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アクチン繊維の横方向ゆらぎと運動系再構成

氏名 羽鳥 晋由
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第115号
学位授与の日付 平成8年3月25日
学位論文の題目 アクチン繊維の横方向ゆらぎと運動系再構成
論文審査委員
 主査 教授 松野 孝一郎
 副査 教授 山元 晧二
 副査 教授 山田 良平
 副査 教授 曽田 邦嗣
 副査 助教授 本多 元

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目次
1章 序論 p.1
1.1 アクチンとミオシン相互作用と問題 p.1
1.2 ATP分解と滑り速度 p.1
1.3 滑り運動系の意義 p.2
1.4 本研究の動機 p.2
1.5 アクチン・ミオシンエネルギー変換機構の有用性 p.3
2章 実験方法 p.4
2.1 試薬 p.4
2.2 蛋白質 p.4
2.3 滑り運動系 p.4
2.4 画像処理システム p.8
2.5 解析方法 p.11
2.5.1 アクチン繊維の横方向ゆらぎの大きさ p.11
2.5.2 アクチン繊維の横方向ゆらぎの相関関数 p.12
2.6 ATP濃度に体するATPase活性の測定 p.15
3章 結果と考察 p.16
3.1 測定システムの検定 p.16
3.2 ライゴール条件下でのアクチン繊維の横方向ゆらぎ p.18
3.2.1 アクチン繊維の横方向の変位 p.18
3.2.2 横方向ゆらぎの分布 p.18
3.2.3 総和した横方向ゆらぎのヒストグラム p.19
3.2.4 アクチン繊維の横方向ゆらぎのミオシン濃度依存性 p.25
3.3 横方向ゆらぎのATP濃度依存性 p.27
3.3.1 滑り速度との比較 p.27
3.3.2 ATP分解活性との比較 p.28
3.3.3 横方向変位分布の尖度 p.31
3.3.4 横方向変位分布の分散ATPase活性の関係 p.31
3.8 横方向ゆらぎの相関性 p.34
3.8.1 ライゴール条件下での自己相関関数 p.34
3.8.2 ATP存在時の自己相関関数 p.34
3.8.3 ライゴール条件下での相互相関関数 p.37
3.8.4 ATP存在下での相互相関関数 p.37
3.9 横方向ゆらぎの伝播 p.40
3.9.1 ATP存在下での横方向ゆらぎの伝播 p.40
3.9.2 横方向ゆらぎ伝播のATP濃度依存性 p.40
3.9.3 横方向ゆらぎ伝播の解釈 p.41
4章 結論 p.45
5章 参考文献 p.48

