外的要因に応答して植物が行う器官形成
氏名 佐藤 浩二
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第200号
学位授与の日付 平成12年3月24日
学位論文の題目 外的要因に応答して植物が行う器官形成
論文審査委員
主査 教授 山元 皓二
副査 教授 福本 一郎
副査 教授 松野 孝一郎
副査 助教授 本多 元
副査 千葉大学教授 三位 正洋
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謝辞 p.1
1章 緒言 p.2
1.1 環境応答 p.2
1.2 ストレス応答 p.4
1.3 本実験の目的 p.6
1.4 引用文献 p.8
2章 カワラケツメイの生育における光周期の影響 p.12
2.1 緒言 p.12
2.2 材料及び方法 p.13
2.3 結果 p.15
2.4 考察 p.19
2.5 引用文献 p.27
3章 キュウリの培養組織からの不定根形成に関する光周期の影響 p.29
3.1 緒言 p.29
3.2 材料及び方法 p.29
3.3 結果 p.31
3.4 考察 p.39
3.5 引用文献 p.42
4章 ニンジン子葉からの不定胚形成に及ぼす光条件の影響 p.43
4.1 緒言 p.43
4.2 材料及び方法 p.44
4.3 結果 p.45
4.4 考察 p.50
4.5 引用文献 p.56
5章 ニンジンの不定胚形成率に影響を及ぼす因子 p.59
5.1 緒言 p.59
5.2 材料及び方法 p.60
5.3 結果 p.61
5.4 考察 p.63
5.5 引用文献 p.67
6章 ニンジンの不定胚形成の誘導に影響を及ぼす糖の種類 p.68
6.1 緒言 p.68
6.2 材料及び方法 p.69
6.3 結果 p.70
6.4 考察 p.77
6.5 引用文献 p.86
7章 他植物種におけるスクロース処理による不定胚形成 p.88
7.1 緒言 p.88
7.2 材料及び方法 p.88
7.3 結果 p.89
7.4 考察 p.92
7.5 引用文献 p.99
8章 アブシジン酸によるニンジンの子葉からの不定胚形成 p.101
8.1 緒言 p.101
8.2 材料及び方法 p.102
8.3 結果 p.102
8.4 考察 p.108
8.5 引用文献 p.112
9章 総合考察 p.114
9.1 糖制御と植物の分化 p.114
9.2 生育環境と器官形成 p.118
9.3 二様式の胚形成 p.118
9.4 今後の課題 p.125
9.5 引用文献 p.127
10章 摘要 p.130
植物の生育は様々な環境因子により制御されている.特に光は光合成を通した栄養の獲得だけでなく,発芽,葉の分化,花芽形成などの器官分化を制御していることが古くから知られている.さらに近年において人為的な環境下で植物やその組織・器官を生育させる技術が進歩し,植物の生育,器官形成等に必要となる因子としてさまざまな無機・有機化合物や植物ホルモンや各種ビタミンに加え,炭素源としての糖などがあることが明らかとなった.また,糖としては経験的にスクロースが用いられているが,炭素源としてだけではなく培地の浸透圧源として用いることがあり,浸透圧という物理的な因子が関与することが明らかにされている.本研究は人為的な環境条件下での植物の生育や器官形成を「光環境への応答」と「高濃度の糖類への応答」の二つの側面から明らかにし,植物工場での栽培や細胞・器官培養による大量増殖などの人為的な環境下における生産の効率化を図るための基礎的なデータを得ることを目的とした.
