比較観測による地表面熱収支モデルの普遍化に関する基礎的研究
氏名 小池 正子
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第114号
学位授与の日付 平成7年8月31日
学位論文の題目 比較観測による地表面熱収支モデルの普遍化に関する基礎的研究
論文審査委員
主査 教授 早川 典生
副査 教授 後藤 巌
副査 教授 梅村 晃由
副査 助教授 小池 俊雄
副査 助教授 福嶋 祐介
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目次
1 序論 p.1
1.1 研究の必要性 p.1
1.2 研究の目的 p.5
1.3 論文の構成 p.5
2 雪面熱収支式 p.7
2.1 緒言 p.7
2.2 雪面熱収支式 p.7
2.3 放射収支量の算定 p.8
2.3.1 既往の研究 p.9
2.3.2 無林地雪面での放射収支推定式 p.13
2.3.3 森林内雪面での放射収支推定式 p.14
2.4 乱流熱輸送量算定に関する基礎的検討 p.15
2.4.1 乱流熱輸送量 p.15
2.4.2 乱流熱輸送量算定式 p.16
2.4.3 ボーエン比法 p.19
2.4.4 乱流熱輸送量を特徴づける変数 p.19
2.4.5 粗度の違いによる乱流熱輸送特性検討の手法 p.20
2.5 雪面熱収支算定モデル p.21
2.5.1 既往の研究 p.21
2.5.2 雪面熱収支算定モデルの構築 p.22
2.6 総括 p.22
3 現地比較観測の概要 p.23
3.1 緒言 p.23
3.2 雪面熱収支観測の概要 p.24
3.2.1 比較観測地点の選定 p.24
3.2.2 比較観測地点の概要 p.25
3.2.3 雪面熱収支観測項目 p.31
3.2.4 雪面熱収支観測データの処理方法 p.41
3.2.5 観測データの妥当性の検討 p.45
3.3 乱流輸送特性観測の概要 p.49
3.3.1 乱流熱輸送特性観測地点の選定 p.49
3.3.2 乱流熱輸送特性に関する観測方法の選定 p.52
3.3.3 変動法観測の概要 p.57
3.3.4 変動法観測によるデータ処理 p.59
4 熱収支モデルの適合性 p.60
4.1 緒言 p.60
4.2 算定地点及び期間 p.60
4.3 雪面熱収支モデルに必要な係数の決定法 p.60
4.4 雪面熱収支の適合性 p.66
5 地表面熱収支の時空間分布特性 p.72
5.1 緒言 p.72
5.2 既往の研究 p.72
5.2.1 雪面熱収支特性 p.72
5.2.2 粗度の違いによる乱流熱輸送特性 p.74
5.3 雪面熱収支空間分布特性 p.75
5.3.1 地形(標高)条件 p.75
5.3.2 地形(谷部)条件 p.80
5.3.3 森林条件 p.82
5.4 雪面熱収支季節分布特性 p.86
5.4.1 無林地における季節の違い p.86
5.4.2 森林条件の違いによる季節の違い p.87
5.5 地表面粗度違いによる乱流熱輸送特性 p.91
5.5.1 観測における平均的なバルク係数 p.91
5.5.2 安定度と顕熱バルク係数の関係 p.91
5.5.3 地表面粗度の違いによる乱流輸送特性 p.94
5.5.4 WFにおけるアースハンモックの分布の検討 p.96
5.5.5 乱流構造の比較 p.101
5.5.6 表面状態の違いによる顕熱バルク係数の特性 p.103
6 結論 p.104
6.1 分布特性のまとめ p.104
6.2 地表面熱収支特性の普遍化に関する一考察 p.105
6.2.1 森林内放射収支量 p.106
謝辞 p.107
図目次
1.1 雪ダム概念図 p.2
1.2 雪ダム設置による流況変化 p.2
1.3 ユーラシア大陸の積雪面積と夏のインドモンスーン降水量の年々変動 p.3
2.1 地表面の熱収支の説明図 p.8
2.2 太陽と大気の放射スペクトル分布 p.9
