ダム群貯水池における水温予測に関する研究
氏名 大野 俊夫
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第60号
学位授与の日付 平成7年3月24日
学位論文の題目 ダム群貯水池における水温予測に関する研究
論文審査員
主査 教授 早川 典生
副査 教授 小川 正二
副査 教授 桃井 清至
副査 助教授 福嶋 祐介
副査 助教授 本城 勇介
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第1章 序論 p.1
第1節 貯水池温水観測小史 p.1
第2節 水温観測の意義 p.2
第3節 貯水池水温の産業への影響 p.5
3-1 稲作と水温 p.5
3-2 水力発電と水温 p.5
3-3 工業用水と水温 p.6
3-4 上水道と水温 p.6
3-5 水産と水温 p.7
第4節 貯水池水理の各特性モデル p.8
第5節 本研究の概要 p.9
参考文献 p.11
第2章 貯水池水温の予測理論 p.13
第1節 まえがき p.13
1-1 予測の対象(Modeling) p.14
1-2 予測のためのデータ解析(Data analysis) p.15
1-3 予測モデルの決定(Identification) p.15
1-4 予測(Prediction) p.15
1-5 予測結果の検討 p.15
第2節 時系列モデルによる水温予測 p.15
2-1 自己回帰移動平均モデル p.15
2-2 自己相関モデル(ARモデル)による予測 p.18
第3節 伝達相関モデルによる予測(SISOモデル) p.19
3-1 相関法によるシステムの同定 p.20
3-2 インパルス応答モデルによる水温予測 p.21
3-3 システムの逐次同定(カルマン・フィルター法)による水温予測 p.21
第4節 数学モデルによる解析 p.22
4-1 貯水池の水理現象解析のための数学モデル p.22
4-2 決定論的数学モデルと時系列モデル p.24
第5節 結語 p.25
参考文献 p.26
第3章 水温観測法 p.28
第1節 水温観測の目的 p.28
第2節 水温観測器具とその特性 p.29
第3節 温度測定誤差と精度 p.32
第4節 ダム貯水池の水温観測装置 p.32
第5節 結語 p.37
参考文献 p.37
第4章 水温に関する水理実験 p.38
第1節 まえがき p.38
第2節 水槽模型による実験 p.39
2-1 水槽水温のモデリング p.39
2-2 インパルス応答g(m)の最小2乗推定 p.39
2-3 水槽模型による実験 p.42
2-4 データの長さ及びサンプリング時間 p.43
2-5 システムの観測時系列 p.44
2-6 相関関数によるインパルス応答の同定 p.44
第3節 水槽模型システムによるインパルス応答の同定結果 p.46
第4節 水温の予測 p.47
第5節 気温と水温の時系列解析結果と予測 p.47
第6節 結語 p.55
参考文献 p.55
第5章 ダム群貯水池における水温予測例 p.57
第1節 まえがき p.57
第2節 水槽模型実験と越戸ダム貯水池における実験結果の比較 p.57
2-1 気温と水温の時系列解析結果と予測 p.58
2-2 インパルス応答の推定結果と水温予測 p.62
2-3 カルマン・フィルターによる水温測定 p.68
2-4 各種予測法による結果の比較 p.70
2-5 結語 p.70
第3節 ダム群貯水池の水温予測 p.71
3-1 対象ダム群と流域の概要 p.71
3-2 貯水池水温の挙動とその解析 p.75
(1)成層型貯水池における水温の観測結果 p.75
(2)気温と水温の周年変化と調和解析 p.78
(3)F1を除去した残差系列y(t)の解析 p.78
(4)自己回帰式による予測モデル p.87
(5)成層貯水池の垂直方向の年較差および日較差 p.95
(6)水温変動のスペクトル p.100
3-3 線形予測モデルによる水温予測の結果 p.101
(1)ARモデルによる予測とその限界 p.101
(2)ARMAモデルとARIMAモデルによる予測結果 p.102
(3)SISOモデルによる予測 p.103
3-4 水温予測モデルのパラメータの経年変化 p.105
(1)季節及び年による予測モデルパラメータの変化 p.105
3-5 結語 p.113
参考文献 p.113
第6章 貯水池水温の水温予測の信頼性 p.114
第1節 まえがき p.114
第2節 解析方法 p.115
2-1 水温の計測に関する精度と信頼性 p.115
2-2 水温の統計的モデルによる予測誤差の評価方法 p.115
第3節 解析結果 p.116
3-1 ARモデルによる予測 p.116
(1)シミュレーション時系列による予測精度の検討 p.116
