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β-1,4-ガラクトース転移酵素Vの基質特異性とその糖鎖の生物学的機能の解明

氏名 熊谷 忠弘
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第585号
学位授与の日付 平成23年3月25日
学位論文題目 β-1,4-ガラクトース転移酵素Vの基質特異性とその糖鎖の生物学的機能の解明
論文審査委員
 主査 教授 古川 清
 副査 教授 渡邉 和忠
 副査 准教授 城所 俊一
 副査 准教授 本多 元
 副査 准教授 高原 美規

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目次
I. 要旨 p.1

II. 略語一覧 p.5

III. 序論 p.7

IV. 材料及び方法 p.15

V. 結果 p.33
 1 β-1,4-ガラクトース転移酵素 V欠損マウスの表現型の解析
 1) 着床前胚の遺伝子型の解析
 2) 着床胚の遺伝子型の解析
 3) 着床胚の形態的解析
 4) 組織化学的解析
 2 β-1,4-ガラクトース転移酵素 Vの基質特異性の解析 p.34
 1) β-1,4-ガラクトース転移酵素 Vヘテロ型マウス臓器を用いた解析
 i. GlcNAcβ-S-pNPへのβ-1,4-ガラクトース転移酵素活性の定量
 ii. レクチンブロット解析
 iii. 糖鎖抗原の解析
 iv. 糖脂質の解析
 2) β-1,4-ガラクトース転移酵素 V欠損マウス胎児を用いた解析 p.36
 i. レクチンブロット解析
 ii. 糖鎖抗原の解析
 iii. ラクトシルセラミド合成活性の解析
 3) β-1,4-ガラクトース転移酵素 V欠損マウス胎児由来繊維芽様細胞を用いた解析 p.38
 i. β-1,4-Galt ファミリーの遺伝子発現の解析
 ii. 糖タンパク質糖鎖のGlcNAc末端の定量解析
 iii. N-型糖鎖の2次元マッピング解析
 iv. レクチンブロット解析
 v. β-1,4-ガラクトース転移酵素活性の定量
 vi. 糖脂質の組成解析
 3 β-1,4-ガラクトース転移酵素 Vが合成する糖鎖の機能解析 p.42
 1) 細胞の形態解析
 2) 細胞増殖の解析
 3) 細胞凝集能の解析
 4) 接着能の解析
 4 B4galt5-/-マウス胎児由来繊維芽細胞の細胞骨格の解析 p.43
 1) B4galt5-/-胎児由来繊維芽細胞の細胞骨格の解析
 2) B4galt5-/-マウス胎児の細胞骨格の解析