2.3 風速スペクトル分布 p.15
3.1 雪面熱収支特性比較条件の概要 p.26
3.2 雪面熱収支観測地点概略図 p.26
3.3-a 筍山山頂付近 p.27
3.3-b 山古志村付近 p.27
3.3-c 富士山山頂付近 p.28
3.3-d 神葉沢 p.28
3.3 観測地点地勢図 p.28
3.4 アメダス観測図 p.32
3.5 日射計動作原理 p.39
3.6 放射収支計感部の断面 p.39
3.7 雪面熱収支観測タワー概略図 p.42
3.8 積雪断面の鉛直密度分布 p.46
3.9-a 積雪水量対応図(o1地点) p.47
3.9-b 積雪水量対応図(f5地点) p.47
3.9 積雪水量対応図 p.47
3.10 放射収支量の実測値と理想値の関係(f3地点) p.48
3.11 乱流熱輸送特性の比較対象 p.50
3.12-a チベット高原観測領域及び観測地点 p.51
3.12-b 川西町 p.52
3.12 観測地点地勢図(乱流熱輸送特性) p.52
3.13 超音波風速温度計設計概要図 p.56
4.1 無林地・林内アルベド比較 p.64
4.2 無林地・林内全天日射量比較 p.64
4.3 雪面でのバルク係数決定法 p.65
4.4-a 雪面熱収支モデル適合性(a)~(l) p.67
4.4-b 雪面熱収支モデル適合性(m)~(u) p.68
4.4 雪面熱収支モデル適合性 p.68
4.5 放射収支量モデルの適合性 p.69
4.6-a o1地点:無林地 p.70
4.6-b f2地点:日射遮蔽率20% p.70
4.6-c f3地点:日射遮蔽率44% p.70
4.6-d f4地点:日射遮蔽率80% p.70
4.6 放射収支モデルの時間変動による適合性(1994/04/20~04/22) p.70
4.7 第一次バルク係数、算定バルク係数による累加曲線 p.71
5.1 雪面熱収支構成図 p.76
5.2 気象要素 p.76
5.3 潜熱輸送量指標 p.76
5.4 雪面熱収支構成図 p.77
5.5 放射収支構成図 p.78
5.6 風速と温度差の関係 p.78
5.7 風速と水蒸気圧差の関係 p.79
5.8 潜熱輸送量の指標 p.79
5.9 雪面熱収支構成図 p.80
5.10 放射収支構成図 p.81
5.11 風速と水蒸気圧差の関係 p.81
5.12 雪面熱収支構成図 p.82
5.13 放射収支構成比 p.83
5.14-a 気温 p.85
5.14-b 風速 p.85
5.14-c 水蒸気圧 p.85
5.14 無林地と林内の気象要素 p.85
5.15 雪面熱収支構成図 p.86
5.16 放射収支量構成図 p.87
5.17-a 放射収支量 p.88
5.17-b 顕熱輸送量 p.88
5.17-c 潜熱輸送量 p.88
5.17 熱収支項構成(前半・後半) p.88
5.18 放射収支量構成(前半・後半) p.89
5.19 顕熱輸送量の構成(前半・後半) p.90
5.20 潜熱輸送量の構成(前半・後半) p.91
5.21-a DF p.92
5.21-b WF p.92
5.21 チベット高原で観測された顕熱バルク係数 p.92
5.22-a DF p.93
5.22-b WF p.93
5.22 リチャードソン数と顕熱のバルク係数の関係 p.93
5.23-a DF p.94
5.23-b WF p.94
5.23 平均風速(1.7m)と鉛直風速のr.m.s p.94
5.24 WF地点の平均風速(1.7m)と鉛直風速のr.m.sの関係 p.95
5.25 WFにおける観測日における風向分布 p.96
5.27 撮影方法 p.98
5.26 SAR画像による後方散乱係数分布 p.99
5.28-a DF水平風速2.3m/s p.101
5.28-b WF水平風速2.6m/s p.102
5.28 パワースペクトル分布 p.102
5.29 渦スケールの比較 p.102
