パルスエキシマレーザーデポジション法による機能性薄膜の作製に関する研究
氏名 広島 安
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第95号
学位授与の日付 平成9年3月25日
学位論文の題目 パルスエキシマレーザーデポジション法による機能性薄膜の作製に関する研究
論文審査委員
主査 助教授 石黒 孝
副査 教授 一ノ瀬 幸雄
副査 教授 八井 浄
副査 教授 濱崎 勝義
副査 助教授 伊藤 義郎
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目次
第1章 序論
1.1 本研究の背景 p.1
1.2 2PLD法の現状課題と本研究の目的 p.5
1.3 本論文の構成 p.7
1.4 参考文献 p.10
第2章 金属薄膜形成におけるターゲット表面変化と膜構造
2.1 緒言 p.13
2.2 実験方法 p.14
2.3 実験結果と考察 p.17
(1)レーザー照射によるターゲット表面変化と膜厚分布 p.17
(2)照射回数の増加に伴うターゲット表面変化と膜質との関係 p.23
2.4 結言 p.30
2.5 参考文献 p.33
第3章 雰囲気制御PLD法による酸化物・窒化物膜の合成と膜質
3.1 Si(100)上へのMgO(200)高配向膜の形成 p.34
3.1.1 緒言 p.34
3.1.2 実験方法 p.35
3.1.3 実験結果と考察 p.38
3.1.4 結言 p.55
3.1.5 参考文献 p.57
3.2 Si(100)上へのNbN/MgO連続成膜 p.59
3.2.1 緒言 p.59
3.2.2 実験方法 p.60
3.2.3 実験結果と考察 p.63
(1)MgO(200)単結晶基板上へのNbNx膜の形成 p.63
(2)雰囲気制御PLD法によるNbN/MgO連続成膜 p.65
3.2.4 結言 p.72
3.2.5 参考文献 p.75
3.3 雰囲気制御によるSiOxNy傾斜組成膜の作製 p.77
3.3.1 緒言 p.77
3.3.2 実験方法 p.79
3.3.3 実験結果と考察 p.82
(1)SiOxNy傾斜祖成膜の作製 p.82
(2)エクリプス(日食)法における雰囲気ガス種の影響 p.85
3.3.4 結言 p.92
3.3.5 参考文献 p.95
第4章 低温凝集体窒素ターゲットを用いたPLD法による窒化膜の作製
4.1 凝集体窒素の形成とレーザー励起 p.96
4.1.1 緒言 p.96
4.1.2 低温凝集体形成装置の作製 p.96
4.1.3 実験方法 p.108
4.1.4 実験結果と考察 p.110
(1)凝集体窒素のレーザー励起 p.110
(2)α発光強度の時間的挙動 p.119
(3) アブレーション粒子の質量分析 p.121
4.1.5 結言 p.124
4.1.6 参考文献 p.126
4.2 凝集体窒素を用いたNbN、BN膜の作製 p.129
4.2.1 緒言 p.129
4.2.2 実験方法 p.130
4.2.3 実験結果と考察 p.133
(1)凝集体窒素ターゲットを用いたNbNx膜の形成 p.133
(2)凝集体窒素ターゲットを用いたBN膜の形成 p.136
4.2.4 結言 p.141
4.2.5 参考文献 p.142
第5章 総括 p.144
謝辞 p.148
本研究に関する発表論文 p.149
パルスレーザーデポジション(PLD)法は他の成膜手法に比べ多くの優れた特徴を持ち、現在では機能性薄膜の作製手法の一つとして広く適用されている。しかしスプラッシング粒子の付着や化合物膜の組成ずれ等の膜質に関する諸問題が存在し、これらの解決が大きな課題となつている。また更に高配向膜の作製については基板温度の低温化等が技術的課題として残されており、これらの課題解決による本手法の適応範囲の拡大が望まれていた。
本論文は上記課題解決を目的に「パルスエキシマレーザーデポジション法による機能性薄膜の作製に関する研究」と題して、金属、酸化物、窒化物を対象とした成膜実験を実施し、PLD法の基本構成要素(レーザー、ターゲツト、雰囲気)の条件と膜質(膜構造、組成、配向性)との関連を系統的に調査・検討した結果をまとめたもので、5章より構成されている。
