切削工具の寿命分布を考慮した最適工具交換時期の研究
氏名 櫻井 文仁
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第90号
学位授与の日付 平成9年3月25日
学位論文の題目 切削工具の寿命分布を考慮した最適工具交換時期の研究
論文審査委員
主査 教授 高田 孝次
副査 教授 久曽神 煌
副査 教授 柳 和久
副査 助教授 田辺 郁男
副査 新潟大学大学院自然科学研究科教授 桝田 正美
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目次
主な記号 p.1
第1章 序論 p.4
1.1 緒言 p.4
1.2 従来の研究の概要 p.5
1.3 問題の所在 p.9
1.4 本研究の目的と研究範囲 p.9
1.5 本研究での前提条件 p.10
1.6 本論文の構成と各章の概要 p.12
第2章 統計的アプローチによる問題の定式化 p.14
2.1 緒言 p.14
2.2 工具寿命のばらつき p.14
2.2.1 工具寿命の定義 p.14
2.2.2 工具寿命方程式と本論で用いている工具寿命の確率分布 p.18
2.3 加工時間基準のもとでの定式化 p.25
2.3.1 確定的アプローチによる最適工具交換時期等の決定法 p.25
2.3.2 統計的アプローチによる最適工具交換時期等の決定法 p.28
2.4 加工費用基準のもとでの定式化 p.32
2.4.1 確定的アプローチによる最適工具交換時期等の決定法 p.32
2.4.2 統計的アプローチによる最適工具交換時期等の決定法 p.34
2.5 統計的アプローチにおける最適化手順 p.36
2.6 統計的アプローチと確定的アプローチの関係 p.39
2.7 最適工具交換時期の特性 p.40
2.7.1 1工作物当たりの加工時間に関する特性解析 p.40
2.7.2 1工作物当たりの加工費用に関する特性解析 p.47
2.7.3 1工作物当たりの加工時間と加工費用のコマンターマップ p.51
2.8 工具寿命の分散の影響 p.52
2.8.1 切削速度一定の場合での比較 p.52
2.8.2 統計的アプローチの有効性 p.53
2.9 緒言 p.55
第3章 加工時間基準に基づく多段工程の場合の最適工具交換時期の統計的決定方式 p.56
3.1 緒言 p.56
3.2 定式化の前提条件 p.57
3.3 多段工程の場合の理論の一般化 p.58
3.3.1 工具交換のタイムチャート p.58
3.3.2 工具が寿命にならずに交換される場合の加工時間 p.60
3.3.3 工具が加工中に寿命となる場合の加工時間 p.60
3.3.4 工具が寿命にならずに交換される確率 p.60
3.3.5 工具が加工中に寿命となる確率 p.61
3.3.6 加工時間の期待値 p.62
3.3.7 工作物の個数の期待値 p.62
3.4 加工時間に関する最適化 p.63
3.4.1 1工作物当たりの加工時間と1工具当たりの加工個数と切削速度の関係 p.63
3.4.2 最適化の考え方 p.63
3.4.3 最適化の手順 p.64
3.5 数値例 p.64
3.5.1 工程に関する条件 p.64
3.5.2 確定的アプローチによる最適な工具交換時期および切削速度と1工作物当たりの加工時間 p.66
3.5.3 2段工程の場合の最適な工具交換時期および切削速度と1工作物当たりの加工時間 p.67
3.6 緒言 p.70
第4章 加工費用基準に基づく多段工程の場合の最適工具交換時期の統計的決定方式 p.72
4.1 緒言 p.72
4.2 研究対象と前提条件 p.72
4.3 多段工程の場合の理論の一般化 p.72
4.3.1 工具が寿命とならずに交換される場合の加工費用 p.73
4.3.2 工具が加工中に寿命となる場合の加工費用 p.73
4.3.3 加工費用の期待値 p.74
4.4 加工費用に関する最適化 p.74
4.4.1 1工作物当たりの加工費用と1工具当たりの加工個数と切削速度の関係 p.74
4.4.2 最適化の考え方 p.75
4.4.3 最適化の手順 p.75
4.5 数値例 p.76
4.5.1 工程に関する条件 p.76
4.5.2 確定的アプローチによる最適な工具交換時期および切削速度と1工作物当たりの加工費用 p.77
4.5.3 2段工程の場合の最適な工具交換時期および切削速度と1工作物当たりの加工費用 p.79
4.6 緒言 p.81
第5章 加工システムの信頼度解析モデルと最適工具交換時期の統計的決定方式 p.82
5.1 緒言 p.82
5.2 信頼度を向上させるアプローチ p.82
5.3 信頼度の定義と信頼度に関する基本条件 p.82
5.4 信頼度の定式化 p.83
5.5 制約条件を満たす実行可能解の工具交換時期と切削速度 p.84
5.6 実行可能解の中で生産費用を最小にする最適可能解 p.85
5.7 数値例による実行可能解 p.85
5.7.1 制約条件を満たす工具交換時期と切削速度の実行可能解 p.85
5.7.2 実行可能解の中で加工費用の最小化 p.88
5.8 緒言 p.90
第6章 多段工程における信頼度解析モデルと最適工具交換時期の統計的決定方式 p.91
6.1 緒言 p.91
6.2 加工システムの信頼度と制約条件 p.92
6.3 機械加工に関する前提条件 p.92
6.4 多段工程加工システムの信頼度 p.92
6.4.1 信頼度の定式化 p.92
6.4.2 制約条件を満たす実行可能解を求める手順 p.93
