電子移動型反応による高選択的環化反応に関する研究
氏名 宮崎 岳志
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第574号
学位授与の日付 平成23年3月25日
学位論文題目 電子移動型反応による高選択的環化反応に関する研究
論文審査委員
主査 准教授 前川 博史
副査 教授 塩見 友雄
副査 教授 五十野 善信
副査 准教授 竹中 克彦
副査 准教授 河原 成元
副査 長岡技術科学大学名誉教授 西口 郁三
[平成22(2010)年度博士論文題名一覧] [博士論文題名一覧]に戻る.
目次
序論 p.1
第1章 金属マグネシウムを用いたケトエステルの分子内環化反応 p.15
1.1 緒言 p.15
1.2 結果および考察 p.21
1.2.1 金属Mg還元法による芳香族δ-ケトエステルの分子内環化反応 p.21
1.2.1.1 金属Mg還元法による分子内ケトエステル環化反応の反応条件の最適化 p.21
1.2.1.2 反応の基質一般性について p.25
1.2.1.3 炭素鎖の長さの検討 p.26
1.2.1.4 多環式化合物合成への応用 p.27
1.2.2 金属Mg還元法による芳香族δ-ケトジエステルの分子内環化反応 p.28
1.2.2.1 金属Mg還元法による分子内ケトジエステル環化反応の反応条件の最適化 p.28
1.2.2.2 反応の基質一般性について p.31
1.3 反応機構 p.33
1.3.1 還元電位 p.33
1.3.2 反応機構 p.34
1.3.2.1 金属Mg還元法による分子内ケトエステル環化反応の反応機構 p.34
1.3.2.2 ビシクロ化合物の立体化学 p.35
1.3.2.3 金属Mg還元法による分子内ケトジエステル環化反応の反応機構 p.35
1.4 実験 p.36
1.4.1 試料 p.36
1.4.2 機器分析 p.36
1.4.3 実験操作および化合物データ p.37
1.5 参考文献 p.45
第2章 電極還元反応による窒素上にアリル基を有する光学活性プロリン誘導体のジアステレオ選択的分子内環化反応 p.47
2.1 緒言 p.47
2.2 結果および考察 p.51
2.2.1 光学活性N-アリル-2-アセチルピロリジンの合成 p.51
2.2.1.1 (S)-N-アリル-2-アセチルピロリジンの合成経路 p.51
2.2.1.2 (S)-N-アリルプロリンエチルエステルの合成 p.52
2.2.1.3 (S)-N-アリル-2-アセチルピロリジンの合成法の検討 p.52
2.2.1.4 種々の(S)-および(R)-N-アルケニル-2-アセチルピロリジン誘導体の合成 p.54
2.2.2 (S)-および(R)-N-アルケニル-2-アセチルピロリジン5の電極還元反応 p.56
2.2.2.1 電極還元反応による環化反応の最適条件の検討 p.56
2.2.2.2 (R)-N-アリル-2-アセチルピロリジン5Raの電極還元法による分子内環化反応 p.59
2.2.3 誘導体の分子内環化反応の検討 p.59
2.2.4 電極還元反応を用いた分子内環化反応における立体化学 p.62
2.2.5 反応機構の考察 p.66
2.3 実験 p.68
2.3.1 試薬 p.68
2.3.2 機器分析 p.68
2.3.3 反応装置 p.69
2.3.4 実験操作及び化合物データ p.69
2.4 参考文献 p.77
第3章 金属マグネシウムを用いたベンサインを経由するDiels-Alder型環化付加反応によるワンポット多置換ナフタロニトリル誘導体合成及びそのナフタロシアニン合成への応用 p.79
3.1 緒言 p.79
3.2 結果及び考察 p.88
3.2.1 Diels-Alder型環化付加反応による多置換ナフタロニトリルの新規合成経路の開発 p.88
3.2.1.1 3,6-ジアルコキシ-4,5ジブロモフタロニトリルの合成 p.88
3.2.1.2 Diels-Alder型環化付加反応による多置換ナフタロニトリルの合成 p.90
3.2.1.3 反応条件の最適化 p.90
3.2.1.4 種々の置換フランとの環化付加反応 p.92
3.2.2 反応中間体の単離及び中間体までの反応機構 p.94
3.2.2.1 含エポキシ環中間体の合成 p.94
3.2.2.2 反応中間体からナフタレン誘導体までの反応機構 p.97
