
第1章では、ジェットエンジンやガスタービンの高温構造部材として用いられるNi基超合金基材とその表面処理技術に関するこれまでの課題を概説するとともに、本研究で検討する放電コーティング(ESC)法の特徴について述べ、本論文の目的と位置付けについて記述している。
第2章では、Ni基超合金基材上にESC法でX-40合金を成膜した皮膜試験片を製作し、長期間曝露後による皮膜の組織観察、硬さ試験、弾性係数の測定を行い、これらを成膿膜まま皮膜試験片の値と比較することにより、高温環境下におけるESC皮膜の特性変化について検討を行っている。その結果、ESC皮膜の組織、硬さ、弾性係数は長期間曝露の温度と時間に強く依存して変化すること、とりわけ650℃での曝露では皮膜内部に酸化物形成を伴って緻密化し、10時間の曝露によって皮膜の硬さと弾性係数が成膜ままの時に比べ2倍以上増大することを実験的に示している。
第3章では、ESC施工まま試験片と高温曝露試験片に対する残留応力測定を行い、ESC施工によって生じる残留応力の測定と、高温曝露による残留応力分布の変化について検討し、ESC皮膜施工の状態では皮膜内で引張残留応力が生じる一方で、この値は高温曝露によって変化し、480℃の曝露ではほぼ0に、650℃では圧縮へと変化することを実験的に示している。
第4章では、ESC皮膜を施工したコーティング試験片に対する高温高サイクル疲労試験を行い、基材単体試験片の疲労寿命や破損形態などの比較を行いながら、ESCの施工が高温疲労特性に与える影響を検討している。これにより、皮膜試験片と基材試験片の疲労寿命を比較すると、480℃ではほぼ同等であったのに対し、650℃では皮膜試験片で寿命が長くなり、本手法の工業的有用性を示している。
第5革では、切欠き試験片を用いた疲労き裂発生試験を行い、ESC施工がNi基超合金のき裂発生特性に及ぼす影響について電位差法を援用して検討している。これにより、480℃と650℃の高負荷レベルではESCの施工によって疲労き裂発生が加速されるが、650℃の低負荷レベル・長試験時間領域ではき裂発生寿命が長くなることを明らかにし、その詳細な発生挙動も実験的に示している。
第6章では、ESCを施工したNi基超合金試験片の高温き裂進展試験を行い、ESC皮膜がNi基超合金の高温き裂進展特性に与える影響について検討している。その結果、コーティング試験片のき裂進展速度は高温曝露時間に依存して変化すること、それらの抵抗値は基材単体のときに比べ増加すること明らかにしている。
第7章では、6章までに得られた知見を総括し、ESC試験片の疲労強度を、高温長期間使用による皮膜の荷重分担能の変化、試験片中の残留応力変化、施行によって生じる材料学的変化などの観点から総合的に検討し、今後のESC皮膜開発中方向について考察している。それにより、ESC施行部材の疲労強度やき裂進展抵抗を増加、あるいは低下のレベルを最低限にするためには、温度と時間に依存する皮膜の荷重分担能力を積極的に応用すると同時に、ESC施行時に生じやすい無析出帯の厚さを最小限にすることがポイントであることを指摘したのち、ESC施行が最もその効能を発揮する使用用途や条件を疲労強度の観点から提示している。
第8章では、本研究を総括し、本論文の結論を総括している。
一連の研究は、これまで困難とされてきたNi基超合金の補修を可能とする手法としてESC法が有効であることを示すとともに、その最も有効な使用方法についても工学的に貴重な知見を与えている。
よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。