高温超伝導体の粒界における磁束構造
氏名 野口 祐二
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第140号
学位授与の日付 平成9年3月25日
学位論文題目 高温超伝導体の粒界における磁束構造
論文審査委員
主査 教授 高田 雅介
副査 教授 赤羽 正志
副査 教授 濱崎 勝義
副査 教授 松下 和正
副査 教授 小松 高行
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目次
第1章 序論 p.1
1-1 超伝導体のエネルギー分野での応用 p.1
1-2 結晶粒界の問題 p.1
1-3 Y系超伝導体の結晶粒界研究の現状 p.2
1-4 高温超伝導体の抵抗発生の起源 p.5
1-5 4端子法による臨界電流密度測定の問題点 p.6
1-6 本論文の目的および構成 p.7
参考文献 p.9
第2章 多結晶高温超伝導体の磁束密度分布 p.10
2-1 超伝導電流と磁束密度分布 p.10
2-1-1 超伝導体におけるマクスウェルの方程式 p.10
2-1-2 第2種超伝導体における臨界状態 p.11
2-1-3 多結晶高温超伝導体の磁場応答 p.11
2-1-4 多結晶高温超伝導体の磁束密度分布研究の現状 p.12
2-2 多結晶YBa2Cu3O7-δの作製とその磁束密度分布測定 p.14
2-2-1 試料作製方法 p.14
2-2-2 磁束密度分布測定 p.15
2-3 測定結果 p.16
2-3-1 Ba増加時のB(r) p.16
2-3-2 Ba減少時のB(r) p.17
2-4 粒子間電流および粒子内電流のモデル化 p.19
2-4-1 Ba増加時の電流パターン p.19
2-4-2 Ba減少時の電流パターン p.21
2-5 多結晶高温超伝導体の磁束密度分布B(r) p.22
2-5-1 有効透磁率μ p.22
2-5-2 Ba増加時の磁束密度分布B(r) p.24
2-5-3 Ba減少時の磁束密度分布B(r) p.28
2-6 まとめ p.30
参考文献 p.31
第3章 臨界状態モデルによる磁化ヒステリシスのシミュレーション p.32
3-1 臨界状態モデル p.32
3-1-1 臨界状態モデルの歴史 p.32
3-1-2 高温超伝導体の磁化計算の現状と問題点 p.34
3-1-3 本章の特徴 p.36
3-2 磁化曲線M(μoH)の計算 p.37
3-2-1 マクスウェルの電磁方程式から臨界状態微分方程式 p.37
3-2-2 磁化Mの一般式 p.38
A.矩形状試料 p.38
B.円柱状試料への拡張 p.39
3-2-3 臨界電流密度分布Jc(X)から磁化ヒステリシスM(μoH)の導出 p.39
A.Jc(X)の一般式 p.39
B.初期磁化曲線とFull penetration field Hp p.40
B-1 Jc(X)と局所磁束密度 p.40
B-2 Stage I (O≦H≦Hp) p.42
B-3 Full penetration field Hp p.43
B-4 Stage II (Hp≦H) p.43
C.M(μoH)のヒステリシス p.43
C-1 Jc(X)と局所磁束密度 p.45
C-2 Stage I (Hm≧H≧Hb) p.47
C-3 Hb p.48
C-4 Stage II (Hb≧H≧O) p.48
C-5 Stage III (O≧H≧-Hp) p.49
C-6 Stage IV (-Hp≧H≧-Hm) p.51
3-3 特性磁場HpおよびHsから臨界状態モデルパラメータの決定 p.52
3-3-1 MKMでのJoおよびBo p.52
3-3-2 EMでのJoおよびBo p.53
3-4 磁化ヒステリシスM(μoH)のシミュレーション p.54
3-4-1 試料形状b/a依存性 p.54
3-4-2 臨界状態モデルパラメータに同一値を代入した場合 p.56
3-4-3 Jo依存性 p.56
3-4-4 Bo依存性 p.58
3-4-5 Hs/Hp依存性 p.59
3-4-6 Hs/Hpを一定にした場合のモデル依存性 p.61
3-5 まとめ p.63
参考文献 p.64
第4章 多結晶YBa2Cu3O7-δの臨界状態 p.65
4-1 ジョセフソン結合アレイモデルから臨界状態モデル p.65
4-2 本章の特徴 p.67
4-3 多結晶試料の磁化Mから粒界領域の磁化Minterの抽出 p.68
4-4 Minterのフィッティング p.69
4-5 Jct(Binter)特性 p.77
4-6 粒界領域のピンカ密度FpのBinter依存性 p.78
4-7 まとめ p.79
参考文献 p.80
第5章 多結晶YBa2Cu3O7-δの局所臨界電流密度の磁場依存性-測定法- p.81
5-1 緒言 p.81
5-2 Jct測定法 p.81
5-2-1 多結晶試料の粒界領域の磁化Minter p.81
5-2-2 特性磁場HpおよびHs p.82
5-2-2-1 Full penetration field Hp p.82
5-2-2-2 Remnant magnetization saturating field Hs p.84
5-2-3 臨界状態モデル p.86
5-2-4 臨界状態モデルパラメータJoおよびBoの決定 p.87
5-3 試料および実験方法 p.87
5-4 実験結果 p.88
5-4-1 磁化ヒステリシス p.88
5-4-2 有効透磁率μ p.89
5-4-3 残留磁化曲線 p.89
5-4-4 臨界状態モデルパラメータJoおよびBo p.89
5-5 まとめ p.90
参考文献 p.91
第6章 多結晶YBa2Cu3O7-δの局所臨界電流密度の磁場依存性-微細構造との相関- p.92