3.2.2.3 金属Mgを用いる含エポキシ環中間体の脱酸素化反応の反応機構 p.100
3.2.2.4 金属Mgを用いるベンザイン構造を経由するDiels-Alder型付加反応の反応機構 p.101
3.2.3 新規ナフタロシアニン類及びフタロシアニン類の合成 p.102
3.4.3.1 ジシアノナフタレン誘導体のナフタロシアニン化 p.104
3.4.3.2 5,8-ジ置換ナフタレン誘導体のナフタロシアニン化 p.104
3.4.3.3 6,7-ジ置換ナフタレン誘導体のナフタロシアニン化 p.109
3.4.3.4 エポキシ環含有フタロシアニン誘導体の合成 p.112
3.5 実験 p.117
3.5.1 試薬 p.117
3.5.2 機器分析 p.117
3.5.3 実験操作および化合物のデータ p.118
3.6 参考文献 p.134
総括 p.137
謝辞 p.139
主要論文目録 p.140
学会発表リスト p.143
従来の有機合成反応では、目的物を得るために高温や高圧などの過激な反応条件を必要としたり、有害あるいは不安定な反応剤の使用を余儀なくされたり、多段階の工程を要したりする例が多く、安全性や自然環境に与える負荷の軽減などに関しては軽視される傾向があった。しかし、大気汚染、水質汚染や地球温暖化など環境問題が取り上げられる昨今、グリーンケミストリーの観点から低環境負荷かつ短い工程で如何に効率的に目的物を合成できるかが重要な課題となっている。これらの問題点を解決に導く一つの方法として電子移動型反応がある。有機電極反応は電極上での電子移動により活性種を発生させ、有機合成の手段として利用する環境調和型の電子移動型反応である。一方、還元力の高い金属類を電子源として利用することにより、同様の反応活性種を生成させることも可能である。金属マグネシウムは、希土類金属と比較してもはるかに安価であり、ナトリウムに次いで高い還元力を有しており、常温、常圧下において空気中で発火する恐れはほとんどなく、取扱いが容易かつ安全な生体関連金属であるため、金属マグネシウム還元法もまた優れた環境調和型の電子移動型反応である。
本研究ではこれらの電子移動型反応を用いて炭素―炭素結合形成を伴う環化反応に関する研究を行った。一般に環状化合物を合成する反応は1分子内の2カ所の反応点同士を結合させる分子内環化反応と2分子以上の分子を結合させる分子間環化反応の2つに分類することができる。分子内環化反応は1分子内で起こる反応であることから大環状化合物合成にも比較的適している。対する分子間環化反応は2つ以上の分子が結合することで環状構造を形成することから、反応基質の種類を変えることによって得られる生成物の種類の幅を大きく広げることができるという優位性がある
第1章では1分子内に芳香族カルボニル基とエステルを有する化合物の金属マグネシウムを用いた電子移動型還元反応による分子内環化反応について述べる。クロロトリメチルシラン存在下、N,N-ジメチルホルムアミド中でケトエステル類に対して金属マグネシウムからの電子移動型反応による分子内環化反応を行ったところ、酸素がトリメチルシリル化された環化中間体の混合物が生成し、続く酸加水分解によって脱トリメチルシリル化が起こり環状アシロイン誘導体が生成した。また、環状ケト基を含む基質を用いたところ、同様の反応が進行し3環式生成物が得られた。この3環式生成物のヒドロキシル基と隣接する炭素上の水素の立体化学はcisであった。さらに基質にケトジエステル類を用いた場合も環化反応が進行し、続く酸加水分解過程で脱トリメチルシリル化ならびにエステルの加水分解、さらに脱炭酸および脱水が起こり、シクロペンテノン誘導体が選択的に得られることを見出した。本反応では既に一部報告がある電極還元法やヨウ化サマリウム法と比べ、容易にかつ好収率にて環化生成物が得られる。
第2章では電極還元反応を用いた光学活性プロリン誘導体の窒素上のアリル基と2位のカルボニル基とのカップリングによるジアステレオ選択的な分子内環化反応について詳述する。光学活性プロリン由来のアリルケトン誘導体に対して、電極還元反応による環化反応を検討したところ、ピロリジン誘導体が良好な収率で、かつジアステレオ選択的に得られることを見出した。さらに種々の誘導体に対して同様の電極還元反応を行ったところ、対応する環化生成物が得られ、結晶性の良い生成物に対して単結晶X線構造解析を行い、立体配座を決定した。本反応はキラルプール法およびジアステレオ選択的な電子移動型分子内環化反応によって対応する3つの不斉中心を有する環化生成物を立体選択的に合成できる希有な反応であると言える。
