グラム陽性細菌Rhodococcus sp.RHA 1株のPCB分解能とその分解代謝系
氏名 瀬戸 祐志
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第133号
学位授与の日付 平成9年3月25日
学位論文題目 グラム陽性細菌Rhodococcus sp.RHA 1株のPCB分解能とその分解代謝系
論文審査委員
主査 教授 福田 雅夫
副査 教授 山元 皓二
副査 教授 桃井 清至
副査 教授 山田 良平
副査 教授 森川 康
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目次
序章 p.1
第1章 グラム陽性細菌Rhodococcus sp.RHA1株のPCB分解特性と分解経路 p.12
1.1. 緒言 p.12
1.2. 材料と方法 p.15
1.3. 結果 p.28
1.3.1. グラム陽性Rhodococcus属細菌の形態学的観察 p.28
1.3.2. PCB分解試験における条件検討 p.36
1.3.3. PCB分解性の経時変化 p.40
1.3.4. Rhodococcus属細菌群のPCB分解特性 p.42
1.3.5. PCB分解における塩素置換位置の影響 p.49
1.3.6. PCB分解反応に伴う中間代謝物質の検出 p.51
1.3.7. クロロビフェニル分解経路の解析 p.56
1.3.8. PCB分解反応における脱塩素量の定量化 p.60
1.3.9. 各種芳香族化合物に対する資化性 p.62
1.4. 考察 p.64
第2章 RHA1株由来bphA遺伝子産物のPCB変換活性 p.68
2.1. 緒言 p.68
2.2. 材料と方法 p.69
2.3. 結果 p.76
2.3.1. R.rhodochrous IAM12123株を宿主とした場合のPCB変換活性 p.76
2.3.2. R.erythropolis IAM1399株を宿主とした場合のPCB変換活性 p.76
2.3.3.bphA遺伝子産物によるクロロビフェニルの変換 p.79
2.4. 考察 p.82
第3章 RHA1株由来bphA遺伝子破壊株のPCB変換能 p.84
3.1. 緒言 p.84
3.2. 材料と方法 p.85
3.3. 結果 p.87
3.3.1. bphA遺伝子破壊株の芳香族化合物資化性 p.87
3.3.2. bphA遺伝子破壊株のPCB変換能 p.89
3.3.3. bphA遺伝子破壊株のクロロビフェニル変換産物 p.92
3.4.考察 p.94
第4章 Rhodococcus属細菌へのPCB吸着性と増殖阻害 p.96
4.1. 緒言 p.96
4.2. 材料と方法 p.97
4.3. 結果 p.97
4.3.1. PCBによるRhodococcus属細菌の菌体増殖阻害 p.100
4.3.2. Rhodococcus属細菌の細胞表面の疎水性の評価 p.103
4.3.3. Rhodococcus属細菌のPCB異性体の吸着性 p.105
4.4. 考察 p.108
第5章 RHA1株におけるPCB分解と増殖阻害 p.109
5.1. 緒言 p.109
5.2. 材料と方法 p.109
5.3. 結果 p.113
5.3.1. 高濃度PCB耐性株の分離 p.113
5.3.2. ビフェニルおよびエチルベンゼン資化性欠損株の出現頻度 p.114
5.3.3. 変異株の各種芳香族化合物資化能 p.115
5.3.4. 資化性欠損株のPCB変換能 p.118
5.3.5. 資化性欠損株におけるPCB分解による増殖阻害 p.118
5.4. 考察 p.122
第6章 資化性欠損株の遺伝的背景 p.124
6.1. 緒言 p.124
6.2. 材料と方法 p.125
6.3. 結果 p.132
6.3.1. 芳香族化合物資化性欠損株のビフェニル代謝遺伝子群の解析 p.132
6.3.2. 代謝系遺伝子欠損株の線状プラスミドの解析 p.136
6.3.3. 代謝系遺伝子欠損株へのbphD遺伝子の相補 p.143
6.3.4. 菌体増殖に与えるクロロ安息香酸の影響 p.146
6.4. 考察 p.150
第7章 Rhodococcus sp.RHA1株の高濃度PCBに対する馴養 p.152
7.1. 緒言 p.152
7.2. 材料と方法 p.152
7.3. 結果 p.154
7.3.1. PCBに対するRHA1株の馴養による耐性変異株の分離 p.154
7.3.2. PCB耐性変異株のPCB分解能 p.157
7.4. 考察 p.159
終章 p.161
謝辞 p.165
文献 p.167
