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展伸用アルミニウム合金の加工熱処理による機械的性質の改善

氏名 八太 秀周
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第283号
学位授与の日付 平成22年6月16日
学位論文題目
論文審査委員
 主査 教授 鎌土 重晴
 副査 教授 福澤 康
 副査 准教授 南口 誠
 副査 准教授 宮下 幸雄
 副査 教授 東京工業大学大学院理工学研究科教授 里 達雄

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目次
第1章 序論
 1.1 緒言 p.1
 1.2 展伸用アルミニウム合金の種類と用途 p.1
 1.3 展伸用アルミニウム合金の課題 p.2
 1.4 アルミニウム合金の固溶・析出に関する過去の研究 p.4
 1.4.1 Al-Mn系合金 p.4
 1.4.2 Al-Mg-Si系合金 p.5
 1.5 本研究の目的とその成果 p.10
 1.6 本研究の構成 p.12
第2章 Al-Mn系合金押出材の耐クリープ性の改善 p.16
 2.1 緒言 p.16
 2.2 実験方法 p.17
 2.3 実験結果および考察 p.19
 2.3.1 組織制御材のミクロ組織 p.19
 2.3.2 クリープ特性および引張特性 p.22
 2.4 小括 p.28
第3章 Al-Mg-Si系合金押出材の二段時効特性 p.30
 3.1 緒言 p.30
 3.2 実験方法 p.31
 3.3 実験結果および考察 p.34
 3.3.1 T6処理後の強度に及ぼす自然時効の影響 p.34
 3.3.2 「正負の効果」が発現する合金比較 p.41
 3.4 小括 p.50
第4章 Al-Mg-Si系合金板のバークハード性に及ぼすマグネシウムとシリコン添加量および自然時効の影響 p.52
 4.1 緒言 p.52
 4.2 実験方法 p.53
 4.3 実験結果および考察 p.55
 4.3.1 マグネシウムおよびシリコン添加量の影響 p.55
 4.3.2 自然時効温度の影響 p.62
 4.4 小括 p.68
第5章 Al-Mg-Si系合金板のバークハード性に及ぼす高温予備時効とその前後の自然時効の影響 p.70
 5.1 緒言 p.70
 5.2 実験方法 p.71
 5.3 実験結果および考察 p.73
 5.3.1 三段時効 p.73
 5.3.2 四段時効 p.81
 5.4 小括 p.85
第6章 銅を添加したAl-Mg-Si系合金板のバークハード性に及ぼす自然時効と高温予備時効の影響 p.87
 6.1 緒言 p.87
 6.2 実験方法 p.88
 6.3 実験結果および考察 p.90
 6.3.1 自然時効の影響 p.90
 6.3.2 高温予備時効材 p.99
 6.4 小括 p.104
第7章 総括 p.106
謝辞 p.110

最近,軽量なアルミニウム合金は,自動車のボディやフレームとして適用されはじめ用途が拡大している。それに伴い高強度化や高品質化が求められている。アルミニウム合金の機械的性質は,合金組成のみでなく,熱処理や加工条件とも関係していることから,機械的性質改善に向けた指針を明確にする必要がある。本研究では製造時の溶質元素の存在状態およびミクロ組織に着目し,強度向上および安定化に必要な組織制御のための要素技術の確立を目的とした。

 第1章は序論であり,展伸用アルミニウム合金の種類や適用事例,研究動向と課題を述べるとともに研究の目的と効果を示した。

 第2章および第3章は押出材に関する研究である。アルミニウムへのマンガンの添加は,組織を制御する上で重要な因子の一つである。そこで,第2章ではAl-Mn合金押出材の高温クリープ特性と材料組織との関係について,マンガンの固溶および析出を利用してミクロ組織を制御した材料を比較することにより検討した。サブグレインを有する繊維状組織を形成させることにより,200℃での高温クリープ強度が再結晶組織を有する合金より向上し,さらにアルミニウム母相中のマンガン固溶量を高めることで特性を改善できることを見出した。特に繊維状組織による特性向上の効果が大きいことから,均質化処理などの製造工程において,マンガンの固溶・析出を制御し,適正なミクロ組織にすることが重要であることを明らかにした。

 第3章ではAl-Mg-Si合金押出材の自動車用フレームとしての適用を拡大するため,マグネシウムおよびシリコン添加量を広範囲に変化させたAl-Mg-Si系合金押出材について検討した。低濃度の合金では,自然時効温度が5~40℃のいずれの場合でも正の効果が確認され,自然時効温度の影響は小さいことが明らかとなった。DSC分析の結果,β"相に相当するピークは認められないことから,自然時効に影響されやすいβ"相が析出しないか,あるいは析出が極めて少ないため,自然時効の温度の影響がないと考えられる。高濃度の合金では,Mg2Si量が多いほど,また自然時効温度が低いほど負の効果が顕著であった。これはDSC分析において溶体化処理後の自然時効によりβ"相に対応するピークの出現温度が高温に移行することから,主要強化相であるβ"相の析出挙動の変化に対応することを明らかとした。

