プラズマCVDを用いたアモルファス炭素系薄膜材料の形成プロセスの解析と構造評価
氏名 和田 晃
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第575号
学位授与の日付 平成23年3月25日
学位論文題目 プラズマCVDを用いたアモルファス炭素系薄膜材料の形成プロセスの解析と構造評価
論文審査委員
主査 准教授 伊藤 治彦
副査 教授 齋藤 秀俊
副査 准教授 松原 浩
副査 准教授 森田 正亮
副査 長岡技術科学大学名誉教授 朽津 耕三
副査 兵庫県立大学教授 神田 一浩
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目次
第1章 序論
1-1 はじめに p.1
1-2 アモルファス炭素系薄膜の特徴 p.3
1-3 アモルファス炭素系薄膜の合成方法 p.6
1-3-1 物理気相蒸着 p.6
1-3-2 化学気相蒸着 p.7
1-4 研究目的 p.11
1-5 本論文の構成 p.12
参考文献 p.13
第2章 Arのマイクロ波放電フローによるBrCNの分解過程の解析 p.17
2-1 CN(X)の状態及およびAr準安定原子の数密度の計測 p.18
2-1-1 反応解析の原理について p.18
2-1-2 実験
i) Ar流速測定 p.19
ii) レーザー誘起蛍光分光測定 p.21
iii) Rayleigh散乱測定 p.24
2-1-3
i) Ar流速測定 p.24
ii) CN(X)の状態及およびAr準安定原子の数密度の算出 p.26
2-2 Arプラズマ中の電子密度,電子温度の測定
2-2-1 実験装置 p.35
2-2-2 実験操作 p.35
2-2-3 実験結果 p.36
2-3 気相反応プロセスの解析 p.39
2-4 小括 p.41
参考文献 p.42
第3章 アモルファス炭素薄膜材料の評価方法
3-1 はじめに p.44
3-2 吸収端近傍X線吸収微細構造 p.44
3-2-1 原理 p.47
3-2-2 X線高光源と軌道放射光施設 p.49
3-2-3 測定方法およびエネルギーの補正 p.50
3-3 X線光電子分光法 p.52
3-3-1 原理 p.52
3-3-2 測定方法 p.52
3-4 ラザフォード後方散乱および弾性反跳散乱分析
3-3-1 原理 p.53
3-3-2 測定方法 p.54
3-5 赤外吸収分光法
3-3-1 原理 p.55
3-3-2 測定方法 p.55
参考文献 p.56
第4章 希ガスのECRプラズマによるBrCNの分解反応を用いて作成したアモルファス窒化炭素薄膜の評価
4-1 はじめに p.57
4-2 実験
4-2-1 成膜実験 p.58
4-2-2 構造および組成分析 p.59
4-3 実験結果および考察 p.59
4-4 小括 p.68
参考文献 p.68
第5章 Arのマイクロ波放電フローによるテトラメチルシランの分解反応を用いて作成したアモルファス炭化ケイ素薄膜の評価
5-1 はじめに p.71
5-2 実験 p.72
5-3 結果および考察 p.74
5-4 小括 p.80
参考文献 p.81
第6章 集束イオンビーム化学気相蒸着法を用いて作成したW含有アモルファス炭素薄膜に対するアニーリングの影響
6-1 はじめに p.83
6-1-1 集束イオンビーム化学気相蒸着法について p.83
6-1-2 集束イオンビーム化学気相蒸着法の特徴 p.84
6-2 試料の作成および評価方法 p.86
6-3 実験結果および考察 p.86
6-4 小括 p.90
参考文献 p.91
第7章 酸素プラズマによるアモルファス炭素薄膜の表面改質
7-1 はじめに p.92
7-2 実験に用いた試料および評価方法について p.93
7-3 実験結果および考察 p.94
7-4 小括 p.100
参考文献 p.100
第7章 総括 p.101
業績リスト p.104
謝辞 p.107
本論文はアモルファス炭素系薄膜材料の合成プロセスに関連するさまざまな要素と、生成した薄膜の化学構造・物性との間の因果関係を理解することを目的として行った研究の成果をまとめたものであり、第1章から第8章で構成されている。
