Mg2Ni合金のプロチウム吸・脱蔵特性およびその改善に関する研究
氏名 奥村 勇人
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第158号
学位授与の日付 平成12年12月13日
学位論文題目 Mg2Ni合金のプロチウム吸・脱蔵特性およびその改善に関する研究
論文審査委員
主査 助教授 鎌土 重晴
副査 教授 小島 陽
副査 教授 山田 明文
副査 教授 青木 和夫
副査 教授 福澤 康
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第1章 序論
1.1 水素エネルギー利用の必要性 p.1
1.2 プロチウム吸蔵合金 p.2
1.2.1 物性 p.2
1.2.2 応用 p.5
1.3 プロチウム吸蔵合金の実用例 p.8
1.3.1 二次電池への応用 p.8
1.3.2 代替燃料自動車への応用 p.9
1.4 合金開発指針 p.11
1.5 本研究の目的 p.12
参考文献 p.16
第2章 Mg2Ni合金のプロチウム吸・脱蔵特性
2.1 緒言 p.18
2.2 実験方法 p.18
2.2.1 合金溶製 p.18
2.2.2 熱処理方法 p.20
2.2.3 組織解析 p.20
2.2.4 プロチウム吸蔵特性の評価 p.21
2.2.5 プロチウム放出特性の評価 p.22
2.3 実験結果および考察 p.22
2.3.1 熱処理による組織の均質化 p.22
2.3.2 プロチウム吸蔵特性に及ぼす均質化の影響 p.22
2.3.3 PCT線図 p.29
2.3.4 構造変化に伴うプロチウム放出特性の変化 p.30
2.3.5 プロチウム放出過程における活性化エネルギーおよび反応熱 p.34
2.4 結言 p.38
参考文献 p.38
第3章 Mg2Ni合金のプロチウム吸・脱蔵特性に及ぼす第三置換元素の影響
3.1 緒言 p.40
3.2 実験方法 p.40
3.2.1 合金元素の選定 p.40
3.2.2 合金溶製 p.43
3.2.3 組織解析 p.44
3.2.4 プロチウム吸・脱蔵特性の評価 p.44
3.3 実験結果および考察 p.45
3.3.1 第三置換元素の添加による組織変化 p.45
3.3.2 吸蔵特性に及ぼす晶出相の形態および大きさの影響 p.55
3.3.3 PCT線図に及ぼす第三置換元素の影響 p.59
3.3.4 プロチウム放出特性に及ぼす第三置換元素の影響 p.59
3.3.5 プロチウム放出過程における活性化エネルギーおよび反応熱に及ぼす第三元素の影響 p.65
3.4 結言 p.67
参考文献 p.68
第4章 急冷凝固およびメカニカルグラインディングしたMg2Ni三元合金のプロチウム吸・脱蔵特性
4.1 緒言 p.70
4.2 実験方法 p.71
4.2.1 急冷凝固材の作製方法 p.71
4.2.2 メカニカルグラインディング材の作製方法 p.71
4.3 実験結果および考察 p.73
4.3.1 ミクロ組織 p.73
4.3.2 吸蔵特性に及ぼす第三置換元素および均質化の影響 p.85
4.3.3 熱力学的安定性に及ぼす第三置換元素の影響 p.91
4.3.4 プロチウム放出特性に及ぼす作製方法の影響 p.94
4.3.5 プロチウム放出過程における活性化エネルギーおよび反応熱に及ぼす第三元素置換の影響 p.99
4.4 結言 p.103
参考文献 p.104
第5章 Mg2Ni-Mn系合金のプロチウム吸・脱蔵特性
5.1 緒言 p.105
5.2 実験方法 p.105
5.3 実験結果および考察 p.106
5.3.1 Mn添加に伴う組織変化 p.106
5.3.2 低温におけるプロチウム吸蔵特性の変化 p.119
5.3.3 PCT線図に及ぼすMn添加量および作製方法の影響 p.123
5.3.4 プロチウム放出のメカニズム p.128
5.3.5 プロチウム放出過程における活性化エネルギーおよび反応熱に及ぼすMn添加量および作製方法の影響 p.135
5.4 結言 p.138
参考文献 p.139
第6章 総括 p.140
謝辞 p.143
近年化石燃料の大量消費による地球温暖化の問題から、CO2ガスを削減可能な電気自動車やハイブリッドカーおよび燃料電池搭載車が注目されている。中でも次世代自動車の本命と見られているのが燃料電池搭載車である。燃料電池搭載車は、その優れたエネルギ変換特性および簡単に再充電できるという利点を持っており、その実用化に際しては、大きなエネルギー変換・貯蔵機能を有するプロチウム吸蔵合金の開発が重要なポイントになる。そのような観点から既存の水素吸蔵合金の中でも多量のプロチウムを吸蔵でき、しかも軽量かつ安価であるMg2Ni合金が注目されている。しかし、Mg2Ni合金は、プロチウム吸・脱蔵温度が高い、吸・脱蔵速度が遅いという欠点を持つ。実用化に際しては、その高い反応温度が一番の障害となる。
