SphingobiumおよびComamonas属細菌におけるプロトカテク酸4,5-開裂系遺伝子群の機能と転写制御システム
氏名 上村 直史
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第587号
学位授与の日付 平成23年3月25日
学位論文題目 SphingobiumおよびComamonas属細菌におけるプロトカテク酸4,5-開裂系遺伝子群の機能と転写制御システム
論文審査委員
主査 教授 福田 雅夫
副査 教授 政井 英司
副査 教授 解良 芳夫
副査 准教授 岡田 宏文
副査 准教授 小笠原 渉
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目次
序章 p.1
第1節 研究の背景と目的 p.1
1 研究背景 p.1
2 木質成分とその利用 p.1
3 リグニンの構造と生分解 p.2
4 Sphingobium sp. SYK-6株のリグニン由来化合物分解 p.3
5 SYK-6株のPCA4,5-開裂経路 p.4
6 PDC由来高機能性バイオポリマー p.5
7 フタル酸類分解菌 Comamonas sp. E6株 p.5
8 SYK-6株とE6株のPCA4,5-開裂系遺伝子群 p.6
9 本研究の目的 p.7
第2節 既往の研究;バクテリアのプロトカテク酸代謝経路と LysR型転写制御因子 p.8
1 バクテリアの芳香族化合物分解 p.8
1-1. PCA3,4-開裂経路と代謝系遺伝子群 p.9
1-2. PCA2,3-開裂経路と代謝系遺伝子群 p.10
1-3. PCA4,5-開裂経路と代謝系遺伝子群 p.11
1-4. PCAの細胞内への取り込み p.12
1-5. PCA分解伝子群の転写制御 p.13
2 LysR型転写制御因子 p.15
第1章 Comamonas sp.E6株におけるPCA4,5-開裂系遺伝子群の機能と転写制御 p.18
第1節 緒言 p.18
第2節 結果 p.20
1 pmd遺伝子群のオペロン構造 p.20
2 pmdB及びpmdBII破壊株の作製 p.20
3 pmdB及びpmdBII破壊株のPCA生育能 p.21
4 pmdD、pmdK、及びorf1E6破壊株の作製 p.23
5 pmdDの機能解析 p.24
6 pmdKの機能解析 p.25
7 orf1E6破壊株のPCA生育能 p.25
8 orf1E6破壊株の休止細胞を用いたPCA分解実験 p.26
9 Sphingobium sp.SYK-6株のOMAトートメラーぜ p.27
10 pmdUとligUの交換実験 p.28
11 PCA4,5‐開裂系酵素の誘導性 p.28
12 PCA4,5‐開裂系酵素遺伝子群の転写誘導性 p.29
13 pmdオペロンのプロモーター領域の同定 p.29
14 pmdオペロンの誘導物質の同定 p.30
15 orf4破壊株の作製と解析 p.31
第3節 考察 p.32
1 pmdABとpmdAIIBII p.32
2 pmdD p.33
3 pmdK p.33
4 pmdUとligU p.35
5 pmdオペロンの転写制御 p.36
第4節 材料と方法 p.38
第2章 Sphingobium sp.SYK-6株におけるPCA4,5-開裂桂遺伝子群の転写制御機構 p.46
第1節 緒言 p.46
第2節 結果 p.47
1 PCA4,5-開裂系遺伝子群を構成する転写単位 p.47
2 PCA4,5-開裂系酵素の誘導性 p.47
3 PCA4,5-開裂系遺伝子群の転写制御 p.48
4 PCA4,5-開裂系誘導物質の同定 p.48
5 ligK及びligJプロモーター領域の同定 p.49
6 LigRのE.coliにおける発現と精製 p.52
7 LigRの分子量分析 p.53
8 LigRのLigK及びligJプロモーター領域への結合 p.54
9 LigRのDNA結合解離定数 p.55
10 誘導物質存在下におけるLigRの結合解析 p.56
11 ligK及びligJプロモーター領域のDnase I footprinting解析 p.57
12 LigRの結合におけるBox-KとBox-Jの関与 p.57
13 LigK及びLigJプロモーターの誘導におけるBox-KとBox‐Jの関与 p.59
14 complexIIIの形成に必要なDNA領域の同定 p.59
15 ligK及びligJプロモーター領域の屈曲解析 p.59
第3節 考察 p.61
1 SYK-6株のリグニン由来化合物代謝におけるPCA4,5‐開裂系遺伝子群の転写制御 p.61