6.5 実行可能解の中で生産費用を最小にする最適可能解 p.94
6.6 数値条件と最適工具交換時期 p.95
6.6.1 工程に関する条件 p.95
6.6.2 実行可能解と最適条件 p.96
6.6.3 単一工程のときの加工条件を用いた場合 p.99
6.7 緒言 p.100
第7章 結論 p.101
7.1 統計的アプローチによる問題の定式化と理論的アプローチとの相違について式 p.101
7.2 加工費用基準に基づく多段工程の場合の最適工具交換時期の統計的決定方式 p.101
7.3 加工時間基準に基づく多段工程の場合の最適工具交換時期の統計的決定方式 p.102
7.4 加工システムの信頼度解析モデルと最適工具交換時期の統計的決定方式 p.102
7.5 多段工程における信頼度解析モデルと最適工具交換時期の統計的決定方式 p.103
7.6 まとめ p.104
謝辞 p.105
付録1 工具寿命のばらつきを考慮した寿命試験 p.106
参考文献 p.110
添付資料(研究業績) p.114
今日、機械加工には極めて多様な加工方式が用いられているが、切削加工は依然としてもっとも中心的な加工方式としての役割を担い続けている。切削加工において、工具交換時期の決定問題は生産管理上の基本問題の一つであり、1900年代初頭のW.F.Taylorの研究以来、適正な工具交換時期決定に関する研究が数多くなされている。
実用に供される工具と被削材には、ともにその機械的、材料学的性質に対して一定のばらつきが許容されている。したがって、両者の組合せによる切削の結果生じる工具寿命には事前の予測が不可能なばらつきが生じることは避けられない。実際の切削加工では数十パーセントのばらつきは普通である。しかし、従来の工具交換時期決定に関する研究の多くは、W.F.Talorの工具寿命方程式によって与えられる寿命の平均値のみを考え、そのばらつきを考慮しておらず、また、ばらつきを考慮した研究にあっても極めて限定された条件のもとで解析にとどまっている。このため、切削加工の現場では従来の方法で求められる工具交換時期を有効に利用することができず、加工対象が変わるごとに、過去の経験と試切削による試行錯誤的な方法で近似的な最適工具交換時期を求めているのが現状である。高度に自動化された今日の切削加工システムをより効率的に運用するためには、工具寿命のばらつきを考慮した合理的な最適工具交換時期の決定方式を確立する必要がある。
本論文は、上述の問題に対して次の2点を考究し、最適工具交換時期を決定する新しい方法を体系的に示している。すなわち、第1点は、工具寿命のばらつきを考慮し、統計的な意味を持った工具交換時期決定方式を定式化すること。第2点は、自動化・無人化が進んだ切削加工システムに対して有効に適用できる工程評価基準として、従来の代表的な評価基準(加工時間基準 : 切削加工時間を最短とする基準、加工費用基準 : 切削加工費用を最少とする基準)を提案し、これに基づく最適工具交換時期の決定方式を与えることである。
第1章では、工具交換時期決定に関する従来の研究を概観し、本研究の意義と位置づけを明らかにし、さらに、本論文の構成について述べている。
第2章では、まず、工具寿命を確率変数として扱うものとし、その確率密度関数を、実用的観点からW.F.Taylorの工具寿命方程式によって与えられる寿命を平均値とする対数正規分布で与えることが妥当であることを示している。次いで、単一切削工程の場合について上記の確率密度関数を用いた統計的工具交換時期決定方式(以下、統計的決定方式と呼ぶ)を定式化し、これが従来の方式、すなわち、工具寿命の平均値のみを用いる工具交換時期決定方式の拡張になっていることを示している。さらに、加工時間基準、および、加工費用基準を工程評価基準とした場合の最適工具交換時期を従来の方式と統計的決定方式で求めて比較検討し、後者の優位性を明らかにしている。
第3章では、単一切削工程に対する工具交換時期の統計的決定方式を、多段切削工程の場合に一般化している。すなわち、多段切削工程で使用される複数工具各々の寿命の確率密度関数を考慮に入れ、同時確率の概念を用いて問題を定式化している。そのうえで、加工時間基準に基づく最適工具交換時期と切削速度を決定する方式を導いている。
第4章では、第3章で定式化した多段切削工程に対する工具交換時期の統計的決定方式を用いて、加工費用基準に基づく最適工具交換時期と切削速度を決定する方式を導いている。
第5章では、自動切削加工システムに対する新たな工程評価基準として、従来の加工時間基準、および、加工費用基準とは基本的に異なる。信頼度基準を導入することを提案している。ここでは、切削加工システムの信頼度を、工具が不規則に寿命に達することによる切削中断の発生確率によって定義し、工具寿命の確率密度関数を基に信頼度を解析する統計的モデルを与えている。本章では、まず、単一切削工程について、信頼度基準に基づく最適工具交換時期決定方式を導いている。
第6章では、信頼度基準に基づく最適工具交換時期決定方式を多段切削工程の場合に一般化している。さらに、この工程評価基準が自動切削加工システムの効率的な運用に有効であることを幾つかの具体例で示している。
第7章では本研究の総括を行い、従来研究が不十分であった切削加工における最適工具交換時期の統計的決定方式の体系化が進むとともに、その工業的有用性が高められたことを結論づけている。さらに、自動切削加工システムを合理的に管理運用するための基礎データとして、今後、F.W.Taylorの工具寿命方程式とともに、工具寿命のばらつきを対数正規分布として整理し蓄積することを提唱している。