5.30 鉛直風速の2乗平均平方根と顕熱バルク係数の関係 p.103
写真目次
3.1-a o1地点(標高1500m) p.29
3.1-b o2地点(標高1800m) p.29
3.1-c o3地点(標高300m) p.29
3.1-d o4地点(標高300m) p.29
3.1-e f1地点(標高1500m):ブナ林 p.29
3.1-f f2地点(標高1500m):ダケカンバ林 p.29
3.1-g f3地点(標高1500m):オオシラビソ林 p.30
3.1-h f4地点(標高1800m):タケカンバ林 p.30
3.1-i f5地点(標高1800m):オオシラビソ林 p.30
3.1-j f6地点(標高300m):スギ林 p.30
3.1-k m1地点(標高3400m):富士山8合目 p.30
3.1-l u1地点(標高1100m):神葉沢谷部 p.30
3.1 観測地点風景 p.30
3.2 気象観測タワー(3点固定式) p.33
3.3 雪面熱収支観測タワー p.33
3.4-a 自然通風型温湿度計 p.33
3.4-b 強制通風型温湿度計(1993年春制作) p.33
3.4-c 強制通風型温湿度計(1994年夏制作) p.33
3.4 温湿度計 p.33
3.5-a 発電式強風計 p.34
3.5-b 電接式微風計
3.5-b 電接式微風計 p.34
3.5-c 電接式強風計 p.34
3.5 各種三杯式風速計 p.34
3.6 放射温度計 p.34
3.7 日射計 p.35
3.8-a 放射収支計 p.35
3.8-b 放射収支計 p.35
3.8 放射収支計 p.35
3.9 放射収支計通風装置 p.35
3.10 融雪深計測用雪尺 p.36
3.11 雪尺撮影用カメラ p.36
3.12-a 積雪断面 p.36
3.12-b 密度観測 p.36
3.12 積雪断面観測 p.36
3.13-a DF地点(標高5100m):平坦地 p.53
3.13-b WF地点(標高5020m):アースハンモック p.53
3.13-c r1地点(標高100m):雪面 p.53
3.13 観測地点風景(乱流熱輸送特性) p.53
3.14-a 変動風速・温度観測(DF地点) p.54
3.14-b データ記録部(DF地点) p.54
3.14-c 平均気象要素観測(DF地点) p.54
3.14 変動法による観測(DF地点) p.54
3.15-a 変動風速・温度観測(WF地点) p.54
3.15-b データ記録部(WF地点) p.54
3.15-c 平均気象要素観測(WF地点) p.54
3.15 変動法による観測(WF地点) p.54
5.1 WF周辺のSAR画像(1993年1月) p.99
5.2 WF観測地点付近の状況 p.100
表目次
2.1 長波放射収支算式(無林地) p.12
2.2 森林内放射収支算定手法の比較 p.13
2.3 リチャードソン数と乱流状態の関係 p.20
3.1 雪面熱収支項算定の観測要素 p.31
3.2 雪面熱収支項算定式検証の観測要素 p.31
3.3 観測期間及び観測項目(雪面熱収支) p.43
3.4 測定機器及び測定方法(雪面熱収支) p.44
3.5 変動法の観測要素 p.55
3.6 雪面平均法の観測要素 p.55
3.7 観測期間及び観測項目(変動法) p.57
3.8 測定機器及び測定方法(変動法) p.58
3.9 変動法による乱流特徴変数 p.59
4.1 雪面熱収支モデルを適用した観測地点及び算定された熱収支項目 p.61
4.2 推定された係数 p.63
5.1 SARの諸元 p.97
雪は、発電・都市・農業用水として、利用されている重要な水資源である。反面、雪崩や融雪洪水そして、豪雪による交通障害を引き起こす災害原因ともなる。また、広域的な積雪変動は、気候システムの変動に大きな影響を与えるという知見も得られており、資源・防災だけでなく、地球科学的側面からも、雪の変動の時空間分布を把握することの重要性は非常に高い。
