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リボヌクレアーゼHの熱安定性獲得機構

氏名 石川 弘紀
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第41号
学位授与の日付 平成6年3月25日
学位論文の題目 リボヌクレアーゼHの熱安定性獲得機構
論文審査委員
 主査 教授 三井 幸雄
 副査 教授 山田 良平
 副査 教授 森川 康
 副査 助教授 曽田 邦嗣
 副査 講師 野中 孝昌

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目次
序文
第1節 はじめに p.3
第2節 リボヌクレアーゼH(RNaseH)について p.4
第1章 好熱菌RNaseHの結晶構造解析
第1節 はじめに p.7
第2節 全体の分子構造:大腸菌RNaseHとの比較 p.8
第3節 芳香環相互作用 p.11
第4節 塩結合 p.13
第5節 まとめ p.16
第2章 安定性の向上した大腸菌RNaseH変異体の構造解析
第1節 はじめに p.18
第2節 プロリン残基の導入によるエントロピー的安定化 p.19
第3節 左巻き構造をとる残基のGlyへの置換による安定化 p.23
第4節 Cavityを埋めることによる安定化 p.28
第5節 Gly80bの挿入とGly77→Alaの置換による共同的な安定化 p.37
結論 p.47
実験の部
第1章の実験
第1節 好熱菌RNaseHの結晶 p.48
第2節 X線回折強度データの測定 p.48
第3節 分子置換法を用いた結晶構造解析 p.51
第4節 結晶学的精密化 p.53
第5節 最終モデルの評価 p.54
第2章の実験
第1節 大腸菌RNaseHの変異体の結晶化とX線強度データ測定 p.61
第2節 野生型と同型に結晶化する変異体の結晶構造決定 p.61
第3節 野生型と非同型に結晶化する変異体の結晶構造決定 p.62
参考文献 p.63
謝辞 p.69

 一般的に言って、蛋白質はそれほど安定ではなく、熱や有機溶媒などにより簡単に変性してしまう。蛋白質を安定化する一般的戦略を確立できれば、バイオ産業界における酵素利用の幅を大きく広げることができるであろう。ところで、温泉に生息する好熱菌は、安定な酵素の供給源である。したがって、好熱菌由来の酵素と常温菌(たとえば大腸菌)由来の酵素の構造を比較すれば、蛋白質安定化の分子機構を解明できると期待される。
 本研究では、モデルケースとしてリボ核酸分解酵素の一種であるリボヌクレアーゼH(RNaseH)に着目した。RNaseHはDNA/RNA二重鎖のRNA鎖のみを特異的に切断する酵素である。本酵素は、以下の点において理想的なモデルであると考えられる。1)大腸菌、及び高度好熱菌(Thermusthermophilus)由来の双方のRNaseHについて、大腸菌を用いた大量発現系が確立している。2)大腸菌RNaseHの結晶構造は、既に、1.48Å分解能で決定されている。3)分子量が共に小さく(大腸菌RNaseH:155アミノ酸残基、好熱菌RNaseH:166アミノ酸残基)、また両者間のアミノ酸配列の相同性も高いので(52%)、好熱菌RNaseHの耐熱性に寄与しているアミノ酸残基の特定が行いやすい。
 本研究では、1)好熱菌RNaseHの結晶構造を決定し、大腸菌RNaseHの構造と比較すること、2)好熱菌RNaseHのアミノ酸配列を部分的に導入することにより安定化した大腸菌RNaseHの変異体を結晶構造解析すること、により蛋白質の熱安定化機構に関して有用な知見を得た。
 I.好熱菌RNaseHのX線結晶構造解析と大腸菌RNaseHの構造との比較
 好熱菌RNaseHの結晶は、空間群P6522に属し、格子定数はa=b=44.7Å、c=314.7Åである。反射強度データは、シンクロトロン放射光を利用した坂部式ワイセンベルグカメラを用いて収集した。大腸菌RNaseHの結晶構造をもとに分子置換法を用いて好熱菌RNaseHの構造を2.8Å分解能で決定した。構造の精密化には、プログラムPROLSQとX-PLORを併用した。最終的な結晶学的信頼度因子(R値)は、0.205であった。水分子は、最終構造に含まれていない。主鎖のフォールディング、および活性中心の構造は、大腸菌RNaseHと良く似ている。
 好熱菌RNaseHと大腸菌RNaseHの結晶構造を比較することにより、以下の二つの熱安定化機構が浮かび上がった。好熱菌RNaseHでは、大腸菌RNaseHの場合に比べて、1)分子表面での塩結合、およびヘリックスダイポールと解離基との相補性などの静電的相互作用がずっと多い。2)分子内部の芳香環相互作用が多い。特に、Ile78(大腸菌)→Phe(好熱菌)の置換により、この領域の芳香環クラスターが拡大している。
 II.安定化した大腸菌RNaseH変異体のX線結晶構造解析
 申請者らのグループでは、大腸菌RNaseHのアミノ酸配列の一部を、対応する好熱菌RNaseHのものと置換して、安定性への影響を調べた。その結果、1)His62→Pro、2)Lys95→Gly、3)Val74→Leu、4)(Gly77→Ala)+Gly80bの挿入(Gln80とTrp81の間)、により大腸菌RNaseHの熱安定性が向上することを見いだした。今回、申請者は、これらの変異体を結晶化し、その構造をX線解析法によって、決定することにより、それぞれのアミノ酸置換がどのようなメカニズムで熱安定化に寄与しているのかを、構造の立場から明らかにすることができた。
 1)(His62→Pro)置換体では、プロリン残基の導入により、主鎖の柔軟性が低下するため変性状態でのエントロピーが減少し、天然状態の安定性が向上している。2)RNaseH中でのLys95の主鎖の二面角は(φ、φ)=(64°,27°)であり、左巻きヘリックス構造をとっている。この構造をとった場合、β炭素原子が同じ残基内のカルボニル酸素原子と立体障害を起こすために、エネルギー的に不利である。したがって、β炭素原子を持たないグリシン残基への置換は、熱安定化に寄与する。3)Val74の側鎖の上方には、疎水性のcavityがある。Val74をロイシン残基に置き換えると、このcavityが埋められ、疎水性効果により耐熱性が改善される。4)Gly80bを挿入すると、この残基のアミド窒素原子とカルボニル酸素原子が、それぞれ、主鎖原子間の水素結合を形成する。これにより、熱安定性が向上する。また、(Gly77→Ala)置換は、導入させたβ炭素原子が他の原子との反発を起こすため、この置換単独では、野生型酵素を不安定化させる。しかし、Gly80bが挿入されていれば、この反発は解消される。さらに、Gly77は、αヘリックスに位置するので、Alaへの置換によりこのαヘリックスが安定化され、ひいては酵素の安定化を引き起こす。

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