そこで、本研究ではMg2Ni合金のプロチウム吸・脱蔵温度の低下ならびにその吸・脱蔵速度の改善を目標として行った。
第1章では、プロチウム吸蔵合金の特徴、その必要性および本研究の目的について述べた。
第2章では、まず均質化したMg2Ni合金の基本的なプロチウム吸・脱蔵特性を調べた。通常Mg2Ni合金は、L+MgNi2→Mg2Niという包晶反応により生成されるため、鋳造したままでは非平衡凝固によりMg2Ni相およびマグネシウム固溶体(α(Mg)相)が晶出する。そこで、まずMg2Ni単相となるように熱処理を施した試料を作製し、それらのプロチウム吸・脱蔵特性について評価した。その結果、包晶反応を利用した熱処理を施すことによって、α(Mg)相は消失し、Mg2Ni相中に若干のMgNi2相が微細に分散した組織が得られ、組織の均質化による水素化物相の熱力学的安定性は変化しないものの、α(Mg)相のプラトーが現れにくくなることを確認した。また、プロチウム吸蔵経路について詳細に検討した結果、Mg2Ni相とMgNi2相の界面および共晶領域から最終的にMg2Ni相へと拡散することを明らかにし、活性化処理後には微粉化に伴いそれらの拡散パスが少なくなることから、Mg2Ni合金相に依存した吸蔵特性が得られるようになることを示した。さらに、放出特性においては、250℃でプロチウムを最大まで吸蔵させた試料をアルゴン雰囲気中に長時間放置することにより、Mg2NiH4低温相中のミクロ双晶が減少し、その結果として、放出開始温度は約180℃まで低下し、放出量も増えることを明らかにした。同様な結果は、水素化後の試料を破砕するような加工を加えることによっても得られ、ミクロ双晶の現象を促進させることができることも示した。
第3章では、合金の多元化によるMg2Ni合金のプロチウム吸・脱蔵特性の改善を目的として、Mg2Ni合金に第三元素を添加し、その組織およびプロチウム吸・脱蔵特性について調べた。添加した第三元素のほとんどはプロチウムを吸蔵しないMgNi2相へ固溶するものの、Fe,Co,Mn等の遷移金属を添加した場合、微細なパーライト状のα(Mg)+Mg2Ni共晶領域が増加する。その結果、それらの遷移金属を添加した合金はMg2Ni合金とほぼ同等なプロチウム脱蔵特性を維持しながら、組織的には吸蔵経路としてのプロチウム拡散速度の速いMg2Ni相とα(Mg)相の界面が増加し、吸蔵速度および吸蔵開始温度が改善されることを明らかにした。
第4章では、組織の微細・均質化およびMg2Ni相中の第三元素の固溶量を増加させ、強制固溶体を作製する方法として急冷凝固およびメカニカルグラインディング(MG)法を選択し、プロチウム吸・脱蔵特性の更なる改善を図った。急冷凝固することによって、微細かつ均質な組織が得られ、Mg2Ni相中の第三元素の固溶量が増加するとともに、Mg2Ni相以外の化合物量は減少する。MG材は、MG時間の経過に伴いx線回折ピークはブロードになり、均質化とともにアモルファス化が進む。そのような組織の微細・均質化に伴い、プロチウム吸蔵速度、プロチウム吸蔵開始温度とも大幅に改善され、その効果はMnを添加した合金において顕著に見られることを明らかにした。一方では、プロチウム脱蔵特性は、室温における長時間放置あるいは破砕により全ての試料で、Mg2Ni合金と同様なプロファイルを示すことを明らかにした。
第5章では、Mn添加のプロチウム吸・脱蔵特性への効果を明確にするために、Mn量を変化させた合金を作製し、それらのプロチウム吸・脱蔵特性を調べ、組織的観点からの比較検討を行った。Mn添加量の増加に伴いMg2Ni相が減少、α(Mg)相が増加し、さらにMg2Ni相中のMn固溶量は、急冷凝固により増加する。その結果、急冷凝固材およびMG材は、Mn添加量の増加に伴いより低温からプロチウムを吸蔵するようになり、さらにα(Mg)相も水素化することにより、プロチウム吸蔵量は増加することを明らかにした。その機構として、室温付近からのα(Mg)相のプロチウム吸蔵に伴う膨張により、Mg2Ni相に導入された歪みがプロチウムの吸蔵を促すことが示唆された。また、同様な現象に起因して、より高温でしかプロチウムを放出しないα(Mg)相の多い試料でも約180℃という低温からプロチウムを放出できるようになることも示した。
第6章では、本論文で得られた研究結果を要約し、結論とした。