VI. 考察 p.45

VII. 謝辞 p.51

VIII. 引用文献 p.53

IX. 図表 p.67

 我々の体は約60兆個の種類・役割の異なる細胞から構築されている。個体を維持してゆくためには、この莫大な数の細胞の多彩な機能が協調し合い、個々の役割を果たす必要がある。細胞の表面は、タンパク質や脂質に糖鎖が結合した複合糖質糖鎖で覆われており、糖鎖は細胞間の接着や、シグナル伝達において重要な役割を果たすことが明らかになってきた。糖鎖の非還元末端にβ1→4様式で結合したガラクトース(Gal)は、糖タンパク質糖鎖のN一型糖鎖のGalβ1→4GIcNAcや、0-型糖鎖コア2構造のGalβ1→4GIcNAc上に、様々な抗原が発現することや、糖脂質のラクトシルセラミド(Lac-Cer,Galβ1→4GIc-Cer)は、糖脂質の基幹構造であることからも重要な構造と考えられる。本研究室はβ1→4の様式で糖鎖に結合したGalに着目した研究を進め、ヒト及びマウスのβ-1,4-ガラクトース転移酵素(β-1,4-GalT)V遺伝子を単離した。本研究では、β-1,4-GalTVの作る糖鎖とその機能を解明するため、β-1,4-GalTVノックアウト(B4galt5-/-)マウスと、その胎児由来繊維芽細胞(MEF細胞)の表現型を解析し、B4galt5-/-MEF細胞を生化学的に解析して、β-1,4-GalT Vの基質特異性を明らかにした。β-1,4-GalTVヘテロ型(B4galt5+/-)うマウス同士の交配により生まれてきたマウスの遺伝子型を解析すると、B4galt5-/-マウスは生まれていなく、胎生期で淘汰されていると考えられた。この結果を受け、B4galt5-/-マウスが淘汰される発生ステージを明らかにするために、B4galt5+/-マウスの卵と精子を用いた体外受精を行い胚盤胞の遺伝子型を解析し、B4galt5-/-差は着床前期の発生を正常に終え、生存していることを明らかにした。B4galt5-/-マウス胎児は着床後に致死となることが示唆されたので、B4galt5+/-マウス同士を交配して胎児を摘出し、胎児の遺伝子型を解析して、胎生11.5日(E11.5)に、B4galt5-/-マウス胎児が淘汰されることを明らかにした。次に、B4galt5-/-マウス胎児の形態と組織形成を解析して、野生型(B4galt5+/+)及びB4galt5+/-マウス胎児と比較して、胎児期の発生が1から1.5日遅延していること、脳(神経管)、心臓、体節の形成に著しい異常があることを見いだした。このマウスが致死となる原因を探るために、これまで詳細が不明であったマウスβ-1,4-GalT Vの基質特異性の解明を試みた。B4galt5-/-MEF細胞を調製しN一型糖鎖と糖脂質の組成、β-1,4-ガラクトース転移活性を生化学的に解析した。B4galt5+/+,B4galt5+/-が及びB4galt5-/-左MEF細胞より、シァル酸を除去した中性のN一型糖鎖を精製して、N一型糖鎖の2Dマッピング解析法により糖鎖構造の組成を比較した。その結果、3試料間のN-型糖鎖の組成に有意な変化は見られなかった。さらに、Galの先に結合するシァル酸の糖鎖修飾を解析するために、B4galt5-/-MEF細胞の糖タンパク質糖鎖をレクチンプロット法で解析した。3試料間のシアリル化に変化は見られなかった。また、MEF細胞のホモジェネートを酵素原とし、β-1,4-GalTVによる糖タンパク質糖鎖へのβ-1,4-GalT活性測定した。GIcNAcβ-SrpNPを基質として測定し、3試料間のβ-1,4-GalT活性を比較解析して、糖タンパク質糖鎖へのβ-1,4-GalT活性に差が無いことを明らかにした。β-1,4-GalTVはN一型糖鎖のガラクトシル化に関与していないことが示された。次に、グルコシルセラミドを基質としたβ-1,4-GalT活性を測定し、糖脂質Lac-Cer合成活性を比較した。B4galt5+/+MEF細胞と比較してB4galt5+/-MEF細胞のLac-Cer合成活性が41%、B4galt5-/-MEF細胞では11%と、有意に抑制されていることを明らかにした。さらに、薄層クロマトグラフィー(TLC)法で中性糖脂質と、Lac-Cerを基幹構造とする酸性糖脂質GM3の合成量を解析すると、Lac-Cer及びGM3が、B4galt5-/-MEF細胞で有意に減少していたことから、マウスβ-1,4-GalTVはLac-Cer合成に関わると結論した。以上の結果から、B4galt5-/-胎児はLac-Cerあるいはガングリオシドの発現の減弱を起因として、胎生期に致死となると考えられた。次に、B4galt5-/-MEF細胞を用い細胞生物学的な解析を行い、β-1,4-GalTVが合成した糖鎖の機能解明を試みた。β-1,4-GalTVが合成するLac-Cerを基幹構造とする糖脂質は、細胞一細胞間、細胞外基質一細胞間の接着に関与する接着分子や、増殖因子受容体の機能を、細胞膜上で調節している可能性が報告されている。そこで、B4galt5-/-MEF細胞の細胞一細胞間及び細胞外基質一細胞間接着能の解析を試みた。B4galt5-/-MEF細胞は、B4galt5+/+,B4galt5+/-MEF細胞と比較して、フィブロネクチンへの接着能が有意に減少し、さらに細胞間の凝集能も有意に減少していることが明らかとなった。MFE細胞を用いた解析から、B4galt5-/-マウス胎児においても、Lac-Cerの合成量が減弱し、細胞間接着に異常が見られると考えられた。B4galt5-/-マウス胎児の組織切片を作製し、ファロイジンでトアクチンを染色すると、B4galt5+/-マウス胎児と比較してB4galt5-/-マウス胎児では、ファロイジンの染色性に減少傾向が見られた。F-アクチンは、接着斑において、Vinculin,talill,PaXilin,FAKなどの細胞接着に関わるシグナル伝達分子と会合することが知られており、これらの細胞骨格分子のノックアウトマウスはE8.5-ElO.5の間に致死となることが報告されている。また、細胞外基質フィブロネクチンを欠損したマウスも、体節を形成できずに、E8.5に致死となることが報告されている。Lac-Cerを基に合成される糖脂質は、細胞一細胞、細胞外基質一細胞間の接着やシグナル伝達において、重要な役割を果たすと考えられた。Lac-Cerやガングリオシドの発現量が減弱し、インテグリン等の細胞接着分子を介した細胞接着や、シグナル伝達機構に異常をきたしたことが、変異マウスで見られる臓器形成不全と、それに続く胎生中期での淘汰の原因であると考えられた。