2 LigR‐DNA複合体におけるLigRのオリゴマー構造 p.62
3 LigK及びligJプロモーター領域のRBSとABS p.62
4 LigK及びligJプロモーター領域におけるLigRのDNA結合様式 p.63
5 LigRによる転写活性化機構 p.64
6 LigRのDNA結合ドメイン p.65
7 LigRによるligR地震の転写抑制機構 p.66
第4節 材料と方法 p.67
総括 p.75
謝辞 p.77
公表論文 p.78
参考文献 p.78
引用文献 p.78
木質成分であるリグニンは地球上で最も豊富に存在する芳香族資源であるが、その構造が不均一であることからマテリアル利用されることは少なく、主に熱源として燃焼されている。しかし、微生物の代謝系を利用して、均一で工業的に利用価値の高い中間代謝物を生産することができれば、リグニンからのマテリアル生産への展開が大いに期待される。様々な構造からなるリグニン由来化合物を分解できるSphingobium sp. SYK-6株は、多様で特異的なリグニン分解酵素系を有しており、これら酵素系はリグニンの物質変換に極めて有用である。SYK-6株は、グアイアシル型のリグニン二量体化合物をバニリン酸に、シリンギル型のリグニン二量体化合物をシリンガ酸へと変換し、これら化合物を最終的にプロトカテク酸 (PCA) 4,5-開裂経路によって代謝する。近年、PCA 4,5-開裂経路の中間代謝物である2-ピロン-4,6-ジカルボン酸 (PDC) が高機能性有機材料の原料化合物となることが見出され、SYK-6株等の代謝酵素遺伝子を導入した組換え微生物を利用したPDC生産系の開発が進められている。現在、PDC生産の高効率化が求められており、そのための基盤としてPCA 4,5-開裂経路に関与する全ての遺伝子の機能と本経路遺伝子群の転写制御に関する知見が必要不可欠となっている。
これまでの研究で、SYK-6株のPCA 4,5-開裂系遺伝子群はligK-orf1-ligI-lsdA、ligJ-ligA-ligBオペロン及びligCそしてligRによって構成され、これら遺伝子群の転写制御にLysR型転写制御因子と相同性を示すligRが関与すると推測されている。また、PCA 4,5-開裂系遺伝子群はSYK-6株の他にも複数の芳香族化合物分解菌で報告され、フタル酸類分解菌Comamonas sp. E6株においてもorf1-pmdKEFDABC (pmd遺伝子群) が単離され、塩基配列が決定された。これら遺伝子群の比較から、PCA 4,5-開裂系遺伝子群は、複数の転写単位からなる「Sphingobium属タイプ」と単一の転写単位からなる「Comamonas属タイプ」の2つに大別できることが示唆されている。これまでにPCA 4,5-開裂系の各酵素遺伝子の機能については詳細が明らかにされてきた。しかし、転写制御システム及びPCAの取り込みに関わるトランスポーターについての知見は得られておらず、さらにorf1SYK-6及びorf1E6等の機能不明な遺伝子も存在している。本研究では高効率なPDC生産系の開発に資する知見を得ることを目的として、PCA 4,5-開裂系遺伝子群中の機能未知遺伝子と転写制御機構について解析を行った。
第1章では、Comamonas sp. E6株のPCA 4,5-開裂系遺伝子群中のpmdAB、pmdAIIBII、orf1E6、pmdK及びpmdDの機能とpmd遺伝子群の転写制御、さらにSYK-6株のorf1SYK-6の機能について解析を行った。遺伝子破壊株の解析から、pmdBとpmdDはPCAでの生育に必須であり、それぞれPCA 4,5-ジオキシゲナーゼとPDCヒドロラーゼをコードすることが示された。一方、pmdBIIはPCAでの生育時において転写量が低く、E6株のPCA代謝にほとんど寄与しないことが示唆された。pmdKはPseudomonas putidaのPCA/4-ヒドロキシ安息香酸のトランスポーターと相同性を示し、遺伝子破壊株の解析からPCAの取り込みを担うことが示唆された。またorf1E6とorf1SYK-6の破壊株の解析から、これら遺伝子はPCAでの生育に必須であり、PCA 4,5-開裂経路において酵素非依存的であると考えられてきたOMAの異性化に関与するOMAトートメラーゼをコードすることが強く示唆され、それぞれをpmdUとligUと命名した。pmdUとligUは互いに相同性を示さないが、両遺伝子の交換実験において互いの機能が相補されたことから、両者が同一の機能を持つことが明らかとなった。pmd遺伝子群の転写解析から、本遺伝子群はpmdUKEFDABCからなる1つのオペロンを形成し、本オペロンの転写がPCA又はPDCによって誘導されることが明らかとなった。また、本オペロンの転写開始点を同定し、その上流に存在するインバーテッドリピート配列がpmdオペロンの転写誘導に重要であることを見出した。