人類により合成された化学物質による環境汚染が世界各地で引き起こされ、なかでもポリ塩化ビフェニル(PCB)による汚染は生物に対する毒性の強さ等の理由から特に深刻な問題となっている。微生物のPCB処理への適用は特に環境中に漏出したPCB処理には不可欠とされるが、100種以上存在するPCB異性体に対する分解系酵素の基質特異性の狭さ、および分解能の弱さ等の理由から実用段階には至っていない。本研究では微生物によるPCB処理の実用化に耐える分解菌の構築を目指して、これまでにPCB分解に関する知見の少ないグラム陽性細菌に着目し、ビフェニル資化性菌として単離されたRhodococcus sp.RHA1株のPCB分解特性を解析し、さらに強力なPCB分解能発現に係わる分解代謝系を明らかにした。
1.グラム陽性細菌Rhodococcus sp.RHA1株のPCB分解特性
PHA1株はビフェニル培養条件下において10ppmのPCB混合液に含まれる7塩素置換までの多様なPCB異性体を強力に分解した。既に報告されている分解菌と比べて塩素置換位置による分解能の低下が認められず、優れた分解能力を有していることが示された。PHAI株はPCBをクロロ安息香酸経由で分解し、分解の最終産物として蓄積することが多いクロロ安息香酸の代謝能も備えていた。また、2,2'-ジクロロ異性体において全塩素の放出が示唆され、本菌株がPCBを完全に無機化している可能性が示された。
2.ビフェニル代謝系酵素遺伝子のPCB分解への関与と、第2のPCB分解酵素系
RHA1株のPCB分解系酵素遺伝子を明らかにするため、ビフェニル代謝系初発酵素をコードするbphA遺伝子に着目し、RHA1株のビフェニル代謝遺伝子のPCB分解に係わる機能を解析した。RHA1株のbphA遺伝子はE.coli内では発現しなかったが、Rhodococcus erythropolis IAM1399株に導入したところPCBの変換が認められた。RHA1株由来のbphA遺伝子破壊株であるRDA1株はビフェニル資化性とともにビフェニル誘導下でのPCB分解能を喪失し、既にクローン化されているbph遺伝子群がビフェニル培養下でのRHA1株の強力なPCB分解能に必須である可能性が強く示唆された。興味深いことに、RDA1株はエチルベンゼン培養下においてPCB変換能を示し、エチルベンゼンにより誘導される第2のPCB分解酵素系の存在が示された。また、RHA1株はビフェニル培養条件よりもエチルベンゼン培養下において優れたPCB分解活性を示した。これはビフェニル代謝酵素遺伝子がエチルベンゼンでも誘導されることから、エチルベンゼン培養下で複数のPCB分解系が同時に誘導された結果であると考えられた。
3.PCBによる増殖阻害と耐性化
RHA1株の菌体増殖は100ppmのPCB添加により著しく阻害された。他のRhodococcus属細菌にも同様の傾向が認められ、この阻害には細胞表層の疎水性との関連性が見られた。PCB分解の起こらない条件でも阻害が認められ、PCB自体が阻害要因の一つであることが示唆された。エチルベンゼン培地に100ppmのPCB48を添加してRHA1株を培養すると増殖が完全に阻害されるとともに、ビフェニル資化性欠損株が高頻度で出現した。RHA1株のビフェニル代謝上流のbphACB遺伝子は1,100kbの線状プラスミド、そしてビフェニル代謝下流のbphDE遺伝子は390kbの線状プラスミド上に存在することが明らかにされているが、ビフェニル資化性を喪失した変異株ではbphACB遺伝子またはbphDE遺伝子の欠失が示され、前者は1,100kbの線状プラスミドの1,200kbへのサイズの増大、後者は390kbのプラスミドのサイズの減少を伴うことが明らかとなった。bphDE遺伝子を欠失したビフェニル資化性欠損変異株はビフェニル培養でメタ開裂物質を蓄積するとともに、エチルベンゼン培地におけるPCBによる増殖阻害がなくなっていた。この株にbphD遺伝子を導入すると阻害が見られるようになるとともにメタ開裂物質の蓄積もなくなり、BphD反応以後のPCB代謝中間体によりRHA1株の菌体増殖が阻害されることを示唆した。したがって、PCBによる増殖阻害においてPCB自体だけでなく代謝中間体も要因となることが示唆された。
4.RHAI株の高濃度PCBに対する馴養
RHAI株をPCBを含むLB培地を用いて馴養したところ、400ppmのPCB48の添加によっても全て増殖阻害のないPCB耐性変異株が取得され、この変異株はビフェニル資化能を持ちながら100ppmのPCB48を含むエチルベンゼン培地で優れたPCB分解能を示した。このPCB耐性変異株は実用的な利用に大いに期待できる菌株であるとともに、その変異の解明は新たな強力PCB分解菌の育種につながると期待される。
以上、RHAI株の強力なPCB分解能とその遺伝的背景を明らかにし、第2のPCB分解系の存在を見い出した。また、高濃度PCBにより増殖阻害が起こることを示し、馴養により得られた耐性株の解析からその阻害要因を明らかにするとともに、実用化が期待できる有望な耐性株も単離した。