第1章ではアモルファス炭素系薄膜の一般的な特性、合成方法、また本研究を遂行する意義について述べた。アモルファス炭素系薄膜材料は高硬度、低摩擦係数、化学的安定性など大変興味深い特性を有しており、工学的にきわめて重要であるが、材料の生成メカニズムおよび成膜パラメータの変化が及ぼす物性変化のメカニズムは十分には明らかになっていない。アモルファス炭素系材料のさらなる応用、および学術的知見の蓄積に対し、これらの調査・解析が大変重要であることを述べた。
第2章では、Arのマイクロ波放電フローとBrCNとの反応で生成するアモルファス窒化炭素の合成メカニズムについて、プラズマ化学気相蒸着(PECVD)プロセスでの原料ガスの分解過程の解析を行った。すなわち、Ar放電フロー中に生成した電子、イオン、中性の活性種などのいずれがBrCNの分解に寄与するかを調査した。CN(X)ラジカルおよびAr準安定原子Ar(P2)の数密度をレーザー誘起蛍光分光法によって測定した。電子密度と電子温度は静電プローブ法によって測定した。そして反応系に少量のH2O蒸気を導入することにより上記の活性種の数密度を意図的に変化させ、それらの変化とCN(X)ラジカルの数密度の変化を比較することによって反応解析を行った。その結果、CN(X)ラジカルの生成にはAr(P2)とのエネルギー移動反応が支配的に寄与していることが明らかになった。
第3章では、第4章から第7章で行ったアモルファス炭素薄膜の構造および組成の測定・解析の方法について述べた。炭素原子周辺の局所構造解析には軌道放射光によるX線吸収端近傍微細構造(NEXAFS)を用いた。その測定原理および炭素原子の結合状態を定量的に評価する方法についてまとめた。また組成評価にはラザフォード後方散乱(RBS)、弾性反跳散乱分析(ERDA)法を用いており、これらについて測定原理および測定方法をまとめた。X線光電子分光(XPS)法、赤外吸収分光(IR)法についても同様に記述した。
第4章では、希ガスの電子サイクロトロン共鳴(ECR)プラズマによるBrCNの分解反応を用いて作成したアモルファス窒化炭素薄膜に対してC-K NEXAFSおよびXPSによる局所構造と組成解析を行い、希ガスの違いによる影響を調査した。He、Ne、Arの3種類の希ガスを用いて作成した膜において、HeおよびNeを用いて作成した膜の構造と組成に大きな違いは認められなかった。その一方で、Arを用いた場合はHe、Neを用いた場合と比べて窒素含有量が減少し炭素原子周辺の局所構造が著しく変化し、sp2(C=C)結合が7-9倍程度増加することが見出された。上記の結果についてcycl[3,3,3]azineが連続した2次元構造モデルを導入して考察を行い、窒素含有率が減少しsp2成分の割合が増加した実測の結果と良く対応することを示した。したがって本実験で作成したアモルファス窒化炭素薄膜の構造は提案したcyclazine構造モデルで良く説明することができた。
第5章では、Arのマイクロ波放電フローによるテトラメチルシランの分解反応を用いて水素化アモルファス炭化ケイ素薄膜の作成を行った。成膜時に負の高周波バイアス電圧を基板に印加することによる薄膜の硬質化について、C-K NEXAFSを用いた炭素原子周辺の局所構造解析と、RBS-ERDA、XPSを用いた組成解析の結果から議論を行った。バイアスの印加に伴い、sp2(C=C)結合の存在比sp2/(sp2+sp3)比が減少することが見出された。またERDAによって得られた相対水素量はバイアスの印加に伴って減少することが示された。これらの結果から、炭素原子周辺の局所構造および膜中の水素量もまたアモルファス炭化ケイ素薄膜の硬質化に寄与する重要な要素と考えられた。
第6章ではGa+集束イオンビーム化学気相蒸着(FIB-CVD)法によって作成したWを含有するアモルファス炭素薄膜に対し、アニーリングによる影響とWの導入による影響を調査した結果を示した。FIB-CVD法はnmからμmスケールのアモルファス炭素3次元構造物を高い自由度をもって作成することができる。そのためさまざまな微小デバイスへの応用が期待されている。微小な電気デバイス材料として応用した場合、ジュール熱の発生のために構造・組成が変化し、電気伝導度などの物性が変化することが予想された。そこで本研究では、アニーリングおよびWの導入が及ぼす炭素原子周辺の局所構造と組成への影響を調査した。RBS-ERDAで測定を行った結果、膜中に含まれるGaおよびH原子がアニーリング温度の増加に伴って減少することが示され、C-K NEXAFSによる解析の結果、sp2/(sp2+sp3)比がアニール温度に伴って増加する結果が示された。Wを含まないアモルファス炭素との比較から、極小量のWの導入がsp2成分の存在比を増加させることを見出した。
