金属錯体を用いた大気圧CVD法による酸化物透明導電膜の合成に関する基礎的研究
氏名 西野 純一
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第78号
学位授与の日付 平成8年3月25日
学位論文の題目 金属錯体を用いた大気圧CVD法による酸化物透明導電膜の合成に関する基礎的研究
論文審査委員
主査 助教授 丸山 一典
副査 教授 植松 敬三
副査 教授 高田 雅介
副査 教授 山田 明文
副査 教授 小松 高行
副査 講師 斎藤 秀俊
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目次
第1章 序論
1-1 本研究の背景 p.1
1-2 本研究の目的 p.4
1-3 透明導電膜 p.5
1-4 本論文の概要 p.6
参考文献 p.7
図表 p.8
第2章 金属錯体を用いた導電性酸化物膜の合成における基板温度の影響
2-1 緒言 p.13
2-2 実験方法 p.16
2-3 結果および考察 p.22
2-4 まとめ p.31
参考文献 p.33
図表 p.37
第3章 アセチルアセトナト-インジウムの熱分解とIn2O3膜の析出機構の解明
3-1 緒言 p.68
3-2 実験方法 p.68
3-3 結果および考察 p.69
3-4 まとめ p.73
参考文献 p.73
図表 p.74
第4章 金属錯体を用いたZnO膜の合成における3価元素ドープの影響
4-1 緒言 p.85
4-2 ZnO:Al膜
4-2-1 はじめに p.86
4-2-2 実験方法 p.86
4-2-3 結果および考察 p.88
4-2-4 小括 p.91
4-3 ZnO:In膜
4-3-1 はじめに p.92
4-3-2 実験方法 p.92
4-3-3 結果および考察 p.93
4-3-4 小括 p.95
4-4 まとめ p.96
参考文献 p.96
図表 p.99
第5章 アセチルアセトンの錯形成反応を利用したZnO膜のエッチング
5-1 緒言 p.120
5-2 実験方法 p.121
5-3 結果および考察 p.121
5-4 まとめ p.123
参考文献 p.124
図表 p.125
第6章 総括
5-1 総括 p.132
謝辞 p.135
発表論文 p.136
CVD(化学気相析出)法は、気化原料と反応ガスの間の化学反応を利用した薄膜作製法であり、組成制御性が良い、量産性が高い、適用範囲が広いなどの特徴があり、機能性膜の合成に広く用いられている。しかし、従来の塩化物等を原料とするCVD法は、製膜に1000℃近くの高温が必要であることや、反応時に腐食性ガスが発生するため膜への汚染と周辺装置の腐食を引き起こすなどの欠点がある。近年、特に機能性酸化物薄膜の作製法として、取り扱いが容易で腐食性ガスを出さないβ-ジケント金属錯体を原料とするCVD法が注目されている。しかし、これまでの研究例では、装置依存性が高くスケールアップがしにくく、また、製膜効率および量産性は著しく低く、製膜過程に関する考察もほとんど行なわれていない。本研究では、広範囲に適用可能な金属錯体を用いた低温大気圧CVD法の工業技術としての基礎を確立することを目的として、機能性膜の合成条件と生成膜の析出速度および膜の基礎特性との関係について検討した。この目的のために、大面積の製膜が可能で、製膜効率および量産性が高く、製膜過程の検討が容易なスリット型大気圧CVD装置を作製した。本研究を行うための材料系として、現在最も広範囲に利用されている機能性酸化物膜の1つである透明導電膜の合成を試みた。原料には、合成および構造が最も簡単で金属錯体として代表的な2、4-ペンタンジオナト(アセチルアセトナト)金属錯体を選び、酸化亜鉛(ZnO)膜、酸化スズ(SnO2)膜、酸化インジウム(In2O3)膜および3価元素(アルミニウム,インジウム)添加酸化亜鉛(ZnO:Al,ZnO:In)膜の合成条件と膜の析出速度および膜の基礎特性との対応を明らかにした。その結果に基づき、大気圧CVD法の可能性および製膜過程に関する考察を行なった。
第1章「序論」では、本研究の背景として、従来の金属錯体を用いたCVD法の問題点を述べると共に、本研究の意義および目的を示した。
第2章「金属錯体を用いた導電性酸化物膜の合成における基板温度の影響」では、製膜効率、スケールアップおよび量産性に優れたスリット型ノズルを持つ大気圧CVD装置を作製した。これによりアセチルアセトナト金属錯体を原料としてZnO、SuO2、In2O3膜を合成し、基板温度と膜の析出速度、膜の微構造および基礎物性との関係について検討した。その結果、大気圧下でアセチルアセトナト金属錯体を原料として用いるCVD法では、大気圧下で製膜できる反面、反応条件等の影響は非常に大きく、また、品質の良い膜が得られる製膜条件の幅は比較的狭いことがわかった。
第3章「アセチルアセトナト-インジウムの熱分解とIn2O3膜の析出機構の解明」では、本研究の気化原料であるアセチルアセトナト-インジウム〔In(C5H7O2)3〕の熱分析とIn2O3膜の製膜初期の析出速度と膜の屈折率の測定を行ない製膜機構について考察した。
一般のCVD反応では、低い基板温度においては基板上での表面反応(不均一相核生成)が優勢であり、高温側では気相反応(均一相核生成)が律速しているとされている。また、それぞれの律速領域の中間には供給律速領域が存在するとされている。本研究における製膜初期段階でのIn2O3膜の析出速度の基板温度依存性は、4つの析出領域に分類された。第I領域は表面反応律速領域、第II第IIIの領域は共に原料供給律速領域であり、第II領域は膜の緻密化による見かけの析出速度の低下領域で、第III領域は結晶成長が核生成よりも優勢になるため膜の密度が低くなり見かけ上析出速度が増加する領域であることがわかった。第IV領域は気相反応による均一相核生成領域と考えられた。また、原料金属錯体およびその反応中間体の熱分解挙動からIn2O3膜の低基板温度での製膜反応には、活性化エネルギーの小さい原料金属錯体からのフラグメントが関わっている可能性が高いことが考えられた。
第4章「金属錯体を用いたZnO膜の合成における3価元素ドープの影響」においてはZnO膜中のキャリヤー密度を増加させるため3価元素をZnO膜にドープした場合の影響について検討した。その結果AlまたはInをZnO膜中にドープすることにより、4-7×10-5Ω・mという低抵抗で430-800nmの光の波長領域において透過率80%以上の膜が合成できた。このことから、アモルファス太陽電池用透明導電膜として実用可能な大面積ZnO系透明導電膜を、本スリット型ノズルを用いた大気圧CVD法により合成が可能であることがわかった。
第5章「アセチルアセトンの錯形成反応を利用したZnO膜のエッチング」では、ZnO膜についてアセチルアセトン〔H(C5H7O2)〕によるウエットエッチングを行ない、アセチルアセトンの錯形成反応を利用したエッチング法がリサイクル可能な新しいエッチング法として有望であることを示した。
第6章「総括」では、本研究で得られた諸結果を総括した。
以上、本研究を通してアセチルアセトナト金属錯体を用いた大気圧CVD法における製膜の条件と膜の性質との関係を明らかにすることができた。
本研究の成果および意義は、製膜効率、スケールアップおよび量産性に優れたスリット型大気圧CVD装置を開発し、これにより容易に大気圧下での透明導電膜の作製を可能にし、その基礎特性を明らかにし、良質な酸化物膜の合成への方向性を見いだしたことである。