 第4章,第5章,第6章は自動車のボディ材として利用される板材のベークハード性に関する研究である。第4章ではAl-Mg-Si合金板のベークハード性に関して,MgおよびSi添加量と自然時効の影響について検討した。焼入れ直後にベークハード処理をする場合には,過剰シリコン合金のベークハード性はAl-Mg2Si擬二元系合金よりも大きいものの,自然時効に伴い急激に低下した。これは過剰シリコン合金の方が自然時効中にβ"相に遷移しない安定なクラスタ(1)が多く形成され,強度に寄与するβ"相の析出速度を小さくするためと考えられる。一方でMg2Si量が少ない過剰シリコン合金をピーク時効処理した場合には,自然時効の影響は小さいことから,ベークハード処理とピーク時効処理とでは,自然時効に伴う強度低下の傾向が異なった。以上の結果より合金組成と自然時効条件を複合的に考慮する必要性を明らかにした。

 第5章ではAl-Mg-Si系合金板に高いベークハード性を安定して付与することを目的として,ベークハード性に及ぼす高温予備時効とその前後の自然時効の影響について検討した。焼入れ直後に100℃から170℃の高温予備時効処理を行うことにより,自然時効後でも高いベークハード性が得られた。100℃の高温予備時効処理において,高温予備時効時間が短い場合には高ベークハード性を得るための自然時効時間が限定されることを明らかにした。これは自然時効が一定時間を越えるとβ"相に遷移しないクラスタ(1)の生成が生じるためと考えられる。高温予備時効処理を開始するまでに自然時効が存在すると,高温予備時効を施しても高いベークハード性が得られないことも確認された。これらのメカニズム解明が,現在の自動車ボディ材の安定生産の基礎となっている。

 第6章では成形性が良好な銅を添加したAl-Mg-Si系合金板について,ベークハード性に及ぼす自然時効と高温予備時効の影響について検討した。銅の添加および高温予備時効の適用より,高いベークハード性が維持できることを明らかにした。

 第7章では,本研究で得られた結果を要約し,総括した。

 以上のように,展伸用アルミニウム合金では溶質原子の固溶・析出状態により,機械的性質が大きく変化することから,合金組成の調整のみならず合金組成に適した熱処理および加工条件を設定することで,さらなる性質の向上が図れる。これらの技術を応用することにより,一層の高強度化が可能であり,その成果を利用した自動車の軽量化などが達成でき,エネルギーの消費削減やCO2の排出削減へつながるものと期待できる。

本論文は、「展伸用アルミニウム合金の加工熱処理による機械的性質の改善」と題し、7章より構成されている。第1章「序論」では、展伸用アルミニウム合金のプロセス-組織-特性の関係に関する従来の研究の概要を示すとともに、本研究の目的と範囲を述べている。
第2章ではAl-Mn合金押出材の高温クリープ特性と材料組織との関係について調べ、サブグレインを有する繊維状組織を形成させ、さらにアルミニウム母相中のマンガン固溶量を高めることで耐熱性を改善できることを見出している。
第3章ではAl-Mg-Si合金押出材の主要析出強化相であるβ”相の析出挙動に及ぼす合金元素の影響を調べ、低濃度合金では自然時効による正の効果が、高濃度合金ではMg2Si量が多いほど、また自然時効温度が低いほど自然時効による負の効果が顕著に現れることを明らかとしている。
第4章ではAl-Mg-Si合金板のベークハード(BH)性に及ぼすMgおよびSi添加量と自然時効の影響について検討している。焼入れ直後にBH処理をする場合には、過剰シリコン合金のBH性がAl-Mg2Si擬二元系合金よりも大きいものの、自然時効を施した場合、β"相に遷移しない安定なクラスタ(1)が多く形成され、強度に寄与するβ"相の析出が遅くなるため、BH性は急激に低下するなど、通常のピーク時効特性とは異なることを見出し、合金組成と自然時効条件を複合的に考慮する必要性を明らかにしている。
第5章では高いBH性を有するAl-Mg-Si系合金板製造のための熱処理条件の確立を目指して、BH性に及ぼす高温予備時効とその前後の自然時効の影響について詳細に検討している。焼入れ直後に100℃~170℃の高温予備時効処理を施すことにより、β"析出強化相へと遷移するクラスタ(2)が多く形成され、自然時効後でも高いBH性が得られるものの、高温予備時効処理前に自然時効が存在する場合、高温予備時効による高いBH性は得られないことを明らかにしている。
第6章では銅を添加したAl-Mg-Si系合金板のBH性に及ぼす自然時効と高温予備時効の影響について検討し、銅添加および高温予備時効の適用より、Al-Mg-Si三元系合金より高いBH性が得られることを明らかにしている。
第7章では,本研究で得られた結果を要約し、総括している。
以上のように、本論文では展伸用アルミニウム合金中の溶質原子の固溶・析出状態に着目した加工熱処理条件の最適化により更なる機械的性質の向上が可能であることを明らかにするとともに、その量産技術への適用の可能性を見出している。よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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