第2章では、SYK-6株におけるPCA 4,5-開裂系遺伝子群の転写制御メカニズムについての解析を行った。転写解析の結果、本遺伝子群はligK-ligU-ligI-lsdAとligJ-ligA-ligB-ligCオペロンそしてligRの3つの転写単位で構成され、ligK及びligJオペロンの転写はPCA又はガリック酸に応答してLigRによって正に制御され、LigRがligR自身の転写を抑制することが明らかとなった。またLigRはligK及びligJプロモーター領域の-77~-51及び-80~-48領域に結合するとともにDNAを屈曲させることが示された。誘導物質の存在下では、両プロモーター領域におけるDNAの屈曲角度が増大することが明らかとなり、この現象はプロモーター領域内のLigR結合配列から-35領域を含む場合でのみ観察された。また誘導物質存在下では、ligKプロモーター領域におけるLigRの結合領域が-51から-35領域まで拡がった。以上の結果から誘導物質存在下においてLigRの結合領域が-35領域まで拡大されることと、DNAの屈曲角度が増大することが転写活性化に重要であると推測された。しかし、ligJプロモーター領域においてはLigRの結合領域が誘導物質の存在下で-48から-55まで狭まることが示され、両プロモーター領域のLigR-DNA複合体が異なるコンフォメーションをとっている可能性が考えられた。
本研究において、PCA 4,5-開裂経路に関与する新規の遺伝子をSYK-6株とE6株から見出すとともに、転写制御メカニズムに関する詳細な知見を得ることができた。今後これらの情報を基に、SYK-6株やE6株におけるPCA 4,5-開裂経路遺伝子の発現強化や各酵素の生産バランスの最適化を行うことによってPDC生産の高効率化を達成できるものと期待される。
本論文は、細菌の酵素系を利用したリグニン由来化合物からの有機材料の効率的生産をめざしたもので、「SphingobiumおよびComamonas属細菌におけるプロトカテク酸4,5-開裂系遺伝子群の機能と転写制御システム」と題し、「序章」と第1~2章そして「総括」より構成されている。
「序章」では本研究の背景と目的、そして本研究の位置づけとより深い理解を得る上で重要なバクテリアのプロトカテク酸(PCA)代謝経路とLysR型転写制御因子に関する既往の研究について概説している。
第1章では、まず、フタル酸類分解菌Comamonas属E6株のPCA 4,5-開裂系遺伝子群中の重複遺伝子とPCAトランスポーター遺伝子の機能解析を行い、PCA代謝への関与を明らかにしている。さらにE6株とリグニン由来化合物分解菌Sphingobium属SYK-6株のPCA 4,5-開裂系遺伝子群中のpmdUとligUが非酵素的反応と考えられてきた4-オキサロメサコン酸の異性化を触媒するトートメラーゼをコードすることを初めて見出し、両遺伝子の交換実験から互いに類縁性のない両遺伝子が同一の機能を有することを明らかにした。またE6株のPCA 4,5-開裂系遺伝子群のオペロン構造を決定し、本オペロンの転写がPCAまたは中間代謝物である2-ピロン-4,6-ジカルボン酸によって誘導されることを明らかにしている。
第2章では、SYK-6株のPCA 4,5-開裂系遺伝子群の転写解析から、LigRによってligKオペロンとligJオペロンの転写がPCAまたはガリック酸に応答して活性化され、ligR自身の転写は抑制されることを明らかにした。また、LigRがligK及びligJプロモーターの特定配列に結合するとともにDNAを屈曲させることを明らかにした。
誘導物質存在下では、ligKプロモーターにおけるLigRの結合領域が拡大するとともにDNAの屈曲角度が増大することを示し、一般的なLysR型転写制御因子との相違を明らかにした。
「総括」においては、本研究の背景と目的そして各章で得られた研究結果をまとめている。
本研究で得られたPCA 4,5-開裂経路に関与する新規遺伝子および転写制御メカニズムに関する詳細な知見は、学術的な価値が高いだけでなく、工業的に有用な代謝物を高効率に生産するシステムの開発に資する基盤を提供するものと考えられる。よって本論文は、工学上および工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。