DLC薄膜の耐摩耗性・耐蝕性の向上に関する研究
氏名 中山 正俊
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第79号
学位授与の日付 平成8年3月25日
学位論文の題目 DLC薄膜の耐摩耗性・耐蝕性の向上に関する研究
論文審査委員
主査 助教授 丸山 一典
副査 教授 飯田 誠之
副査 助教授 石黒 孝
副査 助教授 安井 寛治
副査 講師 斎藤 秀俊
副査 東京工業大学 教授 吉川 昌範
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目次
第1章 序論 p.1
1-1 研究の背景 p.1
1-1-1 ダイヤモンドライクカーボン膜の重要性 p.1
1-1-2 DLC膜の用途とその応用 p.2
1-1-3 DLC膜の作製方法 p.3
1-1-3-1 直流バイアス印加プラズマCVD法によるDLC膜の作製 p.3
1-1-3-2 セルフバイアス利用プラズマCVD法によるDLC膜の作製 p.4
1-1-3-3 イオン化蒸着法によるDLC膜の作製 p.4
1-2 研究の目的 p.5
1-3 本論文の構成と概要 p.5
参考文献 p.8
第2章 無気孔DLC膜の作製と耐蝕性の評価 p.9
2-1 緒言 p.9
2-2 実験方法と評価方法 p.9
2-2-1 正負のバイアス印加によるDLC膜の成膜方法 p.9
2-2-2 ガス添加条件でのDLC膜の成膜方法 p.10
2-2-3 アーク放電とゴミ対策 p.12
2-2-4 評価方法 p.14
2-3 結果と考察 p.15
2-3-1 正と負のバイアス条件で膜作製時の成膜速度と流れる電流 p.15
2-3-2 正と負のバイアス条件で作製した膜の微細構造 作製条件と気孔の有無とその評価 p.17
2-3-3 ガス添加条件で作製した膜の化学組成 p.25
2-3-4 ガス添加条件で作製した膜のガス透過性 p.30
2-3-5 ガス添加条件で作製した膜表面の微細構造 p.32
2-3-6 膜の平滑性、気孔の有無と正と負のバイアス印加条件 p.39
2-3-7 C2H4-N2混合ガス系で作製した膜のガス透過性 p.39
2-3-8 C2H4-H2混合ガス系で作製した膜のガス透過性 p.40
2-3-9 C2H4-Ar混合ガス系で作製した膜のガス透過性 p.40
2-4 結論 p.41
参考文献 p.42
第3章 DLC膜の密着性の改善と鉄基板へのDLC膜の成膜 p.43
3-1 緒言 p.43
3-2 実験方法と評価方法 p.44
3-2-1 DLC膜の作製方法 p.44
3-2-2 評価方法 p.45
3-3 結果 p.47
3-4 考察 p.55
3-4 結論 p.56
参考文献 p.57
第4章 DLC膜の耐摩耗性の発現機構 p.58
4-1 緒言 p.58
4-2 実験方法と評価方法 p.58
4-2-1 DLC膜の作製方法 p.58
4-2-2 評価方法 p.60
4-3 結果 p.62
4-4 考察 p.70
4-5 結論 p.72
参考文献 p.72
第5章 DLC膜の構造と性質におよぼすガス添加効果 p.73
5-1 緒言 p.73
5-2 実験方法と評価方法 p.74
5-2-1 DLC膜の作製方法 p.74
5-2-2 評価方法 p.76
5-3 結果 p.77
5-3-1 膜の化学組成 p.77
5-3-2 膜の密度 p.77
5-3-3 膜の屈折率 p.78
5-3-4 膜の圧縮の内部応力 p.81
5-3-5 膜の硬度 p.81
5-4 考察 p.85
5-4-1 膜組成と膜の内部応力 p.85
5-4-2 膜の硬度と添加ガスの効果 p.86
5-4-3 C2H4-N2混合ガス系で作製したa-C:H膜の屈折率 p.87
5-5 結論 p.88
参考文献 p.89
第6章 DLC膜の性質と正と負のバイアス効果 p.90
6-1 緒言 p.90
6-2 実験方法と評価方法 p.91
6-2-1 DLC膜の作製方法 p.91
6-2-2 評価方法 p.92
6-3 結果と考察 p.94
6-3-1 屈折率 p.94
6-3-2 接触角 p.96
6-3-3 密着力 p.96
6-4 結論 p.100
参考文献 p.101
第7章 DLC膜の性質のモニターと制御 p.102
7-1 緒言 p.102
7-2 実験方法と評価方法 p.102
7-2-1 DLC膜の作製方法 p.102
7-2-2 評価方法 p.105
7-3 結果と考察 p.106
7-3-1 成膜速度 p.106
7-3-2 膜の構造 p.108
7-3-2-1 赤外吸収スペクトルからわかる膜の構造 p.108
7-3-2-2 ラマンスペクトルからわかる膜の構造 p.108
7-3-3 膜の硬度 p.117
7-3-4 膜の屈折率 p.117
7-4 結論 p.119
参考文献 p.120
第8章 結論 p.122
謝辞 p.123
発表論文一覧 p.124
権利化特許 p.128
