認知症診断治療の工学的支援手法に関する研究
氏名 内山 尚志
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第287号
学位授与の日付 平成22年9月8日
学位論文題目 認知症診断治療の工学的支援手法に関する研究
論文審査委員
主査 教授 福本 一朗
副査 教授 浦上 克哉
副査 教授 和田 安弘
副査 教授 湯ノ口 万友
副査 准教授 高原 美規
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1章 序論 p.1
1.1 研究全体の背景
1.2 研究全体の目的
【1章の参考文献】
2章 認知症 p.9
2.1 認知症の定義
2.2 認知症の症状
2.2.1 認知症の中核症状
2.2.2 認知症の周辺症状
2.3 認知症の病因疾患
2.3.1 脳血管性認知症
2.3.2 アルツハイマー型認知症
2.3.3 レビー小体型認知症
2.3.4 前頭葉型認知症
2.4 認知症の診断
2.4.1 認知症の診断基準
2.4.2 認知症重症度(認知機能)評価
2.4.3 画像診断
2.4.4 脳波
2.4.5 認知機能と認知リハビリテーション
【2章の参考文献】
3章 認知機能経時変化 p.31
3.1 背景
3.2 目的
3.3 実験方法
3.4 結果
3.5 考察
3.6 結論
【3章の参考文献】
4章 Stroop課題を用いた認知症評価 p.42
4.1 早期認知症評価のためのStroop課題を用いた新しい評価システムの提案
4.1.1 研究の背景
4.1.2 研究の最終目的
4.1.3 Stroop効果
4.2 Stroop効果と認知症重症度(MMSE)の関係の評価
4.2.1 目的
4.2.2 実験方法
4.2.3 結果
4.2.4 考察
4.2.5 結論
4.3 HDS-RとStroop課題との相関
4.3.1 目的
4.3.2 実験方法
4.3.3 結果
4.3.4 考察
4.3.5 結論
4.4 HDS-RとStroop効果との重回帰分析
4.4.1 目的
4.4.2 実験方法
4.4.3 結果
4.4.4 考察
4.4.5 結論
4.5 HDS-RとStroop課題との重回帰分析
4.5.1 目的
4.5.2 実験方法
4.5.3 結果
4.5.4 考察
4.5.5 結論
4.6 Stroop課題HDS-R回帰方法の検討
4.6.1 目的
4.6.2 実験方法
4.6.3 結果
4.6.4 考察
4.6.5 結論
4.7 Stroop課題における色種の検討
4.6.1 目的
4.6.2 実験方法
4.6.3 結果
4.6.4 考察
4.6.5 結論
4.8 Stroop課題遂行時間前後比による認知症発症モデルの提案
4.6.1 目的
4.6.2 実験方法
4.6.3 結果
4.6.4 考察
4.6.5 結論
4.9 Stroop課題による早期認知症診断システムの試作
4.6.1 目的
4.6.2 実験方法
4.6.3 結果
4.6.4 考察
4.6.5 結論
4.10 今後の世代推移位を見据えた色意識に関する基礎研究
4.10.1 目的
4.10.2 実験方法
4.10.3 結果(評価1)
4.10.4 考察(評価1)
4.10.5 結果(評価2)
4.10.6 考察(評価2)
4.10.7 結果(評価3)
4.10.8 考察(評価3)
4.10.9 結論
【4章の参考文献】
5章 診断パラメータの総合に向けた基礎研究 p.123
5.1 早期認知症検出、客観性向上を目的とした認知症評価パラメータ統合に関する基礎研究
5.1.1 背景
5.1.2 目的
5.1.3 方法
5.1.4 結果
5.1.5 考察
5.1.6 結論
【5章の参考文献】
6章 全体の考察と結論 p.143
謝辞 p.147
本論文は6つの章からなる。各章の内容は以下の通りである。
第1章 序論
本章では,急速な少子高齢化による介護を必要とする高齢者の現状を説明すると共に,リハビリ医学,疫学調査,再生医学の最新の研究結果から認知症による認知機能低下の抑止,改善の可能性について説明している。また本研究に関係するこれまでの研究(散歩の徘徊抑制効果,DHA摂取による認知症進行抑止効果,認知症に対する経穴刺激効果,音楽療法の基礎研究)について若干触れている。
第2章 認知症
認知症に関する知識を説明すると共に,現在アルツハイマー病において最も信じられているβアミロイド仮説に対し新薬開発失敗の結果から疑問を呈した。
第3章 認知機能経時変化
従来悪化する一方であるとされていた認知症の認知機能に対し,改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)を用い1日3回1週間連続して機能評価を行った。その結果日内で有意な周期性を示す患者や,一般に±2点以内と言われる変動幅を越える有意な上昇を示す患者が存在する事が示され,認知機能は悪くなる一方であるという考え方は否定された。
第4章 Stroop課題を用いた認知症評価
4.1 早期認知症評価のためのStroop課題を用いた新しい評価システムの提案
第4章にて行う早期認知症評価システムの中心をなす前頭葉の高次機能を反映するStroop課題について説明を行っている。
4.2/4.3 Stroop効果と認知症重症度(MMSR, HDS-R)の関係
システムへの採用に際し,その有用性を検証するため,日本および世界で多用されている認知症重症度評価スケールであるHDS-R,Mini Mental State Examination(MMSE)との相関評価を行った。その結果いずれのスケールともStroop課題のCWcard返答時間との間に有意な高相関が得られた。
4.4/4.5 Stroop課題との重回帰分析