(2)矢作ダム水温への適用例 p.119
3-2 統計的モデルの同定に必要な観測時間とその適用限界 p.120
3-3 水温分布の貯水池内の場所(空間)に関する事項 p.120
第4節 結語 p.124
参考文献 p.124
第7章 結論 p.125
謝辞 p.127
付録 p.128
我国の水温研究は、農業用水、工業用水として、その目的に適合した水を得るための実用的見地から始められた。また、日本経済の高度成長は産業構造の変化をもたらし、利水の多様化を促すと共に治水をも満足させる目的で洪水調節、水力発電、上水道、工業用水、農業用水を考慮した多目的ダムが次々と建設されるようになった。これらは、従来の農業用貯水池に比較した時に規模、貯水量が極めて大きい。ダム貯水池と周辺環境との相互作用は、我々の社会・経済活動に影響をもたらすことになった。特に、冷水化現象、濁水長期化、富栄養化等の水質変化は利水上デメリット因子として作用し、これらを解決することが急務である。
水温観測の意義について具体的に述べれば次のようである。水の化学反応の速度は水温によって左右されCOD、DOの値に影響を与える。水の密度も水温に左右され、1℃の水温変化は濁度への影響で換算すれば200~300ppmに相当する。稲作については水稲の発育可能な水温は13~40℃であり、最適温度は30℃位である。濁水長期化は、微細な土粒子が川底を覆って珪藻、緑藻、藍藻等の発育を防止して底棲動物、魚類の生育に悪影響があり、生態系が変化する。京都市の浄水場では、ろ過池において夏期では数時間から十数時間でろ過膜が形成されるが、冬期では十数時間から2、3日かかると報告されている。魚類にはその種族によって生存温度、発育温度、生殖温度等があり、養殖漁業等への配慮も必要である。このように水温の各種産業への影響は極めて大きい。
従来の貯水池水温の予測モデルにはDake-Harlemanのモデル、流出モデル、MITモデルがあり、これらは流体の運動方程式を初期値のもとに数値計算するモデルである。これらの流体力学に基づく理論モデルによる予測は、時空間の初期条件についてすべての観測データを完全に入手しなければならないという困難さを伴う。
貯水池の水温構造は、その規模、気候学的要因やダム運用方法等多くの条件に左右されその構造は複雑で時間と共に不確定的に変動する。この水温変動を確定的な信号とみなすか、あるいは確率的に変動する信号とみなし雑音も考慮するかによって、水温予測モデルは2種類に大別できる。第1は貯水池における水理特性や熱収支等の理論に従った決定的な理論モデルである。一般に、大規模なシステムではたとえ因果関係が把握できたとしても、水温構造を定量化するのに十分なデータを時間空間的に収集できない場合がある。
このような場合に有効な第2の予測法法は確率モデルあるいは時系列モデルである。これは不規則に変動する時間的データの統計的特性をとらえて騒音を除去し、その変動の特性を応用して水温を予測するものであり、最近では工学、社会学および医学における複雑な大規模システムへの適用例がある。
本研究は、前述の背景をふまえ、確率モデルによる水温の予測方法の開発および有効性を定量的に評価することを目的としたものである。特に一つの水系の貯水池群に関して水温の挙動の解明と予測方法の開発に努めてきた。本論文はこれらの研究成果をまとめたものであり、各章の概要は次のようである。
第1章「序論」では、水温観測史を概観し水温の意義について論じ、本論文の目的と手法およびその内容を述べる。
第2章「貯水池水温の予測理論」では、貯水池水温構造は時間と共に不確定に変動すると考え、確率モデルを適用しても予測可能なことを示す。
なお、記述されたモデルを大別すれば決定的モデルと確率統計的モデルがあり、貯水池水理現象の予測においては、前者によるものが多く、後者によるものは極めて少ないので確率論的手法によることにした。
第3章「水温観測法」では、水温の鉛直分布を観測する温度計として用いたサーミスタ温度計の特徴とその誤差、判定について述べる。次に、矢作川水系のダムにおいて多点連続式温度記録計を用いた水温および気温のデータ観測装置について論じた。
第4章「水温に関する水理実験」では、システムへの入力は気温とし、水温をシステムの出力とした場合がこの問題の第1近似値であると考え、システムのインパルス応答を観測データをベースにして求め、その予測精度について検討した。
第5章「ダム群貯水池における水温予測例」では、水温を一点で集中できると考えられる越戸ダム貯水池について同定し、その同定モデルによる水温予測の適応例を示し、水槽実験と比較して論じた。
第6章「貯水池水温の水温予測の信頼性」では、自己回帰モデルを代表例として取り上げ、予測誤差の評価と信頼性を検討した。
第7章「結論」は、各章の成果をまとめた。