場所打ちPC床版における膨張材効果の定量的評価に関する研究 および実橋梁への適用
氏名 高瀬 和男
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第341号
学位授与の日付 平成17年3月25日
学位論文題目 場所打ちPC床版における膨張材効果の定量的評価に関する研究および実橋梁への適用
論文審査委員
主査 教授 丸山久一
副査 教授 丸山暉彦
副査 教授 長井正嗣
副査 助教授 下村匠
副査 東京大学生産技術研究所助教授 岸利治
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第1章 序論 p.1
1.1 研究の背景 p.2
1.2 研究の目的 p.4
1.3 本研究に関連する既往の研究 p.6
1.3.1 PC床版に用いるコンクリートと膨張材の特徴 p.6
1.3.2 場所打ちPC床版におけるひび割れの調査 p.12
1.3.3 材齢初期の有効ヤング係数の研究 p.25
1.3.4 仕事量一定則の研究 p.26
1.3.5 膨張ひずみに関する解析的取り扱い p.27
1.4 本研究の構成 p.28
第2章 材齢初期に生じる膨張コンクリート内のひずみ p.32
2.1 本章の研究目的 p.33
2.2 コンクリートに発生するひずみの整理 p.34
2.3 本研究における計測ひずみの考慮 p.37
2.3.1 初期条件の設定(付着時期の設定) p.37
2.3.2 線膨張係数の算出と自己収縮の関係 p.38
2.3.3 膨張収縮ひずみの算出 p.39
2.4 膨張材による膨張ひずみの特徴 p.41
2.4.1 1m供試体および配合 p.41
2.4.2 打ち込み温度による膨張ひずみの影響 p.43
2.4.3 養成期間および膨張材混和量による膨張収縮ひずみの影響 p.47
2.5 本章の研究成果のまとめ p.51
第3章 材齢初期の有効ヤング係数の設定 p.53
3.1 本章の研究目的 p.54
3.2 拘束解放試験によるヤング係数の測定 p.55
3.3 インバー鋼一軸拘束試験よるヤング係数の測定 p.60
3.4 解析による有効ヤング係数の同定 p.64
3.4.1 円柱供試体圧縮試験によるヤング係数の推定 p.64
3.4.2 FEM解析による有効ヤング係数の同定 p.65
3.4.3 場所打ちPC床版における有効ヤング係数の初期クリープの低減率の提案 p.68
3.4.4 実物大模型による有効応力計からの有効ヤング係数の検討 p.70
3.5 本章の研究成果のまとめ p.72
第4章 床版における温度応力と膨張の応力的評価 p.74
4.1 本章の研究目的 p.75
4.2 温度応力解析の概要と入力値 p.76
4.2.1 解析手法 p.76
4.2.2 熱伝達率の検討 p.80
4.2.3 解析入力値の設定方法 p.87
4.3 仕事量一定則と温度応力解析との応力評価の違い p.99
4.3.1 膨張コンクリートにおける仕事量の一定則 p.99
4.3.2 仕事量一定則と温度応力解析の計算 p.101
4.4 実橋モデルにおける温度応力と膨張材の応力的評価 p.113
4.4.1 温度応力解析による材料条件・施工時期を考慮した温度応力 p.113
4.4.2 単位紛体量、膨張ひずみ量の影響 p.126
4.4.3 内的鉄筋拘束を考慮した温度応力と膨張材の応力的効果 p.134
4.5 計測ひずみからの計算結果 p.142
4.5.1 計測ひずみからの応力評価方法 p.142
4.5.2 計測ひずみからの計算結果 p.144
4.6 本章の研究成果のまとめ p.146
第5章 膨張ひずみの長期挙動に関する評価 p.149
5.1 本章の研究目的 p.150
5.2 コンクリートの長期挙動に関するひずみの整理 p.151
5.3 1m試供体による長期計測結果 p.152
5.3.1 膨張・収縮ひずみ履歴 p.153
5.3.2 収縮ひずみの推定 p.156
5.3.3 膨張材の効果(有効ケミカルプレストレイン) p.160
5.3.4 膨張コンクリートにおける収縮ひずみの推定式 p.162
5.4 実物大供試体による長期計測結果 p.163
5.5 本章の研究成果のまとめ p.167
第6章 結論 p.169
平成12年11月末,場所打ちPC床版の施工において,温度応力を主要因とする材齢初期のひび割れの発生に遭遇した.このPC床版は床版支間長が11.5mと長く過去に例がない.そのため床版厚は従来のRC床版に比べ非常に厚く,かつ高強度のコンクリートを使用していた.ひび割れの要因分析のために非線形有限要素法を用いた温度応力解析および線形有限要素解析により,温度応力および外的荷重を算出し,温度応力の大きさ,およびひび割れ発生に対する影響度を把握するとともに,施工に対するひび割れ防止対策を示した.この時の温度応力解析は,土木学会コンクリート標準示方書に示される熱物性値,力学的物性値を適用し解析を行った.