HDS-RおよびMMSEとStroop課題との関係をより深く理解するため,重回帰分析を行った。説明変数に関してはHDS-Rでは各問得点と年齢,性別,MMSEでは説明変数の幅を持たせるためMMSEの問を内容から判断し,時間見当識,場所見当識,記憶,計算,課題遂行の5つにわけ分析を行った。結果として共通して大きな偏回帰係数(絶対値)が得られたパラメータは,時間見当識であった.他のパラメータではHDS-Rでは年齢と言葉の流暢性(問9)で,MMSEでは場所見当識であった。言葉の流暢性とStroopとの高相関はどちらも言語中枢が関与しているためと推察された。
4.6 Stroop課題HDS-R回帰の検討
Stroop課題を用いた評価システムで認知症を検出する際,回帰式が必要となる。ここでは,一次回帰式,二次回帰式,指数回帰式,二段階回帰式によるフィッティング評価を行った。相関係数の大きさから判断して,指数回帰式が最も高かった。認知症による神経脱落を考えると認知症の状態と健常の状態を分けた方がより本質に近い可能性もあるので,二段階一次回帰も採用可能性が残された。
4.7 Stroop課題における色種の検討
伝統的にStroop課題は赤,黄,緑,青の4色が用いられて来た。認知症評価の際この条件が最適なのか刺激色を2,4,8色として検証した。前頭葉の高次機能を反映している事を条件に相関を比較したところ,4色のCWcardの採用が最適とする結果が得られた。
4.8 Stroop課題返答時間前後比による認知症発症モデルの提案
Stroop課題返答時間を前半後半にわけ,その比(課題返答時間前後比)の変動を評価した。健常グループでは加齢によりこの比が低下し,認知症患者では上昇する傾向が示された。これらの傾きの違いから認知症発症モデルを提案した。
4.9 Stroop課題による早期認知症診断システムの試作
これまでの研究結果から,評価システムの試作を行った。当初想定していた安価(市販パーソナルコンピュータにてVisual Basicによりプログラミング),早期評価(Stroop課題採用),試験者影響除去(使用者のみで操作可),簡便操作(タッチパネル導入)の条件を満たすシステムが作製された。
4.10 今後の世代推移を見据えた色意識に関する基礎研究
色に対する意識は時代,環境により大きく異なる。そのため色を扱う本研究では,その状況を事前に把握する必要があり,50?80代の高齢者を対象に,意識調査を行った。加齢により色に対する意識が低下し,色により低下する時期が異なる事も示された。
第5章 診断パラメータの統合に向けた基礎研究
認知症の評価は将来的には異なる評価方法の統合が予想されることから,対光縮瞳反射による生理学的指標とStroop課題による心理学的指標の関係を評価した。高相関だった指標は縮瞳速度と散瞳速度(r=-0.67,-0.63)であり,いずれも自律神経系の拮抗状態が崩れた状態での指標であった。
第6章 全体の考察と結論
ここでは本研究のまとめとして完成した認知症評価システム対応可能領域を示すと共に,今後の評価手法のあるべき方向性について言及している。
本論文は,「認知症診断治療の工学的支援手法に関する研究」と題し,認知症の基礎研究,認知症の早期発見,認知症のリハビリテーションという3つの視点に着目し,工学的支援手法の提案をしている。第1章は日本の少子高齢化による介護問題について概説している。第2章は認知症に関し概説している。第3章では1日3回1週間連続して認知症変動の評価を行い,日内周期性と,週内変動を示すことで,認知機能が変動する事を明らかにした.第4章では早期の認知症評価を目的とし,前頭葉高次機能を反映するStroop課題を用いた評価方法の提案を行った。最初に認知機能評価が可能か認知機能評価に多用されている改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)およびMini Mental State Examination (MMSE)とStroop課題のCWard返答時間との相関を評価したところ,共に有意な相関(r=-0.63,-0.88)を得た.Stroop課題とHDS-R,MMSEとの関係をより深く評価する重回帰分析では,偏回帰係数の大きさから,2つのスケールに共通して時間見当識が関与する事が示された。個別ではHDS-Rでは年齢と言葉の流暢性,MMSEでは場所見当識であった。HDS-RとStroop課題CWcard返答時間との回帰に関しては,一次,二次,指数,二段階(認知症/健常)回帰を行ったが,指数近似が最高相関(r=-0.82)でフィットした。実用化に向けての刺激色数の評価では,2,4,8色の色を採用し評価を行い,相関比較から課題色4色がもっと適している事が示された。以上の結果を踏まえ,Stroop課題を用いた認知症早期評価システムを作製した。本システムは当初の目的通り,安価(市販パーソナルコンピュータを用いVisual Basicによりプログラミング),早期評価(Stroop課題採用),試験者影響除去(使用者のみで操作可),操作簡便(タッチパネル導入)の条件を満たす事が出来た。またこのシステムをリメイクした認知症リハビリシステムも同時に作製した。世代により変化すると予測される色意識に対しては,色意識調査を行った。加齢により色に対する意識が低下し,色により低下する時期が異なる事が示された。第5章では解剖学指標,心理学的指標,生理学的指標など現在それぞれが独立してなされている評価方法の統合を考え,対光縮瞳反射による生理学的指標とStroop課題による心理学的指標の関係を評価した。高相関であった指標は縮瞳速度と散瞳速度(各r=-0.67,-0.63)であり,いずれも自律神経系の拮抗状態が崩れた状態の指標であった。第6章では上記の結果考察を統括し,Stroop課題を用いた早期認知症評価システムの認知症評価の中での位置づけと,今後の方向性が述べられた。
これらの研究は介護の現場に対する工学側からの支援の提案であり,介護の一助となり,また早期認知症統合評価の基礎となると考えられる。従って,申請者が申請した本論文は,工学上および介護学において貢献する所が大きく博士(工学)の学位論文として十分価値を有するものと認める。