嫌気性流動床内の生物膜の物理性状と生態学的構造に関する研究
氏名 荒木 信夫
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第37号
学位授与の日付 平成5年12月15日
学位論文の題目 嫌気性流動床内の生物膜の物理性状と生態学的構造に関する研究
論文審査委員
主査 教授 桃井 清至
副査 助教授 原田 秀樹
副査 教授 小川 正二
副査 教授 森川 康
副査 東京大学 教授 花木 啓祐
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目次
第1章 総論 p.1
第1節 研究の目的 p.1
第2節 本論文の構成 p.2
第2章 嫌気性生物膜に関する研究の動向 p.4
第1節 嫌気性菌群の特徴と基質分解活性 p.4
第2節 嫌気性付着増殖プロセスの分類と比較 p.7
第3節 嫌気性生物膜の性状に影響を及ぼす要因 p.12
第4節 嫌気性生物膜の菌相解析 p.12
第5節 操作因子が微生物集塊体の性状に及ぼす影響 p.16
第6節 まとめ p.20
第2章参考文献 p.21
第3章 スタートアップ期の生物膜性状の変化 p.28
第1節 緒論 p.28
第2節 実験装置と方法
1)実験装置 p.28
2)実験方法 p.30
3)分析方法 p.32
第3節 反応器の運転状況
1)流動床型反応器の運転状況 p.34
2)ケモスタット型反応器の運転状況 p.36
3)小括 p.36
第4節 上昇流速が生物膜の物理性状に及ぼす影響
1)生物膜の物理性状の推移 p.37
2)上昇線流速の違いによる生物膜付着形態の変化 p.41
3)反応器軸方向の生物膜の変化 p.45
4)急激な負荷上昇が生物膜の物理性状に及ぼす影響 p.47
5)生物膜厚と流動床の空間率の関係 p.48
6)生物膜の物理性状と微生物ホールドアップの関係 p.52
7)小括 p.54
第5節 生物膜形成による微生物集積効果
1)バイアル活性試験 p.55
2)生物膜内の各菌群の活性の推移 p.57
3)生物膜内の菌相の変化 p.57
4)生物膜への各菌群の集積度 p.62
5)流動床軸方向の生物膜の活性変化 p.66
6)急激な負荷上昇が生物膜の活性に及ぼす影響 p.68
7)小括 p.69
第3章参考文献 p.71
第4章 流入浮遊固形物が生物膜に与える影響 p.74
第1節 緒論 p.74
第2節 実験装置と方法
1)実験装置 p.74
2)実験方法 p.75
3)分析方法 p.76
第3節 流入浮遊固形物が生物膜の物理性状に及ぼす影響
1)反応器の運転状況 p.77
2)反応器内でのセルロースの挙動 p.78
3)セルロースの蓄積が生物膜の物理性状に与える影響 p.82
4)反応器軸方向の生物膜の変化 p.86
5)小括 p.86
第4節 生物膜内の菌相変化とセルロースの分解能力
1)生物膜を構成する各菌群とセルロースの割合 p.88
2)反応器軸方向の生物膜活性の変化 p.91
3)浮遊固形物の蓄積が生物膜のSRTに及ぼす影響 p.94
4)生物膜のセルロース分解能力 p.94
5)小括 p.96
第4章参考文献 p.97
第5章 総括および結論 p.99
本論文は、嫌気性流動床型反応器のスタートアップ期間における付着担体表面に形成する生物膜の微生物学的構造と生物膜の物理性状の変化を追跡し、スタートアップ期間の上昇線流速の違い、急激な負荷上昇および有機性浮遊固形物のプロセス内への流入がこれらの生物膜の性質に与える影響について検討したものである。
