固着型反応器における脱窒処理生物膜の生長と剥離機構に関する研究
氏名 大橋 晶良
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第42号
学位授与の日付 平成6年3月25日
学位論文の題目 固着型反応器における脱窒処理生物膜の生長と剥離機構に関する研究
論文審査委員
主査 助教授 原田 秀樹
副査 教授 桃井 清至
副査 教授 早川 典生
副査 助教授 福嶋 祐介
副査 北海道大学 教授 渡辺 義公
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目次
第1章 序論
1.1 生物膜法の背景 p.1
1.2 研究の目的 p.3
1.3 本論文の構成 p.5
第1章参考文献 p.7
第2章 既往の研究
2.1 はじめに p.8
2.2 生物膜の生長 p.9
2.2.1 生物膜量の測定 p.9
2.2.2 生物膜量と密度 p.10
2.2.3 生物膜表面の粗度 p.13
2.3 生物膜の剥離 p.13
2.4 生物膜モデル p.15
2.4.1 生物膜の基質除去モデル p.15
2.4.2 生物膜の生長モデル p.19
2.5 生物膜の付着 p.21
2.5.1 生物膜の付着形成に及ぼす因子 p.21
2.5.2 細胞外ポリマー p.23
2.5.3 生物膜の付着力 p.24
2.6 生物膜内の拡散係数 p.25
第2章参考文献 p.27
第3章 チューブ内壁に形成した脱窒生物膜の生長過程と剥離
3.1 はじめに p.35
3.2 実験の概要 p.36
3.2.1 実験装置および運転方法 p.36
3.2.2 測定および分析方法 p.38
3.3 生物膜の生長 p.41
3.3.1 生物膜の厚さと密度の発達 p.41
3.3.2 膜厚と密度の関係 p.44
3.3.3 生物膜表面の粗度 p.46
3.4 生物膜の粘度と細胞外ポリマー p.48
3.4.1 細胞外ポリマー p.48
3.4.2 生物膜の粘度とビンガム降伏値 p.49
3.4.3 生物膜の粘性に及ぼす因子 p.51
3.5 生物膜の剥離 p.54
3.5.1 剥離生物のサイズ p.54
3.5.2 外的因子と内的因子 p.56
3.5.3 剥離生物の細胞外ポリマー含有量 p.57
3.5.4 生物膜量と剥離速度の関係 p.58
3.6 結果のまとめと今後の研究課題 p.60
第3章参考文献 p.63
第4章 平板上に形成される脱窒生物膜の剥離形態
4.1 はじめに p.65
4.2 実験の概要 p.66
4.2.1 実験装置および運転方法 p.66
4.2.2 生物膜の観察と分析 p.68
4.3 生物膜の生長と剥離形態の関連性 p.71
4.3.1 生物膜量の推移 p.71
4.3.2 基質除去速度の推移 p.73
4.3.3 生物膜表面の形状 p.74
4.3.4 生物膜の剥離形態 p.76
4.3.5 支持体表面での生物膜の付着状況 p.77
4.3.6 生物膜の剥離速度 p.79
4.3.7 生物膜の空洞形成機構 p.82
4.4 剥離形態と細胞外ポリマーの関連 p.84
4.4.1 細胞外ポリマー糖含有量 p.84
4.4.2 細胞外ポリマーのゲルクロマトグラム p.86
4.5 結果のまとめと今後の研究課題 p.88
第4章参考文献 p.91
第5章 脱窒生物膜の付着強度
5.1 はじめに p.92
5.2 実験の概要 p.93
5.2.1 生物膜形成反応器および運転方法 p.93
5.2.2 生物膜の測定 p.93
5.3 生物膜内付着強度の算定 p.96
5.4 生物膜の幾何特性 p.97
5.4.1 生物膜量の生長 p.97
5.4.2 生物膜表面の3次元表示 p.99
5.4.3 生物膜表面の相対粗度 p.99
5.5 生物膜内の付着強度分布 p.103
5.6 生物膜内の付着強度に及ぼす因子 p.106
5.7 生物膜の内部構造と剥離との関係 p.108
5.8 結果のまとめと今後の研究課題 p.113
第5章参考文献 p.116
第6章 水処理生物膜内の基質拡散係数の評価
6.1 はじめに p.117
6.2 多孔体内の拡散 p.118
6.2.1 拡散係数と屈曲係数の定義 p.118
6.2.2 粒子群内の屈曲構造モデル p.119
6.3 屈曲構造モデルの検証 p.127
6.3.1 実験装置および方法 p.127
6.3.2 解析方法 p.128
6.3.3 実験結果および考察 p.130
6.4 生物膜内の拡散 p.132
6.4.1 生物膜内の拡散係数 p.132
6.4.2 既報との比較 p.134
