鋼球を用いた円筒形工作物支持法の研究
氏名 大岩 孝彰
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第29号
学位授与の日付 平成5年6月23日
学位論文の題目 鋼球を用いた円筒形工作物支持法の研究
論文審査委員
主査 教授 久曽神 煌
副査 教授 梅村 晃由
副査 教授 高山 孝次
副査 助教授 井上 誠
副査 助教授 柳 和久
副査 東京工業大学 教授 下河辺 明
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目次
第1章 緒論 p.1
1.1 緒言 p.1
1.2 従来の研究状況 p.4
1.3 ボールセンタ支持法 p.5
1.4 本研究の目的 p.9
1.5 本論文の研究範囲の内容 p.9
第2章 工作物の回転精度 p.12
2.1 緒言 p.12
2.2 円すいセンタ支持における工作物の回転精度 p.12
2.3 ボールセンタ支持における工作物の回転精度 p.18
2.4 円すいセンタとボールセンタの比較 p.24
2.5 結言 p.24
第3章 ボール接触部の静剛性 p.26
3.1 緒言 p.26
3.2 接触モデル p.26
3.3 実験方法 p.30
3.4 実験結果 p.32
3.4.1 軸方向接触剛性 p.32
3.4.2 半径方向接触剛性 p.38
3.4.3 センタ穴の形状が剛性に及ぼす影響 p.41
3.5 結言 p.43
第4章 工作物支持系の動特性 p.44
4.1 緒言 p.44
4.2 実験方法 p.44
4.3 実験結果 p.47
4.3.1 振動減衰波形 p.47
4.3.2 センタ支持部の剛性 p.48
4.3.3 円すいセンタとボールセンタの比較 p.49
4.3.4 心押力と減衰率の関係 p.52
4.3.5 鋼球材質の影響 p.52
4.3.6 ミスアライメントの影響 p.54
4.3.7 なじみの影響 p.55
4.3.8 センタ穴径と鋼球径の影響 p.56
4.3.9 センタ穴のうねりの影響 p.59
4.4 結言 p.61
第5章 鋼球の摩耗の影響 p.62
5.1 緒言 p.62
5.2 実験 p.62
5.2.1 鋼球の摩耗と研削面真円度 p.62
5.2.2 工作物と回転精度 p.62
5.2.3 鋼球とホルダの接触圧力分布 p.66
5.2.4 潤滑の影響 p.67
5.2.5 鋼球の剥離 p.69
5.3 結言 p.72
第6章 研削実験 p.74
6.1 緒言 p.74
6.2 実験方法 p.74
6.3 実験結果 p.77
6.3.1 円すいセンタとの比較 p.77
6.3.2 工作物とホルダセンタ穴真円度の影響 p.81
6.3.3 鋼球真円度の影響 p.83
6.4 結言 p.85
第7章 結論 p.86
7.1 緒言 p.86
7.2 工作物の回転精度 p.86
7.3 ボール接触部の静剛性 p.87
7.4 工作物支持系の動特性 p.87
7.5 鋼球の摩耗の影響 p.88
7.6 研削実験 p.89
7.7 結言 p.89
7.8 本研究の今後の課題 p.90
付録 鋼球を支点に用いた精密直動リンク機構 p.92
1.緒言 p.92
1.1 はじめに p.92
1.2 本研究の目的 p.93
2.原理 p.95
2.1 球面をリンクの回転支点に用いた場合の回転精度 p.95
2.2 ワット近似平行運動 p.100
2.3 運動誤差計算 p.101
3.実験装置 p.104
3.1 構造の概略 p.104
3.2 調整機構 p.106
3.3 リンクの平行度 p.106
4.測定結果 p.107
4.1 各リンクの精度 p.107
4.2 直動精度 p.108
4.3 接触部の摩耗の影響 p.110
5.考察 p.110
6.結言 p.111
参考文献 p.112
謝辞 p.116