第2章では、マメ科のカワラケツメイ(Cassia nomame)を用いて,人工的な明暗周期が植物体の内生周期(体内時計)や生育や器官形成に及ぼす効果を明らかにする実験を行った.複葉が行なう昼間は開き夜間は閉じるという運動を利用して植物体の内生周期を測定し,同時に乾燥重量(生育)と本葉数(器官形成)の増加を測定した.その結果,乾燥重量の増加、本葉数の増加共に24時間の明暗周期下で生育させた植物体が最も良好であり,また葉の運動の周期性も実験期間を通して維持されていた.それに対し24時間以外の明暗周期下においては、乾燥重量の増加,本葉数の増加とも24時間周期下より少なく,葉の運動の周期性も失われていた.このことから植物体の生育に適した光環境とは内生周期を維持できる環境であり,光合成を始めとする細胞内の生理的反応が外部環境としての明暗周期と植物のもつ内生周期を通して制御されていると考察した.
第3章では,細胞・組織からの器官形成に対する明暗周期の効果を明らかにするために,キュウリ(Cucumis sativas)の子葉を材料として不定根の誘導の実験を行なった.その結果.不定根の誘導には植物ホルモンBAP(benzyl amino purine)が必要であり,ホルモン処理期間中の光照射の有無が不定根形成に影響を及ぼしており,明暗周期の影響は少ないことが明らかとなった.この原因として生体における内生ホルモンは明暗周期に依存し濃度が変化するのに対し,組織培養では培地から外生ホルモンが常時供給されることが大きく寄与していると考察した.
第4章では、光の効果を明確にするために、植物ホルモンを用いず高濃度のスクロース処理で不定胚を誘導できるニンジン(Daucus carota)子葉の実験系で光の効果を調査した.その結果,この不定胚形成実験系において光照射の有無の影響が大きく現れるのは培養に用いる幼植物体を生育させている期間であることが分かった.このことから.暗黒条件下で展開した子葉の細胞は未熟で高濃度スクロースに応答して不定胚形成を行える状態にあるが,光条件下で生育させ子葉の細胞は光合成等を行う葉本来の状態にあり応答できないと考察した.
第5および6章では,不定胚を誘導する高濃度のスクロース処理が,浸透圧という物理的因子としてだけ働いているのかを明らかにするために実験を行なった.まず,不定胚には子葉の表皮細胞から直接形成される不定胚(Type1)と子葉の切り口付近に生じたカルスから形成する不定胚(Type2)の2つの形成様式があることが分かった.Type1の不定胚は浸透圧を一定に調節した条件下でもスクロースの濃度に依存して増加することから、浸透圧の効果ではなくスクロースの効果であることが分かった.さらに、スクロース以外に不定胚を誘導できる糖はその種類が限定されており,それらの糖の共通項として細胞内で代謝される際にHexokinaseによりリン酸化される糖であることが分かった.この結果は最近の研究で明らかにされつつある植物の代謝制御におけるスクロースのシグナルとしての働きを支持する新たな証拠になると考察した.一方,Type2は実験に用いた糖の全てで形成が見られType1のような制限が見られないことから浸透圧の関与が考えられる.しかし浸透圧源としてよく用いられるマンニトールなどで形成率が低いことから浸透圧だけではないことが明らかである.
第7章では、ニンジン以外の植物でも高濃度のスクロース処理により不定胚の誘導が可能であるかどうかを実験した.その結果、セリ科の植物に独特の性質であることが分かった.
第8章では,浸透圧の効果の関与を明らかにするために,植物が高浸透圧条件下で細胞内に蓄積することが知られているABA(abscisic acid)の効果について実験を行なった.ニンジンの子葉はABA添加培地上でType2の不定胚と同じような胚形成を行い.しかもABA合成阻害剤によりその形成が抑制されることが明らかとなった.これらの結果に基づいて高濃度スクロースにより誘導されるType2の不定胚は,細胞内においてABAが合成され濃度が上昇することが原因の一つであると考察した.
第9章では,植物体の生育にとって必要不可欠な「光」と「糖」をキーワードに全体を通した総合考察を行ない,代謝制御におけるスクロースのシグナルとしての働きを通して両因子が複雑な関り合いを持って植物の生育や器官形成に関与しているという新たな考えを提案した.