6.4.3 拡散係数のフラックスへの影響 p.136
6.5 結果のまとめと今後の研究課題 p.139
第6章使用記号 p.142
第6章参考文献 p.144
第7章 結論
7.1 研究成果のまとめ p.146
7.1.1 生物膜物性の測定方法 p.146
7.1.2 生物膜の生長過程 p.147
7.1.3 生物膜の剥離形態 p.148
7.1.4 生物膜内の付着強度 p.149
7.1.5 生物膜内の拡散 p.149
7.1.6 生物膜の生長と剥離に及ぼす要因 p.150
7.1.7 生物膜量の制御 p.150
7.2 今後の研究課題 p.151
本論文は、チューブ内壁に形成させた生物膜と開水路反応器の底面に設置した平板上に形成させた生物膜の成長過程の長期的な観察結果を基に、生物模型廃水処理装置の合理的な設計や操作方法を確立するために要求される生物膜の成長と剥離機構について論じたものである。
これまで、生物膜の成長や剥離現象についての若干研究がなされているものの、この機構はかなり複雑であること、さらに生物膜の観察をあらゆる面から行っていないために、ほとんど未解明である。そこで本研究では、生物膜の物性測定や生長の観察を従来の手法に加えて、新規の手法と技術を用いて行っている。
例えば、1)平板上に形成した生物膜の体積は、生物膜の格子上約100地点の膜厚を測定して数値積分から求める手法を用い、生物膜表面の形状(3次元表示)も把握した。2)平板上に形成する生物膜の生長過程を連続ビデオ撮影観察することで、規模の大きい剥離形態を明らかにした。3)透明の平板支持体上に生物膜を形成させることで、生物膜付着面の状況を画像処理し、生物膜と支持体との空洞部やパッチ部の面積等を評価した。4)平板支持体に形成した生物膜内の付着強度を算定する方法を開発した。
上記以外の新たな測定手法導入することによって次のような知見が得られた。
生物膜表面に作用する流体せん断力が小さいと厚い生物膜が形成される。ただし、支持体付着面積が広くなると生物膜の生長速度は遅くなる。生物膜内の乾燥密度は、生物膜の深さ方向に分布があり、生物膜底層部ほど高くなる。また、生物膜の生長に伴って生物膜平均乾燥密度は増大する。一方、ガス空胞が徐々に生成されるため、平均湿潤密度は減少する。生物膜は基質が不完全浸透となった後にも直ちに支持体表面から剥離することはない。
生物膜の剥離には三つの特徴的な形態があることが分かった。第Iのタイプは、生物膜と支持体との間に空洞が形成され、これが次第に大きくなり、生物膜が支持体から大規模に剥離するものである。第IIのタイプは、脱窒による窒素ガスと思われる小さなガス空胞が生物膜内に多量にできて、生物膜の途中から一部分が剥離するものである。第IIIのタイプは、第Iと第IIタイプの複合型の大きな剥離である。小さな剥離は常時起こっているが、この小さな剥離生物量の全体の剥離量に占める割合が小さいため、生物膜の生長は剥離形態I、II、IIIの発生に大きく影響を受ける。生物膜の剥離速度は生物膜量と弱い正の相関があり、生物膜が生長していくとサイズの大きな剥離生物の割合が高くなる。
生物膜内の付着強度は生物膜の深さ方向に分布しており、膜底層部に向かうほど大きい。例えば、反応器運転30日目ころには支持体近傍の付着強度は102dyne・cm-2のオーダーであるが、生物膜の表層付近では、100dyne・cm-2のオーダーしかなかった。また、生物膜の生長と共に付着強度は増強する。この生物膜内の付着強度は細胞外ポリマー含有量および生物膜乾燥密度と密接な関係にあることが明らかにされた。
生物膜の生長速度の評価に欠かせないパラメーターである生物膜内の拡散係数を、生物膜内の構造をモデル化して、理論的に定量化するとともに、拡散実験よりモデルの検証を行なった。生物膜内の拡散係数は、生物膜乾燥密度が増加すると減少することが明らかにされた。
生物膜の付着強度は、隔離が観察されるときの流体せん断応力の値に比較してかなり高い。このため剥離に及ぼす因子は、流体せん断応力のような外的要因だけでなく、内的要因が重要であると推察される。支持体と生物膜との間に形成される空洞の形成が第Iおよび第III形態の剥離を誘因する重要な因子であり、ガス空胞の生成が第IIの剥離形態を誘因すると推察される。
本研究で明らかにされた上述の生物膜の生長と剥離機構は、生物膜型廃水処理装置の設計や操作方法に効果的に反映されると確信される。なお、本研究で得られた知見のみでは、生物膜の生長と剥離機構を完全に解明できたとは言えず、多くの研究課題が残されており、今後の研究の展望についても述べてある。