この際,温度応力解析においては,セメントの特性や構造物の特徴を考慮した熱物性値力学的物性値による解析方法を確立すべきであると考えた.つまり,解析入力物性値において,土木学会コンクリート標準示方書に示される熱物性値は比較的強度が低く,かつ緩やかに発現するマスコンクリートを対象に過去の実験データから設定されており,場所打ちPC床版を想定した強度が高く,かつ強度の早期に発現するコンクリートの特徴を考慮した適切な解析入力値が必要であると考えた.研究を進めた入力値は,早強セメントを用いた膨張コンクリートの「有効ヤング係数」「熱伝達率」「断熱温度上昇曲線」「コンクリートの線膨張係数」である.また,施工時のセメント水和反応による温度上昇を考慮した解析方法について整理した.
材齢初期のひび割れに対しては施工(養生など)における対応とともに,膨張材の添加が効果があることが経験的に知られているが,この膨張材の効果は定量的に示されているとはいえない.膨張材の評価については,材齢初期のひび割れを制御する手段として多くの研究がなされているが,そのほとんどがダムやPC構造物などのマスコンクリートなどであり,さらにマスコンクリート構造物であっても,膨張材の温度依存特性,セメント水和反応との同調性を適切につかみ,膨張材の定量的評価を行っているものはなかった.本研究では,実物床版を模した供試体による温度履歴を考慮した膨張ひずみを打込み温度別に計測することにより膨張材の温度依存性の特徴を把握した「膨張ひずみ」を設定するとともに,上記のセメントの水和発熱による温度上昇を考慮した解析方法に同時に膨張材の膨張ひずみを考慮する方法について提案を行った.
ひび割れの評価を「応力度」で示すことができれば一般的に理解しやすい.研究では,場所打ちPC床版に限定し,標準的なモデル(床版支間長6m,床版厚320mm)において,上記で提案している温度応力解析の入力値を用いて,施工時期を考慮した打込み温度ごとの解析を行い,温度応力および膨張材の有無の差についての「応力度」を示した.さらに,地域的な配合のバラツキを考慮して単位セメント量の差,膨張ひずみの差を考慮した温度応力の修正方法についても示した.また,上記までの温度応力解析は,膨張材の有効自由膨張量の設定の困難さおよび解析の利便性を考えて,鉄筋をモデル化していないモデルで計算を行っている.しかし,鉄筋による膨張材の拘束によって発生する圧縮応力は,構造上必ず発生しているもので,かつ材齢初期のひび割れの抑制に寄与する膨張材の効果を考えた場合,考慮すべき値であると考えられる.よって,ここでは膨張材の仕事量一定則に従い計算された鉄筋拘束による圧縮応力度を別途考慮し,温度応力解析の結果に足し合わせることで,膨張材の効果において鉄筋拘束を考慮した温度応力を評価した.以上より,施工時期・材料条件が変化した場合でも,難しい温度応力解析を行わずに温度応力および膨張材の効果を大まかに判断できる概略的な「応力値」を示した.
膨張材の効果はすぐに消散してしまうとの概念が一般に多く持たれている.それは,膨張コンクリート設計施工指針に示されている膨張ひずみ(ケミカルプレストレイン)がなくなることが膨張材の効果がなくなると誤解を与えているためであり,収縮補償程度の混和量で将来的ひび割れが革命的に改善されている効果を示されていないためである.それは,膨張材を用いないコンクリートに比べ初期膨張ひずみに近いひずみ量が長期的な収縮時にも膨張側へ残存し,収縮ひずみの最終値を大幅に改善しているためひび割れが少なくなっているのである.ここでは,初期膨張ひずみ量の長期的な残存量を長期的な膨張材の効果として,日本コンクリート工学協会の「膨張コンクリートによる構造物の高機能化/高耐久化研究委員会」において適切な言葉を提案していただくとともに,現場試験供試体による1年間の計測結果より膨張材の有無によるひずみ「有効ケミカルプレストレイン」を示した.その上で膨張コンクリートの収縮予測方法について提案を行った.