 本研究は、アクチン蛋白質繊維とミオシン蛋白質分子の相対運動を可能にする機構を探ることを目的とした。アクチンとミシオンは生体中の様々な運動を担う働きをする。例えば、筋収縮、細胞運動、原形質流動などがアクチンとミオシンによっておこなわれる。この蛋白質分子は熱的ゆらぎの大きな微視的領域で、効率よく秩序のある運動をすることができる。この運動には、ミオシン分子によるアデノシン3リン酸(ATP)の加水分解をともなう。ATP加水分解のエネルギーはミオシンによって蓄えられる。ミオシン分子とアクチン分子との相互作用は、ミオシンによって蓄えられたエネルギーを解放する。このエネルギー解放は、アクチン繊維の滑り運動を促す。このミオシン分子によるATPの加水分解が一方向性の滑り運動に変換される機構は解明されていない。このような運動性蛋白質分子の運動機構の解明は、微視的領域で効率よく働くことのできる機械を考案するうえで重要である。
 私は、アクチン繊維の繊維長軸に対する横方向のゆらぎに着目し、ATP加水分解と滑り運動との関係を明らかにした。蛍光標識したアクチン繊維を蛍光顕微鏡によって観察し、アクチン繊維の運動を顕微鏡映像から直接測定した。蛍光顕微鏡の映像の分解能には光学的限界があるため、観察からではアクチン繊維の正確な位置を求めることができない。けれども、輝度分布のプロフィルを得ることで、位置検出能を非常に高めることができた。顕微鏡映像の輝度分布を計算機に取り込み、最大輝度を含む3点をガウス関数で補間した。ガウス関数の中心座標をアクチン繊維の中心位置とした。この方法を検出した結果、位置検出能力は5nmであることがわかった。アクチン繊維の横方向ゆらぎの大きさを横方向変位分布の標準偏差で表したとき、スライドガラスに吸着させたアクチン繊維のゆらぎの大きさは8nmであった。この値はアクチン繊維の幅に相当する。スライドガラス表面にミオシン分子を吸着させ、アクチン繊維を加えると、アクチン繊維はミオシン分子と結合して固定される。この状態のアクチン繊維の横方向ゆらぎを測定したとき、横方向ゆらぎの大きさは、加えた溶液のミオシン濃度に依存した。ミオシン濃度10μg/mlから100μg/mlの範囲で、横方向ゆらぎの大きさは、20nmから14nmへ減少した。ミオシン濃度100μg/ml以上でこのゆらぎの大きさは一定となり、アクチン繊維と相互作用するために十分なミオシン密度が得られると考えられる。横方向ゆらぎの大きさがおよそ14nmであっことは、ミオシンの柔軟性に由来している。
 ミオシンとの相互作用によるアクチン繊維の滑り速度は、ATP濃度に依存して増加する。ところが、ATP分解速度の増加は、滑り速度の増加より低ATP濃度で生じる。この現象を説明するため、横方向ゆらぎのATP濃度依存性を調べた。ATP濃度1μMから10μMの範囲で、横方向ゆらぎの大きさは14nmから55nmへ増大し、ATP濃度2mMのとき65nmに飽和した。最大横方向ゆらぎの1/2となるATP濃度は4μMと見積もられた。横方向ゆらぎのATP濃度依存性を滑り速度およびATP分解活性の場合と比較した。滑り速度の増加率はATP濃度1μMから10μMの範囲で、最大速度の10%であり、最大滑り速度の1/2となるATP濃度は100μMであった。横方向ゆらぎは滑り速度が急激に増加するATP濃度の前に、すでに最大値に達している。これより、横方向ゆらぎの増加が滑り速度の増大によって引き起こされたのでないことが明らかになった。これとは対照的に、ATP分解活性のATP濃度依存性は、横方向ゆらぎのそれと同様であった。最大活性の1/2を表すミカエリス定数は4μMであり、最大横方向ゆらぎの1/2となるATP濃度と一致した。これらの結果は、ATP濃度1μMから10μMの範囲で、ATP分解によるミオシンの作用が、アクチン繊維の滑り速度より横方向ゆらぎを促すことを示唆する。
 この横方向ゆらぎの性質を相関関数によって解析した結果、ATP非存在下(ライゴール条件)とATP存在下では、横方向ゆらぎに含まれる性質が明らかに異なることがわかった。ライゴール条件下でのゆらぎは、相関の非常に小さな熱的ゆらぎであるのに対し、1μMのATP存在下でのゆらぎは、遅れ時間に対して相関の強さの低下が比較的小さかった。さらに、ATP存在下で横方向ゆらぎは、ライゴール条件下にみられない繊維長軸方向へ空間相関をもっていた。横方向ゆらぎは、ATP濃度1μMのとき0.61μm/sec、4μMのとき0.15μm/secの速さで局所的に繊維のマイナス端へ伝わっていた。ATP濃度1μMから4μMの範囲で、滑り速度はほとんど増加しないのに対して、この伝播速度は低下した。これより、伝播速度は、滑り速度を反映しているわけではなく、それ自体特有の現象であることがわかった。これらのことは、アクチン繊維を通して蛋白質分子が協調して働く機構の存在を示唆する。
 本研究は、アクチン・ミオシン分子が、ATP分解によるエネルギーによってゆらぎを引き起こし、分子間で協調がなされることを明らかにした。この事実は、微小領域で一方向性の運動を引き出す機構を解明するための指針となる。

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