本論文は「β-1,4-ガラクトース転移酵素V(β-1,4-GalT V)の基質特異性とその糖鎖の生物学的機能の解明」と題し、β-1,4-GalTVが合成する糖鎖とその機能解明を目的としてβ-1,4-GalTVを欠損したマウスの解析などの一連の研究をまとめたものである。本論文は、序論にタンパク質と脂質に結合した糖鎖の構造と機能についての知見とβ-1,4-GalTの基質特異性に関する知見をまとめ、本研究を行う意義を示している。結果は3章で構成され、第1章ではβ-1,4-GalT V欠損マウスの表現型の解析について述べ、第2章ではβ-1,4-GalT V欠損マウスを用いた本酵素の基質特異性の解析について述べ、第3章ではβ-1,4-GalTV欠損マウスの胎児から樹立した繊維芽細胞(MEF細胞)を用い、β-l,4-GalTVが合成する糖鎖の細胞生物学的な機能解析について述べている。最後に本研究を総括し、β-1,4-GalTVの作り出す糖鎖の生物学的意義を考察している。特にβ-1,4-GalTV欠損マウスの表現型の解析では、β-1,4-GalTV欠損マウスは生まれてくることができず、胎生11.5日までに淘汰されることを明らかにしている。β-1,4-GalTV欠損マウスのMEF細胞を用いたβ-1,4-GalTVの基質特異性の解明では、1)タンパク質に結合したN一型糖鎖や0一型糖鎖の構造解析、2)糖脂質の組成分析、3)MEF細胞のホモジェネートを酵素原とした各種糖鎖受容体へのβ-1,4-GalT活性を測定し、β-1,4-GalT Vは糖脂質のラクトシルセラミドの生合成酵素であること、N一型糖鎖や0一型糖鎖の生合成には関与しないことを明らかにしている。一方、β-1,4-GalTV欠損マウスのMEF細胞を用い、対照と細胞の形態や増殖速度に相違はみられないが、細胞の細胞外マトリックスに対する接着能や細胞と細胞の接着能(凝集能)が対照と比較し有意に低下していることを明らかにしている。従って、これらの細胞の性状の異常が原因でβ-1,4-GalTV欠損マウス胎児では臓器形成不全が起こり、胎生致死となると結論づけている。さらに細胞の癌化において本酵素の遺伝子発現が増大することから、本研究で得られた知見は細胞の癌化のメカニズムの解明にも大いに貢献するものと期待される。よって、本論文は学術的にも工学的にも貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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