第3章では金属マグネシウムを用いたベンザインを経由するDiels-Alder型環化付加反応と、それに続く金属マグネシウムからの電子移動型還元反応によるワンポット多置換ナフタロニトリル誘導体合成法の開発とナフタロシアニン合成への応用について詳述する。2,3-ジシアノヒドロキノンを出発物質とし、環の臭素化、Mitsunobu反応によるヒドロキシ基のアルコキシ基への変換、金属マグネシウムによるベンザイン発生を伴うDiels-Alder型付加反応によりフラン付加体を合成し、さらに金属マグネシウムからの電子移動型還元反応によるフラン由来の酸素原子の脱酸素化反応を行うことにより対応する多置換ジシアノナフタレン誘導体を合成した。本反応では過去に報告されている反応と比較して、反応の段階数の削減、化合物の全収率の向上、及び反応の操作性の向上に成功した。得られたナフタレン環の6,7位に置換基を有するジシアノナフタレン誘導体については目的とする多置換ナフタロシアニンに変換することができた。また中間体である5,8位に置換基を有するフラン付加体については対応する多置換フタロシアニン誘導体が得られることを見出した。
本論文は、「電子移動型反応による高選択的環化反応に関する研究」と題し、3章より構成されている。電子移動型反応における反応活性種は通常一電子ずつの移動によって生成するため、従来の有機化学における手法とは異なり、ラジカルイオンという特異な電子状態や反応性を示す活性種の生成が期待できる。本論文では、電極還元反応もしくは金属マグネシウムを電子供給源とした還元反応によって生成したアニオン性反応活性種を利用し、炭素―炭素結合形成を伴う環化反応に応用する研究を行っている。
第1章では1分子内に芳香族カルボニル基とエステルを有する化合物の金属マグネシウムを用いた電子移動型還元反応による分子内環化反応について詳述している。申請者はケトエステル類に対してクロロトリメチルシラン存在下、N,N-ジメチルホルムアミド中で金属マグネシウムからの電子移動型反応による分子内環化反応を行ったところ、酸素がトリメチルシリル化された環化中間体の混合物が生成し、続く酸加水分解によって脱トリメチルシリル化が起こり環状アシロイン誘導体が生成することを見いだした。
第2章では電極還元反応を用いた光学活性プロリン誘導体の窒素上のアリル基と2位のカルボニル基とのカップリングによるジアステレオ選択的な分子内環化反応について報告している。申請者は光学活性プロリン由来のアリルケトン誘導体に対して、電極還元反応による環化反応を検討したところ、ピロリジン誘導体が良好な収率で、かつジアステレオ選択的に得られることを見出した。さらに申請者は種々の誘導体に対して同様の電極還元反応を行ったところ、対応する環化生成物が得られ、結晶性の良い生成物に対して単結晶X線構造解析を行い、立体配座を決定した。本反応は電子移動型分子内環化反応によって対応する3つの不斉中心を有する環化生成物を立体選択的に合成できる希有な反応である。
第3章では金属マグネシウムを用いたベンザインを経由するDiels-Alder型環化付加反応と、それに続く金属マグネシウムからの電子移動型還元反応によるワンポット多置換ナフタロニトリル誘導体合成法の開発とナフタロシアニン合成への応用について述べている。申請者は2,3-ジシアノヒドロキノンを出発物質とし、環の臭素化、光延反応によるヒドロキシ基のアルコキシ基への変換、金属マグネシウムによるベンザイン発生を伴うDiels-Alder型付加反応によりフラン付加体を合成し、金属マグネシウムからの電子移動型還元反応によるフラン由来の酸素原子の脱酸素化反応を行うことにより対応する多置換ジシアノナフタレン誘導体を合成した。また申請者は得られたナフタレン環の6,7位に置換基を有するジシアノナフタレン誘導体について目的とする多置換ナフタロシアニンに変換した。さらに中間体である5,8位に置換基を有するフラン付加体については対応する多置換フタロシアニン誘導体が得られることを見出している。
よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。