第7章では、PECVDプロセスで薄膜の堆積と同時に生じているプラズマによるエッチング・スパッタリングプロセスについて研究を行った。CVDダイヤモンドなどの作成には水素プラズマによるエッチングプロセスが重要な役割を持つことが知られているが、酸素プラズマもまた炭素のsp2成分のエッチングに対して有効であることが報告されている。酸素プラズマエッチングによるアモルファス炭素薄膜の表面改質の効果についてNEXAFSを用いた報告はこれまでにない。そこでsp2およびsp3結合を有するアモルファス炭素薄膜を用い表面改質の効果についてNEXAFSを用いて検討した。C-K NEXAFSによる局所構造解析の結果、酸素プラズマによって有意にsp2/(sp2+sp3)比が減少することが示され、またこの局所構造変化によって硬さが増加すること見出された。
第8章では、各章で見出された結果について総括を行った。
本論文は、「プラズマCVDを用いたアモルファス炭素系薄膜材料の形成プロセスの解析と構造評価」と題し、8章より構成されている。
第1章では、本研究テーマの背景、アモルファス炭素系薄膜材料の特性、合成方法を概観し、本研究を遂行する意義について述べている。
第2章では、高い窒素含有率(~50%)を有するアモルファス窒化炭素の合成反応であるArのマイクロ波放電フローによるBrCNの分解反応について、反応機構の解析を行っている。レーザー誘起蛍光分光法と静電プローブ法を組み合わせ、さらに反応系に少量のH2O蒸気を導入し、CN(X2Σ+)ラジカル、Ar準安定原子、電子の数密度を意図的に変化させ、それらを比較して反応を解析する新規な手法を提案している。その結果、主にAr準安定原子からのエネルギー移動反応でCN(X2Σ+)ラジカルが生成することを明らかにしている。
第3章では、アモルファス炭素系薄膜の構造および組成の測定・解析の方法について述べている。特に炭素原子周辺の局所構造解析に有効な軌道放射光によるC-K端X線吸収近傍微細構造(C-K NEXAFS)について、測定原理および炭素原子の結合状態を定量的に評価する方法についてまとめている。
第4章では、希ガスの電子サイクロトロン共鳴(ECR)プラズマによるBrCNの分解反応を用いてアモルファス窒化炭素薄膜を作成し、C-K NEXAFSおよびXPSによる解析を行っている。その結果、キャリアガスに用いた希ガスの種類によって窒素含有率および炭素原子周辺の局所構造が著しく異なることを見出し、これらの違いを説明するモデルとしてcycl[3,3,3]azineが連続した2次元構造モデルを新たに提案している。
第5章では、Arのマイクロ波放電フローによるテトラメチルシランの分解反応を用いて水素化アモルファス炭化ケイ素薄膜を作成している。成膜時に負の高周波バイアス電圧を基板に印加して硬質薄膜を得た。C-K NEXAFSとRBS/ERDAを中心に議論を行い、炭素原子周辺の局所構造および膜中の水素量が薄膜の硬質化に寄与する重要な要素であることを見出している。
第6章ではGa+集束イオンビーム化学気相蒸着法によって作成したW含有アモルファス炭素薄膜に対し、アニーリングによる影響とWの導入による影響をRBS/ERDAとC-K NEXAFSを用いて調査している。その結果、極小量のWの導入がアモルファス炭素のsp2成分の割合を増加させるとの結論を得ている。
第7章では、アモルファス炭素薄膜の酸素プラズマによるエッチング・スパッタリングプロセスについて、C-K NEXAFSを用いた研究を行っている。その結果、酸素プラズマによって有意にsp2/(sp2+sp3)比が減少し硬さが増加することを見出している。
第8章では本論文で得られた知見をまとめている。
以上のように本論文は次世代炭素材料として有望とされるアモルファス炭素系薄膜物質について、プラズマによる原料の分解から薄膜の形成・物性発現にいたる一連のプロセスを実証的に解明している。よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。