円筒形状部品の加工や測定の精度を上げるためには、加工や測定時の工作物回転精度向上が重要である。そこで高精度加工を目的とする円筒研削や精密測定においては、チャックやライブセンタによる支持よりも高い回転精度が得やすい両デッドセンタによる工作物支持方法が一般的である。この両デッドセンタは円すい形のセンタとセンタ穴の接触部を回転案内面としているので、工作物の回転精度は工作機械や測定機の主軸の回転精度の影響を受けない。しかし反面、センタとセンタ穴の形状誤差、それらの頂角の不一致およびアライメント誤差などの影響を受ける。また母線を円弧としたR形センタ穴は頂角の不一致の影響を受けないが、その他の誤差に対しては効果的ではない。このためセンタ穴の形状精度の向上のために研削やラップ仕上げ等の処理が行なわれているが、加工に工数がかかるうえ、ミスアライメント等の影響を回避できないため飛躍的な精度向上は望めず、一般に広く用いられてはいない。また高精度な回転主軸を持つ精密工作機械は高価であり、従来の円筒研削盤で簡便に超精密加工が行なえる方法が要求されている。
本研究では両デットセンタにおいて、円すいセンタの代りに高精度でかつ廉価な軸受用鋼球を使用したボールセンタを用いる。これは工作物のセンタ穴に鋼球を接着し、両側から円すい内面を持つホルダで支持したものである。本研究ではこのボールセンタを用いて、上述の誤差等の影響を受けずに高い回転精度を得ることのできる工作物支持法を確立することを目的としている。
第1章「緒論」では、本研究の目的、意義、従来の手法の問題点について述べた。また従来円筒研削や精密測定の現場で実験的に用いられていたボールセンタについて概説し、支持条件や問題点についてまったく研究されていないことを記した。
第2章「工作物の回転精度」では、従来明確に説明されていなかったデッドセンタ支持におけるセンタとセンタ穴の真円度と回転精度の関係や研削面形状の発生機構の解明のために、円すいセンタおよびボールセンタを用いたときの接触モデルにより工作物の回転誤差の推定を行なった。その結果、センタ、センタ穴や鋼球の真円度成分の組み合せにより、それらの特定の成分が回転精度に伝達されること、ボールセンタの回転精度は使用する鋼球真球度に依存するため、円すいセンタより高い回転精度が得られることなどを明らかにした。
第3章「ボール接触部の静剛性」では、実際の回転精度や研削面に強く影響すると思われる鋼球とセンタ穴の軸方向および半径方向接触静剛性について、理論計算と静的実験による近寄量から検討した。その結果接触剛性は鋼球を支持するセンタ穴の円周方向うねりの大きさに強く影響を受け、母線形状や球径にはあまり影響されないこと、円すいセンタと比較すると支持剛性は同等であり、頂角の不一致やミスアライメントの影響がないため剛性は安定して得られることなどがわかった。
第4章「工作物支持系の動特性」では、円筒研削での耐びびり性能に最も影響する工作物支持系の動剛性と減衰能について検討した。その結果テーパシャンク部よりセンタ接触部の剛性の方が高く、ボールセンタ使用時の剛性の低下は無視できること、減衰はボールセンタの方が高く、びびり振動抑制のために有利であることなどがわかった。
第5章「鋼球の摩耗の影響」では、回転精度に影響すると予想される鋼球の摩耗・潤滑・剥離、温度上昇について実験的検討を行なった。その結果鋼球の摩耗による工作物回転精度への影響は少ないこと、適正な潤滑は鋼球の摩耗や剥離を押えられること、さらにボールセンタでは接触部の初期のなじみについて考慮しなくてよいため、工作物の大きさに見合う径のセンタ穴と鋼球を使用でき、高性能な潤滑油を使用できることがわかった。
第6章「研削実験」では実際にボールセンタ支持法により円筒研削加工を行ない、研削中の工作物の挙動や研削面真円度などについて円すいセンタ支持と比較した。その結果ボールセンタでは研削中の研削力に起因するミスアライメントの影響や工作物センタ穴の形状誤差の影響がなく、高精度な研削面を容易に得られることが実証された。
第7章「結論」では、以上の各章で得られた結果をまとめ、今後の課題について記した。
以上を総括すれば、ボールセンタは工作物センタ穴の形状誤差や工作機械・測定機の誤差の影響を受けずに、高い回転精度を容易に得ることができ、その精度は鋼球の真球度に依存する。さらに接触部のなじみを考慮しなくてよいため、工作物の大きさに見合った径のセンタ穴と高性能な潤滑油が使用できる点、そして耐びびり性能に勝る点で円すいセンタより優れている。また支持剛性の低下や鋼球の摩耗・剥離についての心配は不用である。以上より、ボールセンタによる工作物支持方法は円筒形状部品の加工と測定精度向上に広く貢献できると考えられる。