6-1 緒言 p.92
6-2 実験 p.93
6-2-1 試料作製 p.93
6-2-2 局所Jct測定 p.93
6-3 実験結果 p.94
6-3-1 磁化ヒステリシスM(μ0H)と有効透磁率μ p.94
6-3-2 平均粒子径D p.94
6-4 局所JctのD依存性 p.96
6-4-1 粒界領域の磁化ヒステリシスMinter(μ0H) p.96
6-4-2 臨界状態モデルパラメーターJoおよびBoのD依存性 p.97
6-5 まとめ p.99
参考文献 p.100
第7章 総括 p.101
本研究に関する論文発表 p.103
謝辞 p.104
超伝導現象の最大の特徴は、抵抗ゼロで直流電流を流せることにあり、その最大電流密度を輸送臨界電流密度(transport critical current density : Jct)という。超伝導体の工業的応用は、このJctの値をいかに高くできるかにかかっている。
高温超伝導体を線材として応用する場合、ある程度の応力や歪みに耐え、かつ長い線材を容易に作製できなくてはならないことから、このような要求を満たすのは多結晶試料であると言われている。しかしながら、結晶粒界が高Jct化を妨害するという問題がある。また、現在までに報告されている多結晶高温超伝導体のJct特性は、試料に直接通電する4端子法の測定結果がほとんどであり、磁気的に測定された詳細な報告例は少ない。
本論文は、多結晶高温超伝導体のJctの支配要因を明らかにする事を目的として、結晶粒界における磁化特性を定量解析したものである。現在、結晶粒界の研究が最も進んでいる高温超伝導体は、YBa2Cu3O7-δ(Y123)であることから、Y123焼結体試料を研究対象としている。測定は、印加磁場が結晶粒子の下部臨界磁場よりも低い磁場領域で行っている。これは、磁束が結晶粒界部にのみ侵入している状態での測定であり、粒界領域のみの情報を得るためである。
第1章『序論』では、高温超伝導体の結晶粒界に関する研究の現状を述べ、Jctの最も一般的な評価法である4端子法の問題点を挙げている。
第2章『多結晶高温超伝導体の磁束密度分布』では、磁束の侵入過程を調査する目的で、ホール素子を用いて磁束密度分布を測定している。この結果、磁束密度分布には、結晶粒子間を流れる電流および粒子内を環流する電流だけでなく、それらの相互作用も重要な役割を果たしていることを明らかにしている。また、粒界における磁束の侵入過程が臨界状態モデルで解析可能であることを実験的に証明している。
第3章『臨界状態モデルによる磁化ヒステリシスのシミュレーション』では、粒界における磁化過程の定量解析を目的として、4つの臨界状態モデル ; Beanモデル(BM)、Kimモデル(KM)、exponentialモデル(EM)、およびModified-Kimモデル(MKM)を用いて、磁化ヒステリシスM(μoH)のシミュレーションを行っている。
まず、2つの特性磁場HpおよびHsを定義する。
Hp : 試料中心に磁束の先端が到達したときの外部磁場。
Hs : 試料中心の磁束密度がμoHpのときの外部磁場。
特性磁場の比Hs/Hpをパラメータとしてシミュレーションを行った結果、KM、EM、およびMKMにおいて、Hs/Hpの増加とともにヒステリシスがおおきくなり、Hs/Hp=2のときがBMに対応することを見いだしている。また、Hs/Hpを一定としてKM、EM、およびMKMのM(μoH)を比較した結果、その差は高磁場側(H>2Hp)で現れ、KM、MKM、EMの順にヒステリシスが小さくなることが判明し、モデル間の違いを明らかにしている。
第4章『多結晶YBa2Cu3O7-δの臨界状態』では、多結晶Y123の粒界磁化過程に最も良く適合するモデルの検討を行っている。粒界領域の磁化ヒステリシスと第3章での計算結果のfittingを行った結果、EMが最も良く適合するモデルであることを明らかにしている。
第5章『多結晶YBa2Cu3O7-δの局所臨界電流密度の磁場依存性-新規な測定法-』では、EM[Jct=Joexp(-Binter/Bo)]を援用して、局所Jctを磁気的に評価する新規な方法を提案している。ここで、Binterは粒界領域の局所磁束密度、JoはBinter=0でのJct、BoはJctのBinter依存性を決定する定数である。この新規法は、第3章で定義した試料の特性磁場HpおよびHsを、それぞれ磁化ヒステリシスおよび残留磁化曲線から測定し、これらをEMに基づいた臨界状態方程式に代入して、モデルパラメータJoおよびBoを決定する方法である。4端子法で測定される臨界電流密度は、局所Jctの平均値であるのに対し、この方法では局所Jctそのものが評価できる。すなわち、ここで提案した方法は、4端子法では測定できないJctの磁場依存性を精度良く測定できる有用な方法であることを明らかにしている。
第6章『多結晶YBa2Cu3O7-δの局所臨界電流密度の磁場依存性-微細構造との相関-』では、第5章で提案した方法で測定したJct特性を基に、粒界における磁束構造と微細構造との関連を調査している。この結果、多結晶高温超伝導体のJoおよびBoの支配要因は、それぞれ結晶粒子同士の接触面積および結晶粒子径であることを明らかにしている。これは、高密度試料において、結晶粒子が小さいほど粒界のピン力密度が高くなることを示唆している。多結晶試料のJctは、粒界におけるJosephson-vortexのデピンニングにより決定されることを考慮すると、粒界でのピン力密度の増加は高Jct化につながる。ここでは、多結晶高温超伝導体の高Jct化には結晶粒子サイズの縮小が有効であることを提唱している。
第7章『総括』では、本論文で得られた研究成果を要約している。