第1章は序論で、まず本研究の背景としてPLD法の位置づけ、基本構成、特徴について概観した。そして前記の各課題をPLD成膜技術の観点から捉え直し、それらの課題解決を本研究の目的として述べた。
第2章ではレーザー照射にともなう金属ターゲットの表面変化を観察し、それが溶融痕跡形態からレーザーコーン形態へ変化することを見出した。そしてその変化は膜構造の変化(アモルファス構造から多結晶構造)と相関している事実を明らかにした。更にこれを踏まえて実施した回転ターゲットによる成膜実験では、スプラッシング粒子発生の一因であるレーザーコーン形態の形成を抑制できる事を実証した。
第3章では雰囲気ガスの導入を伴う雰囲気制御PLD法により酸化物・窒化物膜の作製を実施し、基板温度の低温化および組成ずれに関する課題について検討した。まずはじめに実施した酸素ガスの導入によるSi(100)上へのMgO(200)高配向膜の作製では、PLD法の制御パラメーター(基板温度、雰囲気圧力、照射エネルギー密度)について系統的な成膜実験を行い、各条件とMgO膜の配向性との関係を明らかにした。そしてこれらの条件を最適化することにより、従来に比べ低い基板温度(300℃)においてMgO(200)高配向膜の形成が実現可能であることを示した。NbN膜の作製では、反応ガスとして窒素を使用して前述のMgO(200)高配向膜上の連続成膜を試み、窒素圧力に対するNbN膜の膜質変化について評価した。その結果、成膜時の比較的高い窒素圧力によってNbN膜中の窒素欠損を補償できることが明らかになったが、同時に不純物(酸素、カーボン)の混入も顕著に見られ、雰囲気制御PLD法による良質な窒化膜の合成が困難であることが判明した。この不純物混入の原因は、雰囲気圧力の増加によりアブレーション粒子と雰囲気ガス粒子との衝突頻度が増し、成膜装置内に存在する不純物の成膜プロセスへの影響が顕在化したためと考えられる。SiOxNy傾斜組成膜の作製においては、窒化物ターゲットSi3N4を使用し、成膜中の酸素雰囲気圧力の変化による組成制御を試みた。その結果、低い酸素圧力下(~真空中)での膜の著しい窒素欠損が確認され、ターゲットと膜との組成ずれが生じる事が判明した。また比較的高い雰囲気圧力下(~1×10の-1乗Torr)で行ったエクリプス法による成膜実験では、アブレーション粒子と雰囲気ガス粒子との多重衝突により、膜の汚染が増加することを明らかにした。この結果は先に述べたNbN膜の汚染の原因とも共通する問題である。以上のことからPLD法による窒化膜の作製においては、不純物が混入しない比較的低い雰囲気圧力において効率的に窒化プロセスを促進し、膜の窒素欠損(組成ずれ)を補償する成膜方法を用いることが重要であることを述べた。
第4章では第3章で明らかにした窒化膜形成における「窒素欠損」と「不純物の混入」の2つの課題を同時に解決するため、新たな手法として「低温凝集体窒素ターゲットを用いたPLD法」を提案し、具現化した。この手法はこれまで雰囲気ガスとして捉えていた窒素を低温凝集・固定し、粉体ターゲットとしてPLD法に取り入れる全く新しい手法である。ここではまず今回作製した低温凝集体形成装置、およびそれによって形成した凝集体窒素のみを対象としたエキシマレーザーの照射実験について述べた。そして凝集体窒素とそれを形成している下地ターゲット(Nbまたは六方晶BN)との同時アブレーションによるNbN膜およびBN膜の成膜実験では、従来より低い雰囲気圧力下で窒化プロセスが進行し、そして同時に不純物混入の低減化が実現できることを示した。以上のことから低温凝集体ターゲットを用いたPLD法の雰囲気制御PLD法に対する優位性を実証し、これまで困難であった窒化膜の作製法として、本手法が極めて有効であることを述べた。
第5章では本研究の成果を総括した。その中では特に、本研究がPLD成膜技術における各課題の解決を図り、PLDプロセスに対する理解をより一層の明確にしたこと、そしてその成果は本研究で対象とした特定の物質の合成だけでなく、他の多くの機能性薄膜の作製に適用されるべきものであることを結論として述べた。