流動床内の上昇線流速を4~25m・hr-1の4条件に設定したスタートアップ実験から、生物膜の形成初期には上昇線流速の違いによる流動床空間率の大きさによって、生物膜の形成は3つの形態が存在することを見い出した。1)上昇流速の小さい系では、担体を数個含んだグラニュールの形成、2)上昇流速が中程度の系では、担体表面にほぼ均一の薄膜が形成し、その後膜厚と膜密度が一貫して上昇し平衡に達する生物膜の形成、3)上昇流速の大きい系では、初期生物膜形成作用によって運転初期に膜厚の大きい生物膜(200μm)が形成し、その後膜厚は減少しながら、逆に密度は徐々に上昇して平衡に達する生物膜の形成の三形態である。
生物膜の物理性状の中で生物膜厚は上昇線流速の影響をほとんど受けずに一定となった。一方、生物膜密度は上昇線流速の影響を強く受け、線流速が小さい程大きくなる傾向を得た。生物膜密度は、バイオパーティクル同士の衝突による刺激によって、また、生物膜の滞留時間(SRT)を大きくするような条件で上昇すると増大する。膜密度は、膜厚に比較して担体単位表面積あたりの付着生物膜量により大きく影響を与えることが判明した。
本研究では、酸生成菌・酢酸生成菌・水素資化性メタン菌と酢酸資化性メタン菌の各嫌気性菌群が生物膜に占める割合を評価する指標として相対活性度(RelativeActivity Index)を提唱し、生物膜の形成過程における相対活性度の変遷を追跡した。この指標を用いることにより、生物膜の成長期にはいずれの菌群の相対活性度も上昇し、基質に適合した菌群が集積する様子が定量化できた。流動床の空間率を大きく設定して運転を行うと、流動床内の微生物量が小さくなり結果的に生物膜の滞留時間SRTが低下することから、菌群の相対活性度の比率は同程度となり、SRTが生物膜の微生物学的構造には影響を及ぼさないことが明らかとなった。
そこで、滞留時間だけで菌群選択が進行するケモスタット内の汚泥に対する生物膜内の各菌群の活性の比から集積度(Enrichment Index)なる指標を提唱した。ケモスタットを用いて流動床内の生物膜と同一基質条件で浮遊増殖汚泥を培養し、生物膜の各菌群の集積度を評価した。その結果、酢酸生成菌、水素資化性メタン菌と酢酸資化性メタン菌の3種の菌群は、生物膜の形成に伴って3~7倍にも集積度が増大することが示された。一方、酸生成菌の集積度は1程度であり、生物膜に集積することはなかった。
また、負荷のステップアップ実験から、急激な負荷上昇によって処理効率が悪化すると膜密度の低下を伴う生物膜の膨化現象が発生することを見い出した。この膨化現象の結果、流動床空間率の上昇によってMLVSSの低下を来すものであった。
生物膜は、バルク中に浮遊している物質を捕捉する性質がある。そこで、浮遊固形物としてCOD割合で25%と50%のセルロースを添加した基質を用いてスタートアッブ実験を行い、浮遊固形物の流入によって流動床の処理特性や生物膜の性状がどの様な影響を受けるかを検討した。
固形物の分解速度に対する固形物負荷の大きさによって、固形物の反応器内での滞留形態が大きく変化することを見い出した。すなわち、固形物負荷が固形物の分解速度より小さい場合、固形物は生物膜の表面に保持される。一方、固形物負荷のほうが大きい場合、固形物はバイオパーティクル間隙に捕捉されて保持される。この様な状態では、流動床の展開率が低下し、上昇線流速による流動床空間率の制御が全く不可能となる。生物膜へのセルロースの蓄積は、生物膜の物理性状および微生物学的構造にも大きな影響を与えた。セルロースの蓄積が進行すると、生物膜厚の増大と膜密度の低下をもたらし、剥離生物膜量が増大する。また、剥離の卓越によりSRTが低下し、増殖速度の小さい酢酸資化性メタン菌、酢酸資化性菌が生物膜からWashoutすることが明らかとなった。
以上の実験から得られた知見をもとに、嫌気性流動床のスタートアップ期間における上昇線流速の制御による最適運転方法を提示した。