近年、磁気記録システムの急速な高密度化にともない、媒体とヘッドの高性能化と同時に耐蝕性と電気絶縁性にも優れたギャップの小さい薄膜が保護膜として求められている。この保護膜を実現するための重要な解決すべき課題は、無気孔で耐磨耗性の優れた10nm以下の薄膜を得ることであった。この要求に対して、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜の作製条件がDLC膜の内部構造、組成、表面構造と気孔、およびガス透過性にどのような影響を与えるかを調べ、ついで優れた耐磨耗性を発現する機構について明らかにした。本論文は、耐磨耗性、耐蝕性の優れた10nm以下のDLC薄膜の作製条件と膜の気孔の有無、ガス透過性の関係について明らかにし、耐磨耗性、耐蝕性などの性質が発現する機構について論じたものである。
第1章では、本研究は背景としてのDLC膜の重要性、作製方法および本研究の目的について述べた。
第2章では、10nm以下のDLC薄膜の作製時に印加する正または負のバイアス電圧および作製時に添加するガスの種類が作製膜の表面性、気孔の有無とガス透過性に与える影響について検討した。気孔の有無と大きさは熱水試験後の光学顕微鏡、電子顕微鏡、原子間力顕微鏡による観察で評価し、ガス透過性は昇温脱離ガス分析による脱ガス量で評価した。正のバイアスを印加した条件でDLC膜を作製すると、表面は粗く、断面に存在する気孔が電子顕微鏡で観察された。しかし、負のバイアスを印加すると、作製膜の表面は平滑となり、気孔の存在は電子顕微鏡でも観察されなかった。高い負のバイアス電圧を印加して、Ar、N2あるいはH2を添加および添加ガス無しの原料ガス条件でDLC膜を作製すると、原子間力顕微鏡観察による作製膜の表面粗さは基板のシリコンウエハーと同一で、非常に平滑であり、添加ガスの種類による表面粗さの差は見い出されなかった。一方、膜のガス透過性により決まる昇温時の脱ガス量では、添加ガスの種類による明確な差が検出された。N2を添加してDLC膜を作製すると、膜中にCとNの二重結合や三重結合が生成し、膜の架橋密度が低下し、それによりガス透過性が増加し、昇温時の脱ガス量が大幅に増加した。Arを添加してDLC膜を作製すると、Arが膜組成であるCやHと反応しないため、ガス透過性は変化しなかった。
以上の結果から、装置上のアーク放電とゴミ対策を実施し、負のバイアス印加条件で無気孔のDLC薄膜が作製できることがわかった。無気孔DLC膜の耐蝕能は昇温時の脱ガス量により評価可能で、添加ガスと炭素との反応性が低くしかも添加ガス分圧の低い条件において高い耐蝕性を有するDLC膜が作製できることを明らかにした。
第3章では、DLC膜の密着性とその要因を検討し、それまで不可能だった鉄基板上にDLC膜を密着性良く均一に成膜する方法について述べた。この方法が発表されるまでは、安価で汎用性の高い鉄基板の上にDLC膜を均一に成膜することができなかった。しかし、ボンバード前処理を採用することで基板表面の炭素や酸素の汚染を除去するとともに、基板上に炭素と親和性の良いモリブデンの薄膜中間層を形成して、鉄基板上にDLC保護膜を密着性良く成膜することを可能にした。
第4章では、鉄基板を含む各種基板にDLC膜を成膜し、その耐磨耗性をその時点で最も良く用いられていたTiN保護膜と比較して述べた。DLC膜をどのような基板に成膜しても、耐磨耗性、摩擦特性、接触角などの性質は基板に依存せず、DLC膜の固有の値を示すため、基板の耐磨耗性を向上させるに一番重要なことはDLC膜を基板に密着性良く成膜することであることを明らかにした。DLC膜の耐磨耗性がTiN膜より優れている理由は、硬度が高く、摩擦係数が低く、平滑なアモルファス構造によることを明らかにした。
第5章では、DLC膜の内部応力を低下させる目的で、原料ガスに化学的性質の異なるガスを添加してDLC膜を作製し、得られた膜の内部構造、組成と膜の性質の関係について述べた。N2を添加して作製したDLC膜中にCとNの二重結合や三重結合が生成し、作製膜の内部応力は低減したが、膜の硬度と密度も低下した。一方、反応性の低いArを添加してDLC膜を作製した場合、Arが膜を構成するCやHとは反応しないため膜の架橋密度は変わらず、作製膜の硬度、内部応力と密度が変化しなかった。従って、添加ガスの化学的性質により作製膜の架橋密度が影響を受け、それにともなって膜の性質が変化することがわかった。
第6章では、DLC膜を正または負のバイアスを印加して作製し、膜の内部構造と膜の性質との関係について述べた。負のバイアスを印加すると、バイアス電圧の増加とともに成膜速度、屈折率、密着力が増加し、接触角は低下した。しかし、正のバイアスを印加してもこれらの性質はほとんど変化しなかった。これは負のバイアスにより正イオンが成膜基板に衝突するが、炭化水素プラズマ中に負イオンがほとんど存在しないため正バイアスでは軽い電子のみが成膜基板に衝突し、膜の性質を変えられないと考えられた。
第7章では、DLC膜の実用化においては狭い範囲で硬度や密度などの膜の性質を制御することが必要なので、そのDLC膜の性質を容易でかつ再現性良くモニターする方法について述べた。磁気記録の用途では触媒とヘッドがお互いに擦り合いながら走行しているため、耐久性を確保するためには保護膜の硬度を微妙に制御する必要がある。生産現場で膜質のモニターを指標を決めるため、負のバイアス条件を変えて製作したDLC膜の屈折率、硬度と赤外吸収スペクトルとラマンスペクトルを比較検討した。その結果、作製条件に敏感で、容易に再現性良く測定できる指標は屈折率であった。しかもこの屈折率は膜の密度と硬度に強く相関しているため、膜の屈折率が膜の性質のモニター用の指標として最も適していることがわかった。