融雪による雪の変動メカニズムの解明は、雪面熱収支の定量的な把握が必要であり、広域的にそれらを把握するには、実測に加えてモデルによる算定が不可欠である。現在、衛星リモートセンシングによる積雪観測データに基づき、斜面、標高の違いを考慮した融雪量分布情報を得る手法が確立されている。しかしながら、多用な地形、地被、気象条件下における融雪量の算定精度は不十分であり、様々な条件下でも適応可能な雪面熱収支に関する普遍的なモデルの構築が望まれている。
そこで、本研究の目的は、普遍的な雪面熱収支モデルを構築するための基礎的な知見を得ることである。そのために、異なる地形(標高・起伏)・地被(森林)条件を有する11カ所の観測地点を選定し、融雪初期から消雪時まで通して、雪面熱収支の比較観測を行った。観測地点中2カ所については、連続する2年間にわたり融雪観測を実施した。得られた観測データに基づいて、各熱収支項を計算するモデルをそれぞれの地点毎に構築し、モデルの検証の結果、その妥当性が示された。そして個々のモデルを適用して算定された各熱収支項を地形(標高・起伏)・地被(森林)条件毎に比較し、さらにその季節変化についても検討することにより、雪面熱収支の時空間分布特性を解明した。また、乱流熱輸送特性については、森林内外及び地表面の幾何学的粗度の違いに着目した。前者では熱収支的な検討により、一方後者においては、渦相関法を用いた乱流の直接計測により、それぞれの条件の違いが、乱流熱輸送量に与える影響を比較検討した。さらに衛星データによる解析も加え、乱流構造、輸送メカニズムの特徴を明らかにした。
得られた成果を以下にまとめる。まず、雪面熱収支の空間分布特性については、
(1)標高の違いによる放射収支量は、300mと1800mでは大きな違いはないが、標高3400mになると局所的な気象の影響により全天日射量が低下し、放射収支量が小さくなる傾向がある。
(2)標高に関わらず雪面温度と気温との差が、期間を通して平均的に正となるので、強風状態がしばしば発生する標高3400mでは、顕熱輸送量が大きくなる。一方、潜熱輸送量は、標高が高くなるにつれ水蒸気圧が低くなるので負になる傾向がある。
(3)放射収支量は、ほぼ同標高の谷部と平坦地では大きな差はなかった。その理由は、谷部では日射の遮蔽はあるが、頻繁な霧の発生により長波放射収支量が正に働くことと、積雪の変態によるアルベド低下の効果が大きいため、である。また、谷部では、多湿で定常的な斜面下降風のため、潜熱輸送量は比較的大きくなる。
(4)森林条件の違いについて、放射収支量、顕熱輸送量は、日射遮蔽率の増加に伴い減少する傾向がある。一方、潜熱輸送量は日射遮蔽率との相関はない。季節的な雪面熱収支の構成の相違には、以下の特徴がある。
(1)無林地では、放射収支量の季節変化がきわめて大きい。
(2)異なる森林条件では、放射収支量、顕熱輸送量の季節較差は、日射遮蔽率の増加に伴い小さくなる。潜熱輸送量の季節較差は、日射遮蔽率とは無関係であり、放射収支量、顕熱輸送量の較差は大きい。
異なる地表面状態の乱流熱輸送特性については以下の知見が得られた。
(1)森林とそれに近接した無林地における雪面の顕熱バルク係数は、樹種の違いによる差はないが、障害物のない雪面より大きい。
(2)凹凸のある地表面では、鉛直風速の変動の自乗平均平方根及び乱流渦スケールが、平坦な地表面より大きい。乱流熱輸送を決定するパラメータである顕熱バルク係数は、比較的平坦な地表面では変化しないが、凹凸のある地表面では鉛直風速変動の自乗平均平方根の増加とともに増加する。
以上の結果を基に、地表面熱収支モデルの普遍化に関する可能性を以下のように考察した。
(1)解析対象地域においては、森林内の放射収支、顕熱輸送量が、日射遮蔽率の10%の増加に対し、それぞれの無林地の量の1割程度の割合で減少する。
(2)異なる粗度の地表面でのバルク係数の違いが、衛星搭載の合成開口レーダにより抽出可能であることを定性的に示した。